かち
そこでは、アスファルトしかない細い路上が唯一の遊び場でした。
コンクリートの壁と、年中うすぐらいか、明るすぎる白い空のしたで、いつもぎゅうぎゅうに子どもがひしめいているのです。言葉も呂律の回らない子から、自分のように飛び抜けて年長になってしまった常に突っかかってくる奴を殴り倒すことしか退屈しのぎの遊びのない所でした。
自分は、いつもイライラして、いました。
「赤シャツ」
というのは、あだ名で、ここに来て支給された服で呼ばれていました。
自分は、ひとつとして疑問を持たず、ひたすら、身の回りの小さな苛立ちに怒っていたのです。
誰かが血を流したり、泣いたり、倒れたりすれば、あの人が、出てきてくれました。
「駄目よ」
と、整った美しさが、自分を見つめては、悲しい顔をしているがむず痒かったのです。
自分はやがて、騎士となり、盤上の駒となり、やがて王と呼ばれるようになります。
毎日が、笑うように楽しく、歌う娘や香の酔いで騒ぎ喚き、ものを破壊したおしても後ろを振り返る頃にはきちんと整理され、何もなかったかのように清められていたのです。
さっきまで寝屋で眠っていた場所も人も物も香りすら、ないのです。
「私はあの場所を覚えている。いつも突っかかり慕い憎々しく思っていた私より僅かに少し背の低い黄色いシャツの顔を覚えている」
私は時折、一人で物思いに更けることが増えたのです。
私は右を向いても左を向いても誰もがまるで心酔した顔で見られるか、深い敬愛の仕草をされるかのふたつにひとつしかないところに心底飽きたようでした。
「あの場所を探せるものはいないのか」と、内偵に金を渡しても金だけが蒸発するように手から消えていきました。
「なぜ、自分より小さい子ばかりいるの。なぜ、自分より大きい子はいないの。なぜ、下の子達には男も女もいるのに自分等はどんどん男ばかりになっているの。そして、自分はこの先何処へいくの」
「あまり、そういうことを言ったり話したり、呟いたりしてはいけない」敏い自分が喋ったのはこれが最後でした。
次に見たときには憎々しく黄色いシャツがいなくなって清々したことだけだったから。
あの時、黄色いシャツが震えて泣いていたことを自分は知らない。
誰よりも美しく整ったあの人があの日のままにいたのです。
「贄の娘は、王でも近づけません」
何をいっているのか理解できません。
この世界の半分の領土を支配しようとする王に向かっての語りと違うことに憤慨して切り捨てたほどでした。
「名は」
「私は産まれたときから贄の娘。この世界での名はありません。未練の全てを絶ちきるためです」
「お前の発言や行動によって私は我が回りの付き人を一人一人殺していくぞ、よき返事を申せ」
「自分が思いどおりにいかないからって相手を傷つけては駄目よ。無関係のヒトにまで手を上げては駄目よ」
「私には母は居なかった。母とも違うお前は今もあの時と同じような口を利く」
「私はあなたを待っていました。いいえ、ちがうわ。あなたが持参するであろう、あなたの今持っている醜さと鋭さを持ってきてくれました」
笑ってくれた母を私は知らない。頬を触れてくれた兄弟を知らない。私は人肌は知っているが人の温もりを一切知りたがらなかった。あの、温もりのある叱責以外。
「御覧、この心臓を、温かく、まだ動いている。あなたにも同じように備わっているというのに」
あなたにも同じように温かく動く心があるというのに。
美しい心臓は、薔薇のように赤くそして崩れ落ちました。