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棚橋衣奈の心労 信条編・陰謀編  作者: TNネイント
第八話「どこまで正義で通せるか?」
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8-3.何分の何?

 一組に戻ってからの午後の授業は何もなく進み、放課後―――――。

 下校直後、廊下の隅で立ち止まり、他の人たちに向けて挨拶をしていた。

 知っている人でも知らない人でも、こちらに対して気さくに反応をする人が少なくなかった。

 嫌そうに見てきた人も、前より少し減っていた気がした。


 この行為を通じて、未来についても考えるようになった。


『多くの人と向き合える仕事は何か?』と―――――。

 そうなって真っ先に出てきたのは、教師だとか保育士だとか、教育に関連するものだった。

 政治家や医者も良いとは思ったが、今から勉強し始めて間に合うとは、とてもではないが考えられない。

 成績だって、この学園内でもせいぜい中の上にいられるかどうかだし―――――。

 芸能人とか……というのも、そこで求められるものが私にあるかは分からない。

 その辺りは、次の進路相談でなるべくはっきりさせたい。


 それから家に帰ってからの夜、私は笠岡くんと電話をしていた。


「あの、笠岡くん。 笠岡くんにとっての"本命"って、本当は誰なんですか?」

 私にとって、外では絶対に訊けないような、恋愛周りの話題にも踏み込んでみたのだが―――――。


『本命? それは……衣奈かな』

「本当ですか? 私なんかが……ですか?」

『え? ああ、うん』

 返事を聴いた時は衝撃が走ったし、耳を疑ってさえもいた。


「それって相手によって変えてるって事は―――――」

『無いよ』

 焦りと疑う心から来る、早口での質問に対しても、彼は何も恥じらうことなく即答だった。

 それにしても、本命と言っている相手に対して、機嫌を悪くさせてもおかしくないような訊き方だったかもしれない。


 笠岡くんの本命は、絶対に井原さんか六島さんかのいずれかだと思っていた。

「脈」それ自体はあったかもしれないが、別にそれは誰に対しても言える事だったし。


「どうして……?」

『二人になった時、衣奈が一番落ち着くから』

 理由を聴いた時には、驚きのあまり、どんな表情をすればいいのか分からなかった。

 それに、「まだ二人きりになった事がない人がいるのではないか?」とか、「井原さんや六島さんは彼に何をしたのか?」とか、気になる事が多かった。

 以前から「あれだけ魅力的な相手がいる中で、最も多くのストレスを与えてきたであろう私が一番手というのは、絶対にありえない」と考えてきたし―――――。


「本当に、私なんかでいいんですか……?」

『なんかで、じゃない。 もし相手を一人だけしか選んじゃいけないなら、俺は衣奈を選ぶ。 それだけだ』

「笠岡くん……」

 その後の言葉に対しても、思わず泣いてしまったのと共に、強い不安のようなものを持っていたし、六島さんたちについての心配もあった。


『あの人たちを尻目にしてでも私を選ぶのか?』と。


「た、たとえば……ですけど、井原さんとかでは駄目ですか?」

『駄目じゃない。 けど、話してて心が苦しくなる時がある』

 話し方まで慎重になってしまう中で訊いた事への返事が、より心配を強くさせた。

 苦しませた、というのは私も大概だと思っていたし、何だったら最も彼を苦しませてきたのは私なのかもしれない。


「……本当にすみません」

『えっ?』

「私、笠岡くんとは、友達……のままでいい、と思ってて……」

 涙をこらえながら、彼に『どうして私ではいけないのか?』について説明していった。

 それについて彼に心配させてしまい、途中で説明が止まる事もあった。


『それも駄目とは言わないけど……なんで?』

「私より、他の人といる時の方が、幸せそうに見えたので……。 未来についても、その方が、笠岡くんのため……なのかな、と」

 疑問への答えだって、結局笑顔でハキハキと、とは行けなかった。

 ここでも問題になるのが、他の人との話のトーンの違い。

 場の空気などの違いもあると言ったって、私と二人でいるときの話が、陰気で湿ったくて、内容だって不愉快になりやすいものが多い事に変わりはない。

 というか、彼は他の人との時もそんな調子なのかと思うと、それさえも心配になる。

 内容とか、まるで想像がつかないし。


『そうか。 俺、そういう所も含めて考えた上で、衣奈とも付き合っていけるって言ったんだけど……』

「そういう風に思ってくれるのは嬉しいんですけど……。 本当にすみません」

『いいよ、謝らなくて』

 反故にされても前向きな彼に対して、また謝りたくなるのも変わらない。

 この言葉に対し、私は眉を困らせる事以外できなかった。


「……ですね」

 そうして遅れる返事が、空気を気まずくさせてしまう。

 こうした流れだって、『いつもの事』の範疇だ。

 彼は慣れているから不満に感じないというだけで、そうでなかったらストレスでしかないだろう。


 その後は違う話題で通話が終わり、それからは普段通りに過ごした。

 この間にも、『何かが違う』という気持ちは強かった。


 翌日―――――。


「あ、棚橋。 おはよう!」

 バスで美佐さんに挨拶しようとすると、彼女の方から声をかけられた。

 意外だとは思ったが、普段より大きく聴こえた声、柔らかくなった表情には、違和感や不安のようなものを感じていた。

 他の姉妹と入れ替わっていても気付かないかの実験だったとか、何か依存症になるようなものを食べさせられたりでもしたのか、なんて、考えるだけでも失礼なのだが―――――。

 それでも、こちらから近寄って、挨拶を返した時に少し顔が赤くなっていたのを見て、そんな事はないと確信した。

 こんな些細な事でそんな表情にはなるのは、私の知り合いでは美佐さん本人しかいないからだ。


 彼女が『親しまれる人』への一歩を歩んだ事に感心した……のだが、それと同時に自分自身に対する不満も生まれた。

 本当なら、私の方から彼女を笑顔にしていかないといけないはずなのに、一体何をやっているのだろうか、と。

 それもまた、悪い噂になるかもしれないのに。


「……んだよ、ゴミでも付いてたのか?」

 こちらがそのような事ばかり考えていると、彼女はほとんどいつもと同じ調子で質問してきた。

 苦痛だったのかと思い、申し訳ない気持ちになった。


「すみません。 どうかしたのかな、って……」

「なんともねえよ。 棚橋なら気にするだろ、とは思ってたが……」

 理由に対する返事には、思わず笑顔が出てしまった。

 間違ってはいなかったし、真剣に悪口を言うつもりでもなさそうだった。


「……そんなに面白いのか?」

 ただ、彼女には、何と言えばいいのか分からないような表情にさせてしまったし、その反応もまた、誤魔化しで照れるような表情になりながらのものになってしまった。


「ま、まあ、顔の一つや二つ……なんでもいいんだろうけど……」

 それを見た彼女が、緊張でこちらから目を逸らしたり、顔を赤くしたりしていたのを見て、少し安心してしまった。

 それが当たり前だと認識していたからだろうか?

 これもこれで、彼女に言わせれば迷惑になるかもしれない。


 車内ではこの調子が続いたが、学園に入ってからはそうでもなかった。

 その中での動きの一つ一つに、彼女の変化を感じた。

 具体的には、挨拶で立ち止まる時の我慢ができていたり、喋らない時の表情が柔らかくなっていたり―――――。

 とにかく人当たりが良くなっていたように見えた。


「よく飽きないよな……」

 ただ、その道中で、困るような顔にさせてしまったのも事実だ。

 接してきた人の数と、互いの相手の認識の違いだろうか。


 その顔を見るつもりで振り向いてみると、後ろに美夏さんらしき姿もあったので、そちらに向けて一度数歩だけ歩いて、いつものように挨拶をした。

 笑顔で手を振っていたのも、なんとか確認する事ができた。

 美佐さんを見張っていたのだろうか?


「癖……をなんとかできないかな、って思って……」

「ああ……なんか、めんどくせえやつ―――――って、美夏?!」

 彼女も、会話中に同じ方向に振り向いては驚いていた。

 こちらの顔の動きで気になったのだろうが、二度見どころか三度も見返すとまでは思わなかった。


 こちらの方に歩み寄っていた美夏さんに訊いてみると「邪魔したら悪いかと思った」との事だったが、その間の美佐さんの方はというと、どこか不満そうな表情をしていた。

 それを見た時も、どんな表情をすればいいか分からなかった。

 どうしても、彼女を刺激させる事になりかねなかったからだ。


 それから一組の教室前で別れるまで、三人で移動していた。

 ただ、二人の間の空気はというと、私が余計な事を言ったら、喧嘩にもなってしまいそうだった。

 その中での挨拶でも、相手を不安にさせてしまう事があった。


 後は特筆するような出来事もなく、昼休み。

 弁当を片付けてから笠岡くんの周りを確かめたが、彼本人を除いて四人いた女子生徒の中に井原さんの姿があったので、近寄るのはやめる事にした。

 その代わりとして、瀬戸さんたちに顔を見せようと二組の方に向かおうとすると、戸から顔を覗かせる内藤さんの姿があった。


「こんにちは」

「っ?! こ、こんにちは……」

 話しかけてみたところ、彼女を驚かせてしまった。

 いきなりの事だったし、反応自体は無理もない。


「すみません。 どうしたのかな、って気になったので……」

「拓海くんの周りについて、確認をしていた所です。 でも、集まりすぎになるので、今日はやめておこうかと……」

 一度彼女に謝ってから事情を話すと、同じように話してくれた。


「私でよかったら、時間潰しでもどうですか?」

「何故?」

 困っている事があるようにも見えたので、一つ提案してみると、不思議そうな顔をさせた上に困惑させてしまった。


「あなたとも、話がしたいと思ってたんです」

「……はあ。 いいですけど、変な質問とかしないでくださいね?」

 その上で理由も話すが、吐息だったり態度だったり、明らかに機嫌を悪くしていて心配になった。

 実際、彼女が用があったのは私ではなく笠岡くんの方だったし、こちらに対しても興味や関心があるなんて事もないはずなので、そうなるのも当然かもしれない。


 それから、二人で少し話し合って、彼女のクラスの前まで一緒に移動する事になったのだが―――――。


 その間の内藤さんは、ほとんど無心、無気力といった言葉が似合うような状態だった。


 ただ、辛うじてできたやり取りから、大まかな人物像は把握できた。

 下の名前は「明音(あかね)」だという事、普段は配信でアニメを見る事が好きという事だけだったが、全く無いよりは良いと思った。

 時間などもあって詳細に訊く事はできなかったが、話を聴くたびに、彼女への興味が湧いていた。


「着きましたよ。 それでは、失礼します」

「ありがとうございました」

 一年三組の教室の前で別れる前に、彼女の方に一度頭を下げ、目をつむりつつ感謝した。

 目を開けると彼女がこちらへと振り向いていたが、『どうかしたのか?』などと言いたげだった。


「また、こういう形であなたと話す事ができたらな、って」

「何故?」

「あなたについて、まだ気になる事で一杯なんです。 どうしたらそういう風になるのかな、とか」

 その顔を見て、少し微笑ましそうにしながら話しかけると理由を訊かれたので、表情をなるべく崩さないように意識しながら話した。


「……それ、何故先程までに訊かなかったんですか」

「まだまだ訊くには早すぎるんじゃないかな、とか思ってたので」

「一応、質問内容には注意はしていた……という事でいいですか?」

「そうなります」

「……そうですか」

 困惑させたり、悩ませたりもしてしまっていた彼女だったが、この会話の最後には、少しだけ微笑む様子を見せてくれた。

 それもまた気になったが、また気分を害しかねないとも思い、すぐには口にはしなかった。


 別れた直後、私は一度彼女の方に振り向き、笑顔を作りながら、少し左手を振ってから、階の違う二年一組の教室に戻ろうと歩いていった。

 その背中を向ける直前に、一瞬だけ見えた彼女の反応はというと、どうすればいいのか困っているようにも見えた。


 仮にもし次に彼女と一緒になった時に、『その様子が可愛かった』なんて言ったら、どんな反応をされるかは分からない。


 そもそも、内藤さんが関心を寄せていたのは笠岡くんであって、私ではない。

 そんな私から変な褒め方をされたり、訊いてもいないような身の上話をされたりしようものなら、気持ち悪い人のように思われていても、こちらは文句を言えないだろう。


 教室に戻ってからの午後の授業中は、それらと『もし私の存在が悩みという事になっていたらどうしよう?』という不安も混じった考え事もしながら受けていた。

 来月にはテストにも控えている訳だが……大丈夫なのだろうか?



 今日の下校は、笠岡くんと六島さん、それと玉野さんと一緒だった。

 後ろを良く見ると、井原さんも付いてきていた。


 そんな中での六島さんと彼での話は―――――人前では甘めの雑談だった。

 彼ならフォローしてくれる……とは言っても、やはり余計な事を言って雰囲気を壊してしまうのも悪いので、結局この会話でも相槌を入れる事がほとんどだった。

 変わっているようにも取れる言い方で「くっつかせたい」二人だったし。


 ただ、彼としては私にもある程度は話してほしいとは思っていたのか、時々こちらを意識しているかにも取れるような仕草もあった。

 こういう時は微笑むような表情で誤魔化しているが、直後に『彼に心配させてしまっていたら?』などと考えるのは、今も変わらない。


「……そういえば、笠岡くん」

 その中で私から彼に話しかけたのは、下駄箱まであと十数メートルまで進んでいた時の事。


 彼の視線がこちらに向かったのを確認してから、一度昼休みでの出来事を、二回ほどの相槌の後に頼み事を話した。

 その頼み事は、「次に内藤さんと会話をする時、『話ができて良かった』と伝えてほしい」というものだった。

 その言葉は、内藤さん本人とはあまり変わらないようなやりとりはしていたが、ちゃんと伝えられなかった事だった。


「良いよ。 伝えたら、放課後にSENN送っておくから」

「ありがとうございます」

 いつものように、すぐに受け入れてくれた彼の方に、私は一度頭を下げた。

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