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開花

 朝晩の寒さが和らぎ、春本番といった具合になりつつある。

 オーカー邸の庭には花壇があり、色とりどりの花が咲いている。ナイジェルさん曰く魔法の研究に使う花だそうだ。俺が見てもどう使うのかは分からない。

 水やりをしているオフェリアに向かって聞いてみる。


「それ、何の花なんですか?」

「これですか?」


 オフェリアは今水を掛けている花を指しながらこちらを振り向いた。その花は花弁の先端が深い藍色で、花の中心に向けて青くグラデーションがかかっている。色彩の賑やかな花壇の中で落ち着いた雰囲気を放っており、それが逆に目を惹いた。


「ナイトスター、というそうです。名前の通り、夜になると花びらに小さな光の粒が浮き上がるんです」

「光の粒?」

「ええ、星みたいに光るんです。何日か前に見たんですが、綺麗でした」


 なんでも魔力を通すと発光する特殊なインクの材料になるらしい。特殊インクは魔法陣を手描きする際などに使われるそうな。魔法を研究する魔法士にとってはありふれた植物なのかもしれないが、俺には馴染みのない花だった。

 オフェリアはオーカー夫妻の仕事を手伝いつつ、魔法の基礎知識を教わるようになっていた。


「魔法の勉強は面白いですか?」


 聞いてみると、オフェリアは笑顔で頷いた。


「面白いです。私に関わることも沢山あるので」


 精霊は人間の魔法士が使うような魔法は使うことができないとされている。体が魔力で満たされているにも関わらず、魔法陣を描こうが詠唱しようが魔法は発動しない。唯一出来るのは自分の中に宿る概念の具現化だけだ。その理由についてはいくつかの仮説が立てられている。オフェリアが学んでいるのも、その辺りの話であるらしい。


「ノクトさんは魔法も詳しいんですか?」

「詳しくはないですが、代表から少しだけ聞いたことはあります」


 代表のオックスは魔法士なので、俺がエイドリットに入った頃に色々と教わる機会があった。もう十年近く前の話である。


 話している間にオフェリアの水やりが終わったので、俺達は一旦家の中に入る。

 この家は二階建てで、一階にはキッチンや居間などがあり、二階には寝室やそれぞれの書斎がある。では研究はどこで行われているのかというと、地下室だ。各書斎に転移のための魔法陣があり、これを使って地下に移動できるようになっている。

 地下には先日オフェリアの能力について話し合った後、オフェリアの訓練のための部屋が追加された。オフェリアと俺は魔法を使えないので、魔道具を使って地下室に移動する。

 地下室は壁にいくつか薄い光を放つ球体が埋め込まれており、ぼんやりと中の様子が見える。オフェリアが壁際のパネルを操作すると、天井のランプが灯り明るくなった。

 地下室はまだ物が少ない。作業台一つと椅子が二脚、そして作業台の上にナイジェルさんから譲り受けた植木鉢が乗っているくらいのものだ。

 とりあえず作業台を挟んで椅子に座る。


「さて、では今日も訓練を始めましょうか」

「よろしくお願いします、ノクトさん」


 植木鉢には土は入っているが、文字通り特に種も仕掛けもない。この中に植物を作り出すのがオフェリアに出した最初の課題である。植物から始めたのは、動物を作らせて怪物みたいなのができても困るからだ。


 オフェリアは植木鉢を前に一度目を閉じてから再び開いた。

 植木鉢の上の何もないところに青い点が現れ、ふわりと藍色の花びらが広がる。花びらを支える花托ができ、花托から茎が伸び、茎の根本からは葉が現れる。茎は鉢の中の土に刺さり、それ以上見える部分の変化は起こらない。

 少し経ってから、オフェリアは息をついた。


「できました!」


 植木鉢の中でしゃんと立っているのは、先程見たナイトスターだった。

 俺から見て後ろ向きになっているので、植木鉢を回して正面からも見てみる。特に不自然な点は見られない。


「今日はせっかくなので、ナイトスターにしてみました」

「植物の具現化はだいぶできるようになってきましたね」


 ここ数日、オフェリアの能力訓練に付き合ってみて、いくつか確認できたことがある。

 まず、作るものについて必ずしも十分に構造を理解している必要はない。俺が綿の材質は気にするけれどその分子構造まで把握してはいないのと同じだ。朧げにでもイメージがあれば、必要な情報は能力使用時に補完され具現化できる。

 また、能力使用時に具現化される順序は本人のイメージ次第で変化する。例えば今回のように花びらから出来上がるのは本来の植物の成長過程としては不自然だ。しかしオフェリアにとっては最も印象的な部分である花びらがまず現れ、それを支えるための茎や光合成のための葉が出来て、最後に地中に根を張って安定させる方がイメージしやすいらしい。試しに地中の種を成長させるイメージで作らせてみると途中でよく分からなくなったのか、もっさりしたマリモみたいな謎植物が出来上がってしまった。


「それでは、戻すのもお願いします」

「はい!」


 オフェリアがナイトスターに手をかざすと、ナイトスターの輪郭がぼんやりし始めた。消える時はほとんど同時に全体が靄のようになってオフェリアの手に吸い込まれた。


「できました!」


 嬉しそうに微笑み、顔を上げたオフェリアと目が合った。僅かに強張っていた表情筋を動かして微笑み返す。


「戻す方の感覚はしっかり覚えておいてくださいね」

「分かりました」


 具現化したものは消すこともできるのだが、オフェリアには自分の中に戻すように教えている。

 単純に回収できるものは回収した方が消耗せずに済む。しかしそれ以上に、命あるものを消し去ることに慣れてほしくなかった。


 さて、訓練はそろそろ次のステージに移っても良い頃合いだろう。

 無理はさせたくないので一応本人にも確認する。


「疲れましたか?」

「いいえ、大丈夫です。まだまだいけます」


 余談だがオフェリアは根が真面目らしく、話しかけるとしっかり答えてくれることが多い。接しやすい反面、放っておくと頑張りすぎそうなのが心配だ。


「では、次は動物にしてみましょうか」

「本当ですか!?」

「嬉しそうですね」


 興奮でオフェリアの頬が紅潮している。

 俺はといえば予想以上の食いつきに面食らってしまった。


「この間、お遣いで出掛けた時に小鳥を見たんです。凄く可愛くて」


 小鳥か。最初はあまり動かない動物の方が良いかと思っていたが、小鳥なら大きさの面でもさほど心配は要らないだろう。何より本人のやる気が大事だ。


「では、その鳥にしましょうか」


 捕獲用に綿をいくつか出しておく。本人が可愛らしい小鳥と言っているからよもや凶暴な鳥が出るようなことは無いと思うが、念のためだ。


 オフェリアは先程と同じように一度目を閉じた。イメージ作りに集中しているのか、今回の瞑目は少し長い。

 やがて、前に出した両の掌を受け皿のように合わせる。静かに目を開けると、彼女の掌の上で変化が生じた。

 うっすらとした光の靄がだんだんと形になってゆく。最初は嘴、次に頭、胴体と羽、足ときて最後に尾羽がはっきりとした輪郭をとる。白黒で構成された、ほっそりとした姿は街中でよく見かける小鳥そのものだ。それが今、オフェリアの掌の上に乗っている。


「セキレイですね」

「あ、セキレイという名前なんですか」


 具現化が終わり一息ついたオフェリアが俺の方を見る。名前は知らなかったらしい。

 セキレイは素早く首を動かしながら掌の上を跳ねるように移動する。


「わあ……!」


 自分の作った存在が動いたことで、オフェリアは顔を輝かせた。セキレイは恐れる様子もなくオフェリアの掌を軽く突ついている。


「可愛いですよ、ノクトさん!」


 セキレイの乗った手をこちらに差し出してきたので、俺も試しに手を近づけてみる。するとものの見事に逃げられた。オフェリアの肩に飛び移り、こちらに背を向ける。

 やけにオフェリアか俺かで態度に違いがあるようだ。自分を作った相手を認識しているようにも見える。これはたまたまなのかそうでないのか、今後見ていく必要がありそうだ。

 さて、喜んでいるところ申し訳ないが、その鳥を自分の中に戻すまでが訓練である。


「オフェリアさん、戻せますか?」

「あ、はい、そうですね。やってみます」


 肩に乗ったままのセキレイにオフェリアが手をかざすと、先程のナイトスターと同じようにセキレイの姿が朧げになり始める。体全体が靄のようになりオフェリアの手の中に吸い込まれていった。


「あれ……?」


 オフェリアが自分の手を訝しげに見つめている。


「どうしました?」

「何か、不思議な感じがしたんです。温かいような、くすぐったいような。あと、一瞬ですけど頭の中で映像が見えました。ひょっとすると、あの子が見ていた景色かも」

「セキレイ視点のような風景が見えたということですか?」

「はい」


 それが本当なら、何が考えられるだろう。動物を作り自分の中に戻す場合は、その記憶が一部ないし全部共有されるのではないだろうか。これももう少し検証が必要だ。

 オフェリアに少し疲れが見えるので、ひとまず今日の訓練はこれで終わりにする。動物を作れることが実証できただけでも今日の収穫は十分と言えるだろう。


「ノクトさんは、どれくらい能力を使えるんですか?」


 ふとオフェリアがそんなことを聞いてきた。


「そうですね……。難しい質問ですが、単に量だけで言えばこの家全体を埋め尽くすくらいの綿は出せると思いますよ」

「そんなに!?」


 オフェリアは目を丸くする。


「私もノクトさんみたいに沢山能力を使えるようになりたいです!」

「訓練していけば、いつかできるようになると思いますよ」

「本当ですか? 頑張ります!」


 気合を入れるように、オフェリアは胸の前でぐっと両手を握ってみせる。

 ランプの灯りに照らされて、無邪気な笑顔がいつも以上に眩しく見えた。

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