11-2.闇と悩みを背負うたび
「どうしても上から目線になっちゃうと思って、言ってなかったんです。 私自身は立候補してなかったですし……」
「いえ、それは全然大丈夫です! 私としては、言ってくれる以上の事はないので!」
私が話題を出す上で不安だった事を話すと、高千穂さんは無理やり取り繕うように早口になっていた。
「……そうですか。 ありがとうございます」
それに対して、私は照れ笑いのような顔を見せていた。
落ち着いてほしかったからか?
それから彼女たちとも別れて、一度靴箱まで行って靴を履き替え、笠岡くんたちを校門前で待った。
そこで合流してから、私の家の前まで、六島さんも含めた三人で歩いて帰った。
この間に、井原さんの話題はなかった。
私を含めて、誰もそこに話を振ろうとしていなかった。
帰宅してからは、ほぼいつも通りに過ごした。
違いとしては、SENNの話題も生徒会長選挙の事ばかりだったという程度だ。
私も私で、福山さんたちのグループでの「反省会」にも返事をしていたりと、完全に無視していたわけでもなかった。
翌日―――――。
「おはようございます。 何してるんですか?」
通学時、カメラマンか何かと思われる人がいたので、話しかけてみた。
腕章は見えなかったし、全く見覚えのある顔でもなかった。
この際、いつものように二人の瀬戸さんと一緒になっていたが、彼女達は先に校舎の方へと向かった。
「ここの『取材』だよ」
その人は、私の質問には軽快に答えてはくれた。
それを聴いた時は、『犯罪のための嘘だったらどうしようか?』とか『何の取材なのか?』とか、多少の不安や疑いはあった。
「ああ……そうですか」
「君、ここの学生だよね? 女子高生の暴露動画の事で、訊きたい事があるんだけど、いいかな?」
相槌を入れていると、もう一人が校門の方だったり、私の制服の左胸周辺の刺繍だったりに視線を向けた上で、もう一つ質問してきた。
『取材』については迷った。
もともと、私が絡む事を大事にはしたくなかった。
しかし、報道を通じて、私のような目に遭う人を全国的に減らせる可能性も、地元への風評被害がもたらされる可能性も、否定する事はできなかった。
「すみません。 これから学校なので……」
「そうか。 でも、君が動画で触れられていた棚橋さんだ、っていうのはみんなから既に聴いてるんだよ?」
「えっ?」
一度断りはしたのだが、それに対するこの人の言葉には戸惑ってしまった。
既に何人かから話を聴いていた事になるし、それくらい長い時間はこの学園周辺にいたことも事実上確定する。
……一体何が、この人をそこまで動かすのだろうか?
「君にあの動画についての話を訊きたくて、わざわざ洋城から高くない交通費を使ってこんなところまで来てやってるんだ。 その程度の答えで、この僕が帰られると思うかな?」
にらむような視線と、不器用にも見える笑顔と共に発された言葉からその理由に気付いた時、恐怖で私の中に戦慄が走った。
私が他人に声をかけてきたのとほぼ同じで、『知りたい』という意欲から来るものだと分かった。
細かい点で言えば私のそれとは若干変わってくるのかもしれないが、ここまで気持ち悪くなれるという事は今まで考えてこなかった。
「そうは思わない……ですけど、これのせいで遅刻した、なんて事になる方が、周りに迷惑をかけてしまうので……」
怖がるようになりながら返事をしている中、相手の後ろをよく見ると、何人かが立ち止まり、見つめていたのが見えた。
中には撮影のためか端末を持っていた人もいたが、それを含めても嫌そうな顔をしていた人が過半数を上回っていたのは、全員の顔が見えているわけでなくとも明らかだった。
「じゃあ『取材』に応じてよ。 そんな事よりずっとマシなんだからさあ?」
「もういいです」
私と記者らしき人の一連のやり取りこそが『周りにとっての迷惑』になっていたのにも気付いたところで、相手に吐き捨てるように言葉を返し、逃げ去るように校舎に向かって移動した。
「おい、待て!」
動き始めて数歩のところで舌打ちと怒号が聴こえてきたので、かばんを抱えるようにしながら走った。
そこから次に校門の方に視線を向けたのは、玄関から校舎に入ってすぐ、扉に隠れて覗くような形になってからだった。
その視線の先には、先程までの相手とみられる人の姿は見当たらず、安心して振り返ると―――――。
「えっ?!」
「何? 今度は観察?」
その先に一人の女子がいたとは思わず、驚いてしまった。
先程周りにいた中の一人だろうか。
少し会話になったのを通じて、その時の相手がどうなったのかについて教えてくれた。
校門を通ろうとした事で、警備員や場に居合わせた学園の関係者たちとトラブルになったという。
この際、「俺はジャーナリストだぞ」などと開き直っていたのだとか。
「棚橋があんな事言って逃げたくらいだから、相当ヤバい奴なんだろうな、とは思ってたけど……」
「あの人……怖かったんですよ」
「そりゃ、無視されて逆ギレとかしないしね」
こちらを気にかけるような顔の彼女に、件の人とのやり取りについて話すと、恥ずかしがるような照れ笑いを見せていた。
私も私で、引きつったように微笑んでいた。
そんな彼女とは靴を履き替える前に別れ、最初に向かったのは廊下の壁の掲示板。
『生徒会長選 三好美空さんが当選』という見出しに、写真まで貼付され、まるで新聞のような構図の選挙結果に関する張り紙が目立つ中、最も気になったのは、それ以外の張り紙だった。
数日以内に、学園の敷地内で臨時保護者会と記者会見を行う予定らしい。
「主なテーマ」の中に『インターネット上での特定の生徒をめぐるトラブルについて』とあったが……まさか、私関連の事だったりしないだろうか?
その文言を前にして、しばらく立ったままで悩んでいた。
問題解決のため動いてくれているのはいいとしても、それが恨みに、悪さのきっかけになってしまうかもしれないと思うと、素直に喜べない。
『みんな』が『望む』なら―――――と言っても、たまにネット広告の漫画で見るような復讐や報復というのは、私には到底できない。
やりすぎたらやりすぎたで、次からの対応には余計に悩まされる事になるだろうし……。
結局、『元から望んできた「仲直り」のために動けばいい』、という結論になった時には数分ほどは経っていた。
記者に捕まって無駄にしていた時間も合わせれば、普段より遅い方になってしまう。
周りは気にしないかもしれないが、急ごうという気持ちで一杯だった。
焦るような早歩きで、すれ違う人という人に対しては会釈で済ませ、自身のクラスの教室へと向かった。
私の席に向かう際に、井原さんの席を通らないといけないのだが……今日はその井原さんがいない?
そこで居合わせた、前にも詰め寄られていた事のあった二人に訊く事ができたのは良かったが、理由については「全く話を聴いていない」との事だった。
「ごめん、俺も分からないんだ。 先生にも訊いたけど、保護者からの連絡がないって……」
笠岡くんにも訊いてみたが、彼も知らないようだ。
その後、午前の授業が始まったのだが、その間も井原さんの席は机から出されないままだったし、私はほぼ全ての時間においてそれを気にしていた。
それから、昼休み。
昼食を食べ終わり、いつものように笠岡くんの席周辺……はなぜか彼本人がいないので、二組へ向かおうとしていた。
そう思って席を立った時も、視線はまず、井原さんの席に向かっていた。
ずっと動かされていなかった事を確認すると、どこか寂しく感じてしまった。
複雑な気持ちも含めて数十秒ほど、席も戻さずそのままの姿勢になっていた。
そこからの教室間の移動は、逆恨みなどの不安を抱きながらになった。
その先で用があったのは美佐さんだった。
四つ子たちで、立って雑談をしていたところに話しかけてみた。
「なんでお前……ああ、選挙終わったからか」
「応援してたのは負けたんですけど……」
まず、最近起きた事について、笑いも混ぜつつ軽く雑談をした。
他の姉妹たちからの声もあり、ここ数日でも特に楽しめた。
「そういえば、美佐さんって絵が得意なんですよね?」
「いや、あれくらい普通だけど……」
「私の知り合いにも、上手い絵を描ける人がいるんですよ。 別のクラスになるんですけど……一緒にその人の所へ行ってみませんか?」
「なんでそんな事で……」
その途中、絵と『絵の得意な人』についての話題を出した。
『得意な人』、というのは、福山さんの事だが、この段階では彼女は気付いている様子はない。
「その人となら、美佐さんとも話が合うかもしれませんよ?」
「……本当か?」
話を変えてから嫌そうにしていた彼女だったが、仲間である可能性をほのめかしてみると、真面目に話を聴くようになっていた。
疑うような返事をするのには少し時間がかかっていたが、他の姉妹たちを前にして『あたしに友達はいらない』などとは言えなかったのだろうか?
「もし無理だったら謝りますし、その責任としてあなたの言葉に一つ従います」
「従うって……家でタダ働きしてほしい、とか言われてもか?」
「それは……あなたが満足するまで、とかだったら……」
一度彼女の不安を払拭させようとしたが、そのためとするには言い回しが端的で、私自身が恥をかく形になった。
美夏さんたちの方は戸惑っていたり、笑いをこらえていたりしていたが、一瞬どちらへの反応なのか分からなかった。
「お前があたしについてこい、って言うんだったらそうするけど……いじめるのだけは絶対にやめろよ?」
「はい。 では、ついてきてください」
「……分かった」
それでも、『嫌がらせや危害はしない』という条件で、美佐さんに同行してもらえる事になった。
そうして二組教室を出る時に、他の三人は軽く片手を振ったりしていたし、彼女もそれに反応するように小さく左手を振っていた。
「登校時に何があったのか?」「行き先にいる相手は実は知っている人だったりしないか?」などと雑談しながら移動して着いた五組教室には、ちゃんと福山さんたちと思われる集団の姿があった。
「やあ、棚橋さん。 その人は?」
絵を描いていた福山さんに話しかけてみると、ペンを止めてこちらに振り向き、返事をしてくれた。
一方の美佐さんは、視線が自身に向いたと気付くと、私の背に隠れるようにしていた。
「二組の美佐さんです。 私の友達なんですよ」
恥ずかしがっているのが明らかなのに無理やり横に並ばせるわけにもいかず、そのままの様子で質問に答えた。
この時、周りの人たちの視線も、ほとんどが私の後ろに向いていた。
そこからしばらくその人たちとの問答になっていたのだが、途中で何回か彼女が私の後ろから顔を覗かせたりしていたのが気になった。
このやり取りの間に福山さんが彼女の事を認知したようだが、彼女の方は目を合わせられていなかった。
怖がっていたのだろう。
「誰だ……?」
「中心にいる人が福山さんと言って、一度紹介してみたかった人です」
「なんでだよ」
「この人も趣味が絵なので、話が合うんじゃないかなって……」
「漫画とかアニメとかゲームとかが好きなんであって、絵そのものが好きとは言ってねえよ。 二次元イラストの事だったら分からなくもねえけど……」
その彼女に背中から制服の裾周りをつままれ、振りむこうとしたところを質問された。
「二次元……君も、『そういう嗜好』があるんだ?」
この会話を聴いていた福山さんも、更に興味や関心を強くさせていた。
「つまり同志と……どんなのがお好みで?」
「いや、オタク……とか言えるほどじゃねえんだけど……」
「まあ、好き嫌いはあるからね。 君の場合、どんなアニメが好きなのかな?」
そこから仲間も巻き込んでの雑談に発展したが、彼女は私の後ろに身を隠したままの状態で、私はそれに困惑しながらやり取りを聴いていた。
それからしばらく、美佐さんが「好きなアニメの一つ」として挙げていた『トッピロ』の話になったのだが、その話題に私はついてこれず、置き去りにして戻るわけにもいかなかったので、作り笑いで誤魔化していた。
「トッピロ」とは、「私が首席のヒロインだ!」という、現代を舞台とした女性主人公の超能力ヒーローバトルアクションの事。
能力者を対象としたコースもあったりする、一風変わった大学を主席で卒業した主人公が、「使うまでの間に発生していた感情の数々を一時的に身体能力や破壊力などに置換する」という持ち前の「能力」を活かし、変身ヒロインとして活躍していく物語だ。
名前も大まかな概要も知っていたのに話についていけなかったのは、まともにそのアニメを観てこなかった私には話の内容が細かすぎて伝わらなかったからかもしれない。
周りの人たちの話によると、その主人公が恋愛に対してあまり興味がないのにもかかわらず、無意識的に性別や世代、敵も味方も問わず心を掴むような言動をしてしまうため、ファンの間では「誰と『結ばれる』のか?」という『論争』が巻き起こっているのだとか。
また、原作の少年漫画雑誌での連載の方は完結も時間の問題といった状況に差し掛かっているため、どんな結末を迎えるのかについても議論が盛り上がっているらしい。
美佐さんたちの雑談の中、福山さんたちが「女性同士の関係性」という要素に対する理解があるのか不安だったが、結局私が気にしすぎていただけなのか、「そういう好みの人」か何かのように扱われた程度だった。
今度は「無理やり話を合わせていないか?」などという不安も生まれたが、その辺りは放課後にSENNで訊いておく事にした。
午後の授業が近くなってきたところで二人で教室を出て、二組教室前で別れるまで彼女と雑談をしながら移動していたのだが、特に強い不満はなかったようだった。
それから始まった、午後の授業では特に何もなかったが―――――。




