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魔術師がいる国  作者: ふしきの
ひとくいとむすめ
8/11

人食いと娘 2

「あたしはあの時、死んでもよかった。ああ、死んだ方がましだった。あたしの人生はあれから悲惨なものだった。みじめでだれからも石を投げられ唾をかけられ、それでも今までいいことの一つもあればと、転々と生きてきた。だけれど、だれもあたしをみるものなんぞいなかった」

 老婆の供述は矢継ぎ早にしゃべって、「お茶をくれ」という言葉で終わった。

 がらがらの薄い声に「自分はよくやった」という興奮でまだ顔が赤かったという。

「ばあさんや、それでも、あたしらは生きている。あたしらは良く生きた。それで十分じゃないか」

 と諭してもまるで初めてヤゴを掴んだ子供のように唇は笑ったままなのだ。

「あたしはあの時死にたかった。死んだ方がましだった。なのにあいつがわしを『わざわざ救い出した』」


 がれきの奥からぼろきれの子供を一人二人と、ぐったりとしているが生きている子供を、わずかに。

 その子らはやがて散り散りになった。

 だれも、かれも、顔すら覚えてはいない。

 みんな、魂が抜かれたような、泥人形の顔をしていた。



 「うすのろ」 と呼ばれた人が死んだ。

 三面記事の下の方へ指名住所不定の男が死んだと載っただけだった。


 老婆は情状酌量を待っていた。

 寒くもない牢獄で薄っぺらい服を着て、毎日飯を少しばかり食っては少し笑っていた。常に「自分は誇らしい」「正しいことをした」「わたしは悪くない」「すべては狂ったのだから」を言い続けていたから。




 その後、事態は変わった。

 「うすのろ」と言われた男の身元が分かったのだ。醜く曲がった鼻。湾曲した腕。大柄な体つきが幸いしたのだろう。

 きらびやかな人たちが死後沢山の献花に来た。

 沢山の賛辞と花が送られた。

「センセイは素晴らしいお方だった」

「清廉潔白のお姿はいつも神々しいほどの作品に投影されていた」

「センセイはナチュラリストでココロが透き通るほど美しく、ハニカミ屋で言葉は少なかったものの、誰もが認める存在であらせられた」わら半紙の封筒は言われなくてはわからない紙漉き封筒を大事にそして大っぴらに見せつけながら演説された。

「で、先生のお墓はどちらで?」

 センセイの残された作品どこへ?

 センセイの。

 センセイ。


 町の人は知らない。あの後、あの地で再開した人の中に知る人はわずかしかいず、誰もが生きるだけで他人のことなど知ることも聞くこともない。金に絡むことを聞き逃したことを今になって悔しがる人だけが地団駄を踏んだ。

 そして、突然怒り狂う。

「気の狂ったばあさんが殺した」

「ワタシらには関係ない」

「ワタシらは知らない」

「知らないゆえの被害者だ」




 雪の降る朝、老婆は老衰で死んだ。

 


「愚かだよね」

「ああ、愚かだ」

「なのに、なんで生きようとするんだろね」

「何かな、たぶん、きっとみんな何かを探して生きているんだろね」 


 


 


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