8-1.兄弟や姉妹は予備部品ではないし、類似品でもない。
学校が終わり、急いで乗ったバスの車内。
「そうだ、棚橋さん。 美奈と美来も一緒、というのはどうですか?」
美佐さんと美夏さんとの会話中に出てきた、電車通学の二人とも一緒に遊びに行くという提案。
悪くはないと思ったが、すぐに『合流するまでの間をどうするのか?』などの疑問が浮かんだ。
目的地までの移動をどうするかとか、何時に帰る事になるのかとか。
「いいですけど、それなら、瀬戸さんたちの家に行く、とした方が良いような……」
「それもそうですね」
こちらが意見してみると、美夏さんが笑みを浮かべながら応じる一方、美佐さんの方は不満そうだった。
無理して逆張りしている可能性もあるが―――――。
以前と同じように、二人と一緒のバス停で下車して、ついていくようにして歩いて、家へとたどり着いた。
玄関から上がる際に一礼して、『四つ子のスペース』である二階へ。
今回も急に遊びに行く事になったが、その割には整理整頓のしっかりしている部屋だ。
どの程度かというと、完璧に綺麗だ、というほどではないが、二人が『家が汚いから』などと断りを入れないのにも納得がいくほど。
「……おい。 いるか? ジュースとか」
「ああ、はい。 冷たいものなら……」
「なんでもいいんだな?」
「美佐さんに任せます」
「……ああ」
テーブルの前のソファーに座ったところで、美佐さんから飲み物について確認された。
自分からこういう事ができる、というのには少し驚いた。
彼女自身の家の中では、の話になる可能性もありそうだが。
「棚橋さん。 この際なので訊いておきたいんですけど……」
彼女が階段を降りる音を聴いて、今度は対面するように座っていた美夏さんが話しかけてきた。
「はい?」
「美佐について、願っている事とかってありますか?」
質問の内容は、学園やバスの中でも訊かれた事のないような、真剣そうなトーンで話すものだった。
普段は近況報告や趣味についての情報共有が多く、こうした真面目な話は比較的少なかった。
それはそれで、こちらに対して気を遣っていた事だろう。
機嫌を損ねるわけにもいかなかっただろうし―――――。
「それは……」
問いに対しては、すぐには答えられなかった。
正確に言えば、『答えを選べない』といった所だろうか。
『幸せになってほしい』とか『素直でいてほしい』とか、答えたい事は多数ある。
また、本人がどう思うか、というのも問題。
前者なら引かれるかもしれないし、後者は後者でも怒られる可能性を捨てられない。
「ん?」
「いろいろありますけど、あまり口にするのもよくないかもしれないので……」
答えるのに時間がかかり、美佐さん本人が戻ってきたタイミングでの返事になってしまった。
「……は?」
彼女の方に視線を向けると、右手にオレンジの炭酸ジュースの入ったガラスのコップを持ち、口を少し開けて、その場で固まるようにしていた。
彼女からすれば、意味不明な発言だったかもしれない。
「すまん、何の話だ?」
「私があなたの事で願ってる事があるか、です」
「言ってみろよ、あるんだったら」
そのコップをテーブルに置く彼女に、話題について訊かれたので答えてみると、今度は内容についても訊かれた。
先生や保護者でない以上、あまり人の家の事には口出しするべきではないとは思っていた。
親友なら可能だとしても、そこに至るまでにはまだまだ遠いだろうし、もしも助言が誤っていて、それに気付かれてしまった時の事が怖い。
「もっと、他の人の幸せのために動けるような、そんな人になってほしい、とか……」
時間を置いてからの返事には、彼女は驚くような反応をしていた。
「っ……!」
ただ、その直後に顔を赤らめ、目に涙を浮かべていた。
「美佐さん……?」
「バーーーーカッ!!」
「えっ……?」
少しの間を置いてから、気になって伺ってみると、彼女は叫びだした。
唐突な事で、驚いてしまった。
こうして感情が爆発する事を恐れていたが、本当に形になってしまったとも言える。
「今までのバシとあたしの……どこが、どう『幸せ』だって言えるんだよ?!」
「美佐?! やめてください、お客さんなんですよ?!」
「お前があたしにもできてねえ事、あたしに押し付けてくるんじゃねえよ!!」
私はショックもあって抵抗できず、美夏さんも止めようとするが、それらを気にしていないようだった。
その制止のおかげなのか、手までは出されずに済んだが、『その間も我慢させていた』、と思って申し訳なくなった。
「すみません……」
そして、今度はこちらが泣きそうになった。
詫びる言葉もまた、小さくなってしまった。
「もういい!」
彼女は暴力を止めようと必死だった美夏さんを振り切ると、本棚から本を持ち出して、もう一つの部屋の方へと向かっていた。
「大丈夫でしたか?」
「はい。 気に障る事を言ってしまったみたいで……。 あなたにも対しても、申し訳ないとは思ってます」
「そうですか。 ……棚橋さん」
美夏さんに心配させてしまい、誠意のようなものを口にしたところで―――――。
「美佐の事、裏切らないであげてください」
彼女から怒られるかと思ったら、困り気味の顔で提案された。
生まれてからほぼずっと本人の側にいた彼女にとって、『自身の妹』というのは、この世で最も大事な存在かもしれない。
その妹に手を出した、と捉えられたらそこで関係も終わり、なんて事だってありえる話で、そうでなかったとは言っても、この場面は正念場にはなってくる。
この壁に近いものを超えられるのか、それとも―――――というのはさておき。
「どうなってしまうか、私にもわからないので……」
「……そうですか」
理由を聴いた時の反応は、とても小さめになっていた。
共にした時間も少なく、深い繋がりとは言い難い中の私には、こういう場面は荷が重すぎるかもしれない。
それでも、相手のためであれば、どうしても自分から動かなければならない。
『自分の事で抱え込ませたくない』というのなら尚更である。
「寝室の方に行ってみてもいいですか?」
「いいですよ。 ……もし、何かあったらこちらに逃げてください」
彼女に対して訊いてみると、悩んでいそうな顔ながら許可してくれたので、二階のもう一つの部屋の方に向かってみる事に。
少し廊下を歩いた先にあったのは、様々なシールの貼られたドア。
「ん……?」
一度軽く叩いてみると、少しだけ美佐さんの声が聴こえてきた。
「失礼します」
ドアノブを引き、頭を下げ、声を出しつつ入ってみた。
部屋には四人分と思われる、同じようなベッドと、真ん中に小さめの木目のテーブルがあった。
この部屋にも照明はあるが、今は点いていない。
「は? お前、なんでここまで来てんだよ?!」
彼女はというと、自分のベッドの明かりを点けて、本を読んでいるようだった。
こちらの方に振り向いてからの喋り方には、怒りと驚きを思わせた。
「どうしてるか、とか不安になったので……」
「ここ、もともとてめえのような客が来るところじゃねえんだぞ?!」
理由を訊かれたと思って返事をしたところ、やはり怒られてしまった。
彼女たちの場合、あの居間は来客用のスペースも兼ねているのだろう。
「すみません。 でも、どうしても気にしてしまうんです。 私が何か、引っかかるような事を言ってしまったんじゃないか、って」
「引っかかるとかじゃねえ事くらい分かるだろ?! あたし、お前といた時間、ずっと何が正解か分からなくてモヤモヤしてたんだからな?!」
指摘を受けて謝った上で、理由についても話してみた。
その返事としてやってきたのは、今までよりも正直な彼女の気持ちだった。
怒りも混じっていた彼女の言葉は、普段の他人からの罵倒よりも鋭く、激しい勢いで私の心を貫いていた。
『家ではああすればよかったといった内容の独り言が絶えない』という旨の話は、以前に美夏さんから聴いていたか。
それ以外にも聴いていた話と併せて考えるなら、私が最も反省するべき点は『感情表現が薄すぎた』辺りになるかもしれない。
顔見知りの時ならともかく、今はそうでもないし―――――。
この反省は美佐さんに対してだけではなく、これから持ち癖で知ろうとする人々全員に対しても活きてくるかもしれない。
反省点はこれだけではなく、他にも彼女の事情に対する理解が不十分だったとか、良い思い出を残せたかというとそうでもなかったとか、大小を問わず多数存在していたかもしれない。
六島さんとの作戦を進めるのにおいても、こうした所は活かしたい。
しかし、間違えれば悪い意味で浮いてしまうし、それを認識できないままだと、どうなるのかも分からなくなってしまう。
その辺りの調整もまた、これから大事になってくる事になる。
返事にはひたすら迷った。
何回も『すみません』と言うのも信用という面で見ていかがなものかと思っていたし、 かと言ってそれがないというのも、彼女の気持ちを曇らせてしまう可能性があった。
「……これから、気をつけていきます」
「ああ……そうかよ」
反応には、いつものように真面目に受け止めていた。
彼女は納得していなさそうだが、これからは先程のような事を起こさないように意識して動きたい。
「では、失礼します」
話が終わったと思い、私は部屋を後にした。
『結局相変わらず』とも取られるし、彼女を部屋に一人だけにさせるのも見捨てるようで良くないかもしれないが、読書中だったし、その邪魔になるよりかは良いと思った。
「あ、棚橋。 また来たんだ?」
「いらっしゃい」
居間の方に戻る直前に、電車で登下校している二人と鉢合わせた。
肩からのかばんからして、帰ってきた直後なのは分かった。
この時、こういう場面での順番を、四人の間でどう決めているのかが気になった。
「……こんにちは」
挨拶も、不安が抜けきれないままになってしまった。
二人を気まずくしてしまったかもしれない。
そのまま合流するように、三人で居間へとやってきた。
「ただいま……って、あれ? 美佐は?」
「私が無茶を言ってしまったみたいで……」
「ああ……」
美奈さんが気にしていたであろう事に答えてみると、二人を呆れるような表情にさせてしまった。
そういった反応になるのも、仕方のない事か。
二人への詳しい事情の説明も、ほとんど美夏さん任せになってしまっていた。
「それでこの家に、と? ふーん」
「否定はしないけど……」
状況を知った二人の反応は、どこか私に対して強い不満があるようにも感じた。
考え過ぎかもしれないが。
「というか、姉さんも姉さんで、棚橋に期待しすぎなんじゃ……?」
「まあ……確かに、買い被っていた所もあるかもしれません」
直後の美来さんと美夏さんの会話でも、私への不満が出たかと思ったら―――――。
「ですが、今の美佐には、棚橋さんに離れられると困るのかもしれないんです」
直後に続けた言葉に、私は心を揺さぶられた。
会話を聴いていただけなのに。
意図せずして泣きかけていたようで、話していた二人をもう一度困り気味にさせてしまった。
「もっと、美佐さんの気持ちと向き合っていかないとな、って」
「無理しなくてもいいんですよ?」
「分かってます。 でも、絶対に私の事だけは悩みとして抱え込ませたくないので」
美夏さんも気にかけてくれたが、反射的に返してしまった。
「また、寝室の方に向かっていいですか?」
「私が行きます」
彼女にはもう一度美佐さんを伺いに行こうと確認したが、こう言った後、彼女が自ら向かっていった。
笑顔を作るような表情とは対象的な、怒られても不思議じゃないような声のトーンには懸念のようなものを感じた。
この瞬間、本当の『危機的状況』にあるかのような、そんな気がした。
一方で、居間の方は気まずくなっていた。
この際に二人の事も知りたいが、怒られても文句の言えない所。
視線を二人のいずれかに向けたり、もう一人の方に合わせたりする事しかできなかった。
そうしている間にも、美夏さんが美佐さんと一緒に戻ってきた。
美佐さんの方をよく見てみると、顔を赤くしていたりと緊張気味で、右手には寝室で読んでいたと思われる三冊ほどの本を持っていた。
数秒もしない間に視線に気付いたのか、彼女は眉をひそめてこちらを見つめてきた。
普通の人よりも鋭かったその視線には、普段からの私への反抗とか、意趣返しのようなものも感じていた。
彼女の前で困るような顔をするのも悪いと思い、作り笑いで誤魔化したが、当の本人は美夏さんの背中に隠れた後、覗くようにこちらを見ていた。
前にも何回か見たような仕草だが、それをされる度に、かける言葉に迷ってしまっていた。
そしてまた、美夏さん任せになってしまう。
そう考えていた中―――――。
「ここにあなたの敵になる人はいないわけですから、もっと笑ってもいいと思うんです」
その美夏さんが美佐さんに何か呼びかけて振り向かせると、彼女の説得を試みた。
彼女には私が言うよりずっと重く響くであろう、美夏さんからの言葉。
共にした時間は勿論の事、本人を幸せにしたいという気持ちまで、私が勝てる所は全くないと言っても過言ではない。
「それに、あの言葉だけで騒いだり、脅したりする必要はないじゃないですか?」
そんな彼女の言葉に対して、視線を辺りに逸らしたり、ちゃんと言い返せずに固まっていたりしていた美佐さんだったが、少しの時間を置いて、こちらの方へと向かって歩いてきた。
「……バシ」
ほとんど変わらない表情で、制服同士がこすれる一歩手前ほどの距離まで詰め寄ると、歩みを止めてこちらの名前を呼びかけた。
最悪の場合、ビンタをされても不思議ではないと身構えていたが―――――。




