10-1.彼女との会話を、余裕で乗り越えられるほどの勇気が欲しい。
『最近は会えてなくて申し訳ないです』
内藤さんの連絡先を追加してから、思い出したように高梨さんに送ったSENNのメッセージ。
『いきなり何ですか?』
返事からしても、彼女が怒っているのを想像するのは容易だった。
『ずっと不安だったんですよ?!』
あんな事があったのに、その深刻さを分かっていたのにもかかわらず、『自分にはできないから』などと逃げ、他の人の事ばかり気にして動いて―――――。
もし身に何かあったら、私も『見殺しにした』という事で『悪人』に分類されても文句は言えなかったかもしれない。
私の事の優先順位のつけ方と時間の使い方も、悪いと言うには十分なわけで……。
それで、要件を訊かれたと思い、内藤さんについての確認をしようとしたが、彼女からの返事はそれに驚くような内容だった。
『やっぱり、棚橋さんってそういう所あるんですね?』
そこから事情を説明していた中でのものがこれ。
これを見て、私は焦りや緊張からか、驚くような素振りをしてしまった。
癖からの誤解について、彼女にも知れ渡っていたと思い込んでいたのだ。
やたら有名な噂話、私自身の情報として避けるのは難しいので認識されていても仕方がないとしても、このように直接確認されると恐怖すら感じてしまう。
それからも、高梨さんとのSENNでのやり取りが少し続いた。
一度否定した上で「なぜ訊いたのか?」と訊き返してみると、「噂を聴いて信じたくなかったから」との事で、それを見ては安心していた。
その後はいつも通りに過ごして、翌朝。
校舎に入るまでは昨日と同じだが、違いは二年一組の教室前までのルート。
二人にお願いをして、「立ち止まったり寄り道したりしても合わせない」という条件付きで、一度一年教室前を通るものに変えてもらった。
用があったのは、一年三組の教室……だったが、今日はまだ高梨さんも内藤さんもいないようだ。
その代わりと言えるかは分からないが、担任の方と少し雑談する事ができた。
その人は短めの髪の男性で、私の事を知ってはいるが、最初は高梨さんの親戚か何かと勘違いしていたという。
このクラスの中でも噂されているのをよく聴いていて、何故なのかわからなかったとか。
それから私は、室内にいた人という人に通りすがるように歩き、横を通りかかる際に挨拶をしつつ、別の戸から教室を出た。
相手からの反応はというと、嫌そうに見られたり、無視されたりする事の方が多かったが、不満や反発よりもその相手への関心の方が強かった。
「よくされるような反応」の範疇に過ぎなかったからだ。
二人は既に先に行っていたが、周りへの挨拶を優先して、走って追いかけたりはしなかった。
午前はそれ以外これといった変化はなく、昼休み。
昼食を食べ終わってから、福山さんの元へと五組に移動していたが、本人たちのグループと鉢合わせた。
「ああ、その事なら全然いいよ。 その代わりとして、一組まで行って呼びかけをしようと思っていた所だったしね」
最初に、彼女には「SENNでのやり取りができていなかった」と謝っておいたが、受け入れてくれた。
今日は一年の教室周辺で活動するらしい。
拡声器の類が見当たらなかったが、周りへの配慮の一環として、使わないように決めているのだとか。
彼女が言うには、自ら生徒会に使用について確認をしたところ「自己責任」との回答があり、それを理由として見送ったという。
着いた先は、一年四組の戸の間のような場所。
ここで廊下を通る人に向かって演説をするようだ。
福山さんたちがそうしている中、私は通りかかる一人一人に話しかけては、選挙での彼女への投票を呼びかけていた。
我慢できない訳ではないにしても、横に立っているだけだと退屈だったし。
人通り自体は少なくなかったが、大多数は無視、残りもほとんどは困惑気味で、いい感じの返事をしてくれた人は、私が驚かれる事よりも少なかったほどにはごく一部。
別に知らなくても後悔はしないし、しつこいと思われても驚きもなかったので、反応がおかしいとも思わなかった。
引き上げてから元のクラスに戻り、午後の授業に臨んだが、大きな変化はなし。
下校時に、笠岡くんが辻さんや玉野さんたちと楽しそうに会話をしている後ろで、六島さんと一緒に下校していたくらいだ。
本人にも聴きとられかねない状況で作戦の話はできないので、今日のおさらいだったり、勉強だったりについて雑談をしていた。
彼女から「今度勉強会とかやらない?」と提案されたので、それに賛成した。
今週の土曜の昼からの予定との事だが、既にもう『誰が来るのか?』と気になってしまっていた。
夜まで何もなく、変化といえばSENNのメッセージを送る相手と内容くらい。
内藤さんとのやり取りでは、高梨さんについての言い争いのようになってしまった。
「どうして連絡先を知っているという事実を話してくれなかったんですか?」とか。
持っていても不思議ではない疑問だったし、事情の説明でなんとかなったが、その際の表現を間違えていたら、どうなっていたのか分からなかったかもしれない。
このやり取りの間に、高梨さんの下の名前が「清那」だという事が分かったが、それを感謝している場合ではないと考えてしまっていた。
翌日。
今日も二人の瀬戸さんと三人で移動―――――していたのは、校門を通ってすぐの所まで。
他の会長選挙の候補と思われる、黒色の瞳とおかっぱのような髪の女子が、半端に大きい声で演説をしていたのが気になったので、その場で解散させたのだ。
今日も手荒いとも取られかねない事をしてしまった気がするが、二人の反応は普通だった。
「おはようございます。 選挙に出てるんですか?」
「えっ?! あっ、はい! 自分、高千穂って言うんですけど……あっ、いや、これは苗字の方なので―――――」
その人に話しかけた所で『福山さんに協力すると決めていたんだった』と思い直した私だったが、焦る彼女を見ては、勝手に『立ち去るわけにもいかない』と思い込んでいた。
「癖」のせいだが、これだってつい最近までは当たり前だった。
彼女が簡単な自己紹介をしてくれた後、しばらく会話をして別れた。
名前が「高千穂 都」だとか、友人のイタズラで立候補させられたとか、学年は一年だとか。
初対面での印象は、私なんかよりも元気で、行動力があって、しっかりしている人、と言うべきか。
ここまで話してくれる人というのも、この学園ではあまり多くないが……私が力になれる事が何もない。
彼女と別れてからの私は普段通り。
通りすがる人たちに挨拶をしながら自分のクラスの教室へと向かっていた。
変化といえば、そこから時間潰しで二組教室に向かったくらい。
友人たちと、少し雑談をしていた。
今日の午前のホームルームの時間、私達は体育館に集められた。
生徒会長選挙の「立候補者公開弁論」が行われるためだ。
おおむねその字の通り、候補者同士が公約を論点として討論をするというもので、元は女子校時代に「上辺だけの候補者を弾かせる」ために作られたのだとか。
可能な限り暗くされた中、照明の灯る壇上には、立候補した四人だけでなく、現在の生徒会役員の方々の姿も。
また、立候補者たちの後ろをよく見ると、なぜか透明なアクリル板の仕切りが置かれた独特なテーブルとパイプ椅子が設置されていた。
最初に候補者についての簡単な紹介が行われると、その紹介が終わった人が、真っ先にテーブルの周辺に向かって歩き、手前の椅子に座っていた。
「それでは! 第三十三回、生徒会長選挙公開弁論! 行ってみましょう!!」
最後の一人になった高千穂さんが着席すると、マイクを持った進行役の人が、元気そうにして呼びかけた。
制服にテレビで見かけるような、服にかけるマイクでも付けられていたのか、距離の割に聴こえやすい福山さんたち候補者の発言。
始まったのは、進行役の人が心配になってしまうほど真面目な議論だった。
候補者たちの公約だったり、学園の現状だったり―――――。
その間はその間で、私についての言及があったらどうしようかと思っていたが、ただのこちらの気にしすぎでしかなかった。
表情なんて分からなかったし。
結局、暴露で混乱、などといった事はないままイベントは終わった。
強いて言うなら、井原さんが四人の中で最も騒がしかった事くらい。
公約も討論も知らないあと一人の候補者……こと三好さんが一番まともに感じたし、特に井原さんのものだけは生徒会でやるべきなのか分からない内容のものが目立つ印象だった。
で、福山さんは……順位を付けられるとしたら、大体は二番目か三番目といった所だった。
これらはあくまで、私の主観でしかないのだが―――――。
昼休みは先に昼食の弁当を食べ終わって、向かった先は教室内にいた先生の近く。
公開弁論の事で、気になった事があったので話しかけていた。
雑談の中で分かったのは、テーブルは元は麻雀で使われていたものだったとか、豆知識にはなりそうな情報がほとんどだった。
「全てを知っているわけではない」とも言っていたか。
話し終わった後、私は五組の教室に向かった。
今日の福山さんたちは選挙活動……ではなかった。
彼女自身は周りと雑談をしながら絵を仕上げていた。
周りもそれを囲うようにして、立って話をしていた。
普段の様子が戻ってきた、と言うべきか。
そこに近寄って軽く挨拶を交わしてから、午後の授業が始まる数分前まで、一緒に選挙の事で議論を交わした。
対立候補の名前がほとんど出てこなかった事が気になった。
「どう候補者としての福山さんをアピールしていくか?」という事が話題の中心だったので、当たり前だったのかもしれない。
また、この時には明日以降の活動についても話をした。
場所については、放課後にSENNで連絡するという。
それから一組の教室に戻っての午後の授業の間は何もなかった。
今日の下校は、校門前まで笠岡くんと一緒だった。
内藤さんへの伝達についての報告だったり、しばらく用事については三年生優先になる事だったりと、色々話をした。
前者について、本人からは「意味が分からない」、「直接言ってほしい」と言われたという。
いつもながら申し訳ない……。
その夜、SENNでその内藤さんとやり取りをした。
最初にこちらから連絡の事で謝っておいたが、話したいのはそこではなかったようで、春からのアニメとか、笠岡くんの事とか、いろいろと雑談をした。
次は直接話せたら―――――とも思ったが、彼女からしたら、気色悪いだけかもしれない。
翌日―――――。
学園の校門を通るまではいつも通り。
そこで何があったのか、というと―――――。
「あれ、たかちー?」
「大真面目に選挙やってんの?! 可愛い!」
高千穂さんが複数人に絡まれているのを見かけた。
からかわれていたようにも、友達とのコミュニケーションにも聴こえたので、直接近寄ってみた。
絡んでいた人についても知りたかったし。
「棚橋かよ……。 どっか行け」
「え? たかちーの何なの?」
二人の間から挨拶してみると、振り向かれては嫌味を吐かれた。
この時の高千穂さんは、と思い視線を向けてみると、驚きからか真顔になっていた。
「なんでもないんですけど、皆さんについて気になったので……」
「棚橋って、人の言葉話してるなら全員友達、とか考えてる変な奴だよ? 行こう、たかちー? ……たかちー?」
「しかもこの面で考えてる事がそれなんでしょ?! 男でも生理的に無理なのに?」
右側にいた人からの質問に答えると、その答えが二人を刺激させてしまい、厳しい言葉を次々と浴びせられた。
二人が高千穂さんに寄り添うような体制になってからのこれらの言葉には、思わず困惑気味に笑ってしまっていた。
私には、反論する事も否定する事も、満足にできなかった。
「えっ、そんな人なんですか?! ただのいい人なのかと思ってたのに……」
「いつものように擦り寄ってるだけだよ、騙されないで!」
相手が驚いている事も気にせず、味方する雰囲気で私の事を伝える彼女たち。
「この二人って……友達なんですか?」
「えっ? ああ、はい! よく遊び……とかに行ってるんですよ! 他にも、あと数人と一緒で、なんですけど……」
「ああ、もう! 行くよ?」
確認してはみたものの、右側に立っていた方の人に会話を打ち切られてしまった。
二人に左右の手を掴まれ、連れ去られるようにして校舎に向かう高千穂さんは、私には止められなかった。
「……何してんだよ、棚橋?」
それを不安そうに見つめていた中で、どこからか現れた美佐さんにも話しかけられた。
「やめられないんだったらさ、その……とにかく……あたしをいじめる事、それだけはやめてくれよ。 お前がそんな事をするはずない……っていうのは、とっくに分かってるからさあ……」
困っている時のような眉を見て不安になったが、ただ私が心配というだけだった。
こういう時に言葉が詰まったりするのは、彼女にとっては当たり前。
言葉で人を突き放してしまう事を恐れているのだ。
未だに、というのも完全には間違ってはいないが言い方が悪い。
その後は美夏さんとも合流して、今日も一組教室前まで一緒に移動した。
この間に「恋と性別と関係性」についての話題になったのだが、私にとって理想的な回答はできなかった。




