6-3.陣営
この部分は、通常より長くなっています。
※通常5500文字前後の所、この部分では約8500文字前後
その後も、昨日と同じように、見かけた人々に挨拶をして回った。
席に着いた所で、今日の井原さんの席を確かめると―――――そちらもいつものように、数人の取り巻きとの会話で盛り上がっていた。
きっと、誰かが何か痛い目を見るまで、悪魔呼びは終わらないのかもしれないが、私の方からそんな事はできない。
授業中も、自分に出番が回ってくると野次が飛んできたりしていたが、現在はそんな事はない。
厳しく叱られたりでもしていたのだろうか。
仮にもしそうだとしたら、誰が叱っていたのかも気になってくる。
そんな事を考えている間に昼休みになり、一人で弁当を食べ終わっていた。
「隣の席」からバカにされたりもするが、これもまたいつもの事だ。
どうせなら、その輪の中にも入ってみたいものだが、あまり耐えられないかもしれない。
笠岡くんの席の方に視線を向けると、周りには六島さんと玉野さんに加え、福山さんの姿もあったが、私はそれを尻目に一組の教室をあとにした。
私が向かったのは、あまり行った事のなかった三組の教室。
少し顔を出してみようとも思っていた。
ここもまた、学園内での表記では数字がローマ数字となっている。
入ってすぐに一度頭を下げ、教室内を散策していると、服部さんを見かけたので話しかけてみた。
「こんにちは……って、棚橋さん?」
彼女からは困惑された。
――――――――――
笠岡くんの周りの事などからしても大方察せるように、この学園では、クラス間の垣根が曖昧な傾向がある。
更に言えば、学年の間の垣根も曖昧と言える。
『あたし、あんたのような地味な子ってタイプなんだよね。 まず今日何履いてきたか教えて?』
『やい、二年後の風紀委員! 今のうちに覚えといてよ? うちはもともとこういうとこだって』
『男なんか捨てて、こっち側に来なよ。 じゃないと、ここにおける良い子にはなれないよ?』
ただし、「学年による上下関係」という概念は存在しており、入学して間もない頃の昼休みにやってきた先輩たちによる下品な発言や過度なスキンシップを含めた言動の数々には苦労していたし、絡まれた時はよく笠岡くんや六島さんに助けてもらっていたりもしていた。
それが理由で、因縁をつけられたり、誤解が生まれたりもしていたが、その辺りも周りに助けてもらっていた。
親切にしてくれていた、当時の三年の先輩が、「そういう風に認識しているような奴は学年の中でも多くはない」と断りを入れた上で言っていたが、後輩に手を出すような先輩たちにとって、私達の世代は「軟弱なビッチか異性目当てのキモオタしかいない」と認識されていたそうだ。
また、『新入生には顔を見せておけ』という暗黙の了解があったとか、もともと普通の学校には通えないほどの世間知らずが集まってくる学校だったとか、細かい事を教えてくれた。
ちなみに、その先輩も同じような時期に私と似たような目に遭っていたそうで、親切にしてくれていた理由についても、『見ていて共感したから』との事だった。
しかし、今考えると、先輩の話はどれが本当で、どれが嘘なのか、正確には分からない。
―――――――――――
「で……今度は三組、って事?」
彼女には目的についても話してみたが、どこか納得がいっていない様子だった。
「はい。 もし、何か知ってる事があったら教えて下さい」
「知ってる子……? ごめんね、あんまり詳しくないから……」
「大丈夫です」
質問の返事の間、彼女は申し訳なさそうな雰囲気を出していた。
取り繕うつもりで接したが、これが正解なのかが分からない。
きっと、今まで私と接した人々も、本当はこういう風に思っていたのかもしれない。
服部さんとの会話も終わり、一組からして後ろの戸から去ろうとした所で、見覚えのある人に遭遇した。
以前にすれ違いざまに話しかけて、結構辛辣な言葉を浴びせられていたような、そんな記憶のある人だ。
「こんにちは。 前にも会いませんでしたっけ?」
黒に近いような茶髪の彼女に話しかけてみるが―――――。
「は? 死に損ないの悪魔が! ツバ飛ばしてくんなよ、キモいから!」
この限りない憎悪にまみれた辛辣な言葉をかけられて、一つ思い出した。
彼女もまた、井原さんの仲間の一人だという事を。
言葉には、戸惑って無理やり苦笑いする事しかできなかった。
この後も、彼女は悪態をつき始めたりもしていたが、なぜかそれに対しては不安な気持ちにはならなかった。
そんな彼女の方に向かって、少し片方の手を振った後に、三組の教室から出ていった。
それ以降は、翌日の昼休みまでいつも通りで―――――。
用を足そうとトイレに向かった先で、見慣れていた二人を含む三人が、トイレの前で立ち尽くしていた。
短い薄紫の髪の人、まとめた茶髪とリボンの人だけでなく、ところどころ波がかった金髪が特徴の人もいた。
「いるんだろ、腐れ目玉!」
「なんでトイレで飯食ってんのかなぁ?! ねえ!!」
「出てこないと殴るぞ!! 聴いてんのか?!」
そして彼女たちの怒号で察した。
高梨さんの問題は、「いじめ寸前」どころの騒ぎではないと―――――。
「こんにちは。 ……何をしてるんですか?」
「あ、たかはし……? なんで二年が?」
「たかはしではないです」
「ああ、そうだったっけ。 それは失礼……」
三人に話しかけてみると、最初にその中の薄紫の人に名前を間違われたので指摘した。
「ほら、励まそうとしてたんだよ、たか……たな……なんだっけ? ほ、ほら、あいつを……」
「その割には、かなり過激な言い回しでしたが……?」
「こう言わないと、やる気にならないから……」
挙動不審になっていたリボンの人から言い訳をされ、それがとても信用できず、思った事を口にしたのだが、嘘に嘘が重ねられただけだった。
「もし、私と連絡先を交換できるなら、この事を秘密にしますよ?」
「誰が悪魔のパチモンなんかと―――――」
「パチモン……? 悪魔の……?」
「えっ?」
そして金髪の人に対しても提案を持ちかけたが、当然のように拒否された。
この時に言われた事が、私の心には鋭く突き刺さっていた。
同時に、高梨さんも悪魔呼ばわりされている事が、私には衝撃だった。
私には痛恨の一撃になる事を知らなかったのか、彼女は困惑していたが、許していいかどうかはまた別の問題になるだろう。
しかし、こうした場面でも、『裁く』『復讐する』より、『知る』『理解する』が先に行ってしまうのも、私の癖の悪い所なのだろうか。
井原さんを気にする理由を「かつて友達だった」とするなら、彼女たちを気にする理由は「あまり知らない」になってくるのかもしれない。
「まあ……とりあえず、高梨さんには謝っておいてください」
「はあ? こっちは何も悪くないでしょ?」
「棚橋がそれ言うの?」
「マジでこれ。 お前関係ないじゃん!」
もう一つ提案したが、三人からは猛反発を受けた。
確かに、私のような第三者が解決させるとするなら、「実力行使」に出ていても不思議ではないだろうし、激励という名目の上で言えば、普通は謝らないといけない理由はないだろう。
ただ、私には人に暴力は振るえないし、名目だって嘘だという事は私にとっても分かっている。
それに、反発されるのはそこだけではなく、彼女たちから見て理不尽に思われている所もあるのかもしれない。
「そう言わなくても……」
「もういいよ、つまんないから」
落ち着かせようとしたが、結局三人は呆れ気味に、こちらから離れるようにして、トイレから歩いて出ていった。
これが後で彼女たちの行いをどこかに報告してもいい、という確認にもなったわけだが、あまり報告する気にはなれなかった。
追い詰めるまでには、あと少しだけ理解が必要だと思ったからだ。
それが付け上がらせることにもなりかねない、とも思ったが、こういう場面で甘くなってしまう。
その様子を見た後に別のトイレに入り、用を足して出た。
この間に思ったのが、「高梨さんがどう思ったか?」という点だった。
彼女からしてみれば、もっと早く、もっと厳しく当たるべきだったのかもしれないが、今の私にとっては、あれが出来る範囲の限界だった。
あの瞬間は、人に対して厳しくなれないといけない所だったのかもしれない。
それに、彼女がいるトイレに向かったのも、そこでも嫌がらせを受けている事を目の当たりにしたのも、偶然のようなものだったし。
仕切りから出て手を洗った後、仕切りの先に彼女がいるであろうトイレのドアを二回、左手の甲で軽く叩いた。
「はい?」
「大丈夫でしたか?」
「た、棚橋さん?!」
彼女の声がしたので、一つ質問してみたら、驚かれた。
「ずっと不安だったんですよ?!」
「すみません。 こんな事になってる、とは思ってなかったので……」
「ああ……そうですか」
反応が怒り気味だったり呆れ気味だったりで、『間違った対応をしてしまったのではないか?』と不安になった。
彼女が普段から、今回のような出来事にちょくちょく遭わされていると考えれば、そうした反応をするのも、無理はないのかもしれないが。
「あと、昼休みのご飯ですけど、今度私と一緒に食べませんか?」
「棚橋さんとですか?」
「はい。 駄目なら駄目、でいいんですけど、またこういう事があったりするかもしれないので……」
「いいですけど、変な噂になりません?」
食事についても提案したが、彼女は不安そうにしていた。
その不安は、どうしても排除する事はできないと思っていた。
ただ、仮にもし私が黒髪だったり、彼女が眼鏡を必要としていなかったり、同じ学年だったりしていたら、話は違っていたのかもしれない。
しかし、噂になる事を恐れているというのなら、どうしていわゆる「便所飯」を―――――などと、ただでさえ嫌がらせに怯えていた彼女に対して強く叱る事なんて、私にはもちろん、普通の人にも到底できる事ではないだろう。
それができるなら、それこそ先程の三人に対して「実力行使」に踏み切っていただろうし、そこまではできなかったとしても、もっと高圧的な態度で嫌がらせを止めさせていた事は間違いない。
「それもそうですけど……どのみち衛生を気にするとかであれば、まずは食べる場所をトイレから別の場所にした方がいいかと」
発言には強く否定せず、心配するような言い回しで説得しようとした。
この「衛生」というのは、食品衛生はもちろんの事、彼女の精神衛生の事も含まれている。
汚いし、寂しいし、先程のようにイジられたりもする。
そのような事を考えていると、今度は『彼女にはとても難しい選択を押し付けてしまった』という気がしてきた。
私が相手をする限り、噂になる事は避けられない可能性のほうが高いし―――――。
「分かりました。 棚橋さんとしては、どこがいいとかありますか?」
「あなたの席の方とか……」
「棚橋さんがこっちに来るんですか?!」
「はい。 一年の人たちにも、顔を見せておきたいので」
「は、はあ……」
場所について訊かれた際の、驚いたり、困惑したりといった返事への反応からしても、『どこか間違っているかもしれない』とは思った。
ただ、『同じような目には遭わせたくない』という気持ちの方が強かった。
急ぎ足で教室に戻ろうとしたが、この間に、先程の会話が周りに聴こえていないかが不安になっていた。
人の動き自体はちょくちょくあったし、『もしこれがまた悪い噂の元になってしまっていたら?』などと、自己否定のような考えをしながら教室に戻っていた。
その日の授業が終わり、今日は笠岡くんと六島さんと一緒に帰る事になったのだが、やたらと熱い視線を向けられている気がした。
もしかしたら、と思って振り向いてみると、不満そうな顔の美佐さんと、後ろで無理に笑顔を作りながら彼女を見つめているかのように見える他の四つ子の姿があった。
「知り合いか?」
笠岡くんの方から、彼女について質問があったので、「仲良くなった友達」だと説明した。
そういえば、私の知る限りでは、彼女は彼とは初対面になるんだったか。
「後ろにも、三人いるみたいだけど、あれは?」
彼からは次に、姉妹について訊かれたので、四つ子である事、それが理由で下の名前で呼ぶ事がある事を話した。
「よ……よう、バシ。 ……そいつらは?」
緊張を隠せないまま近寄ってきた彼女は、まず笠岡くんと六島さんについて訊いてきたので、最初に二人の名前を教えた上で、「幼い頃からの大事に思っている友達」だと説明した。
「まさかとは思うが……あたしと、その、二人……とは、友達の、友達同士……って事になるよな?」
「そうですね。 美佐さんでも、この二人となら、割と早いうちに仲良くなれると思います」
彼女からの疑問は、私も思っていた事でもあった。
クラス配置的に考えても、いつかこの二人は接触はするだろう、とは思っていた。
美佐さんにしてみれば珍しい異性の友人になるのかもしれないが、私としては、可能であれば、四つ子が笠岡くんの取り合いに参戦するという事態は避けたかった。
六島さんと笠岡くんの恋路の邪魔になり得る上に、恋を巡っての心理的な負荷に耐えられるかが不安になっていたからだ。
私も邪魔になってくるというのは分かってはいるが、二人からそれが理由で突き放された事はない。
絆のおかげだといいが―――――。
その六島さん本人の反応を心配して、一度顔を伺ってみるが、特に怒りをむき出しにしている様子はなかった。
「……よろしく……笠岡……くん」
「拓海でいいよ、俺の事は」
「わ……わかった……」
そして、当の美佐さんと笠岡くんはというと、なんと美佐さんの方から彼の方へと詰め寄っていた。
かなりの緊張で、彼女の頬が赤くなっていたりもしていた。
彼女が他人をさんやくん付けで呼んだ事も意外に思ったのと同時に、割と本気で六島さんの方が心配になってきたが、反応が予想の範囲内だったのか、これでも舌打ちや独り言は聴こえてこない。
それで彼女に訊いてみた所、やはりというべきか、「分かってたから気にしてない」との事だった。
別に彼女には怒ってほしいとか、怒らせたいなどというわけではなく、この二人のやり取りが、彼女にとって相当な怒りを買っていないかを心配した故のものだ。
しかし、これが彼女から「からかっている」とされても、私から文句は言えないだろう。
その頃の二人の方はというと、美佐さんの方が緊張しすぎて、会話が進まないでいた。
もしも、ここで他の四つ子が介入してきて、四人全員が笠岡くんの事を知ってしまったら、どうなってしまうのか想像がつかない。
しかし、この流れに私が水を差すというのも、強い抵抗がある。
などと思っていたら―――――。
「良かったら、君も一緒に下校しないか?」
「それは……ちょっと……」
彼が、彼女を誘い始めていた。
緊張していたのを見かねてのものかもしれないが、姉妹や六島さんの事も考えると、結構危なっかしいような気がしなくもない。
「バシ……いや棚橋、と一緒ならいい……とか、そういう……わけじゃねえし……」
ただ、彼女はしどろもどろになりながらも断って、一度他の姉妹の方に歩いていった。
その彼女たちではなく、私と友達なだけの、よく知らない人たちと一緒になるという事を考えれば、こうなるのも不思議ではない。
「行くよ、たっく?」
「ああ……うん」
六島さんに急がされる笠岡くんだったが、彼は美佐さんがまた詰め寄ってくる可能性を、捨てきれていないようだった。
私も彼女の方を見つめていたが、理由はだいたい彼と同じで、彼女の事を気にしていたためだ。
そしてその途中に考えていたのは、『もっと早く説明しておけばよかった』などといった、結果論的なものを元にしたたらればだった。
結局私たち三人と美佐さんたち四つ子で、別々で帰る事にはなったが、私は廊下を曲がるまでの間、時折四つ子の方に視線を向けたりもしていた。
時折その話題になったりもしていたが、作戦の事に触れずに話をするのは、結構難しい事だった。
その代わりに出した話題は、「ああいう人は好みに入るのか?」といった、 人柄や性格についてのものだった。
それはそれで危ない気がしなくもないが、印象を聞き出す事ができればいいとも思っていた。
今日はバスで、美夏さんと美佐さんの二人と一緒にはならなかった。
そんな家までの移動中に考えていたのは、『その他大勢や群衆などと括られる人々にとって、希望を持つ事のできる存在になれているか?』という事だった。
そういう存在になるためには、穏やかに、かつ人を選ばず、親しみを持って接するのはもちろんの事、自分から率先して行動して、事を大きく動かせるような人間になれないといけないだろう。
しかし、そういう人になれているとは、まだまだ言い切れるものではないとも思われているのかもしれない。
そして家まで歩いていた所で、また自転車で移動している高梁くんとすれ違った。
今度は目があったが、とても話しかけられる感じではなかった。
背中を見て、名前を呟く事しかできなかった。
それにしても、彼の事は毎日のように見かけているはずなのに、こういう日に限って気になってしまうのは、どうしてだろうか。
頼りたいのか、仲良くなりたいのか、はたまた……もう一度、彼に『恋』したいのか?
でも、恋なら彼の方から願い下げ、なんて事もありえるし―――――。
帰ってきてからしばらくの間、部屋に戻ってはひたすらSENNのメッセージでやり取りをしていた。
六島さんとは瀬戸さんたち、美佐さんとは笠岡くんを巡っての事情、高梨さんとは助ける際の立ち回りと昼休みの食事について話し合った。
また次の日、登校時のバスの車内。
「そういえば、棚橋さん。 笠岡くん……? って、どんな方なんですか?」
美夏さんとの会話中に、笠岡くんの話題になった。
あの後、美佐さんが彼女たちにも、彼について話したりしていたのだろうか?
「私の友達で、優しくて、そこそこ格好いい人です」
なるべく彼女たちを彼に近寄らせたくはなかったが、大切にしてもらっている以上、貶めるような嘘をつけるはずがなかったし、あまり詳しくないという人を前にして、自慢げにして関係性について話すような事もできなかった。
六島さんとの作戦の事、それに対する本心の事などもあって、この辺りの気持ちは、とても入り組んでいた。
それに対する正解には、私にはどれほどの『選択肢』があってもたどり着けない事だろう。
「優しい」と聴いた後の美夏さんはこちらの話に対して食い気味になっていて、どういう感じで優しいかとか、周りにどんな人がいるかとか、色々と話が盛り上がった。
本当はあまり話したくはなかったが、彼女の興味や関心に背いて、機嫌を損ねかねない事もしたくはなかった。
途中からは、美佐さんも会話の中に入ってきていた。
この後はいつものように、バスを下車して校門を通って、すれ違った人たちに挨拶していた。
まだトイレでのやり取りについては、噂になっていないようだ。
誤魔化している可能性も、否定はできないが。
そんな中、笠岡くんの周りの方に近寄ってみると、六島さんだけでなく、内藤さんと、あと一人ピンク色の髪が特徴の人がいた。
彼女とは久々に会う。
確か―――――倉敷さん、だったか。
先輩にあたる人なのだが、彼女のような三年生たちには、もうすぐ卒業が待っている。
「おいっす、『はっしー』!」
挨拶してみると、内藤さんが困惑していたのとは対照的に、気さくに返事をしてくれた彼女だったが、私の中では呼び方が引っかかっていた。
苗字で呼び捨てにしていた記憶があったからだ。
それが最近の言動で意識が変わった、というのであれば、こちらとしては有り難い事だが。
一年の教室の前で内藤さんと、二階への階段を上がった先のスペースで倉敷さんと別れるまで、五人での会話を楽しんだ。
そんな中でも、途中ですれ違った人の方には、微笑むようにしながら少し片手を振ったりしていた。
普通なら、一組の教室の手前で六島さんと別れて、彼と一緒にそこに入るはずなのだが―――――。
「少しだけ、五組の近くで待ってていいですか? 先に行っててもいいので」
「了解。 どういう事かは知らないけど……」
「今は誰にも言えないので……」
彼と少し会話した後、私は福山さんを目当てに、五組の戸の周辺へと立ち寄った。
ある事について、決まった事があったからだ。
別に昼休みでもいいように思えるかもしれないが、私としては、あまり人のいない状況で話がしたかったのだ。
「おはよう、棚橋さん。 こんな所まで来て、どうしたんだい?」
少し待っていると、その福山さんが、二人の友人と共にやってきた。
「前に言ってた、あなたの選挙の手伝いの事なんですけど……」
後ろの二人がこちらについて話している中で、話題を切り出した。
「ああ、言っていたね。 それで答えが出た、というわけか。 どっちでもいいから、なるべく早めに答えてほしいよ」
「やります」
「……ありがとう」
質問に答えると、少し時間を置いてから返事をされた。
そして直後に、彼女は右手の小指を出した手を向けてきたので、こちらも同じようにした右手を差し出した。
「約束だ。 君のためにも、私の青春をより記憶に残るものにするためにも、今度ある会長選挙を勝ち上がってみせる。 私も精一杯頑張るから、君も手伝いを頑張ってほしい」
この言葉の後、私と彼女は差し出した右手の小指同士を絡めた。
恐ろしい脅し文句の入った短い歌と共に行われる『アレ』だ。
この瞬間、私は六島さんの恋のためのものに続いて、二つ目の「誰かの作戦」に関わる事となった。
ここで、一旦一区切りになります。
字数に違いがある時は、大体はこのためのものであると考えてください。
次話以降は、段々と話の流れが変わってきます。
この作品について、もしよければ感想や評価を寄せていただければ幸いです。
いただいた感想は、個人的に可能な範囲で、今後作品を書く際の参考にします。




