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模索

『ヨウの月二十五日。オフェリアへの支援として本人を交えた話し合いを実施。参加者はオフェリア、ナイジェル・オーカー、シエナ・オーカー、ノクトの四名。内容は近況報告および現在抱えている悩みについての相談、意向の聞き取り。以下詳細』


 夕方、エイドリットの事務所でその日の報告書を書いていると、外回りに出ていたアイリーが戻ってきた。


「ただいまー」

「お疲れ」

「お疲れ様です」

「お疲れ様っす、アイリーさん」


 待機状態のレマンと斜向かいの席で何やら唸りながら書類を書いていたルディも顔を上げて挨拶をする。リラはまだ外回りから戻ってきていない。代表はいつも通り不在だ。

 アイリーの席は俺の向かいである。アイリーは自分の席に荷物を置いてから、椅子を引きずって俺の方にやってきた。


「元気?」

「溌剌だ」

「やるじゃない」

「それほどでも」


 あまりにも中身のない会話はいつものことだ。返事をしないとそれ以上話しかけられることはないので、中身はなくとも意味はある。

 持っていたペンを机に置いて、アイリーの方に僅かに体を向ける。ちょうど向いている方向が直角になるくらいだ。


「で、どうかしたか?」

「人生って大変よね」


 アイリーが遠い目をしていた。

 本格的に疲れているのかもしれない。


「今日は仕事の面接に同行してたんだったか?」

「そうなのよ」


 担当している精霊が仕事に就く際、職場の面接に同席して仲介する。これもエイドリットができる支援のひとつだ。精霊達はある程度の知識を持って生まれてくることが多いが、学校に通うことを選ばない限り学歴はなく、就職には不利だ。エイドリットのメンバーが同席することで、職場から理不尽な条件を提示されないようにする狙いがある。ただし、あまり一方的に精霊に肩入れすると職場からは嫌がられるので、結構難しい仕事でもある。

 そして、アイリーの様子を見る限り今日はあまり上手く運ばなかったようだ。


「断られたのか」

「まだ結果は出てないけど、そうね、難しいと思う。精霊研の下のところなんだけど」

「ふむ……」


 国立精霊研究所、通称精霊研はその名の通り精霊についての研究をしている組織だ。オフェリアが受けた身体検査を元に、能力の分析や鑑定をしたのもその下位組織のひとつである。


「何て所なんだ?」

「スピリエンス」

「ああ、あそこな」


 まさにオフェリアの能力を分析した組織だった。代表から渡された分析結果の書類でスピリエンスの名前を見た記憶がある。この都市に研究施設を持っており、オフェリアに限らずエイドリットで支援する精霊はそこで能力を分析されることが多い。その他にも、精霊の能力の応用に関する研究などをしていると聞く。


「聞いてた感じだと単なる、単なるって言い方もアレだけど、ミスマッチというか、向こうが求める人物像と違ったみたいな感じだったんだけどね。本人がここに懸けてたから、落ちたらかなり辛いと思うの」

「懸けてた?」

「ええ。方向性が全然定まらなくて、ようやく少しだけ興味を持てた仕事だったみたいで」

「なるほど、この先どうして良いか分からないと」

「そうね、思い詰めちゃうかも」


 長々とため息をついて、アイリーは顔を手で覆った。

 アイリーは担当する精霊に入れ込むタイプなこともあり、こういう時に悪い想像を膨らませがちだ。


「オレもここ入る前は滅茶苦茶悩んだっすよ」


 斜向かいの席から、ルディが声を上げた。


「オレの場合、皆にすげえって思われたくて、なんかちやほやしてもらえそうなところを受けまくって全部落ちたんすよね」

「そうだったな。分かりやすく猪突猛進だった」

「ノクトさん、なんすかその顔」


 俺が担当だったので当時のルディの様子はよく知っている。軌道修正しようにも本人が大丈夫の一点張りで話を聞いてくれなかった。


「ともかく、改めて自分が何をしたいか考えてみたら全然出てこないんすよ。俺より後に生まれた奴も仕事し始めて、そいつらがすげえ眩しくて、自分が惨めで仕方なかったっすね」


 いつになく真面目な様子でルディは話を続ける。

 一方この先を知っている俺はどんな顔をすれば良いか分からない。


「で、そんな時にアイリーさんに出会ったんすよ」

「え、私?」


 虚を突かれ、アイリーが呆けた声を出す。

 当時のエイドリットは色々ごたついていて、アイリーは事務所にいないことが多かった。たまたま彼女が事務所に戻ってきたとき、応接スペースで俺と面談をしていたルディが顔を合わせる形になったのだった。


「あの頃のアイリーさん、素敵だったんすよ」

「ちょっとそれ、どういう意味?」


 アイリーの眉間に皺の寄った笑顔が恐ろしい。

 アイリーは外見の話をしていると思っているようだが、ルディの言っている素敵とは内面の話だ。

 人のために一生懸命になれるアイリーの姿にルディは憧れ、自分も手伝いたいと思った。本人が当時そう言っていた。なぜ今、過去形で言っているのかはよく分からないが……。


「だからオレ、アイリーさんに尽くしたくてエイドリットに入ることに決めたんすよね」

「ええー……」


 ルディが大事な部分を思いっきり端折って話したので、せっかくの良い話が台無しである。

 アイリーの前でこの話をしたのも驚きだが、自ら話を台無しにしていくスタイルも驚きだった。


「まあそんなわけで、その精霊さんも色んな方との出会いの中でまた興味が見つかると思うっすよ」

「いまいち納得できないけれど、言っていることは真っ当ね」


 少しは気持ちを切り替えられたのか、アイリーは軽く伸びをした。


「んっ……はぁっ。そういえばノクト、オフェリアさん元気?」

「ああ、調子は良さそうだぞ」


 オフェリアがオーカー邸で生活を始めて一ヶ月を過ぎたところだ。日常生活や訓練、そして勉強とよく頑張っている。今日の話し合いでも特に困った様子は無かった。

 ただ、側から見ていて気になっているのは遊びが少ないことだ。それと友人もいない。今のところ訓練や勉強は達成感があって面白いみたいだが、それらが常に人生の希望や心の支えになるわけではない。友人に関してはそのうち他の精霊と会う機会を作ろうと思っている。しかし遊びは俺が無趣味なこともあり考えあぐねている。

 というような内容をかいつまんで話して聞かせた。


「目的からすると、人生の希望や心の支えになるようなことを勧めるのが良いと思う。つまりそれがあることで生きていきたいと思えるようなものだ。そのためにはまず——」

「仰々しいこと考えてるわね」


 俺のとりとめもない考えはアイリーによってばっさりと切って捨てられた。


「そういうことは手当たり次第にやってみるものよ。別にひとつも的に当たらなくたって良いんだから」

「いや、やるからには的に当たるようにするべきじゃないか?」

「それは狙う的が見えてる場合の話よ。見えてないなら方向が偏らないように、まばらに手を出してみると良いと思うわ。とりあえず……そうね、三日後に近くの商店街で春のお祭りがあるの。そこにオフェリアさんを連れていきなさい」


 お祭りか。なるほど、そういったイベントに足を運んでみるのは良いアイデアだ。早速明日オフェリアを誘ってみよう。

 と思ったがちょっと待ってほしい。


「俺がついて行くのか?」

「他の精霊との顔合わせもまだなんでしょう? だったら他に誰がいるの。なんなら私が誘いたいくらいよ羨ましい」

「なぜ俺は睨まれているのか」


 言い訳をしておくと、他の精霊との顔合わせは意図的に遅らせていた。代表と相談して、そのあたりは慎重に進めようという話になっている。

 まあ、祭りの件はオフェリアに聞くだけ聞いてみるか。最終的には彼女が決めることだ。


「ええー、オフェリアさんとお祭りっすかー。いいなあ」


 斜向かいの席からもルディの羨ましがる声が聞こえてきたが、曖昧な相槌だけを返しておいた。


 ☆


「え! 良いんですか? 行きたいです!」


 事務所で祭りを勧められた翌日、訓練終わりにその話題を出してみた。

 予想と異なり、オフェリアは二つ返事で飛び付いてきた。

 あんまり嬉しそうなので、日頃無理させてるんじゃないかと心配になったくらいだ。


「ちなみに、祭りがどんなものなのかはご存知なんですか?」

「はい、今朝シエナさんから聞きました!」


 それで話が早かったのか。


「私が行ってみたいって言ったら、一応ノクトさんに相談した方が良いって。ノクトさんから言ってもらえるとは思いませんでした」

「そうでしたか。他にもやってみたいことがあったらなるべく出来るように動くので、遠慮せず仰ってくださいね」

「ありがとうございます!」


 オフェリアはそう言って、もう一度嬉しそうな笑みを見せてくれた。

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