9-2.何のために混ぜるのか?
『お前みたいな奴も出てくるから参考にしてる』
思い出した事―――――。
それは彼女にとって、同性の、それも女子高生同士の関係を描いた漫画が、参考書のようになっているという事。
もしかしたら、先程の場面に近い様子も、その漫画の中で見た事があったりするのかもしれない。
それを思い出した分、『美佐さんが黙っていられなくなってしまうのでは?』と不安になったが―――――。
「美佐さん?」
「いや……その……ここ、廊下だろ、って……」
話しかけてみると、恥ずかしがりながらも返事をしてくれた。
素っ気ない指摘だった。
彼女は話し方や目つきが悪そうというだけで、人となりまではその限りではないのだ。
ただ、この時の場合、内藤さんが友達と信じていた事もあるのかもしれないし、それがなかったら更に怒っていた可能性もあっただろう。
「ですよね。 すみません」
そんな彼女の言葉には、内藤さんの方が先に反応していた。
それから少しの間、私は落ち着いた二人のやり取りを微笑みながら見守っていた。
これで二人は顔見知りになったわけだが、依然として『また先程のような出来事が起こってしまうのではないか?』、という不安はあった。
この二人同士でも、可能であれば友達の関係になってほしい。
少し話をして、私の方から「授業の時間が近いのでは?」と話を切り出して別れた。
二人は気付いたような反応をして戻っていったが、それを見て『本当は「もっと話がしたかった」と思っているかもしれない』等と考えていた。
放課後―――――。
今日は瀬戸さんたちと帰ろうと思っていたのだが、笠岡くんに話しかけられた。
昼休み中についてのやり取りになった。
私が五組に行っていた間に、美佐さんと内藤さんが私の席の周りにいたようで、それを周辺の席にいた人たちのほとんどが不思議に思っていたとか。
また、二人で若干の小競り合いがあったようで、それを見かねて仲裁に入っていた事もあったという。
互いに相手の事を知らず、敵か何かと勘違いしてしまっていたのかもしれない。
「そうだったんですね。 ……ありがとうございます」
「俺が動かないと……とは思ってたから」
それに対して感謝はした私だったが、彼の返事を聴いて申し訳ない気持ちになった。
原因も責任も、私にある事が明らかだったからだ。
それから、いつも通りにやり取りをしてから彼と別れた。
これもこれで、飽きていたりでもしていたら、と思うと心配になる。
当然の事かもしれないが、彼は私のためだけではなく、相互で愛し合う関係にある人たちのためにも動いている。
彼自身があれだけの数の女子たちに好かれている事、故に一人に肩入れしすぎるとそれが壮絶な争いの引き金になりえる事を自覚しているからなのだろうか。
私としてはむしろその方が安心できるまであるわけだが……私以外の人はどう思っているのか。
私なんかの出待ちなんているはずもなく、一人で下校する、はずだったが―――――。
「棚橋だ! 一人なの?」
廊下で辻さんに話しかけられた。
後ろには服部さんもいた。
「一人でいる方が多いんですよ」
「誘ったりしないの? 誰か」
「それは……たまに……」
返答への彼女の返事は、私には重く突き刺さった。
全く誘った事がない、というわけでもないのに。
挙動不審になっていて、それを服部さんに心配させてしまった。
その後はその二人と一緒に、雑談をしながら並んで歩いていた。
二人は誕生日と生まれた病院まで同じだったとか、どちらもサッカー部の部員だとか、色々と話してくれた。
別れたのは、一階への階段を降りた所だった。
部活動の練習で、グラウンドに向かうという。
放課後は大体そうなのだとか。
結局、私は一人で学園を出た。
バスでは自分から他の人に話しかけに行ったりもしていたが、どこで乗り降りしていたかは把握しきれていなくて、すぐに「降りるから」と会話が終わったりもしていた。
それから勉強途中の息抜きとして、SENNを確認した事まではいつも通り。
福山さんが生徒会長選挙への立候補の届け出を済ませたとか、様々な事情を知った。
こういうメッセージの確認は、勉強が止まるどころか、返事ばかりに時間を割いてしまうのもよくある事だったりする。
その後、翌日の昼休みまではいつも通りに過ごした。
二人の「瀬戸さん」との、バスでの登校にも慣れてきた。
美夏さん曰く、三年では四人全員の通学手段を、バスか自転車かのいずれかで統一させようと話し合っているらしい。
校舎での挨拶も、立ち止まる時間が減って、より気軽に話せるような印象になってきた……と信じたい。
授業前には六島さん、笠岡くんとの三人で話し合っていたが、これもまた、よくある事の範疇だ。
小学五年の頃からそうだが、高校では井原さんが来ると私がそれに合わせて離れる事が普通になっている。
『あっ……おはよう、みんな』
小学校の頃は基本的には逆で、私の方が後で彼を中心とする輪の中に入っていた。
誰の席の近くに集まるかとか、違いはあまり多くはなかったか。
その昼休みの変化というのも、そこまで大したものではなかったりする。
ただ今日は違って、誰かに誘われる前提で、すぐに弁当を食べずに待っていた。
その間に、笠岡くんも井原さんも、昼ご飯にするであろう物を持って一組教室から移動していた。
ついて行かなかったのは、昨日の件についての反省のつもりだった。
しかし、結局誰かに誘われたりはしなかった。
授業が始まるまでの時間も長くはなかったので、一人で少し急ぐようにして食べた。
昨日起きていた、席周りでの二人の小競り合いとは一体なんだったのだろうか……?
機会があれば、当事者たちに訊いてみようか。
午後の授業の間は特に何もなく、放課後。
人々が通る中、私が廊下で待ったのは―――――今日も瀬戸さんたちだ。
美佐さんに、昨日の事で謝っておきたかった。
鉢合わせた瞬間だって、四つ子の中で彼女だけが緊張していた。
素直になれないのも特徴の一つかもしれないが、結局心配する気持ちの方が強くなってしまう。
そんな彼女以外とはちゃんと挨拶を交わし、紛れるように一緒に会話を楽しんだが、その間も彼女だけは嫌そうにしていて、気分を害したらいけないと思うあまり、十分な意思疎通もできなかった。
「美佐さん……?」
「なんだよ」
そうして私が彼女の名前を出せたのは、三人になってからの、バスの中での事だった。
「昨日はすみませんでした。 実は、あの時―――――」
口頭で謝った上で、事情について説明した。
その時どこにいたかとか、どうしてそこにいたのかとか。
「別にいいけど……」
彼女には受け入れてはくれたが、いつも以上に困惑させてしまった。
『あたし、お前といた時間、ずっと何が正解か分からなくてモヤモヤしてたんだからな?!』
ただ、これもまた、彼女の心を前向きにしていく上では、必要になる事だと解釈していた。
「可能な限り悪い出来事を引きずらせないようにすればいいんだ」、と。
良い出来事で塗り替えられれば―――――とも思うが、それもやり方次第では彼女の機嫌や私への信用を損なわせる事になるだろう。
その後、美夏さんとも話し合い、彼女と約束を取り付ける事に成功した。
今週の日曜日の昼頃に、私が乗り降りしているバス停付近で待ち合わせ、合流したら彼女と二人で私の家に行って話をする、というもの。
私関係で笠岡くんたちや先生以外で家に上がらせるというのは……記憶が曖昧だが、これが初めてだと思いたい。
高梁くんは知らないままだったはずだし。
その後、家に帰ってからの夜―――――。
晩ご飯を食べ終わった後、父さんに話しかけてみた。
「どうした?」と訊かれたので、「新しい友人を上がらせてもいいか?」と確認した。
ただ、その説明については、写真がなくて十分にできなかった。
その人が恋人かどうかとか、色々と訊かれた後、「喧嘩にならないなら」という条件付きで許可してくれた。
この後、念の為と母さんにも確認を取ったが、すぐに許可してくれた。
その日はそれ以外、大きな変化はなかった。
土曜日―――――。
午後、六島さんとSENNで情報交換をしていて、その流れで井原さんについての話題になっていた時の事。
『絶対言った方がいいよ! さのりんからやられてるんでしょ?』
彼女からの返事の一部に考えさせられていた。
まだ『余計彼女から嫌われないか?』という不安が残っていたのだ。
もしも納得させるような理由を提示できないまま彼女を追い詰めたら、逆恨みで更に暴力や暴言が加速する可能性だって、排除する事はできない。
彼女やその周りからしてみれば、私の方が『加害者』だからだ。
その理由になっている私の言動も直せないまま、その方に変われと迫っても、納得はしないだろう。
それなら、と、話題の途中でメッセージで相談した相手は―――――福山さんだった。
妨害にも使えてしまうので抵抗はあったが、笠岡くんばかりに頼ってはいけなかった。
その辺りの不安は、私が他の人を頼っている限り解決しないのかもしれないが。
『さのりって、そういう事もするんだ? それだったら、もうこちらの敵ではないかな』
『どうしてですか?』
『それが明らかになったら、あちらは選挙どころの騒ぎじゃなくなるよね?』
『確かに……』
相談を受けての彼女の返事は、想像していたよりも冷静だった。
対応を誤ると、死人さえも出してしまう可能性もあるように捉えていたのだろうか。
『言えばいいと思うよ』
「被害を受けている事を第三者に言うべきかどうかの相談だった」という内容でメッセージを送ると、長くはない間に返事があった。
井原さんの事を言いふらして回るような行為にも、強い抵抗があった。
やる事が彼女のような私を嫌う人と変わらないし、相手次第では自分で自分を貶めるのにも等しい行為にもなり得る。
それに、たたでさえ良くない周りからの印象を、さらに悪化させてしまうかもしれない。
でも、そろそろ笠岡くん以外の誰かにも話すべきだとは思っていた。
代わりとしてまず思いついたのは―――――手紙として告発する事だった。
嫌がらせと取れる行為になるが、これなら本人や周りの目に留まりやすいし、言い方次第で良い方にも悪い方にも向いていくと考えた。
しかし、手紙の中身として使おうと思っていた、バレンタインチョコの装飾に使っていたカードが残っていなかったので、これについては先送りになった。
前なら考えもしなかった事だったのだが……。
その後は翌日の午前まで、ほとんどいつもと変わらない過ごし方をしていた。
それで、その時間に私がいたのは―――――登校日なら通学で使っているバス停の周辺。
美佐さんとの待ち合わせ場所のつもりだ。
尊敬しているスタイリストさんに強く影響されたような、深緑色と白色を中心としたコーディネートの私服で、歩道の脇に立った。
「……すまん。 待ってくれてたんだな」
美佐さん本人がやってきたのは、それから三十分は経ってからの事だった。
オレンジ色の自転車に乗っていて、一度私の前を横切ってから急ブレーキで止めて降りていた。
市街地であれば大体どうにかなりそうな、動きやすいようなシャツとジーンズの服装だった。
事情を訊いてみると、周辺を探して回っていたようで、入念にバス停前を見渡して私がいると気付いたらしい。
自転車を押す彼女に「一緒にいてほしい」と呼びかけ、二人で並ぶように歩いた。
それから家に着くまでも、笑顔で接するとか、どうにか互いに気分を前向きにできないかと会話中に工夫していた。
「お前……変だな?」
しかし、それを見た彼女が嬉しそうだったか、というと、そうでもなかった。
更に言えば、その間の態度は怪しんでいた、と言った方が近かった。
笑顔を作っているような顔自体は見慣れていると思っていたが……まだ何かが足りないのだろうか。
信頼とか……?
「着きましたよ」
「ここか」
家に到着してからも、会話をしつつも彼女を案内していた。
その中に入ってからは、一度彼女を一階のリビングに連れた。
中心のテーブルの五つの席の中の一つに、母さんが座っていた。
「こんにちは。 そっちが、『新しい友達』?」
「ああ……はい」
「そうなの? ……あの衣奈の?」
「はあ?」
早速美佐さんに食いつくように話しかける母さん。
相手からの困惑気味の返事も、あまり気にしていない様子だ。
「衣奈って、ずーっとこっちに心配させてきたわけ! 衣奈パパがきつく当たってたら、とっくに死んでたからね?! 晴くんだったっけ? あの子と会うまで一人で変な観察とかやってたし! それに―――――」
「……言うなよ、死んでたとか」
普段からは考えられないようなテンションと早口で話していたのだが、美佐さんにとっては「母親」と「死」という要素が引っかかったのか、そこに水を差してきた。
彼女も彼女で、先程まで緊張していたのが嘘のように、元から良くはない目つきを更に鋭くさせて、母さんの方を見つめていた。
「えっ?」
「本人の目の前で何言ってるんだ」
困惑する母さんに、見てきた中では一番真剣なトーンで話を進める彼女。
それを見て、彼女が心の底から怒っているのではないか、と不安になった。
美夏さんや自身の母親の悪口に対する反発とかではなく、私についての話の中の言い回しに突っかかっている辺りも、そういう風に思わせた。
「落ち着いてください、この人が私の母さんなんですけど、おそらく私の事を教えたいってだけじゃないかと―――――」
「おま……棚橋も落ち着けよ」
「すみません。 喧嘩になるかも、と思ったので」
不安で母さんに背を向ける形で立った上で話しかけてみたところ、怒りが収まったのか、話し方や表情が普段のそれに戻っていた。
結果、更に彼女を困惑させる事にもなってしまったが……。
「この人は美佐さんって言って四つ子の一人になるんですけど、ちょっと母親について何かあったみたいなので……」
それを見て、体を真逆の方に向けてから行った母さんへの説明は、それよりも慌て気味になっていた。
余計な事を言ったら、美佐さんがどうなってしまうのかも分からないので、詳細についてはあまり触れないようにした。




