10-2.橋を編め
それから昼休みまでは特に変化なし。
昼休みでは、今日も福山さんと協力して選挙活動を行った。
場所は二年二組教室の周辺、つまり一組とも近い所になる。
その中で、少し不安だった事が現実に発生してしまった。
「げっ、悪魔?! こんなのまで味方にしたの?!」
井原さん陣営との衝突だ。
これには、進行方向の違いもあった。
井原さん本人はというと、こちらを見かけると当然のように悪魔呼びし、福山さんに突っかかっていた。
「ああ、棚橋さんの事だよね? 私から誘ったし、なんだったら互いに出来る事を頑張るとも約束しているんだ」
「今すぐにでも立候補を辞退して。 良くて二番手って情勢みたいだし、最後まで頑張ったとしても、恥ずかしい思い出を増やすだけにしかならないでしょう?」
平然とした返しに焦ったのか、まくし立てるようにして問い詰める井原さん。
「棚橋さんと協力する事って、君にとっては不祥事と同類なんだ?」
しかし、福山さんの表情は崩れない。
この言葉のあと、周りが大人しくなった。
「はあ?」
「あ、そうでもないんだ?」
呆れる様子も気にしない彼女の言葉から危機を察知したのか、顔や体制からも怒りをあらわにする井原さん。
まさか私との出来事について暴露してしまうのではないか、と私も不安だったが……。
「そうそう。 不祥事といえば、君に一つ確認したい事があったんだけど……君、棚橋さんに悪さをしていたんだよね?」
その不安通りの事を、福山さんは淡々としたトーンで口にしていた。
ただ、私にとっては、彼女が言ってくれたという嬉しさよりも、騒動にさせたくないという不安の方が強かった。
圧倒的、と言っていいくらいには。
「わ、わ、悪さ?! それは違う! あの悪魔がこっちが嫌がってるのに近寄ってくるからみんなで追い払ってるだけ! それは悪さなんて言わないし、絶対に認めないから!!」
そんな言葉を聴いた井原さんはというと、必死の様相になって、荒げた声で否定していた。
下手な芝居よりも本気で声量も出ていた辺り、本当に否定したかったのかもしれないが……実態は全然違う。
一組の人だったら、一秒だけでも否定できるほどには明らかな嘘だ。
それを問題にならないほどには当たり前にさせたのは、私も悪い所はある。
「へえ。 君の思う『自分らしくいられる学園』って、そういう事なんだね」
周りが不安そうな表情の中、福山さんだけは冷めた顔でいたし、直接反論していた。
これを聴いた井原さんやその陣営の人たちからは反発されていたが、それでも彼女は怪しげな笑顔を崩さなかった。
「こうしていると、余計にちゃんと仕事をしてくれるのか不安にさせる事になるけど、それでいいのかな?」
そして、彼女はそれらに対して、からかうような言葉で流すように応じていた。
「いいの、その程度で不安になるようなバカが悪いから!」
「……そう。 もういいよ。 君が私にとって、もはや敵とすらも言えない、って事は分かったから」
何が起きても不思議じゃないような雰囲気になっても、その態度は変わらなかった。
このあと、井原さん陣営は本来の進行方向だったであろう向きへと歩いていった。
この一連の流れを見ていた訳だが、私にはただ二人が心配でしかなかった。
予定より少し遅れて演説が始まると、私はすぐに二組の教室へと向かった。
瀬戸さんたちと軽く雑談をしたあと、それ以外に中にいた人たちに対して、近寄ってはなるべく生徒会長選挙への関心を高めるように呼びかけていた。
福山さんへの投票呼びかけは……やったらどうなるのか分からないので控えていた。
本人じゃなかったし、迷惑になるだろうし―――――。
それから演説をやっていた所に戻って、それが終わるとその場で解散した。
放課後は、笠岡くんと六島さんと一緒。
「昼休みにさのりが何かに怒ってたみたいだけど……何かあった?」
「福山さんと、口論みたいになってたんですよ。 だいたい私のせい……なんですけど……」
やはりというべきか、話題は昼休みでの出来事に。
その場にいた身として、二人に事情を説明した。
「選挙中だし、そういう事はあるにはあるんじゃないか?」
彼の反応は想定内だったが、今回は特になるべく私だけのせいにさせないように言葉を選んでいた印象を持ってしまった。
私の余計な行動が、二人に亀裂を発生させてしまった、と信じていたからだろうか。
終わったあとに和解というのも、二人の傾向的にはとても難しいし……。
「衣奈?」
「なんでもないです」
そんな彼に対して、私は困るような表情を顔に出し、心配させてしまった。
こうなってしまったのは、「本当に私が誰かを貶める事になってしまう」と考えてしまったからだ。
しかも、私から何もしなくても、誰かに誰かを攻撃するための「武器」として扱われる可能性もある。
それで当事者やその周りから、恨みや反感を買ってしまうというのも、私が「破滅」してしまう理由としては十分なのだ。
もしそうなったら、流石に笠岡くんや六島さんも見過ごさないだろうし、関係のない人の中でも受け入れてくれる人はそういないだろう。
二人とはバス停前で別れて、乗車してからは美夏さんと美佐さんとの三人で話をしていた。
家に帰ってからはいつも通り、自分の部屋で勉強しつつ、他の人とSENNでやり取りをしていた。
内藤さんとは少し前に貰っていた紙の返却についての約束を取り付けたし、福山さんたちとは選挙について、六島さんとは作戦についての情報共有や意見交換をしていた。
翌朝、学園へのバスの車内。
移動中、座席に座っていた美佐さんの方から呼びかけられ、その横に立っていた。
「こんな所で、こんな話するのも……どうかとは思うんだけどさ……」
恥ずかしそうに話す彼女に、どんな話題になるかが絞り込めず戸惑ってしまった。
「お前って……女の人に、その……恋……とかした事……あるのか?」
更に恥ずかしそうにしながら出された質問は、「女性との恋愛」についてのものだった。
他の女子を見て、『可愛い』『知りたい』とは思った事はあっても、『付き合いたい』というのはなかった。
その理由は『恋愛は異性とするもの』といった価値観に囚われているから……とかではなく様々で、そもそも恋愛自体に対して慎重なのがその一つ。
望んできたのは、『浅いが広い人間関係』であって、『深いが狭いパートナーシップ』ではなかったのだ。
「ああ、それは……ないです」
「お前だったら、一度はあるもんじゃないかと……」
「恋をしたとして、その後どうなってしまうのか、って考えて怖くなってたんですよ」
答えを聴いて緊張を和らげた彼女に、理由についても話した。
要するに、『ずっと一緒にいられる自信がない』。
これだって、一定以上の関係にある人に対しては、一度は考える事だったりする。
「逆に、美佐さんってそういう経験……? とかってあったりしますか?」
「あたしが、か? ……あるんだよ、実は」
話していた中で『そういう彼女は?』と疑問になり、こちらから訊き返してみると、視線をこちらから逸らしながら、周りの音などに紛れるような声量で答えてくれた。
たどたどしくしながらの彼女の説明は、バスが学園前の一つ前のバス停に停車するまで続いた。
彼女は、「同性同士」という事に対する抵抗がほとんどない。
それがかつては恋愛についても同様だったようで、小学校の頃には同じクラスの女子一人に一目惚れし、一方的に好意を寄せていたとか。
ラブレターのようなものを靴箱に入れた事もあったが、相手からの反応は「最悪」だったそう。
それをからかわれるどころか強く非難されたショックもあり、姉妹以外には徹底して心を閉ざしていた時期もあったという。
以前にも聴いていた、交友関係の少なさだったり、偽物呼ばわりされてきた事だったりというのは、この事を言っていたのだろうか……?
下車してからも、私が一年三組の教室に寄り道をするまでの間、美夏さんを含めた三人で話をしていた。
一度声をかけた後に立ち入ったそこでは、内藤さんまたは高梨さんに用があった。
「またですか。 今度はなんですか?」
内藤さんの方を見かけたので近寄って話しかけるが、その顔は嫌そうだった。
「貰ってた紙を返しに来ました」
「……ああ、その事ですか」
事情を話すと、彼女はどこかのスイッチが入ったかのように真面目な表情になっていた。
ただ、言った通りに連絡先の書かれた紙を手渡すと、緊張や警戒のようなものが解けたのか、その表情が柔らかくなっていた。
「後で追加しておきますね。 それで、他に用事は?」
「今はないです。 これだけは早く返しておかないとな、と思ったくらいで……」
「それで今……なんですか?」
次には彼女の方から用事について訊かれたが、他に伝えたりするような事などもなかったので、渡した紙について少し話をした所、今度は若干困惑するような顔で質問された。
引っかかる所があったようだ。
「はい。 次にいつこうやって話ができるか、とか分からないので……」
「……そうですか」
それにも答えてはみたものの、その表情は何か気にしているようで、納得していないようにも見えた。
この後、私は少し彼女と会話をしてから別れて教室を出た。
この際、出る直前に彼女の方に視線を向けてみると、一度こちらの方へと振り向いていた。
どんな顔をしていたか、までは分からなかった。
それから昼休みまでは普段とあまり変わらず。
強いて言うなら、すれ違った人から名前を呼びかけられたのが少し多く感じた事、それに合わせていつもより活発な雰囲気を出して返事をしていた事くらい。
その昼休みも、昼ご飯を食べ終わったあとに、福山さんたちと一緒に校内の別の場所に選挙活動に行っただけで、あまり大きな出来事はなかった。
移動中に高千穂さんとすれ違い、開けた左手を少しだけ振って反応したくらいだ。
活動が終わってから教室に戻る途中、仲間の人からは「知り合いなのか?」と訊かれたので、「最近気になった人」だと説明したが、周りはあまり理解してくれなかった。
それから、放課後―――――。
帰りも、途中までは福山さんたちと一緒。
雑談の内容は選挙だけではなく、仲間の近況報告などもある。
基本部活の練習があるため、靴を履き替えたところで解散するのも通例になっているのだとか。
帰りのバスでは、今日も瀬戸さんたち二人と一緒だった。
最近、自分たちと主人公たちをついつい重ねてしまうような内容の漫画を見つけたのだとか。
それには原作があって、児童書の方で話題になっている作品なのだそう。
この話題の途中で家の最寄りのバス停に停まったため、「後で調べる」と言って打ち切って下車してしまったのが、私には若干の心残りになっていた。
それから、家に帰って、夕飯も食べ終わった夜の事。
勉強の間にSENNでやり取り……というのもいつもとあまり変わらない。
違いといえば、大抵はその相手及び雑談の内容と、それによって得られた情報くらいだ。
六島さんとは作戦や勉強会の事、福山さんとは土曜の部活の練習試合の事などについてやり取りをした。
一度風呂に入る時間を挟み、眠る前にも端末で「児童書原作の漫画」の事を調べたりしていた。
それで知ったのが、「4分の1の私たち」という作品。
引き取り先の母親から「双子の妹」だと伝えられていた主人公が、離婚の影響で児童養護施設に預けられるのだが、そこで自分が四つ子の姉妹の次女だった事を告げられる。
それ以降、施設の関係者などの大人たちから与えられる「ミッション」、四人それぞれの悩みや疑問などを、姉妹を中心に協力して解決していく、という日常もの。
これが今、本を読む子どもたちの間で相当な人気があるのだとか。
漫画版と児童書版でも、細かい違いはあるようだ。
翌日の午後。
予定されていた通り、六島さんの家での「勉強会」に参加。
呼ぶとは言っていた玉野さんも含めた三人で、溜まった宿題をこなしたり、試験についての確認をし合ったりしていたのだが、話題はいつしか笠岡くんの事に。
「そういえば、拓海くんって……誰が本命なんだろう?」
そんな中、玉野さんの口から、一つの疑問が飛び出した。
「私としては、六島さん……だといいんですけど……」
「ていうか、『たっくは一体どこに油売ってんの?』って話。 まさか……はしえなだったりしないよね?」
それを聴いては、不安な表情から険しい顔つきへ、すぐに表情を変えた六島さん。
私はその言葉の一部に、大きく揺さぶられてしまっていた。
『もし相手を一人だけしか選んじゃいけないなら、俺は衣奈を選ぶ。 それだけだ』
言い方もそうだが、実際に彼からアプローチされていた事も理由の一つだった。
しかし、それに関する言葉の数々は、ほぼ全てが彼と二人きりで話した時の事だったし、彼も彼でこれを他の女子たちに対しては隠し通そうとしているように見えていた。
そんな中でこんな事を言われた、なんて言ってしまえば、私の身がどうなってしまうのかが分からなかったし。
自作自演のカッター騒ぎで貶められたり……なんて事が起きても、おかしくはなかったかもしれない。
「棚橋か……。 不思議ではないよね。 でも、棚橋って、ゆきっちみたいに『拓海くんの事が大大大好き!』みたいな感じとか出してないよね?」
「いや、だからこそ振り向かせたいとか思ってるんじゃないかな、って」
「ああ、そういうわけか……」
そこから話の流れが私にも向いたのだが、反応に困るあまり、誤魔化すように微笑む事しかできなかった。




