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棚橋衣奈の心労 信条編・陰謀編  作者: TNネイント
第八話「どこまで正義で通せるか?」
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8-2.悪と意図

「……ごめん」

 目の前の美佐さんが私に向けたのは、ビンタなどではなく、謝りの言葉だった。



 ――――――――――



『うっせえ』


『わざとだよな……?』


『ぜってえちげえよ』

 私も私で、彼女の幸せどころか、笑顔で会話できた事さえもほとんどなかった……というか、私自身が彼女と楽しめる話題に持って行けていなかったのだ。

 そんな調子でのあの発言は、ある意味無神経だったとも言えただろう。

 あのような怒られ方をされるのも無理はないし、『とんでもない偽善者』という風に見られていても否定はできない。


『まずい……まずいまずいまずい!』

 もっと、彼女を愉快な気持ちにさせる事はできただろうか。

……私のような人間でさえなければ、これも些細(ささい)な事だったのだろうか?



 ――――――――――



 謝ったのを受け入れない理由はないが、余計な事を言ってしまう気もして、頷く事しかできなかった。

 こちらは既に謝って―――――いや、あれは謝ったと言えるのか?


「こちらこそごめんなさい」

 しばらく迷って、結局オウム返しのようになった。

 ここから十数秒の間は同じ状態で、他の三人からの反発さえも怖かったが、そんな事はなかった。


 それからはテーブルを中心として集まって、一緒にテレビを観たり、雑談をしたりしていた。

 ただ、彼女たちとその家の事についての話には、まだまだ驚かされる内容が多く、不安そうな気持ちにもさせてしまった。


 無視はしていない辺り、最低限の配慮のようなものを感じた。


 その後、思いの外長居してしまい、美夏さんから「帰ろう」という話をされた時には、辺りは暗くなっていた。


「客……ああ、棚橋さんか」

「こんにちは。 もう帰るつもりなんですけど……」

 私を含む五人で一階に降りると、瀬戸さんたちのお父さんと鉢合わせた。


「そうかい」

 その人の返事への反応は、何気ないものだった。

 前に会話をした時も、気が緩んでいる感じではあったか。

 訊いてみたい事もあったが、内容によっては刺激させてしまう可能性もあったので遠慮した。


 それから玄関に向かっては靴を履き、瀬戸さんたちと向かい合うようになったが、何も訊けなかった。

 互いに笑顔で手を振ってから、ドアノブでドアを開けて家をあとにして、私の家へと帰っていった。


 その帰りが普段より遅くなってしまった事で、母さんと勇には心配させてしまっていた。

 愛奈と父さんが、何事もなさそうに笑顔でいたのに対しても不安だった。


 夕飯を食べ終わったら、すぐに荷物を持って自分の部屋へ。

 勉強もしたかったが、それよりも『自分だけでいる時間が欲しい』という気持ちが強かった。


『そういえば、瀬戸さんたちのお母さんって何をしてる方なんですか?』

 そんな中で美夏さんにSENNで訊いたのは、家で見かけなかった母親についてだ。


『今聞きますか?』という返事が返ってきた。


『というか、言ってなかったんでしたっけ?』

『説明はしますけど、なるべく周りに言わないでくださいね?』


『私達のお母さん、もうこの世にいないんですよ』

 少しのメッセージでのやり取りのあと、とても反応に困るような内容の「説明」が送られてきた。


 衝撃だったのは、この文章は歌で言うところの歌い出しに相当する部分だったという事だ。


 出産してから年単位の期間で体調を崩していたようで、ストレスなどもあって回復にはかなりの時間を要していたのだとか。

 瀬戸さんたちの五歳の誕生日に失踪してしまったのだが、その後自殺していた事をニュースで知らされ、自分達も後を追おうと覚悟した事もあったという。

 それを「発想の転換」で乗り越えて、現在の自分たちがいるとも言っていた。


『そんな事情が……』

 泣きそうになりながら打った返事は、話を軽く見ていないかと思われそうで不安だった。

 同時に、どう転換させたのかとか、父親についてとかも気になったが、後の機会で訊いてみたくなった。

 あまり一度にしつこく訊くのも良くないし。



 翌朝のバスの車内―――――。

 乗車して切符周りを済ませてから、制服姿の人に挨拶をして回っていた。

 すっかり当たり前になっているが、反応は全体的にはあまり良いとは言えない。

 そんな中―――――。


「おはよう、棚橋」

 美佐さんに変化を感じた。

 今までの苦痛さえ感じていたかもしれないそれとは打って変わって、はっきりと聴き取れる声量で、こちらにぎこちない笑みを作って応じていた。

 私への呼び方も、友達とみなす前に戻っていた。


 顔もよく見てみると、前髪も少し短めになっていて、後ろには赤色の細いリボンと思われるものも。

 内心驚いた一方で、『脅されたりでもしたのだろうか?』という心配もあった。


「イメチェン……ですか?」

「姉さんに言われたから」

「姉さん……?」

 事情を訊いてみたが、今度は美夏さんの呼び方が引っかかったので、次にそれについて訊いた。


「美夏の事だよ。 言わせんな、恥ずかしいから」

「すみません、そういう意味じゃなかったんですけど……。 それで、美夏さんからはどういう風に言われたんですか?」

「『もっと人から親しまれるようにしろ』、ってさ」

 会話を続けると、生々しいような言葉が返ってきた。


 言われたという言葉の通り、孤立しかけている事それ自体は、以前から話を聴いている限りでも伝わってはいた。

 学園でその調子なら、大人になった時が不安になってくるわけだが―――――もし彼女自身が『美夏さんと一生を共にする』などと考えていたら、心配もそこからくる行動も、全て『余計』になってしまう。

 だからと言って現状をそのまま受け入れるというのも難しいし、それを避けたくて過干渉になるのも良くないし―――――。

 そんな中で、私が最適解と言える選択肢は、私の頭の中には存在していないのかもしれない。 


「親しまれるように……ですか」

 反応はというと、何か困惑するような言い方になってしまった。


 この後、もう一つ美夏さんから言われた事があった、と話を続ける彼女だが、その内容は私にはどうともできないようなものだった。

 それが、『一人でもやっていけるように努力しろ』。


 そういった美夏さんからの発言への不満が、バスの中で少し話題になった。

 ただ、本人が途中で割って入っていなかったら、学園に到着どころか、教室の前で分かれるまで話を続けていたかもしれない。


 美夏さんが来てからは、先ほどまでとはあまり関係のない雑談を中心としていた。

 美佐さんからの話についても確認してみたところ、「未来を心配してのものだった」との事だった。


『いい姉さんじゃないですか』

 思い出すのが、以前に言った時でさえも二人を困惑させていた言葉。

 互いが互いに対して、完全に納得がいっているわけではなく、更に言えば愛や信頼と同じくらい強い不満も抱えているのは、私から見ても分かっていた。


 車内では口論や喧嘩にこそならなかったものの、どこか納得しきれないところはあった。


 その後、二人とは一組の教室の前まで一緒だった。

 百回単位になるかもしれない、通りかかった人への挨拶についての反応も気になったが、二人は二人で自分たちの雑談の方に夢中に見えた。


 それから昼休みまではいつも通りだ。

 強いて言う事があるとしたら、授業の間に自分の悪口を聴かされていたのだが、それが少し大人しくなった気がしたくらい。


 弁当を食べ終わって向かったのは、一年の教室周辺。


 廊下を通る人々に、高梨さんについて訊いて回っていた。

 特に「どこで見かけたか?」と「何組なのか?」についてを。

 当然、困惑されたり無視されたりもしたが、協力してくれた人のおかげで二つとも知る事ができた。

 いるのは三組なのだが、今日は午前の授業が終わった途端、弁当を持って教室から出ていたのを見たという。


 まずその教室から一番近いトイレに向かってみたが、そもそも誰も使っている様子がなかった。


 屋上にも向かってみるが、それらしい姿は見当たらない。

 そこから私のクラスの教室に戻ろうとしたところで、昼休みが終わってしまった。


 もし、この間にも高梨さんがあの三人に何かやられたりしていたら、彼女から『裏切り者』だったり、もっと酷い呼ばれ方で呼ばれていたりされていてもおかしくない。

 ただでさえ良くないであろう心象を、更に悪化させる事になるからだ。


 その日の帰りは―――――結局、瀬戸さんたちと一緒だった。

 バスまでは登校時と同じように、すれ違う一人一人に対して少しだけ手を振ったりといった動きを見せるようにしていたが、特にこれといった反応はなかった。

 強いて言うなら、美佐さんと美来さんから怪しむように見られたくらいか。


 触れられたのは、バスでの下校中での事。


「そういえば、棚橋。 お前……帰りも、通りかかった奴に反応してんのか?」

 雑談の中で、美佐さんの方から話題を切り出した事からだ。


「今まではしてなかったんですけど、登校中だけじゃもったいないかなって」

「ああ、そう。 ……分かんねえ、事もねえけど」

 返事をすると、また彼女がたどたどしくなっていたのが気になった。


 彼女がこういう表情になっている時、私の中では『可愛い』というよりも、『申し訳ない』という気持ちが勝ってしまっていた。

 表情に至るまでの流れと彼女の言い回しもあって、『機嫌を損ねた』と解釈してきた。

 しかし、こちらがそう思わせるような仕草を見せるのは、あまり良くはないだろう。


「気にすんなよ、なんでもねえから」

「そうですね」

 その様子に反応した彼女からの言葉には、作り笑いで対応した。

 引っかかるところとか、そういうものが無かったりするといいのだが―――――。


 それからも、二人とは車内で雑談を続けていた。

 バスが私の最寄りのバス停に停まったところで、少し右手を振ってから下車をした。


 家に帰ったらまず私服に着替えて、夕飯を食べ終わったら自分の部屋で勉強。

 端末を確かめてみると、授業中にも警察からの電話があったようだ。

 件についての進展があったのだろうか。


 一度勉強に区切りを付け、ペンから端末に持ち替えた。

 まず行ったのは、六島さんから来ていたSENNのメッセージへの返信。

 笠岡くんから聴いていたという、生徒会長選挙を巡っての私の立ち位置について確認する内容だった。

 その返事から、少しだけ「誰が立候補しているのか」など、選挙関連の話題になったところで―――――。


『ところでさ、何当たり前のようにるふーとも約束してるのかな?』

 彼女から辛辣なメッセージが送られてきた。

「るふー」というのは福山さんの事だ。


『これで福山さんを笠岡くんから逸らせるかな、って』

『それ本気で言ってる!?』

『はい』

 いつもより当たりが強い彼女だが、自分と交わした約束の方に割ける時間などが減ると考えれば、無理もない事だろう。

 それからは、彼女と進めている計画の方の話になった。

 その中で、「もう井原さんには近寄らない方がいい」という旨のメッセージも送られた。

 されて当然の提案だったが、私の気持ちは複雑だった。

『もうどうしようもない』とも、『どうしても自分の方法でなんとかしたい』とも思っていたところだった。


 ただ、その文章を見て考え直した。

『今のままの方が互いのためだ』、と。

 仮にもし仲直りに成功したところで、笠岡くんの周りを除けば、悪く思う人の方が多かっただろうし―――――。


 それ以外で話題になったのは、もうすぐ卒業する三年の人たちがどう動くかの予想だった。

「卒業してからもアプローチを続ける」とか、「諦める」とか。

 結局後者になるという結論になったが、そうなったらそうなったで、今度は『本当に合っているのか?』と不安になった。


 翌日の昼休み―――――。


「一年を助ける……?」

「はい。 ヒーローのようになれれば、支持も得られやすいのではないかと」

 五組の教室の福山さんの席周辺にいた私は、選挙対策の一環として、実際の行動を通じた『頼りになる人』というイメージ作りを提案していた。

 いつものように、彼女が絵を描く様子を見ながら。


 場合によっては、彼女に問題解決を押し付ける事にもなりかねないが、支持を獲得するのには手っ取り早いのはこれだろうとも考えていた。

 ただ、第三者としての介入でそのイメージを作ろうという場合、行動次第ではどの方法よりも多くの人からの信用を損ねる事にもかねない、いわばハイリスクハイリターンな手段だった。

 当の一年の人たちに目的とかが見透かされていたら終わりだし―――――。


「面白い考えだね。 でも、助けを求められていない時はどうしようか?」

「それは……その時で……」

 興味深い、と言いたげな表情からの質問は想定外のもので、ちゃんとした返答ができなかった。


「というか、挨拶に来た時のついででもいいんじゃない? 正義の味方だけ目指してる訳じゃないんだし」

「いいね。 そうしようか」

 その直後の周りの中の一人からの意見には、頷くしかなかった。

 昼休みが終わるまでのほとんどの時間、こうした意見交換が行われた。

 その途中、福山さんが完成した絵を見せてくれたが、いつもと変わらない上手さで安心した。

 リクエストもまた、いつものように締め切られていた。


「毎度申し訳ないね。 受けられるのは週に一つだけで、先着制なんだ」

 気になって彼女に訊いてみるが、説明は前にも聴いたかもしれないものだった。


 使える時間を考えると、こういう形になるのも無理はないし、私はまだ干渉ができるほどの関係にない。

 ある意味一番平等だし、そもそも彼女だって、絵を描くためだけに生まれてきたわけじゃない。

 ただ、その将来については、まだ良くは知らない。

 それ自体は、この先で明らかにしていった方が良いのかもしれない。


 私は彼女から話された説明に対して、抵抗するような事なんかできなかった。

 する必要もだってないだろうし―――――。

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