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棚橋衣奈の心労 信条編・陰謀編  作者: TNネイント
第九話「混ぜて出す薬は何がいいか?」
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9-3.完全に溶けるまで

「四つ子で訳あり……? 面白そう……」

 話を聴いた母さんは、また食い気味な表情で一度美佐さんの方に視線を向けていた。


「先程はすみません。 私が衣奈のママで、奈々美って言います」 

「ど、どうも……」

 その数秒後には、母さんの方から美佐さんの前へと歩み寄り、自己紹介をしていた。

 その美佐さんの方は緊張気味に返事をしていたが、これ自体は普段の彼女と変わらない。


「なあ。 お前……いや、棚橋のママって、いつもあんな調子なのか?」

 母さんが元の位置に歩くのを見て、私も同じようにしていた。

 その直後、美佐さんからその母さんについて訊ねられた。


「そうでもないですよ。 初めて見る人なので、興奮か何かしてるんじゃないかと……」

「なんだよ、それ」

 知っている限りの中で説明してみたが、その時も彼女の表情は険しかった。


 それから、母さんに確認を取った上で、二人で二階の私の部屋に移動した。

 この二人きりの時間―――――起きた事などは本人以外には隠しておこう。


 入って早々、彼女が探したのは本棚だった。

 どんな本を読んでいるのかが気になったのだろうか。

 彼女が人付き合いで参考にしていたような類のものも、それを見つけるきっかけになったような類のそれもあまり無かった気がするが……?


「堅苦しいのばっかだと思ってたけど……そうでもないのな」

「もともと漫画の方が好きなので……」

「なんか意外だな。 にしても、見慣れないやつばかりだな……これとか」

 その棚に顔を向けながら会話をしていた彼女は、一冊の漫画を右手で取ると、振り向くようにしながら表紙を見せてきた。

 その作品というのが、「ノットサイキッカーズストーリー」という、謎の多いヒロインに誘われた主人公が、架空のスポーツとしての異能バトルの世界に足を踏み入れるという学園ものの一巻目。

 原作はライトノベルだが、それ自体もネット小説を書籍化したものだとか。


「それですか? あまり見慣れないような設定ではあったんですけど……すごく面白い、ってわけでも……」

「へえ……」

 早口にならないように説明してみたが、彼女は素っ気ない返事と共に漫画を棚に戻していた。

 説明自体が求められていたのかも怪しかったが。


「……てか、百合漫画……とかはないんだな」

 それから漏れるように発せられたような彼女の言葉を聴いて、単語に対してか少し驚くような反応をしてしまった。


「ああ……いや、そういうの読んでなきゃおかしい、なんて事ねえけどさ……。 棚橋って、なんかそれっぽい癖がある、みたいな事言ってたと思うけど、漫画の好みはまた別なんだなー……って」

「その辺りはあまり関係ないですよ」

「……そうなのか」

 互いに恥ずかしがるようになりながらの会話になった。


 彼女としては、悪く言うつもりはなかったのかもしれない。

 この辺りもまた、私がちゃんと伝えられていなかった結果なのだろうか?


 このあとも、身の事や漫画の事などで話し合った。

 最近のおすすめの作品とか。

 過去の出来事についての振り返りだったり、他の姉妹と何があったかの報告などを聴いたりもしていた。

 ただし、この間、内藤さんとの出来事については訊けなかった。

 学園では普段しないような話もできたし、色々知る事も出来たので、私としては有意義な時間となったが……彼女にとってもそういう認識であってほしい。


「なあ。 もう少しここにいたい、って言ったら……怒るか?」

「いいですよ。 もし帰りたくなったら言ってください」

「ああ……了解」

 周りが暗くなり始めた辺りで、彼女の方から質問があった。


「そういえば、美佐さん。 こういう機会って、初めてだったりします?」

「……もしかしたら、うちの四つ子の中でも初なんじゃないか? 大体みんな、家の事で一杯だったし……」

「そうなんですか? なんか……とんでもない事をしたような……」

 そこから流れで、逆にこちらからも訊いてみると、その返事に困惑してしまった。


「いや、そこまではねえよ」

 彼女からすれば、その中の言葉は少し言いすぎだったらしい。


 その後も、彼女との雑談は続いて―――――。

 彼女の方から話を切り出した頃には、既に午後六時台になっていた。

 断る理由もなく、二人で玄関に行って、家を出る彼女に手を振るだけ……のはずだった。


 途中、愛奈と鉢合わせていたが、特に競り合うような様子もなかった。


「今日は……その……ありがとう。 ……あのさ、棚橋」

 普段と同じように、恥じらうようにしながら、声を小さくして話す彼女。

 その彼女が、ドアを少し開けたところで、こちらに振り向いて名前を呼んできた。


「もし、あたしに何かあったり……とかしたら、ここに……行かせてほしいんだが……」

「いいですよ。 ただ、その場合は、事前にこちらに連絡してほしいです」

「分かった。 ……まあ、棚橋にも……事情の一つや二つくらい、あったりするもんな」

 こちらとしては意外な要求だったが、条件付きで許可を出した。

 反発なく受け入れてくれたが、私の方はというと、その時でも配慮させた事に対して、申し訳ないという気持ちが勝っていた。


 この家だって、ずっと他の人を泊まらせる事ができるほどの余裕があるわけじゃない。

 それに、もし私が彼女に「家に来てもいい」と言ったとしても、本当に家に来てもいいかどうかは父さんか母さんが判断する事が基本になっている。

 条件付きにしたのは、この辺りの流れの事があったからだ。

 彼女を上がらせる、となればその辺りは大丈夫かもしれないが……。


 この後、家を出た彼女を見て、その方向に微笑みながら少し左手を触っていた。


 その後の夕飯でも、家族から出た私の話題はというと、「新しい友達」についてのものが中心になっていた。

 どんな話をしたのかとか、どうしてここに呼んだのかとか、できる限りの説明をした。


 美佐さんについて、家族にも理解してもらうための行動のつもりだったが、これだって本人がどう思うかについては不安だった。


『お前もお前でツイてない奴だったんだな』

 その日の夜にも、彼女とSENNでやり取りをしていた。

 このメッセージはその一部で、家での話を聴いてきた上での感想のようなものだ。

 しかし、見た時の気持ちはというと、とても複雑だった。

 彼女と比べられるとまだ幸せな方だ、などと思ってしまっていたからだ。

 間違ってはいない事ではあっても、表現次第では直接伝えて怒られたとしても逆らえない。


 これを見てからの返事は―――――『はい』だけだった。

「それだけでいいのか?」と不安になりながら、月曜日を迎えた。


「……おはよう、棚橋」

 バスの中で、わざわざ近寄って挨拶までしてくれた彼女だが、普段より機嫌が悪そうに感じた。

 緊張というより、怒りや不安の方が強いような……。


 更に機嫌を悪くするような事をしたらいけないと思い、普段と変わらないように挨拶をしたが、数秒ほどの間こちらを凝視させただけだった。

 普段の様子とあまり変わらない事のはずなのに、いつもより圧が強く感じたのは、「彼女の怒りを買うような事をしたのではないか?」と考えていたからだろうか。

 それだって、初めての事ではないのに。


「もし怒らせてたら謝ります」

「別にいい。 そこまでキレてねえし……」

 心配になって話してみるが、彼女は困惑しているようだった。


「……つうかさ、お前って……いちいち気にしすぎなんだよ」

 それを見て安心する私に対しての言葉もまた、私には鋭く刺さっていた。


 他人事だとは言っても、何かあったら先に不安が行ってしまう。

 たとえ相手から『大丈夫だ』と言われてもだ。

 ただ、それをもって『人を信頼していない』と言われても、反論はできなかったのかもしれない。


「正直、あたしだってもっと見たいんだよ。 お前が笑ってるところとかさ……」

 続くように発せられた言葉には、笑うどころか涙さえ見せてしまった。

 まだ改善できていない事に、無力ささえ感じていたからだろうか。

 笑うような、前向きな感情の大切さだって、前に彼女を怒らせてしまった時に気付いていたはずなのに。


 それからも、美夏さんも交えて会話を続け、いつものように学園前のバス停で降り、一組教室前で別れるまでを三人で移動していた。


 午前の授業は特に変わった事もなく、昼休み。


 今日から投票日前日まで、この時間は選挙活動の関係上、右隣の席から井原さんがいなくなる確率が高くなる。

 私も福山さんの手伝いをしないといけないわけだが……。


「こんにちは、棚橋さん。 どこに行くんですか?」

 内藤さんに話しかけられた。

 先輩二人とではなく一人で、それも笠岡くんではなく私の席の方に来ていた辺り、相当気になっているのだろうか。


「選挙の手伝いで……」

「そうですか。 放課後、一度体育館前まで来てくれますか?」

「良いですよ」

 事情を話してみると、彼女の方から約束を取り付けられた。

 おそらく連絡先の交換だろうか?

 ほとんどその場しのぎで言った嘘のようなものだというのに。

 でも、それを正直に言ってしまったら、どんな反応をされるかも分からない。

 怒らせたらどうなるかも知らないからだ。

 だからと言って、隠し続けるわけにもいかないし―――――。


 特に止められたりとかはなかったので、他クラスでの演説には間に合った。

 教室の戸から覗き込んで、福山さんたちがいるのがどこかを急いで探していた。

 見つかったのは、二年四組だった。

 陣営の人から呼びかけられたりもなかったが、そこはそもそもクラスが別なので仕方がないとも考えていた。


 そうして教室内でやる事といえば、黒板の前で、陣営の他の人の中に並び、声を合わせて呼びかけるだけだった。

 途中、クラスの人たちの方に視線を向けたりもしていたが、真面目に話を聴いている人の方が少ないように見えた。

 事実上この時間は昼ご飯の時間も兼ねているわけで、それを邪魔しているように取られても、文句は言えないのかもしれない。

 声を出さない間、はにかんだり、少し片手を振ってみたりもしたが、これも最適解かは分からなかった。

 私が福山さん本人でも、真横や斜め後ろに立っていたりするわけでもなかったために、反応してくれたところで意味もなかったからだ。

 解釈次第では、これだって否定できない事もないのかもしれないが。


「遅れてしまってすみませんでした」

「こちらこそ、気付けないまま進めてしまっていて悪かったね。 気を付けるよ」

 演説を終えて廊下に出た際に福山さんに謝ったが、彼女からも口頭で謝られた。


 私に期待しているのは、こういう演説での息の合わせ方や声量などではないのかもしれない。

 更に言えば、もともと私は本人と別行動での選挙活動が想定されていた可能性だってある。

 挨拶の間に投票を呼びかけるとか……?


 一組に戻ってから午後の授業が始まる直前まで、私は『自分に何ができるか?』という事を考えながら、昼食の弁当を食べていた。


 それから、放課後。


 玉野さんと一緒に笠岡くんを待っていた六島さんと軽く話をした後、美夏さんたち四つ子と合流。

 一階の階段を降りたところで別れるまで、楽しそうに話をしながら一緒に移動していた。

 そして一人で向かった体育館の前。


 ジャージ姿で待っていた内藤さんから、「電話番号とメールアドレスとSENNのIDが書かれている」という、丁寧に折りたたまれたメモを渡された。

「時間がないので手短に」、との事だった。


「誰かに訊かれても、教えないでくださいね。 ……あっ、あなたの場合は……自身の友達だ、という方を除きます」

「瀬戸さんの事ですか?」

「それは……後でSENNにて答えさせてください。 これ以上雑談をしたら、遅刻になってしまうので……」

 急に条件を変えた事が気になって、誰の事なのか訊いてみると、彼女は焦り気味になりつつ、離れるようにして歩いていた。


「そうですか。 頑張ってくださいね」

「……もちろんです」

 返事は入り口を開けようとする彼女を見ながらになった。

 この際にさりげなく応援も入れてみると、一度動きを止めて、そのままの姿勢で恥ずかしそうに小さめの声で返事をしてくれた。

 私なんかが言っても、響かない言葉だと思っていたが……。


 直後に一度周りを見渡したが、誰もこちらには用がなさそうだったので、一人で下校した。

 その間もずっと視線をあちこちに向けていたりしていた。

 家だと、更に言えば学校でも今まではそんな事はなかったはずなのに、どうしてだろうか。


 帰りのバスもほとんど人がいなくて、ずっと周りの何かを見つめていたりしていた。


『追加が終わったら、下のスペースに連絡先を書いて返しに来てください』

 そんな中で開いたメモに書かれてあった連絡先の下には、この文章と『明音』という名前が書かれていた。

 笠岡くんから訊き出すというのも抵抗があった、と考えれば、この形を取るのも理解できない事もない。

 学校内で交換しよう、というのも難しいだろうし―――――。


 それにしても、見た目の印象からは全く離れていないような、丁寧な文字を書く人だ。

 習い事をしていたのだろうか?

 可能なら教えてもらいたい。

……などと羨むような事を考えていた中で、次に停車するのが最寄りのバス停だと案内を聴いた私は、メモを折りたたんでかばんの中に戻して立ち上がり、下車をする準備をしていた。

 考え事だって、些細な事でも、他に同じような特徴を持つ人の存在を知っていても、その人を「立たせる」ような対応をする練習も兼ねていたりする。

 実際に接している中で形にしないと、意味もないのかもしれないが。


 帰宅した直後に自分の部屋に向かって行ったのは、そのメモにあった連絡先の端末への追加と、それに関連した作業だった。

 メモにあった通りに、スペースになっていた部分に、鉛筆で自分の電話番号とSENNのID、そしてその下に名前を書いた。

 名前については、書かれてあったそれに則って、『棚橋』ではなく『衣奈』とした。

 本当に内藤さんと「友達」になるまで、あの少しのところに来た、と言ってもいいのかもしれない。

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