2-3.真意の程
「緑の……悪魔……」
今日の帰りもまた、悪魔呼ばわりされた事が、脳からまるで離れないでいた。
『見た目と言動が気に入らない』―――――。
井原さんが私を嫌う理由を要約すると、こうだ。
しかし、一人のためだけに、眼鏡を外したり、人への当たり方を変えたりてもいいものなのだろうか?
二次元的に印象が悪いから、というのは、眼鏡を外す理由とするには弱いと思った。
寝ている間は外しているが、それは外した状態で生活する事とは別の問題だ。
それに、人への当たり方だって、相手の事を考えると変えようがない。
初対面で驚かれる事も少なくはないのに、その直後にタメ口というのは、私には使えない。
そもそも、外見にも態度にも、全員が好きという物は無いだろう。
無理矢理変わろうして失敗して、それが原因で貶されたりしたら、意味は無い。
「えっ、さのりの家?!」
「はい。 風邪と聞いて心配したので」
「良く行こうって思ったなあ……。 それで、これが……おみやげ?」
「そう……ですかね?」
帰ってからしばらくして、愛奈と話をしていた。
井原さんの家に行っていた、と言った時は驚いていた。
紙袋の事も訊かれたので、中身を取り出してみた。
県内にある「歌分敦田」こと「茶村山」を模したという、可愛らしい形とコマーシャルが有名な和菓子、「歌分さむらまんじゅう」のセットだった。
本当にいいのだろうか?
「いいじゃん、こんなの貰えるの?」
「たまたまですよ。 ちょっと行き先で揉め事があったので、お祖母さんからそのお詫びのようなものとして貰ったんです」
彼女はそれを見ては、喜んでいた。
事情を話してみると、納得しているようだった。
それから、夕飯を食べ終わって、勉強をしていた時の事。
端末に、着信があった。
「はい?」
『こんばんは』
「長岡さん……ですか?」
出てみると、長岡さんの声が聴こえてきた。
長岡さん、というのは、二年前の夏祭りで知り合った、二人の同い年のうちの一人だ。
下の名前は―――――覚えていない。
二人のうちのもう一人は田辺さんと言い、連絡先は二人の親に、『何かあった時のため』として交換してあった。
どうしてそんな事をしないといけなかったのかというと、祭りの前日に、笠岡くん達と交わしていた約束の事があった。
『今年の祭りは家族と一緒に行こう』というものだったが、私の家族は全く乗り気ではなかった。
私だけ一人というのもどうかと思い、考えた結果が『知り合いを連れてこよう』というもので、その場で誘ったのがその二人だったのだ。
その後、彼女達とは会う事はなかったのだが、番号を残してあるとは思っていなかった。
今もなお、この出来事を思い出すと、同時に二人の存在も思い出しては、若干の負い目を感じている。
『そうだよ、そっちは……誰だっけ?』
こちらの事を思い出せなかったようで、名前を訊かれた。
まあ、覚えていなくても困る事は、そんなにないわけだが。
『ああ、棚橋さん! 長い髪と、あと眼鏡の子、というのは覚えてたけど』
「そんなの、私だけの特徴ではないですよ」
名前を聴いた時の彼女の声量はいきなり大きめになって、驚かされた。
見た目は覚えてくれていたようだったが、長髪で眼鏡の人という覚え方については、違う気がした。
『そうかな? それで、元気にしてる?』
「はい。 特に大きな事故や病気もなく、学校についても満足しています」
少しの間、笑い声が聴こえてきた後、今度は現状について訊かれたので、正直に答えた。
『へえ、良かったじゃん。 じゃあね』
電話は、彼女の方から切断された。
楽しそうに通話していて、とても『この前は巻き込んでしまって』、などとは言えなかった。
このあとも勉強を進めていき、あとはいつものように風呂に入り、歯を磨き、自分の部屋で眠った。
翌日、バスの車内。
「よ、よう、バシ」
乗り合わせた人の様子を見ていると、美佐さんの声がした。
「お前もバス……だったよな」
「はい。 私的には、バスが一番落ち着くんです」
「落ち着く……か。 ……自転車が一番良かったのに」
「何かあったんですか?」
彼女と通学手段の話をしていると、いきなり不満のような発言があったので、伺ってみた。
「あ、バシさ、お前は……美夏の事、知ってるよな?」
「はい」
「あいつ、『美佐の自転車とか事故起こしかねない〜』とか、『ぼっちだっていじめられる〜』とか、うるさかったんだよ。 それであたしが折れて……。 今もなんとなくでバス通学にしてる、ってわけ」
「それは……でも、美夏さんは気を遣ってくれていたのでは……?」
「おはようございます」
美夏さんについての愚痴を聴いていると、その本人が話しかけてきた。
「げっ、噂をすれば……」
「聴こえてましたよ、美佐。 そんな風に思われてたなんて……」
私は挨拶の返事をするだけだが、美佐さんにとってはそうもいかないような状況になっていた。
姉妹喧嘩だけは止めたいが、私に止められるかどうか―――――。
「あの……。 美佐さんの話って、本当なんですか?」
「自転車登校に反対した話ですか? だったら本当です」
とりあえず、美夏さんに話を伺ってみた。
「というのは……?」
「姉妹の中で一番やんちゃしていたのも、家族から一番嫌われていたのも、美佐だったんですよ」
こういう話を聴くと、『何故そうなったのか?』などといった方向にばかり興味が向いてしまう。
「自由にさせるのが嫌だった……という事ですか?」
「嫌だったというか、美佐に何かあった時の不安があったんですよ。 でも、感じの悪い言い方をすると、そういう風になると思います」
「そう……だったんですね」
それからも、話を聴いてきたところで―――――。
「……良い姉さんじゃないですか」
美夏さんについて感じた事を、美佐さんに話してみた。
彼女にとっては考えすぎ、あるいは過保護なのかもしれないが、自分の妹を想っている事は、十分に感じ取れた。
「はあ?」
「えっ?」
美夏さんにも驚くような反応をされたが、これを撤回すると、尚更失礼になる気がした。
美佐さんの方はというと、驚きを通り越して、呆れているようだった。
まあ、二人の反応には無理は無いだろう。
「……すみません」
「いえ、大丈夫です」
その様子を見て緊張した後、二人に謝ったが、美夏さんはそんなに気にしているわけでもなかった。
この後、二人は別の方に移動した。
景色だったり、バスの中にいる人だったりを見つめて、目当てのバス停に到着するまでの時間をやり過ごした。
その日の放課後。
「よう」
校舎を出ようと歩いていると、一人に声をかけられた。
振り向いてみると、赤いミドルヘアに青い目で、アンテナのように立った毛のある男子だった。
彼は「引田」くんと言い、私の同学年の知り合いの一人だ。
フルネームは、「引田 光人」。
校内では良くも悪くも有名な人で、よくトラブルを起こしている。
知っているのは、刺激の強いアニメを良く見ている事、ふざける時と真面目になる時のタイミングが真逆になったりする事、笠岡くんと友達である事。
直接会うことは多くないが、噂は多い人だ。
「……引田くん?」
いきなりだったので、反応に困った。
彼と二人きり、という機会が、今まででなかったのもある。
「岡田から聞いたんだけど、お前って最近、拓海……の事が好きな女が誰か気になってるんだって?」
「それは……嘘ではないです。 というのも―――――」
いつそのような噂が出たのかは分からないが、間違っているとも言い切れない。
「変わった所に目付けてるんだな。 その視線、こっちにも向けてみて欲しいんだが?」
「癖」の事も含めて話してみたが、笑っていた辺りは、あまり気にはしていないように見えた。
要は、『自分にも興味を持ってほしい』という事だろうか。
「悪くない……かも……?」
冗談なのかもわからないので、返事に笑いを入れてみた。
ただし、『悪くはない』というのは、真面目な話だ。
「マジで言ってんの? ……それはいいとして、うどんでも食いに行こうぜ」
「良いですけど、どこに?」
「それは……着くまでのお楽しみだな」
彼にとって、本気ではなかったようだ。
言われた時は、選ぶ言葉を間違えたようで恥ずかしくなった。
うどんを食べる事に誘われたのはいいが、学園のある「花坂市」は、地域有数の「歌分うどん」の激戦区の一つ。
一概に『うどんを食べに行く』と言っても、どのうどん屋さんの事なのかは行くまでわからない。
また、営業しているのが早朝から昼まで、という店も多い。
「ここだ。 ここもここで美味いぞ」
校舎から出て、しばらくついていくようにして歩いていると、店を見たであろう引田くんが、右手でその方向を指差した。
『ぼっとう饂飩』という、黒と白に黄色が差し色として入る外装で、筆で書いたような文字と黄色の楕円形の看板のセルフうどん屋さんだ。
名前を聴いた事はあっても、行った事は無かったか。
普段食べていたのは、基本的に父さんが買ってきてくれる冷凍のもので、お店に食べに行く機会というのが、そう多くはなかった事もある。
そのため、近所で見かけるうどん屋さんの名前は覚えていても、味についてはよく知らない。
月に一回、家の近所の店に行く程度だ。
「ぼっとう饂飩……名前は知ってます」
「……ああ、悪い。 ここって、昼までなんだな」
店の名前に反応している間に、営業時間を確かめていた引田くん。
既に閉店の時間だったようで、それを見た時の彼は、少し落ち込んでいるように見えた。
「また今度にするか?」
「そこまでは……ちょっと……」
「しょうがないよな」
提案を聴いて、戸惑った。
『そこまでするのか?』と感じていた。
うどんに対して、こだわりがあるわけでもなかったからだ。
その後はいつものようにバスに乗り、家の最寄りのバス停で降りた後、歩いて家へと帰った。
風呂から上がって、パジャマに着替えてすぐに端末を確かめると、六島さんからのSENNの通知があった。
『はしえな、計画はどうなの?』
『進められていません』
『ダメじゃん、せめて1人とは当たった方がいいよ』
いつものように、計画について確認された。
指摘を受けたので、謝罪を意味するSENNワッペンを送った。
『ところで日曜ってヒマ? にじのまち行かない?』
それからしばらくメッセージを送り合っていると、にじのまちに誘われた。
受け入れはしたが、何をされるかは不安になっていた。
言った事と実際の動きが合っていない、というのは、気にはなっていた。
でも、いきなり『笠岡くんの事が好き?』などと、私には訊けない。
人を騙すわけにもいかなかった。
翌日―――――。
この日は土曜日で、昼頃に私服で出かけた。
近所のコンビニで雑誌を見ていると、知っている人のブランドとのコラボアイテムが付録になっている雑誌を見つけた。
表紙にも大きく映っている、暗い緑の真っ直ぐに長い髪、赤い眼鏡、ナチュラルなメイクの垂れ気味の目、モデルとしては少し横が大きめに見える体型。
とても有名なファッションスタイリスト、「ミトモリ」さんだ。
母さんが購読していた雑誌の表紙で、女優の「水守 みずは」として見かけたのが最初だった。
もともとはアパレルショップ勤務の大学生で、スカウトされてアイドルグループのメンバーになり、その後女優を経て、現在に至る。
アイドルだった頃も女優だった頃も芸名で、全て本名とは別の名前だったとか。
この方のコーディネートやデザインは、「地味」と「清楚」の境目を突き進んでいると評判だ。
海外でもそこそこ有名で、付いたあだ名は「ミス·グリーンチェック」。
普段の人当たりが良い事や、『ライバルではなく同業者、同業者とはすなわち仲間』という考え方、可愛い物が好きで、日曜の朝の女子向けアニメを毎週観ているほどのファンである事などでも知られている。
中学の頃、ネットでたまたまこの方のインタビュー記事を見たときは、衝撃が走った。
『勝手に人を嫌っても、良い事はないんです』
『お客さんには、まず「可愛い」と思って接客しています。 私の力で、その子をさらに可愛くしてあげたい、という熱が、仕事の原動力なんです』
『言われた事には逆上せず、アドバイスとして受け止めたり、「それも魅力だよね」とか、ポジティブに解釈したりするように心がけています』
その中でも、印象深かったのがこれらの発言で、現在の私も強い影響を受けていると言っていいだろう。
普段着や対応の線引きなど、気になっている事は少なくない。
値段やデザインの事もあって、しばらく迷いはしたが、最終的にはその本を買っていた。
それからしばらく勉強した後、その本を読んでみた。
内容のほとんどは、付録やブランドについての紹介と、ミトモリさんとのインタビューだった。
『正直、最初は嫌でした。嘲笑っている感じには見えなかったんですけど、おちょくられているみたいで』
『今の私が可愛い子がどうとか言っているのって、言葉だけだと、その絡まれていた子に似ているとも、言えないこともないんですよね。今度会ったら感謝しないと』
「どんな学生だったか?」という話から「絡まれていた時はどう思っていた?」に発展した後、この方が答えたとして書かれていた文章は、私の中では印象的だった。
そんな中で、端末の音が鳴っていた。
『最近知り合った子がいるんだけど、今度にじのまち行く時に一緒で来てもいい?』
六島さんからの、予定についてのSENNだった。
一応『大丈夫だ』という趣旨の返事をした。
友達になったりするかもしれないし、断る理由もない。
同伴するのが誰なのかは、とても興味があった。
『計画』のターゲットなのか、なども含めて。
その後は特に何もなく、歯を磨いた後に眠った。
二話部分はこれで終わりです。
セリフと文章の構成を変えてみましたが、不評じゃなかったら、他の部分も同じような感じにしようと思います。
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