シンセロリアフリード王国
「依頼書を持ったし...よし!では、行ってきます!」
「あ!忘れてた、これが紹介状だ。困ったことがあれば俺の名前を出すといいよ」
リーリャカンス最北端にある北門。
そこでミリアドット特務班の全員とアリア、そしてレンが立っている。
「...私も」
「だめだ!まず危険だ。一昨日の事件を忘れたのか?」
アリアの申し訳なさそうに挙げた手は落ち込む表情と共に下がりつつある。
後学のためにもアリアに衛生処置を学ばせるのもいいスパイスになる。
しかし、レイハートの言い分も一理ある。
つい先日に拉致されかけたのだから心配になるのも無理はない。
「私!調べたのですが補給部隊。その後ろにある第二補給部隊では回復魔法を扱う人ではなくて一般の方でも入ることができると。主に薬の調合や物資の運搬を行なってると...」
「....いやでも!」
「リーダー?そんぐらいはいいじゃねーかよ。遅かれ早かれは戦地に立つんだから肩慣らしはしていた方がいい。多めに見てやれよ」
「わかってる!...っくそ!これが本音と建前の意見か」
「なら譲歩してミーナの守護下に置いてもらう。これが条件だ!」
「ほんと親バカというか子離れできていないと言うかね。補給なら10歳からでも行なってるのにアリアちゃんは14歳。そろそろ旅をさせるべきと思うけど」
「まぁ、そんなとこも「彼の良いところ」よね」
「親バカでも何でも罵られても結構!俺は危ない目に遭うのが怖いんだよアリア...俺の元から離れないでくれよ」
「「「......」」」
そこにいるレン以外の人が何かを察し、口吃る。レイハートの触れてはいけない過去の地雷でも有ったのだろうか。
今回はその地雷原でタップダンスを踊っているかのように軽快に会話をしていた。
まさか、こんなところで思い出すとは。とそこにいるレンと当の本人であるレイハートの2人を除く全ての人は思っただろう。
「...っておいおい!俺はもう大丈夫だって!ちゃんと認識して決別してるし、クレハとも別れを告げた。ほら、時間に遅れたらいけないしさっさといけ!」
レイハートの笑顔は見慣れてきてがここまでの空笑いは初めて見た。
しかし、そこには強がりからでた発言ではなく無情にも訪れた結果を現実として受け止めた故にでた諦念。
過去とは決別したが囚われ、束縛されている事実は変わらず現実逃避するかの如く笑った。
それから王都でもある「シンセロリアフリード」に向かう途中、アリアは一言も話さず落ち込んだ表情を常に浮かべていた。
普段の奇策で笑顔の絶えない彼女はどこへ消えたのか魂が抜かれたかのように静かだ。
やはり、あのレイハートの一件の尾を引いているのだろう。
俺はどうすべきか思考を巡らせてはみるがどれも良い結果に繋がるとは考えにくい。
どうもこうも答えのない問を解くのは嫌いだ。
「その...少し聞いて欲しいことがありまして」
口を開けてくれたのはアリアからだった。
何かの覚悟を決めたかのようにこちらを真剣な眼差しで見つめる。
アリアが勇気を振り絞って口を開けてくれたのだ。俺が驚き、黙っていては話が始まらない。
「どうした?」
「私の母であるクレハ・ミリアドットのことについて話そうと思いまして。まず、母は私が生まれて直ぐに亡くなられたらしいのです」
「らしい?」
「はい。厳密には幼少すぎて記憶が無く、皆さんからの情報により知りました」
「なるほど、分かったよ」
「...だから私にはそれほど情がこもっている訳ではなく、母がいたんだなという認識でしかありません。そして、死因も明かされていません。知っているのは母の名と七聖剣の現空席の4位の座を収めていたのが母であるクレハ。その時は元序列6位だった父と結婚して私が生まれたということのみ」
「あれで元序列6位なら序列4位にいた母は相当な腕をしていたのだろうね」
「その頃の父はまだ「神雷」も「雷陣」も取得していませんでしたからね...けどたしかにそう思うのも無理ないのですが個戦闘能力という一点のみで見れば母は七聖剣の中でも圧倒的に劣っていたらしいのです」
「ん?どういうことだ?」
「そこの詳細は私も気になりましたが答えは今の今まではぐらかされてきました」
「それで...そこのはぐらかされてきた部分が恐らく」
「そうですね、それが父のレイハートが演じた嘘であり、みんなの隠す重要な秘密だと思うのです」
「演じた嘘」か。
娘であるアリアは父の少しの変化をも見抜く慧眼の持ち主なのだろう。
言葉のセンスもなかなか面白い。
しかし、語弊がある故にアリアがもったいない。
「演じた嘘」の反対が「自然な真実」にはならない。何故なら「演じた嘘」は「真実」になるからだ。
「なるほど、たしかに気になるな。それなら聞きにいけば良いだろ!」
「え?でも、みんなは教えてくれないので聞く手立てが」
「今から聞きにいくんだよ。七聖剣の1人であるそのミーナという人に!」
「名案ですね!」
歩を進めると一面に大きな畑が広がる。
茶色の堅い葉に白色のまん丸とした実。
レンが見慣れない植物に凝視しているとアリアがヒョコッと顔を覗かせて、
「ここにあるのが昨日食べた「オコ」になるんです...といってもここにあるのはまだ一成熟しかしておらず食用になるには三成熟を必要とします」
「一成熟?」
「はい!一成熟とは実が成った状態のことを指します。しかし、このままでは毒が含まれているため危険です。そのため、ここの地形にしか存在しない「邪流の砂」を用いることで毒素を吸収させています。毒素を抜いた状態をニ成熟。そして、その毒素は約1ヶ月経つと栄養分に変化して水分と同化、オコに吸収されます。この状態を三成熟といいます!」
「なるほど、その砂が「ここの地形にしか存在しない」というのはどういうことだ?別にここから移動させても良いわけだし」
「...ごもっともですし、それを試した商業ギルドが複数いました。しかし、「邪流の砂」は移動させればただの砂に変わるのです」
「ん?...ということは何らかの原因があってその砂は特別な砂になってるのか」
「察しの良さは凄いですね。私も詳しくは教えられてはいませんが地脈が関係しているらしいですよ」
「なるほど、それで移動させたら砂になるのか。ここは「オコ」を作る過程において最適解というわけか」
「向こうに行けばたくさんのオコ料理が食べれるらしいですよ!早く行きましょう!」
歩くこと1時間が過ぎ、シンセロリアフリード王国の南の三門に辿り着いたレンとアリアは困ったことに入国を許されないでいた。
「だから!私たちが募集されてきた衛生兵なんです!ここにギルドの許可印も押されています!」
アリアは必死に依頼書を提示してミリアドットの許可印も強調して怪しいものではないことを主張するも、
「...たしかに、これはミリアドットの正式な許可印。ですが!今は上からの命令により何人たりとも通行を許すなと言われていますので通すわけには」
「分からない人ですね!上の人に話をつけますから呼んでください!...あ!そうだ!それよりミーナさんに用があるのでミーナさんを呼んでくれませんか?」
アリアの発言に火に油を注いだのか門番の人は沸々と込み上がる怒りの感情を全身を震わせながら表現する。
彼はとても激昂していた。
「っな!!言うに事欠いて姫様を...恥を知れ蛮族ども!貴様たちが謁見できる方ではないのだ!拘束する!手を出せ!」
門番の人は無理矢理にアリアの腕を掴み、拘束具を取り出す。もう、聞く耳を持たない姿勢だ。
「え!?そんな!...キャ!」
か弱い少女の力では大人の力に蹂躙されるだけであり拘束されるのも時間の問題。
レンは当然の如く黙っているわけにはいかない。抵抗するアリアに向け、一歩一歩と近づき少し痛い目を合わせてやろうとしたその時だった。
「ラルフ!そこまでよ!」
背後からの突然の声に衝撃が走る。
なぜなら、全く気配を感じ取ることが出来なかったからだ。
その幼さの残る可愛い声に似合わぬ強い口調。
振り返るとそこにはぱっと見だと10歳程の幼い少女の姿がそこにあった。
長い紅蓮の赤い髪に琥珀色に染まる綺麗な瞳。幼さが残る柔和な顔に発育途中であろう可愛らしい肢体。
そして、高貴な者なのだろうか?
白を基調とし、赤い薔薇の刺繍が施された清潔で高潔なドレスに身を包んでいる。
「...アリアを解放して。命令よ」
「しかし...」
「聞こえなかった?命令よ?」
「っはい!承知しました」
「今回のことはメイザの命令かも知れないから不問にするけど私が来て命を拾ったわねラルフ?あの方の殺意を読み取れなかったの?」
「殺意だなんて人聞きの悪いことを言いますね。私はただ「野蛮な手をアリアから引き離そうとした」。これだけです」
「っな!!貴様!誰に向かって口を!」
「...ラルフ?」
「ちがっちがっぢが...」
幼い少女の低く、冷たい声にラルフと呼ばれた門番の人は腰を抜かしてそこで気を失ってしまった。
「ごめんね、アリア。久しぶり。こいつには後できつく言っておくから。それと横の君は?」
「私はレンといいます」
「レンね、分かったわ。私はミーナ・シンセロリアフリード。面倒なことに巻き込んでごめんなさいね。でも、その依頼書を持ってるのならだいたいの内情は察してくれるわよね」
やはり、この人が七聖剣の序列6位であるミーナであったか。
登場から場を制していた空気感に圧倒され、只者では無かったと思っていたがまさか予想が的中するとは。
俺がこの門番の人に手を出した瞬間、俺を殺そうとしていたのだろう。恐ろしいことにミーナの力を持ってすれば赤子の手を捻るぐらいに造作もないだろう。
「お久しぶりです。ミーナさん。いつも父がお世話になっております...と挨拶はここまでにしましょう。その件についてお話しすることがございます」
「話さなくて良いわ。あなたの覚悟は分かったけどダメ!あなたを戦時下に投入するわけにはいかないわ。横にいるレンならともかくあなたは...厳しいわ」
「...私への過大評価はどこから来ているのでしょうか?」
「ん?あなたは戦闘慣れしてる。私の勘がそう告げてるの。私の勘ってけっこうあたるのよ」
「なるほど、勘でしたか」
「それにもう一つダメな理由があって.....って立ち話もなんだし家まで案内するわ...パラフィン!」
ミーナが無詠唱魔法を唱えた途端に視界がものすごい速さで駆け抜けていく。
夢を見ているかのように自分に実体は無く、人の中を駆け抜けて行く。
「これは私の道を辿って戻ることができる魔法のパラフィン。と説明してたらもうついたわ」
会議で使われるのかと長い机にたくさんの椅子が用意された部屋。
正面に大きな金の時計が正午の時の音を告げる。
「豪華な部屋だな...」
部屋の周囲を確認していると思わず絶句してしまうレンとアリア。その原因は正面の金の時計とは逆の壁にあった。
なんと、アリアの幼少の頃からの写真を1年ごとに貼っているのだ。
風呂場の写真もあり、そこには裸体の姿で映るアリアの幼き頃の写真も。
写真の下には年齢が書いてあり左端から誕生0日目と書いているため1番右が最新だろうと視線を動かすと右端の年齢が16となっていた。
...16?10じゃなくて?
「...豪華な部屋です..ね?」
同情しつつ一枚一枚の写真を確認するレンにミーナは羞恥の感情が込み上げ、赤面を露わにし、涙目になる。それを見るアリアはあまりの可愛さに母性を感じ、保護欲が高まりつつあった。
「わぁぁぁー!!そんなまじまじ見ないでよ!これは私じゃなくて馬鹿王がぁぁ!!.....ってなんか説明するのもアホらしい。まぁもういいわ。貴方達は金の時計が見えるところに座りなさい。分かった?」
羞恥に襲われたのは一瞬。
すぐに平常心に戻ったミーナは我を保ち、本題を切り出そうと話の腰を戻そうとする。
そのあまりにも別人のような態度に圧倒されてしまったレンとアリアは困惑の表情を浮かべながらにアイコンタクトをした。
話題に出しちゃダメだと。
「「はい」」
「まぁ食事をしながらでも話そうか。ルーリャ?いるんでしょ?食事を頼むわ」
「かしこまりました」
声が聞こえたのにその声の主が見えない。
そう不思議に思っていると、
「さて、長くなりそうだし早速、本題に入ろうか。まずはスーラマ・ニア諸国連合軍について。まずはスーラマ・ニアという国はなく、地名であり、各国の腕利きのゴロつきが集まって結成されたテロ組織。相手には手練れの人もいるけど攻撃地域は北側に集中してるから守りやすく、また土地勘のあるこちらに有利が転がってる。戦況としてはそうなんだけど」
「戦況」としては...か。
今のところは有利にはなっているが不思議が多すぎるということか?
東に位置するスーラマ・ニアにも関わらず、北に移動してから攻撃を仕掛けている。
とても、不自然だ。
「北からの攻撃...だけでなくて目的がさっぱり分からない。だから今のところは有利だけど...」
「目的ですか...ちなみにそのスーラマ・ニアに直接殴り込みに行くのは?」
「それが出来たら苦労しないわ。あそこに住んでいる人たちは正真正銘のスーラマ・ニアの住人。名前だけを語るあいつらと違って一般人もいるの。そこに攻撃を仕掛けるとなると領土としているモルトリノール、そこと友好国でもあり、軍事最強国でもあるクレハアートが敵に回ることになる。こうなると私の手に負えないわ」
「七聖剣でも厳しいことがあるんですね」
「上には上がいるのよ。モルトだけなら私1人で対処できるけど...クレハアートには序列1位の化け物がいるのよ。他の七聖剣をまとめて相手しても1秒とかからず対処する力を持ってるの。レベルが違うわあんなの」
七聖剣の中でも戦闘力の差が歴然としており、序列1位は相当な化け物らしい。
しかし、そうとなると元凶を叩くことはできず、彼らは高みの見物を決めていることになる。
「領土としているモルトからは現在、確認中との返事のみ。恐らくグル」
「たしかに、とても厄介な状況ですね。被害としてはどれほどですか?」
「...被害は少ない。と言ったら良いのかな?直接にお金のかかることはほとんど無いんだけど、相手の立ち回りがいやらしくて」
「立ち回りがいやらしい?」
「遠距離攻撃でしか攻撃してこず、姿を絶対に見せない。これを徹底している。だから敵の数も何もかも把握できていない」
遠距離攻撃でしか攻撃されず、敵の数も分からないとなれば終わらない恐怖から精神的に落ち着くことができず、暴走してしまう人がたくさんいるだろう。
現に門番の人...たしかラルフだっけ?その人も理性で抑え切ることが出来ずに暴走した。
「よって、今夜は私が北のあたり一面を焦土と変える作戦をたてた。遠距離攻撃には遠距離攻撃。私に喧嘩を売る時点で負けは確定してるのよ」
「なるほど、闇雲ですが打つ手としたらそうなりますね。...さてと、とりあえずの対策は聞きましたので本題に入りましょうか?」
「本題だなんて...そうね、それなら話すけど「目的」を掴んできて欲しい。今、その「目的」を見つける諜報部隊を編成中だったのだけど判断能力と戦争力に優れた人を探していたの。それで運命的にも見つけたわけよ。...それで協力してくれる?」
「分かりました。交換条件があります。優れた回復魔法師との交渉と指導を締約してくれるなら従います」
「なにそれ、そんなことで良いの?」
「はい。私がここにきた理由はそれですから」
「正直者ね、だからこそ利用価値があるし信用しないで任せられるわ。よし!ご飯の予定で申し訳ないけど早速、作戦会議をしたいからここにいてくれる?それとアリアは...どうする?隣の部屋で待っとく?」
「いいえ、私も聞きます」
「そう?ルーリャ、諜報部隊を呼んできて。すぐに」
「かしこまりました」
またもや、ルーリャと呼ばれた女性は姿が見えないが部屋の中から声がする。
その不思議な感覚に襲われ、呆然と立ち尽くしていると、
「ルーリャは私の近侍兼護衛なの。なかなかの手練れなのよ」
七聖剣の1人でもある彼女が申すのならそれはそうなのであろう。しかし、若くして七聖剣に選ばれたミーナこそ本当に誉れであり、讃えられるべきなのであろう。この場合であれば従者の腕を褒めることにより自分の株を上げているのだろう。
「そうですか...それよりその諜報の人たちの簡単な紹介を聞いておきたかったですね」
「そう?その部隊は冒険歴で言えば5年とまだ短いけど現在急成長を遂げている新生のエース。名前は「フリード」そのメンバーをそのまま抜いた部隊だから足を引っ張ることはないだろうし、逆に足を引っ張らないようにしなさいよ?」
新生のエース。
自分とは違い、とても良い出世道を歩んできたのだろう。
俺が苦労して一山を自力でその足で登ったのに対して彼らはワープして一瞬でついたようなもの。
俺はそんな出来ないことも知らない人に普通に接することができるのだろうか?出来ることが普通な彼らに出来ない人の苦しみは理解されるのか?
いや、理解されるだけでも吐き気がする。
端から住む世界が違うのだ。
「なに?新メンバー?」
「聞いてないよ!ルーリャっち!」
「どうせ姫様の提案なんでしょ?私たち「フリード」は直属の部隊なんだから仕方ないわ」
ドア越しに聞こえる声はどれこれも女性のまだ若い声ばかりである。
そして勢いよくドアが開き、可憐な女性が3名ともレンと目が合うと、こちらを指差して
「おとこ!!????」
揃った声は驚きと戸惑いが多く含まれつつあり両者共々立ち尽くしてしまった。
「...失礼しました。衝撃で思わず失言してしまいました。3人を代表して謝罪します」
青く長い髪に同じ青い瞳。綺麗な顔立ちに手足の隅々に至るまでの所作から落ち着き、冷静さが伺える。しかし、そんな彼女から薫る艶美な体つきは豊満ゆえに隠しきれない破壊力として眼球へと襲う。
「私の名前はルーシェミア・ニルベルト。周りからはルーシェと呼ばれますのでどうぞルーシェとお呼びください。「フリード」の隊長を務め、暫定B級水鱗魔法師をしております」
「ご丁寧にどうも。俺はE級回復魔法師のレン」
昨夜にレイハートから伝えられたことだが名乗る場面があれば「クラス」と「タイプ」を伝える礼儀があるらしい。クラスとはE級を指し、タイプとは回復魔法師を指す。
誰しも登録時はE級からスタートし、簡単な依頼を何件かこなすと昇格するらしい。
しかし、レンは依頼を何件かこなす以前に依頼を一回も受けずにここにきた。
しかも、回復魔法師と戦闘向けでは無いタイプなので、自己紹介を終えたら、
「.....え?ごめんなさい、聞き間違えたかも知れないわ。もう一度お願いできますか?」
「そうそう、E級回復魔法師って聞こえたからびっくりしちゃったよね!」
「まじ?」
目の前の3人...いや、訂正して追加で横にいるミーナを含め4人は衝撃のあまり内心の焦りを隠しきれずに表情に露出する。
「嘘でしょ?低く見積もってもBはあるでしょ?何言ってんの?」
まさか、ミーナから「高いと予想しての低すぎた」から驚いていたとは思いもよらなかった。
「それならこれをお見せしますよ、「受告天使の魔導書」の写しで作られた正真正銘のギルドカードです」
「まぁ、これは偽造もできないしほんとにEなんだ...って魔法名が「回復」?ふざけているのか?」
ミーナの発言に勢いよく反応したのが金髪のショートカットの女の子であり、おそらく「フリード」の隊員だろう。
金色の瞳をキラキラ輝かせ、成長途中な未発達な身体に貧相な胸。かと言ってプロポーションが悪いかと問われればまな板を除けば特に文句の付け所のない女の子。
目と鼻の先と言えるほどまでに至近距離へと近づくと、
「魔法名が「回復」なんて初めて聞いた!全ての回復魔法を知ってるつもりだったのに!ねぇ!何それ見せて見せて!」
先程までは冷たく、一言だけしか返事がなかったような女の子が打って変わり、もとい人が変わったかのように興味津々に質問をする。
それも身を乗り出し顔を少し動かせばキスという名の事故へと繋がるほどに。
それに呆れるように頭を抱えながら服を引っ張るルーシェはまさに母親のような顔を浮かべながら淡々と処理する。
「申し訳ありません。この子はシャルアローテ・ルコアルミア。シャルアと呼ばれることが多いです。C級回復魔法師で...ご覧の通り、「回復」が付けばなんでも大好きな変わった女の子なんです」
「何が変わったよ。私は回復するその神秘な光景が繊細で愛おしくて包まれるような愛を感じるの。なのにこの愛が変わってる?いいえ違う!...だから!レンには分かるよね!?いやあなただから分かるはずよ同志!」
「すまないけど、俺はまだ一回しか使ったことなくてそこまで知らないんだ。だから教えを乞こうと考えて来たんだよ...ってあれ?」
シャルアは絶望に突き落とされたかのように顔は引き攣り、先程までの無関心に戻る。
「あなた名前なんだっけ?というか馴れ馴れしく話さないでくれる?吐き気がする」
さっきまで普通に名前呼んでなかった?
というより、馴れ馴れしくそちらが話して来ただけであり勝手に盛り上がり勝手に盛り下がったのはそっち。
落ち度という落ち度が見当たらずどうするべきか試行錯誤する。
シャルアは蔑むかのような鋭い目線を浴びせると、距離を大股で開いていく。
「変わり用がすごいな...ちなみに俺は「回復」には興味津々なんだけどな?」
その発言からシャルアは大好物のエサが出て来たかのように、尻尾を振る犬かの如く、とてもキラキラとしたオーラを纏っていた。
「なに!?...し!仕方ないな。知らないってんなら仕方なく教えてやる。同志!ちなみに回復魔法はおおまかに説明すると2種類あって!詳しくはn」
もはや、収集がつかないレベルになる可能性が高いと判断した「フリード」の隊長であるルーシェともう1人の女の子はアイコンタクトを交わすと、
「はいはーーい!私の紹介がまだだね!私はリリィシェリカ・ランリーファ。リリィでいいよ!C級炎渦魔法師で「フリード」のなかで一番貢献していないけど足は引っ張らない程度にはめさめさ頑張ってるよ」
「ランリーファ?」
「そうだけど、どうしたの?」
レンはランリーファという名前に覚えがあるのかリリィを凝視しながら睨み続ける。
「なになに一目惚れ?私がすごくめさめさ可愛いからってそれはダメだよ?」
明るい茶色のポニーテールが返事をするかのように元気に揺れ、活発で有り余る健康的な綺麗な足を際立たせるショートパンツ。そして何より疑うことを知らないその純真無垢な黒い瞳からは可憐という一言では言い表せないほどに魅力を感じる。...のだが、
「それは即否定できる。俺が気になったのは名なんだが」
「ひどい!!」
「同性の方なんて探せば幾らでもいらっしゃると思いますが?」
「うーん。まぁそれゃそうだな。こんな機会は無いんだしアリアも挨拶しときな」
「は!はい。私はアリア・ミリアドットと言います。暫定C級火炎魔法師です。今回の作戦では同行できませんがいずれまた会う機会によろしくお願いします」
「アリアちゃんよろしくね!でもさぁ、E級の人より暫定でもC級の方が戦力になると思わない?ルーシェ?」
「その件について私も疑念を抱いております。何故、彼女ではなくて彼を選抜したのか...姫様の考えを教えていただけませんか?」
リリィの指摘と自ら抱いていた疑問が合致し、1人だけが抱いていた疑念では無いことを確認できた段階で踏み込んだ。
しかし、ミーナはこちらの真剣な眼差しを嘲笑うかのように深く、溜息を吐く。
それを見たルーシェはフラッシュバックするかのように脳裏に映像が流れ、遺憾の表情が顕れる。
「....だからいくら経験や実力があってもB級に到達できないんだよルーシェ?レンは本当ならB級以上の持ち主。私はA級はくだらないと考えている」
ルーシェは唇を強く噛み締め、自分の中で押さえ込むかのように感情を殺そうとしていた。
「ということはカードの偽装?」
「いいや、それは無いかな?なんでかは知らないけどE級なのは事実らしい。私の明眼がそう告げている。...そもそも「ランク達成度依頼数」「損害率」「貢献度」だけで「クラス」を判断するギルドもどうかとは前から考えていた。まぁ指標にするにはデータがいるからなんとも言えないんだけど」
「分かりました。しかし、私はそこの彼を認めるわけにはいきません!それだけは理解してください」
「...同じチームとして動くのだから仲良くやってほしいけどこうなることは予想してたし仕方ないか。その話は後にする!...挨拶して早速だけど作戦を練ろうと考える。まずは北が本命か誘導か?」
「開戦から1週間も経過して尚、北への集中攻撃を諦めていないことから北が本命なはずです。しかも、北門を抜ければここまで最短ルート。狙いは王家の首でしょう。以前から隣接し、揉め事が多かったせいで反感を買ってしまった...というのが今回のオチでしょう」
「さすが主席は頭がめさめさ切れるね!やっぱり英才は言うことが違うよ」
「まぁ普通に考えればそうなんだけど...レンは違うっぽい?」
「本命は早計すぎる判断ですね。これは誘導の線が怪しいですね。まず、遠距離攻撃ばかりで相手の手のひらが全く分からない。これでは1週間の「集中攻撃」ではなくて「観察」の方が可能性としては高いです。...と、言っても以前住んでいたとこでの昔話の話何ですが」
「昔話なんてそんな夢物語で描かれた不明確な...」
「続けて。その昔話を」
ルーシェは昔話の話を持ってこようとしている。それを厳格な会議場で述べるのはモラルとしてどうなのかと問いたかっただけなのだがあまりにも真剣に聞いているミーナ。
ルーシェは己の無力から得られた無知とその無知故に産まれた劣等感に苛まれ再び、唇を強く噛み締める。
「はい。そこから北に攻撃が過激化されていきます。本命かのように大量の兵士たちが押し寄せて来ますが直ぐに退散して戦争は終幕します。そして、一夜明けると南にある鉱石の山を占拠されていました。本当の狙いは北ではなく南の宝なんです!」
「なるそどな..その推理を基に考えると危ないのが南。しかし、南には広大で平坦な土地しかない。その昔話に出てくるような鉱山は...ん?」
「山一つ何もない平な土地ではないですか?あるのはそこで栽培している食物など...しか」
ルーシェも話しながらあることに気づく。
南には鉱山に匹敵するほどにお金になるお宝が眠っていることを。
「なるほど、その食物でもある主生産の「オコ」の奪取、独占が真の狙い。国の管轄でない独自のグループなら国交法にも抵触しないし下手にこちらから手を出せば戦争になるしこちらの負けしかない。「オコ」は輸出産物の80%を占めるため、無くなれば経済が回らなくなるどころか国が滅びる。事前に対処のしようがないため完全に後手回り。最悪なパターンだこれ」
「しかし!そんなの憶測に過ぎません!こんな確証の何もない話を信じて行動しろと姫様は仰るのですか!!??」
「...信じろとは言わないし命令に背くなら私は止めはしない。けど、この選択が重要な分岐点となりうる。私情で国の左右を決めるな!!」
「....失礼しました。先ほどの失言は訂正いたします」
ルーシェは深く頭を下げて謝罪する。
しかし、拳を強く握りしめ、武者振るいするかのように握り締める腕が微振動する。
「よし!レンの話を加味して作戦を変更。会議後に「フリード」は南。私は当初の作戦通りに北へと向かう。農家の人たちを襲う程度だからそこまで苦戦する相手はいないと思うけど、もし苦戦するようならばこの発光弾を打ち上げて」
そういいながらミーナはルーシェに弾を渡す。
しかし、打ち出すための銃は何も無いため恐らく魔法で打ち上げるのだろう。
「使い方は魔力を込めれば自動で点火する仕組みだから」
と、その時であった。
扉の外で慌ただしく走り寄ってくる甲冑の音が扉前で止まり、勢いよく鍵もろとも開錠する。
「お話中失礼します!急ぎ連絡があります!北におよそ1万の兵がこちらに向け侵攻中!」
「メイザ...何度も言うようだけどあなたにはここの「謁見の許可」を出してるのだから壊してまで入る必要無いの。これの結界は面倒なのよ?」
「はい!かしこまりました!」
「バカよバカ!その返事はもう何十回と聞いているわこの馬鹿!!...ってごめんね。けどこれは好機と捉えるべきよ「フリード」。あなたたちは南に向かいなさい。私は北を制圧しに行くわ。あ、そうそう!門から一歩でも出ると私の結界が張られてないから衝撃波が飛ぶと思うの。くれぐれも死なないでね?アリアちゃんは私について来なさい」
「...は!はい!」
俺は幼い彼女から発せられた「くれぐれも死なないでね」と言う言葉に違和感しか感じなかった。この時はまだ七聖剣の恐ろしさを理解していなかったからだ。