CAR LOVE LETTER 「X’mas Xtreamer」
車と人が織り成すストーリー。車は工業製品だけれども、ただの機械ではない。
貴方も、そんな感覚を持ったことはありませんか?
そんな感覚を「CAR LOVE LETTER」と呼び、短編で綴りたいと思います。
<Theme:SUZUKI JIMNY(JA22W)>
ほんっっとにあいつには頭に来る!!
いつも自分の予定ばっかり優先して、あたしのことなんてほったらかし!
去年の誕生日だって、車の大会を優先されて、その大会にあたしもついていく事になっちゃったもんだから、まさかのテント寝袋で歳をとる羽目になっちゃったのよね。
自分のことしか頭に無いもんだから、二人の交際記念日なんて聞くだけムダ。
あたしの誕生日だって忘れてるんじゃないかしらね。
それでも何故か、もう付き合って二年にもなるのよね。
彼は車とスノボが趣味で、彼とはそのスノボがきっかけで知り合ったんだけど、彼は、エクストリームって言うの?すごいジャンプ台で派手な技を披露するやつなんだけどさ、そのチームに入っていて、冬になると毎週末スキー場に練習に行っちゃってさ、他の事は全く眼中に無くなっちゃうの。
夏は夏で、車のイベントが忙しくて。
彼はジムニーって車に乗ってて、誰も走った形跡が無い林道だとか、砂浜だとか、岩がごろごろしているガレ場だとか、そういうオフロードを走るのよ。
何か冒険とか、無茶なことしてるような、そういうやんちゃなのが好きみたいなのよね。
だから彼の車はぼっこぼこで、土まみれで埃っぽくて、更にタイヤとかエンジンとかの音がうるさくって会話も出来ない!
デートする時は、いつもあたしが車出して、しかもあたしが運転してるのよ。なんかおかしくない?!
まぁそのデートだって、他のイベントが優先だから、ほとんどしないんだけどさ。
そんなこんなで、いっつも彼に振り回されてるのよ。ケンカしなかったデートなんて無いんじゃないかな。
その度に彼は「まぁまぁ、そんなに怒るなよ。」って、悪びれずにあたしをなだめるの。なんかそうされると、あたしがずいぶんつまんない事で腹を立てているような感じがしてさ、途中でどうでも良くなっちゃうのよね。
だからって、今度ばっかりはホントに許さないんだから!
そりゃスノボの大会が近いのも知ってるし、今年のイベントはかなり規模が大きいから、名をあげるチャンスだって、事ある毎に聞かされていたから、それにかける意気込みもわかるんだけどさ。
だからってクリスマスの今日に仲間と練習に行く事にしなくっても良いと思わない?!
別にクリスマスじゃなきゃ雪山が無くなっちゃう訳じゃないし、大会だってまだ先なんだから、今日練習に行かなくたって良いじゃないのさ!
・・・そういやぁチームには女の子もいるのよね。
あたしより若くってさ、小柄でスタイルも良くって、何よりかわいくって、「モー娘。」とかに居そうな感じでさ。
あたしも彼女とは仲良くしてるし、彼女の事よく知ってて信頼もしてるけど、何でこのクリスマスの今日に彼と一緒に過ごしてるのは恋人のあたしじゃなくって友達のかわいいあの子なのよ!
彼らも彼らだわ。何でわざわざクリスマスに練習の企画なんかするのかしら?彼があたしと付き合ってるのずっと前から知ってるじゃない!
「彼氏借りちゃって、いつも悪いね。」とか言ってるくせにさ。全然悪いと思ってないじゃないの!
……お腹すいた。今何時だろ。
もう8時近いじゃん。あたし、ホントに何やってんのかな。
今日なんて外にご飯食べに行く気になんてなれない。だって外はカップルだらけじゃん。そんな所に独りでご飯なんか行ったら、寂しさ倍増しちゃうじゃん。
しかも「寂しい女」、みたいな視線をカップルから浴びせられたりしちゃったら、多分あたしそいつらに水ぶっかけるわ。
……何で彼氏いるのにこんな事考えなきゃいけないのかしら。馬鹿みたい。
キッチンの戸棚をかきまわして、かろうじてレトルトカレーとサバの味噌煮の缶詰を見つけた。
そうよ。これがあたしのクリスマスディナーよ。悪い?!
冷凍ご飯にレトルトカレーをかけて、サバ味噌の缶詰と緑茶でメリー・クリスマス。
うわー、めっちゃ寒い。
カレーを一口食べる。普通においしい。サバ味噌も、骨がホロホロになってるのが、あたし好きなのよね。
今日がクリスマスじゃなかったら、あたしこれで十分満足だわ。
テレビも、どのチャンネル回してもクリスマス一色。耳にマライア・キャリーダコが出来てしまいそう。
あぁ、つまんない。誰か相手してくれる人いないかな。
でも、どうせ友達だって彼氏と素敵な夜を過ごしてるんだろうし。そんな所に電話したら、あたしすんごい空気読めない女になっちゃうわ。
もー頭に来る。
彼に皮肉怨み言満載のメールでも送ってやろうかしら。
「そっちは真っ白いゲレンデがナイターで照らされて綺麗でしょうねぇ。こっちは真っ白い冷凍ご飯が蛍光灯に照らされて、食欲が湧いて来るわよぉ。」
「仲間とワイワイ騒いで楽しいでしょうねぇ。こっちはせっかく独りの時間が出来たから、撮りためた映画でも観ようかと思うわぁ。」
……何やってんだろ。ホント馬鹿みたい。
あたしは送信ボタンを押さずに、そのまま携帯をベッドに放り投げた。
すごくみじめで、自分がすごく嫌な女に思えてくる。何だか涙が出てきそう。
床に寝転んで、カレーを照らす蛍光灯を眺める。少しだけ、蛍光灯の光がにじんで見えた。
その時、部屋の呼び鈴が鳴る。
まさか、彼が来てくれた?!あたしはインターホンに飛び付いた。
「宅急便です。」
なぁんだ・・・がっかり。変な期待したあたしが馬鹿だったわ。
そうよね。あいつは今、白銀のゲレンデで仲間とワイワイ盛り上がっているんだから。
でもこの配達員さんも、この聖なる夜にお仕事なんて、ついてないわね。
同じ境遇、せめて配達ご苦労様とねぎらいの言葉でもかけてあげよう。
えーと、ハンコハンコ。あ、あたしノーブラ。ま、ババシャツにトレーナー着てるし、平気よね。
ハンコ探しに手間取って、配達員さんを待たせちゃったので、あたしは小走りで玄関へ急ぐ。
「配達ご苦労様。」
玄関先には配達員さんが寒そうに待っていた。
そうよね、彼なはずが無い。あたしは淡い期待を振り払い、寒そうな配達員さんから荷物を受け取る。
その荷物の贈り主は・・・彼。
あたしは一瞬で悟った。あー、これクリスマスプレゼントね。
みんなでスノボの練習に行ってクリスマス不在だから、この日にプレゼントが届くように下準備したわけね。はいはい、そういうことね。
宅急便なんかでクリスマスプレゼント贈ってこないで、手渡しできるように予定を空けておきなさいよ!!!
きっと配達員さんには、私が髪の毛が逆立ち鬼のような形相をした山姥のように見えたかもしれない。
「あの・・・印鑑かサインをいただけますか・・・?」
少し怯えたような配達員さんの声で、あたしははっと我に返る。
「あ、すいません。」
あたしは作り笑いで伝票にハンコを押し、「ご苦労様。」と配達員さんを見送った。
ドアを静かにパタンと閉めると、また怒りがふつふつと湧き上がってくる。
「なによ!!」と荷物をソファーにぶん投げる。梱包が破れ、荷物の中身が顔を出す。
真っ白なセーター。そうだ、あたしこのセーターが欲しいって、ちょっと前に買い物に行った時に彼に話したっけな。
分かってない。
あたしは、物が欲しかったんじゃない。彼と過ごすクリスマスの時間が欲しかったのに。破れた梱包を開け、セーターを引っ張り出すと、中からメッセージカードがパラリと落ちてきた。
”Merry X'mas!!”、ときったない字で書かれてあった。それを見てあたしはまた、凄く切ない気持ちになってしまった。
その時、また呼び鈴が鳴る。今度は誰?
「宅急便です。すみません、お届けものがもう一つありました。」
あーはいはい。一回で済ませてよね、もう。
あたしはもう一度、ハンコを握り締めて玄関に向かった。
「はーい、ご苦労・・・さま。」
ねぎらいの言葉を言い切る前に、あたしは自分の目を疑った。
そこに居たのは、白銀のゲレンデで仲間と一緒に騒いでいるはずの、彼。
オデコには、宅急便の着払い伝票が貼りつけられていた。
「お届け者です。」
彼はしてやったり!というワルガキの様な笑顔を、目の充血したノーブラノーメイクのあたしに振り撒いた。
そうだ。彼はいつもそうなんだ。
自分の予定優先だけど、いつも最後には必ずあたしの所に戻って来てくれる。
満面の笑みで、サプライズを携えて。
そんなだから、最初はふてくされるんだけど、あたしは、彼と別れようとは思わないんだった。
彼のオデコの伝票の送り主は、彼のスノボのチームだった。
「ナマモノ」とか「バカモノ注意」とか「要彼女」とか、チームのメンバーからのメッセージがびっしりと書き込まれていた。
「荷物、意外と遅かったね。もっと早く着くようにすればよかった。凍えるかと思ったよ!」
そう言い、彼は私に大きな箱を差し出す。それはホントに大きなクリスマスケーキだった。
どうやら彼は、朝一に一回滑って、それで練習を切り上げて、ケーキを探してさまよっていたらしい。そしてその後は、宅急便が来るまであたしのアパートの前で車を停めてずっと待っていたんだってさ。
「ちょっとぉ、あの汚い車でケーキ運んだの?勘弁してよ、もぉ。」
あたしは嬉しくて嬉しくて、涙が溢れそうだった。
「うー寒い!ねぇ、俺の分のカレーは?」
こたつに滑り込みながら彼は言う。あるわけないじゃない、んなもん。
「じゃあ、外にご飯行こう。俺、腹減っちゃった。」
一口だけ口にしたカレーとサバ味噌を置き去りに、あたし達は部屋を飛び出した。彼のプレゼントのセーターをかぶって。
はらはらと雪が舞う夜の街を、ジムニーは走る。
埃っぽくって、うるさくってホント最悪なんだけど、彼の匂いがするジムニーの助手席。
タイヤとエンジンの音にかき消されそうなラジオから、マライア・キャリーが聞こえてくる。
きっと来年のクリスマスも、あたしは同じ様に気を揉むんだわ。
雪焼けした彼の横顔を眺めて、あたしはマライアに耳を傾けた。
”Merry X'mas・・・!”