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棚橋衣奈の心労 信条編・陰謀編  作者: TNネイント
第十一話「隠す罪、消せない罰」
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11-3.私で光になれるなら

 結局、井原さんは最後まで教室に現れなかった。


「風邪」で休んで以来の彼女の欠席のはずなのに不安な気持ちが強くなるのは、この日があの生徒会長選挙の翌日だからだ。


 早くから最有力候補と目されて臨んだはずの選挙。

 彼女もその周りも、その前評判に甘んじずに戦ってきた……はずだっただろう。

 それがあんな結果になってしまったわけで、ショックでどこかおかしくなっても不思議ではない。


「本当に心配なんだな、さのりの事が」

 挨拶を終えても、彼女の席の前を通れない私のところに、笠岡くんが話しかけてきた。


 そこからは彼と、合流した六島さんとの三人で話をしながら、校舎の出口へと向かっていた。

 二人とも井原さんについては心配だったようで、話の中では「家に行ってみるか?」という提案までされたが、その先でお祖母さんに言われていたことを思い出したため拒否した。


 その代わりとして提案したのは、「なるべく早い時期に、どこかで会わせるように調整してほしい」というものだった。

 二人とも受け入れてはくれたが、あまり乗り気ではなかった。


 今まで井原さんに対して望んできたのは「関係回復」であって、「復讐」でも「断罪」でもない。

 反省か何かとして求める事も、「悪魔という呼び方をやめる事」以外にはあまりない。

『やり返すと同類に落ちる』というのが許せなかったからだ。

 それも人としての心がどうこうといった問題ではない。

 彼女の存在が羨ましく、憧れにも劣等感の理由にもなっていた事、私を『悪魔』と呼ぶ事を正当化させてしまう事が理由だった。


 ――――――――――


 生まれや容姿はもちろん、学力や運動神経といった学生としての素質に、基礎的な教養まで―――――。

 幼い頃から、人が作るあらゆる順位表や成績表の類のものにおいて、常に良い方で私より上位にあり続けた名前の一つが「井原さのり」だった。


『さのりちゃんは……また私より上だ。 凄いなあ……』

『私はこれが普通だから!』

 これは小学四年生の頃、短い間だけ彼女が口癖のように使っていた言葉。

 これを言う時は、決まって自信しかないような顔をしていた。


『私も、もっと努力して、そう言えるように頑張らないと……』

 主に数値や記録などに反応するのに使っていたこの言葉に対しては、私も謙遜するような顔でこの返事をするのがお約束のようになりかけていたか。


『その血生臭くてもおかしくない眼鏡が泣いてるのが聴こえてくるわ、「悪魔の耳と鼻から離れたい」って!』

『そんな物騒な作られ方はしてないですし、そもそも喋りませんよ……?』

『分かってるけど? 悪魔の中にネタという概念はないの?』

 ちなみに、そういった点もまた、学園に来てからは揶揄の対象だった。

 笠岡くんもそこに居合わせた時は注意をしたりしていたのだが、すぐにその彼の意識が向いていないか、場にいない時に教室とは別の場所の廊下の隅の方で取り囲むという形で対策されていた。


 ――――――――――


 話は三人での下校中に戻り―――――。


「本当に、さのりんの事を許すつもりなの?」

「仕打ちを受けても仕方のないところはありましたし、そもそも人が苦しむ様を見ても素直に喜べないので……」

「言うと思ったよ。 でも、衣奈は一度囲まれて、胸ぐら掴まれて、ビンタまでされてるんだろ?」

「……はい」

 会って何がしたいかの話題になった中で、六島さんが真面目そうになると、話のトーンも釣られるようにその方に向いていった。


「こんな事は今は言わない方がいいと思ってたけど……途中、衣奈の味方ばかりするのはどうなのかと思ってたところはあった」

「……ですよね」

 そんな中で、笠岡くんが断りを入れた上で話し始めたのは、自身の立場故の苦悩についてのものだった。


 互いに愛し、愛されてきた二人の間を取り持ってきたわけで、言葉に無理はない。

 悪さから助けるために対処しつつも、不満を抑えるために過剰な肩入れはしないといった絶妙な塩梅(あんばい)を、二年近くの間当たり前のように求められ続けてきたのだから。

 仮にもし彼の神経の構造を可視化する事ができるとしたら、私のそれとは比べものにならないくらいにはボロボロになっていても不思議ではない。

 彼の場合は他の女子たちの事もあるし、どこでどうやってストレスを解消しているのかも分からないし―――――。


……というのは考え過ぎだったようで、彼の話には続きがあった。

 井原さんからも相談は受けていたが、段々と話がめちゃくちゃになっていき、自然と私の方に寄るようになっていたとか。

 その中で決定打のようになったのが、選挙活動中に起きていた口論の内容を聴いてしまった事と、その後の対応だったという。


 あの当時、他の女子たちとも一緒にいた一組の教室にも怒鳴るような声が聴こえていたようで、放課後に彼女に訊いてみたのだが、ひたすら福山さんか私かのいずれかのせいにしていたそう。

 その後SENNでそちらにも確認したところ、聴いていた話と多数の食い違いがあった上に、その部分についても一部嘘が混じっていた事が発覚。

 口論中の発言についても無視できなかった事もあり、後日注意はしたものの、それでも相変わらずだったのを見て考え直したという。


「やっぱり……家の前までは一緒に行きます。 この問題も、二年のうちに終わらせた方がいいと思うので」

 そんな彼の話を聴いていて、一度拒否していたはずの提案を受け入れようと改めて決めた。

 こんな事を長引かせても、誰のためにもならないからだ。


 そうして三人で下校して、徒歩で向かった井原さんの家。

 ただ、二人は自転車を押しながら歩いていた。

 許可については、私以外の二人が移動中に取っていた。 


「私は周辺で待ってるので、気にせずに行ってください」

「分かった。 もし何かあったら電話で言ってくれ」

 その家の前に到着し、一度笠岡くんと軽く言葉を交わしたところで、二人がまずインターホンを鳴らし、壁と門からしても広いのが分かる敷地の中へと入っていった。

 バトルものか何かだったら、ここから最終決戦か何かに臨むような構図にもなりえる状況だ。

 目的については「遊びに行く」としか聴いていなかったが。


 それからしばらく、何が起こるか分からないので、あまり離れるような移動ができなかった。

 時間潰しでたまに端末を取り出し、通知などがないか確認していたが、特に大したものもなかった。


 そして次に家からの出入りがあったのは、立ち入ってから三十分ほどの事だった。

 六島さんが門から出てきて、片方の手を動かしていた。

 こちらに呼びかけていたのに気付いたのは、しばらくその手の方を見た上で凝視してからだった。


 そこに走って向かおうとしていたが、あちらの方もこちらに向かっていたのに気付かず、門の少し手前で合流した。


「さのりんのおばばが、『はしえなも上がっていい』って!」

「えっ?」

 そうしたあとに伝えられた事に、驚きを隠せなかった。

 急かされて門をくぐってから理由についての説明を受けたのだが、それによると「身辺的に心配なので今回だけは上がっていい」との事だった。

 家にいたお祖母さんと三人で会話をしていた途中、笠岡くんが私の名前を出してしまったようで、そこから私の話題に発展した結果こうなったという。


「……こんにちは」

 その人と彼が話していた部屋までついていき、そこで一度挨拶をしたのだが、その間ずっと緊張が抜けなかった。

 舌打ちもにらみつける様子もなく、むしろ平常な顔で用意された座布団のようなものに座るように誘われたが、それでも『突然怒ったりするのではないか?』という不安を捨てきれなかった。


 そんなお祖母さんから、話を聴いていた時の事だった。


「拓海に友希……って、なんで悪魔まで上がらせてるの?!」

 どういうわけか学園の制服姿の井原さんが、私たちがいる部屋に入ってきた。

 こちらの姿を見かけると、あからさまに怒りを見せてきた。

 最初は彼女とそのお祖母さんで言い争うような形になっていた。


「こんな奴、放っておけばいいのに!」

 そこから私がいる理由について説明を受けた彼女からの言葉は、ここ数週間の中で一二を争うほどの衝撃を受けた。

 間違っていないわけでもない分も大きかった。


「相手が棚橋さんであるとはいえ、お客さんの前で言っていい事と悪い事というのがあるでしょう?」

「悪魔は別でしょ?! 私がどうしても入れたくない奴だから!」

「まったく……」

 この言葉についてお祖母さんから注意されても、彼女の態度は変わらなかった。

 この返事を受けての呆れは、お手上げ状態と言ってもいいようなものだった。


「……あの、井原さん」

「何?!」

 そんな彼女の名前を呼びかけてみたが、その反応はまるで、喧嘩をふっかけてしまったかのようだった。


「あなたに対して、痛い目に遭ってほしいとか、復讐したいなんて気持ちは私にはあまりないんです。 もしあなたがそういう目に遭った時は遭った時で、私としては心配になります」

「それで?」

「私としては……あなたのような人も大切なんです」

 そうして怒り気味な様子を隠せない彼女にもできる限り臆さず、気持ちについて話していった。

 学年度では間違いなく最後、学園生活の中でも二度とないかもしれない程の大きな問題解決の機会。

 無視してしまえば、死ぬまで因縁が残り続けるかもしれない……というのは言いすぎだろうか。


「大切……? ふざけるな!!」

 大嫌いな私の言葉など信じてくれるはずもなく、言葉に反応した彼女からは大声で威嚇された。

 気に障る言葉だったのもあるのかもしれない。

 この時の周りの反応は見られなかったが、視線が彼女に向いていた事だけは分かった。


「選挙の時、あれだけ裏切ってきたくせに! 何が大切だって言うの?!」

「立候補したら殺すとか、嘘だったら殺すとか、それが嫌だったら笠岡くんとの関わりを()てとか言ってたじゃないですか」

 詰め寄って怒鳴る彼女に、脅迫について話してみた。

「私のどこが大切なのか?」という問いの答えとしては成立していないが、「選挙の時に裏切られた」という主張に反論したかった。


 この会話を聴いていた笠岡くんたちの表情が変わったからか、先程まで険しかった彼女の表情が崩れ始めていた。


「いや……それは……その……」

 事情の説明ができなかった彼女は、普段あまり見ないような焦り方をしていた。

 自分に返ってくるとは思わなかったのだろうか……?

 私もそれを見てどう反応すればいいのか分からず、笑いと戸惑いが混じったような顔をしてしまった。

 笑ってはいけない場面のはずなのに。


「……ごめんなさい」

 少しして、感じた圧力のようなものに負けてしまったのか、言葉が詰まったのかは分からないが、突然彼女が口頭で謝った。

 さらに複雑になった状況を整理できず、呆然としてしまった。

……というか、彼女ならここも強引に正当化するものかと思っていた。


「いきなり……どうしたんですか?」

「なんでもない!」

 気になって質問してみると普段のような喋り方には戻ったが、その顔は虚勢を張っていたようにも見えた。

 表情は怒っている時のそれとほぼ同じだったが、その目をよく見ると泣きそうだったし、頬も普段より少し赤くなっていた。


 そんな彼女からの言葉に、どう返せばいいのか分からなかった。

 やり返そうなんて、進んでできる事ではないし―――――。


 そこからまたしばらく無言が続くと、彼女の表情が崩れた。

 下手に行動する事で反発される可能性もあるが、今回は黙って見ているわけにもいかない。

 しかし、『大切な人』がこうなった時、取るのに相応しい行動というのは何なのか……?


 そう考えている間にも、彼女は顔を下げていたし、よく見ると涙らしき粒さえも見えていた。

 それを見て、私は―――――まず、彼女の左隣へと移動した。


 そして、姿勢を少し前に傾け、開いた右手を彼女の背中に添えるように置いた。


「えっ? な、何……?!」

「こちらこそ、色々とすみませんでした。 もしよかったら、仲直り……とかどうですか?」

 振り向きざまに驚かれたのに対し、こちらも一度謝りを入れた上で、一つ提案をしてみた。

 私への不快感が発端な以上、図々しいと言われればそれまでだった。


「なんで?」

「その方が、お互いのこれからのためにも、周りの人たちのためにもなるかな、って。 ……それに、私の事を、いつまでも悩みや恨みとして抱え込ませたくないんです」

 ただ、そういった反発はなく、不思議そうに理由を訊いてきた。

 答えても戸惑ってはいたが、怒鳴られてきたのよりかは遥かに改善されていた。


 それを見て気付いたのは、ここでは和解をするのには早すぎるという事だ。

 学園では処分がまだ決まっていないし、それを終えたとしても、周りから彼女への仕打ちが待ち構えているかもしれない。

 そんな状況の中で今、どれだけ私が彼女を取り繕ったとしても、理想と現実の落差が激しくなるだけなのだ。

 その落差が彼女の許容できる範囲を超えたら、結局私は『悪魔』に、関係も不仲に逆戻りしてしまうだろう。

 負い目として精神的に深く刻まれ、一生残り続ける事にもなりかねない。

……ただ、仕打ちに対しての私自身の立ち回り次第では、それだって避ける事ができるのかもしれない。

 本当に問題になってくるのは、今からはあと少し先の事だ。


 その後、同じ場にいた笠岡くんたちとも話をした結果、事前に確認を取る事を条件に、井原さんの家に来てもいいようになった。


 ここから出るために玄関に向かった時も、彼女はこちらに対して会釈してくれた。

 私以外の二人に向けてのものだったのかもしれないが、「彼女は変わろうとしている」と勝手に解釈し、勝手に安心していた。

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