1-2.始まる計画
「んー……そうだなあ……」
どうやって笠岡くんと自分を結ばせるか、なんて、あまり考えはしないだろう。
そう思っていたが、そこそこ長い時間をかけて説明してくれた。
要約すると、こんな感じだ。
まず、笠岡くんの周りにいる女子について、好き嫌いや癖などを理解しておく。
次に、私か六島さんがその女子との接触を始める。
関係を作る事ができたら、なるべく笠岡くんと接触させないよう、積極的にコミュニケーションを取る。
二人目は、関係を作ったら、先に繋がった女子との約束にあえて同じ場所での約束を取り付けて、知るきっかけを作る。
人間関係を構築させていき、全員が笠岡くんの優先順位を下げるまで、これを繰り返す。
ただし、自分たちはある程度作戦を進めるまで、笠岡くんへの態度を変えてはいけない。
聴いていて、無理があると思った。
約束に文句を言う事にも抵抗があったが―――――。
「すみません。 気になる事が何個かあります」
六島さんに問い始めた。
「……やっぱり?」
彼女にとって、この反応は想定内だったのか、これといって反発する様子はなかった。
更に言えば、その顔には微笑みが浮かんでいた。
「このプランでは、私達二人だけでは次第に手が回らなくなります。 情報漏洩などの懸念はありますが、時には"第三者"にも協力させたいです」
私は想像できる限り多くの観点から、気になる部分を良くしていくように、提案や質問をしていった。
『優先順位についてどう判断するのか?』や、『笠岡くんに怪しまれる事はないか?』など。
正直馬鹿げているようにも感じたが、この作戦についての話で、それを言い出してはいけない気がした。
その後も話し合いが進み、作戦もまとまってきたが、辺りは夕方から夜になろうとしていた。
「……そろそろ終わりにしませんか? 早く帰らないと……」
「私もそう思ってた所なんだ。 やっぱ、はしえなとは気が合うのかな?」
そこで、自分から話を切り上げた。
「そうですか? きっと偶然です」
意外な言葉が出てきて、緊張した。
「気のせい? まあ、いいか。 今日はありがとう、はしえな。 作戦の事、あとでSENNにも送っていい?」
「いいですよ」
少しの言葉を交わした後、二人で横に並んで通路を歩いた。
そのあと、出入り口から施設を出た。
彼女の家と私の家は、割と近い場所にあるため、帰りもほとんどの時間は一緒になる。
帰りは、あるアーティストの話題で盛り上がった。
その後、戻ってきた自宅。
夕飯を食べ終わり、携帯で画像を投稿するSNSの画像を見ていると、六島さんからSENNのメッセージが届いた。
そこそこ長めの、『作戦』に関する内容だった。
優先順位についての文章が削除され、『作戦上のルール』が多数追加された。
『無理と思ったら自分が信頼できる第三者に協力させてもいい』、『作戦についてなるべく人に話さない』、『大胆な行動は基本しない』など。
『分かりました。 成功させるために、やれる限りの事はやろうと思います』
しっかりと目を通した上で、返信した。
翌日、通学途中のバスの車内。
座席に座り、車窓越しの景色を見ていると、座席の真横を塞ぐように、私と同じ学校の制服の女子が来た。
淡い茶色のような色の、肩までの長さの真っ直ぐな髪だ。
リボンの柄からして、学年は私と同じだろう。
あちらは気にしていないように見えるが、こちらからすればかなり気になる―――――。
「おはよう。 ……いや、誰?」
そう思っていたら、あちらから声をかけられた。
反応には無理もないか。
「二年……棚橋……ふーん。 学年は同じか」
名前を名乗り、挨拶をしてみると、そっけない反応をしてきた。
「……ああ、井原さんが嫌ってるんだっけ?」
「その通りですが……それがどうかしましたか?」
いきなり何を言うかと思えば、『そんな認識』でいるなんて。
自分に、これといった個性が無いからなのだろうか。
「別に。 ジロジロ見てくるから訊いてみただけ」
「……そうですか」
見ず知らずの人だ、下手に怒れば、イメージは余計に悪くなる。
大人しくしているべきだと判断した。
その後学園に到着し、教室に向かうまでの廊下。
階段を登った先ですれ違ったのは、井原さん―――――の取り巻きの一人だ。
一度見つめてきたかと思えば、舌を打つ音が聴こえてきた。
その方に視線を向けてみると、彼女も歩みを止めた。
一度挨拶もしてみたが、無視して去っていった。
何だったのだろうか。
教室でも―――――。
男女二人が後で来たかと思えば、笠岡くんと井原さんだった。
流石に取り巻きはいなかった。
少しの会話を交わし、自分の席に向かって、席についていた。
私は井原さんの方を見つめ、挨拶をした。
すると彼女はため息をつき、こちらを一度睨んできた。
これがあってほんの少しの間だけ、緊張で体が固まった。
笠岡くんも私の方を見て、不思議そうにしていた。
井原さんからは軽蔑されている事は、分かってはいたが―――――。
午前中の授業が終わり、休憩時間―――――。
「……おい」
六島さんのいる別のクラスの教室に入ろうと思ったら、制服の左手の裾を捕まれ、声をかけられた。
誰かと思って振り向くと、その人物は美佐さんだった。
「どうしましたか?」
「暇なんだが。 ちょっとだけ付き合ってほしい」
「良いですけど……」
私は頼みを断れず、そのまま彼女についていった。
その先は、別のクラスの教室で、他の姉妹の姿があった。
他の生徒もいるのだが、あまり抵抗がないのだろうか。
しかし、四つ子だとは聞いていたが、本当にそっくりだ。
『学校は同じなので、見かける可能性はあると思います』
美奈さんと美来さんは初めて見かけるが、二人については、美夏さんが昨日言っていたか。
その美夏さんの左に立っている、長めの髪をおさげのようにしている人と、左目が前髪で隠れている人がそうだろう。
どちらも、髪の色と目つきは前に会っていた二人と同じだ。
「……ど、どうも」
彼女たちに声をかける事さえ緊張した。
「ああ、棚橋さんじゃないですか」
美夏さんは、何か安心したかのような様子だった。
「そういえば、この二人とは初対面でしたね。 こっちが三女の美奈で、こっちが四女の美来です」
彼女はおさげの方が美奈さんで、左目が隠れている方が美来さんであると紹介した。
「棚橋? ……ふーん、ギリ忘れない程度には覚えておくから」
「……よろしく」
二人とも、言葉を交わした。
しかし、それからというもの、姉妹の会話には、まるでついてこれていなかった。
瀬戸さんたちの姉妹の家の現実が、ある程度分かった気がしなくもない。
会話の内容そのものは、身の回りの事を、ただただ他の姉妹にぶつけているようだった。
その中で、彼女たち四つ子ならではの悩みも、いくつか聴き取れた。
他の姉妹と間違われるとか、いろいろと奪い合いが激しいとか。
「あの、美佐さん」
「あ?」
話にはほとんどついてこれないし、次の授業までの時間もあまり残っていない。
「戻っていいですか?」
「勝手にしな。 ……悪かったな」
美佐さんに話しかけてみると、一度睨まれはしたが確認は取れたので、元の教室に戻ろうとした。
一度振り向いた後、彼女がとても聞き取りづらい声量で何か言っていたので、出る前にもう一度振り向き、顔を伺ってみる。
「……なんでもねえよ。 ほっとけ」
明後日の方向に視線を逸らしていた。
そんな彼女の頬は、赤みがかっていた。
彼女なりに、意識している事があるのだろうか。
自分のクラスの教室に戻ってしばらく待つと、午後の授業が始まった。
―――――――――――
「あっ、はしえな」
それが終わって、帰ろうとした時、今度は六島さんに声をかけられた。
「なんですか?」
「分かった事、ある?」
作戦の進捗についてだった。
「特にない……ですかね。 まだまだ訊く事に抵抗がある、というか」
「そっか」
その後彼女とは少しだけ話をして、作戦の話の続きはSENNでする、という事になった。
今日はどこにも寄る事はなく、まっすぐに家に帰った。
それから夕飯を食べ、しばらく勉強し、風呂に入ってから上がった時に、SENNの通知の音がした。
パジャマに着替えてから端末を右手に取り、内容を確かめた。
六島さんからだ。
『聞いて回ってたら、色々分かってきたんだよね』
内容は学校でも言っていた、作戦の事だった。
結構長いメッセージだ。
それで伝えられたのは、笠岡くんに好意を寄せているという女子は、六島さんと井原さん、そういった噂がある人を含めると十人以上はいる事と、
その中でクラスどころか学年まで違う人がそれぞれ三人ずついるという事。
どうやって情報を集めたのかについては、触れられていなかった。
また、人数については、私の事は含まれていないらしい。
『容姿や特徴が分かっている人だけ教えてほしいです。 分からなくなるので』
迷いに迷って、送った返事がこれだ。
『髪がピンク』、『青眼鏡』、『デカいの』、『ガチ』、といった感じで、少し雑ではあるものの、何人かの容姿について教えてくれた。
私はすぐに『おやすみ』という挨拶を含めた返事と、その後にSENNワッペンを一つ送信したのを確かめ、一度歯を磨くために洗面台に行った後、部屋に戻って灯りを消して眠った。
――――――――――
翌朝、通学途中のバスの車内。
昨日のSENNに送られていた容姿と一致する人物を探そうと、周りを見渡していた。
しかし、そんな時、本来なら目当てではない人も気になってしまうのが、私の癖だ。
気になったのは、背が周りより一回り大きい、茶色の長い髪―――――の人の左にいた、暗い紫色の制服の人だ。
制服自体は見かけない事もないが、どの学校のものなのかは気になっていた。
髪型と色は、赤紫色を暗くしたような色の、所々波打っているショートヘア。
バッグにはユニフォームを模した編み物のストラップが見えるが、運動部に所属しているのだろうか。
「おはようございます」
「……は?」
とりあえず挨拶してみた。
あちらは困惑気味だが、私には想定内。
知られていない限りは、大体始めはそういう反応をするものだ。
あちらからしてみても、私は『知らない子』でしかないだろう。
もし、このような場面での私が、女子の学生でなかったら、と考えると、少し怖くなる。
「すみません。 気になったので、つい……」
そんな彼女に向けて、少し頭を下げつつ、なぜ声をかけたのか話した。
「気になった、って……なんで?」
「何、と言いますか……私にとって、惹かれるものがあったんですよ」
一方的に近寄る癖がある、とはあえて言わなかった。
「へえ、変わってる……。 名前は?」
名前を訊かれたので、名字だけ名乗ってみた。
「棚橋……ああ、そう」
ただ、その反応は素っ気ないものだった。