11-1.彼女もまた、孤立させてはいけない人である。
「おい、悪魔!」
「何ですか?」
「お前だろ、こんな動画作ったの?!」
「違います」
「白状しろ! ここまで悪魔の側に立つような言い回し、お前が仕込んだ以外にないだろ!」
井原さんの取り巻き二人に迫られ、片方の人の端末から動画を数本ほど見せられた。
それらはすべて縦型のもので、内容は―――――簡潔に言えば、『身近の人を対象としたゴシップ』だった。
学園やその所在地、更には私や井原さんの名前まで、動画の中では当然のように登場していた。
読み上げに音声合成ソフトが使われていたり、背景がCGだったり、フリー素材のイラストやテロップにBGMまで使われていたりと、動画の内容自体は昨今ありがちなものの域を出ない。
一体誰が、どうやってこんな動画を、長くはないはずの期間で制作したのだろうか?
「呆れた。 正真正銘の悪魔になりたいの?」
身に覚えのない事を追及されて戸惑っていた中で、井原さんが現れた。
「違います。 私には、こんな動画は作れません」
「作らせたんでしょ? 自分じゃ作れないから」
「それも違います。 そもそも身に覚えがないんです」
動画制作についても否定したが、そう簡単には信じてはくれない。
「馬鹿だから正しく記憶できない、ってだけの事じゃなくて?」
「いや、本当に……見せつけられるまで、動画の存在自体知らなかったんです」
「はい、嘘。 裏で誰かに動画化しろって頼んだんでしょ? 『こうしたらバズって儲かりますよ』って。 それかNecklaceでインフルエンサーにタレコミでもしたか」
どれだけ否定しても、一つは事実があるのではないかと言わんばかりに咎められる。
「ね、ネックレス……?」
「しらばっくれるな!」
私があまり聴き慣れない単語に戸惑うのに対しても、彼女はこの態度を止めなかった。
「そんな事を頼んだとかもないですし、そもそもそのSNS……? というのもやってないです」
「ええ? まだシラを切るの? 問題はそこじゃなくて、あなたがやったかどうかにあるんだけど?」
「本当にやってないんですけど……」
「ああ、そう。 拓海にもしっかり確認しておくから。 もし嘘だったらどうなるか……」
「やめろ。 とにかく、この場所ではやめてくれ」
彼女から更に咎められて、笠岡くんの名前まで出してきた所でやってきたのは―――――その笠岡くん本人だった。
井原さんの左肩に右手を添えた彼は、すぐに止めるように呼びかけた。
私でも普段見慣れも聴き慣れもしていないような、真剣な様相だった。
「た、拓海……?」
「教室の外で聴いてたよ? 『衣奈に限ってそれはない』、って思いながら」
それを見て焦っていたのも気にせず、そのままの勢いで話していた。
「それこそありえない、拓海まで悪魔の肩を持つの?!」
「仮にもし衣奈の仕業だったとしたら、訊いた時点で謝ってるんじゃないか?」
「いや、まず私の質問に答えて! 悪魔の肩を持つつもりなのかって! イエスか! ノーで! 答えて!!」
「ノーだ」
「じゃ、じゃあ、なんで……?」
「肩を持つかどうか以前に、さのりが悪いだけの事でしかないから」
井原さんが自らの体を震わせても、声を荒げても、動揺で泣き崩れそうになっても、笠岡くんは自らの態度を柔らかくしなかった。
私には、この一部始終を、不安そうに見つめる事しかできなかった。
当事者であるのにも関わらずだ。
これが二人からの印象を悪化させていても、不思議ではないだろう。
直後に先生と他のクラスメイトが介入した事で口論は収まったが、私はその間も、言葉を発するどころか、表情を変える事もできなかった。
この日は、生徒会長選挙の投票日。
普段は一時限目が始まる時間、教室の黒板の前に、投票箱と、投票用紙に候補者の名前を記入するための台が運ばれた。
台の手前の仕切りには候補者の名前が書かれた一枚の紙も貼られていた。
先生からの説明も聴いた上で、投票するのを楽しみにしていた私……だったが、その投票先は未だに決めていなかった。
井原さんと笠岡くんを含めた他のクラスメイトたちが投票を終える中、私も点呼を取られたので、箱の横にある台ヘ向かった。
先生から右手へと配られた、宿題のプリントと同じような質感の投票用紙を右手で台に押さえつけ、備え付けられていた鉛筆を左手で持つが、文字を書くのが進まない。
『もし誰かが「一票差で負けた」なんて事になったら……?』と気になってしまった。
後ろを振り返ると、クラスメイトたちの何人かが呆れた顔で待っていた。
この間にも、『このせいで嫌われるのではないか?』と考えてしまい、投票先が決まらない。
焦りと迷いで頭がおかしくなりかける直前に、ようやく紙に鉛筆の先を乗せた。
そうして書いた投票先は―――――「高千穂都」だった。
この間にも、『福山さんたちを裏切るのか?』といった不安で一杯だった。
ここから投票箱に紙を入れるまで、私の中で自覚していた限りでも十分以上は掛かった。
二時限目になる所だったし、先生も何か言いたげだった。
「大分時間かかってたけど……誰に入れた?」
「内緒という事で……」
「分かった」
席に戻ってすぐに笠岡くんに話しかけられ、一度井原さんの席の方を見てから返事をした。
それからはいつも通り午前の授業を受け、昼休み。
昼食を食べ終わって、すぐに福山さんのいるであろう五組の教室へ向かおうと、一組の教室を出た直後の事。
『六時限目のあとに選挙の開票が体育館で行われる』という旨の校内放送が流れていた時だった。
「棚橋……だよね?」
何者かに右手を掴まれ、話しかけられた。
右の方に振り向いてみると、選挙運動中に鉢合わせた際も、井原さんと一緒にいた記憶のある、一人の女子の姿があった。
彼女自身は、朝に私が追及されていた中にはいなかった。
「こんにちは。 どうかしましたか?」
笑顔を作れず、真顔で応対する形になってしまった。
「質問だけど、さのりに恨みとかってあったの?」
「少しくらいなら……」
「そうなの? 実は―――――」
彼女から聴いた話は、いわば井原さんの周りについての告発のようなものだった。
以前あった殺害予告についても彼女から指示があったとか、私を打った事についてはまるで武勇伝のように話していたとか、自身以外にも疑問や不満を捨て切れず離れた人がいたのだが、責め立てられた事でしばらく不登校になっていた人もいたとか。
こうした話の一つ一つに対して、私は引いたような表情しかできなかった。
この直後に彼女から謝られたので、素直に受け入れた。
拗らせたくなかったし……。
不安や恐怖に近い感情を顔から隠せていない中で向かった、五組の教室の福山さんの席周辺。
「ああ、棚橋さん。 お疲れ様。 日数にして、三週間くらい……だったかな。 手伝ってくれてありがとう」
立ち寄った瞬間、それに気付いた彼女が振り向き、微笑むようにしながら言葉をかけてくれた。
このためだけに、一度絵も中断させていた。
ただ、私の方はその返事に困った。
「あっ……こちらこそ、いろいろとありがとうございました」
こう返すのにも一分はかけてしまったし、声量的に彼女が聴き取れているのかも怪しかった。
それからは、昼休みが終わる直前まで、彼女やその周りにいた人と雑談をしていた。
福山さんの周りにも、本人と同じかそれ以上に絵の描ける人がいる事が分かった。
ネット上でも交流があったりするという事も。
一組の教室に戻っていた間も、選挙が終われば、彼女やその周りの人たちと会話する機会も減ってくると思い、少し寂しそうになっていた。
午後の授業は特に何もなく進み、放送があった通り、六時限目のあとに体育館に移動した。
公開弁論の時と同じような状態の中、壇上に設置されていたのは、四つのパイプ椅子と、何かを置くであろう、間違って座りかねないような高さの台だ。
候補者たちがそこに移動して椅子に座ったところで、進行役と思われる二人が椅子の前に移動していた。
「こんにちはー!」
「候補者の皆さんも、選挙運動に参加した皆さんも、選挙管理委員の皆さんも、お疲れ様でーす!!」
「これから! 第三十三回! 葉畑敬世学園、生徒会長選挙! 開票を! 行いまーす!!」
この二人のテンションが異様なまでに高い中、生徒会長選挙の開票が始まった。
そのマイクパフォーマンスはまるで音楽イベントか何かのようで、観客の中には思わず元気に反応してしまっていた人も少なからずいた。
このあと、台とそこに乗せる板についての説明があった。
一年一組から順に、得票があった場合、候補者に対応した色のドミノ板が、椅子の右にある台に積み上げられていくという。
予め結果を伝えられている人たちが板を乗せる役割も担っているため、暴れたりしてもそれを変える事はできないとも伝えられた。
またこのあとには特に余興などもなく、そのまま開票が始まった。
去年も校長挨拶とかはなかったし、これが通例なのだろう。
一年の分が終わった段階で一区切りとなったのだが、私はそれをよく見て、目を疑った。
井原さんの得票数を示す赤い板が、高千穂さんのそれを示す黄色の板とほぼ並んでいたのだ。
更に言えば、それよりも数票は少なく見えた。
逆に最も多かったのは三好さんで、それより少し少ない福山さんが二番手といったところ。
この辺りは公開弁論の影響なのだろうか……?
この直後、二年の分の開票も始まったのだが……二年一組での井原さんの得票はわずか二票で、クラス内三番手だった高千穂さんにも倍の差を付けられていた。
二年二組の分の開票に移った時から、彼女は明らかに焦っていたのが見えた。
その後、最後となる二年八組の分の開票が始まる前に、当選の可能性があるとして、一年の時点でも上位だった二人が、立って前に出るように促された。
これに合わせて、二人の分の台も、対称になるように配置された。
裏を返せば、井原さんと高千穂さんは、この時点で落選が確定したという事になる。
この時、進行役の人からは、「ここからは一人ずつ開票していく」とアナウンスがあった。
ここまでで二人の差は七組までで四票ほどの差で、このクラスだけで福山さんが逆転する事も不可能ではなかった。
前の方で立つ二人の名前が挙がる度にどよめく周りの中、私はときどき、静かに井原さんと青い板の積み重ねられた台を見ながら、逆転する事を祈った。
結果は―――――三好さんが、開票が終わるまであと数人のところで当選を確定させた。
この瞬間の反応は様々で、一部の歓声だったり拍手の音だったりが、建物の中に響いていた。
福山さんの方はというと、全ての開票が終わってからその方に向けて拍手をしていた。
一方であとの二人は……高千穂さんは拍手をしていたが、井原さんは顔がよく見えなくても、仕草からして不満げなのが明らかで、『何かが起きてしまうのでは?』と不安になった。
結果としては、上位二人の差はたったの二票で、福山さんと三位の高千穂さんとの差は百票以上もあった。
この後、進行役からも別れの挨拶があり、大多数が体育館から出ていく中、少なからずの人が残った。
その中には、笠岡くんたちの姿もあった。
そんな中で私が向かったのは、壇上から降りていた福山さんの近くだった。
「すみませんでした。 力不足でしたし、他の候補に投票してましたし……」
「君だけが悪いわけじゃないから、大丈夫だよ。 それに、反省会みたいな事なら、後でSENNでやるからね」
最初に謝ったが、彼女は叱ったりはしなかった。
他の友人たちも集まってきた中、私は一度、高千穂さんの方を探していた。
「用事ができた」という名目で離れ、建物の中を見渡すが……それらしき人だかりがない?
まだ近くにいるだろう、と思い外へ出るとその先で見つけたので、一度近寄ってみた。
「あの緑と眼鏡……まさか……」
「行こう。 何されるか分からないよ?」
その人たちのいる方向に少し片手を振りながら挨拶をしてみたが、周りからの反応は良くはなかった。
彼女本人はそうでもなく、困惑気味になりながら笑顔を作っていた。
しかし、それを前にして、どんな話題をすればいいのかで迷ってしまった。
選挙の話はどうやっても印象を悪くさせるだろうし、プライベートの事を訊くのも気持ちが悪いだろうし、相談……というのも迷惑かもしれない。
「ああ、棚橋さん? どうしたんですか?」
「今のあなたとは、何の話ならいいのかな、って考えてたところです」
「えっ?」
彼女の方から事情を訊かれたので答えたが、驚かせてしまった。
「選挙の話とか、私からされたら迷惑になるんじゃないかと……」
「ああ……」
詳細も話したが、反応に困っていたようで、照れ気味に笑っていた。
「こうなると思った……」
「何してんの? 行くよ、早く!」
「ところで、二人って……どうして私の事を警戒してるんですか?」
この直後に、先に行っていた二人が彼女の斜め後ろにやってきたので、そちらに対しても話を訊いてみた。
あまり面識がないのに嫌われていたので、それが不思議に見えていたのだ。
「だって、頭おかしいから!」
「なんか怪しい勧誘とかしてるんでしょ?!」
「そんな事ないですよ」
「えっ、そうなの?」
「まあ……でもそうか……」
理由に嘘や間違いがあったので否定すると、先程までとはまるで違うように、反応がおとなしくなった。
誤解によるものだったのだろうか?
その後、「そういう癖だ」と説明したのに対しては、二人ともまんざらでもなさそうな顔をしていたが、理解はしていたようにも見えていた。
ほんの少しの合間だけだったが、しばらくこの癖についての話題もできていた。
「あ、選挙……お疲れ様でした」
「えっ? あっ……はい。 それはどうも……」
結局選挙の話を持ち出せたのは、そこからの流れで彼女たちと別れる直前の事だった。
思い出したかのような形になってしまったのもあり、彼女を困惑させてしまった。




