6-1.開ける心
高梁くんへの複雑な想いを抱えながら帰ってきた家で端末を確認すると、一件の着信履歴の通知があった。
時間帯は瀬戸さんたちの家にいた合間で、連絡先として登録されていない番号からのものだった。
気になって、折り返し電話してみようとしたが―――――。
『この電話番号に電話をかける事は出来ません』
アナウンスを聴いて、心が締め付けられる感じがした。
まさか、殺害予告に関連する内容だったりしないだろうか。
それにしても、どうやって電話番号を知ったのか……?
怖くて、留守番電話を聴く気にもなれなかった。
なかなか寝られなかったし、ずっと不安でいた。
――――――――――
そして翌朝も、寝坊でバスにも乗り遅れ、今日は徒歩で通学する事になった。
学校への遅刻についての連絡は、母さんがすると言っていた。
校門は既に閉まっていて、警備の方にお願いして通してもらった。
「おはよう……ございます……」
通りかかった人に挨拶している余裕もなく、急いでいた事からくる疲れで呼吸を荒くしながら教室に入り、場にいた全員に向かって挨拶をした。
時計をよく見ると、時刻は既に十時を過ぎていた。
「すみません……遅れてしまって……」
「あら、棚橋さん。 席に座っててもらえる?」
「あ、はい……すみません……」
それでも先生は怒る事なく、私が席に向かってから授業を再開した。
そんな中での周りの視線は、私の後方に突き刺さっていた。
「……衣奈。 本当に……どうしたんだ?」
授業が終わった直後に、笠岡くんが私の席周辺に立ち寄って、心配そうに話しかけてきてくれた。
「実は―――――」
「殺害予告……?」
「はい。 少し前に、書き込みがあったみたいで……」
「それは酷いな……」
事情を聴いた彼の顔は、真剣そのものだった。
彼なりに、どう向き合えばいいか考えているのだろう。
それ自体はいつもの事だが、その度に「申し訳ない」と言いたくなる。
そしてその感情が積み重なって、笠岡くんを頼れなくなったりする。
「しかし、どうしたら……?」
「さあ……?」
ただ、今回は彼にもどうすればいいか分からない状況だった。
『詳しい人』ではないし、彼の兄さんが動画配信者でも、その事はネットと法律について詳しいという確証にはならない。
「まあ……とりあえず、もし耐えられなくなったら、またこっちに連絡してきてよ」
「すみません、いつも」
そこから少し無言になり、いつものように彼の方から話には乗るという旨の言葉を告げられて、それに対して申し訳なさそうにして会話は終わった。
今日の午前の授業も今一つで、迎えた昼休みも、いつもより多い人々に囲まれる笠岡くんの席を見つめているだけだった。
彼女たちとも、彼とあまり関係のない所で会話がしてみたい、などと思いながら。
ただ、時折、こちらの方に向かって少し手を振ったりする人もいて、それに対する反応は欠かせなかった。
六島さんはもちろん、玉野さんや辻さんに服部さんなど、ほぼ全員が見かけた事のある人だったし―――――。
午後の授業も、結局午前とほぼ変わらず。
今日の授業が終わってすぐ、井原さんの取り巻きの一人が先生に声をかけられていたのを見かけたが、私にとっては心配の方が勝っていた。
そんな中の帰りのバスで―――――。
「あれ、棚橋さん?」
座席に座り、視線を窓に映る私に向けていると、美夏さんが話しかけてきた。
その左斜め後ろを見ると、美佐さんもいた。
「朝いませんでしたが、何かあったんですか?」
「少しだけ……」
「……そうだ」
「はい?」
美夏さんの方と会話をしていると、美佐さんの方が割って入ってきた。
「心配……してたんだぞ、お前」
美夏さんの前に出てきた彼女だが、言葉を口にするたびに緊張していった。
彼女の方から心配されるのも、珍しいと思った。
それくらい私が調子を崩していたという事なのだろうか……?
「もし寂しいとか、そういう気持ちにさせてたら申し訳ないです」
「言わねえだろ、そんな気持ちじゃなかったら」
「すみません」
遅刻がここまで彼女を心配させていたなんて、思いもしなかった。
美夏さんの方をよく見てみると、いつものような微笑みがなかった。
「……棚橋さん」
また人に迷惑を、と思っていたら―――――。
「美佐にとっては、あなたのような人があまりいなかったんです」
言い渡されたのは、美佐さんについての結構重めの告白だった。
この場でこの話をする事になるなんて、思わなかった。
彼女から「こういう話を本人は必死になって否定してきた」とした上で、交友関係の少なさと、『偽者』と揶揄されてきた事から来る人当たりの悪さは、家族の中でも深刻な問題になっていたと説明を受けた。
そんな中で、己に何の警戒もなく近寄ってきた私が珍しいように見えていたそうで、緊張についても突き放されないようにするために言葉を選んでいたかもしれないという。
「そうだったんですね。 ……私もそうでした。 暴言以外で、どの言葉にどう反応するかとか、よく分かってなかったんですよね」
理解する様子を見せた後の話をしていた所での"本人"の反応は、顔をこちらから背けながらも、言葉に同調するというものだった。
言われて怒ると思っていただけに、意外だった。
この後に、この話をどうして家に呼んだ時にしなかったのかを彼女に訊くと、思いの外会話の時間が少なくなり、話題にする事が少なかったかららしい。
「お互い様……って所か?」
「そうなりますね。 最初は大体、そんな感じですよ」
「……うっせえ」
美佐さんの方に笑顔を作りながら話してみると、顔を背けたままの状態で舌打ちしつつも反応していた。
若干上から目線になってしまったかもしれない。
人との関係を作った直後だけではなく、いつだって使う言葉には気を遣うものだ。
仲良くしたいというのであれば、こういう時期が一番警戒するべき所になるだろう。
本当は彼女も、その辺りの事は分かっていたりするのだろうか。
それからしばらくは、そんな彼女を話題に、美夏さんとある程度話し合った。
「私といる時が一番元気そう」だとか、「バスケ部にいた時期があった」とか。
本人は―――――顔を確かめる度に恥ずかしそうにしていたり、事実と認めているかのような仕草を見せたりしていた。
「これも、昨日来てくれた時に話せなかったんですよね。 もっと詳しい事は、後でSENNで教えましょうか?」
「……はい」
直後の確認も、一度本人の顔を見てから返事をした。
この後、目的のバス停に着いたので、二人の方に少し手を振ってからバスを降りた。
それからは特に何もなかった。
強いて言うなら、今日もまた不安や恐怖で、なかなか寝付けなかった事くらいだ。
翌日―――――。
土曜日のため、学校は休み。
午前中に端末の通知を確かめると、いつもより多いSENNのメッセージが届いていた。
『この殺害予告された女子生徒って、棚橋でしょ?』
『大丈夫? 手首に刃物当ててたりしてない?』
多かった分の内容のほとんどはこんな感じで、主に先日の殺害予告について心配するものがほとんどだった。
それ自体は有り難いのだが、若干余計な一言の目立つものもあり、見ていて真顔になった。
中には、テレビ局のニュースへのリンクも添付されていたものもあった。
学園によると、葉畑県警と協力して調査しているらしい。
こんな大事になるとは思っていなかったが、きっとこれがメッセージが送られてきた理由だと考えて、自分を無理やり納得させた。
少し遅い気がしなくもないが。
パジャマから着替えてから、部屋を降りてリビングに行くと、テーブルに私宛の封筒があった。
家にいた父さんに訊いた所、昨日までには既に届いていたという。
差出人は花坂警察署で、内容については簡単に言えば『予告があったので一度家の周辺を巡回した』、『可能であれば事件についての情報提供に協力してほしい』というものだった。
一瞬だけ「この前の着信ももしかしたら」―――――と思ったが、警察からの電話に折り返して発信する事が出来ないという事があるのだろうか?
今日では警察署が休みとの事なので、向かうのは学校の放課後になるだろう。
この日の時点で、既に家族の誰かがもうやっていたり―――――というのも、ありえない事はないのだが。
それからしばらく準備をして、父さんに報告した後、私は家から外に出た。
移動中には学園の人に話しかけられたり、その声のした方に反応したりしていた。
そうしてしばらく歩いた先に着いたのは、「改信院合家堂」。
市ととてつもなく深い縁を持つ僧侶が産まれたこの寺院は、その父にあたる方が築き上げ、僧侶が関西地方にて築いた二つの寺院と共に、ある宗教を信じる人々にとって特に重要な場所とされている上に、施設のほとんどが国や県の指定する文化財になっている。
小学校でも中学校でも授業で習っていたこの場所に来た理由は、他人に不幸が訪れない事を祈るため。
もちろんその他人の中には、私の事を嫌う人達も含んでいる。
奉納のための護摩木を一つ買って、名前や年齢を書くまでは良かったのだが、ここでも優柔不断な所が出てしまう。
何を願いとして書くのか迷うのだ。
こういう事は両親はやっていたが、今の私ではいきなりすぎた。
浮かべては『これは違う』、『あれも何かおかしいかもしれない』などと思いつつ、迷いに迷った末に書いたのは、「安穏無事」というものだった。
書き終わったそれを納めた後、寺の各地にお参りをしてから帰った。
夜に母さんと対面した時、殺害予告の投稿日の翌日に学校の関係者から、また次の日に警察から電話があった事を教えてくれた。
「先生も『正直いつかやられるかもとは思ってた』なんて言ってたけど……衣奈、本当に学校で何をしてるの? 全然教えてくれないし……」
表情が怒り気味で、言葉の一つ一つから圧を感じた。
「変わった事は何も……。 おかしくなったと思う人もいる、ってだけです」
「はあ……。 衣奈って、そんな子だったっけ……?」
「えっ……?」
答えに対する反応は呆れているようで、こちらとしてはショックだった。
――――――――――
この家で私が唯一の葉畑産まれの葉畑育ちになっている事は、既に説明した事だろう。
母さんは過去に、『衣奈パパが味方じゃなかったらもうこの世にいなかったかもしれない』と語っていた事がある。
それくらいには、親と他の子供の間の温度差が激しい家庭だったのだ。
最も、もしも母さんが愛奈か勇の父さんとずっと一緒だったら、どうなっていたかも分からなかったが。
愛奈と勇と和解した事をきっかけに、しばらくの間、私達母さんの子供の間には、『心を大人にするための目標』が定められていた。
「わがままを言わない」、「褒められる所は褒める」、「偏見で決めつけない」、「嫉妬をしない」、「責任感を持って行動する」、そして「人に優しくする」。
今考えると、もっと項目を減らしても伝わらなくもないような内容だが、当時の二人を反省させるのと、私の復讐による危害を防ぐのには十分だった。
性格などを加味した上で考えて、これがなかったら、二人に何か悪事を働いていたか、というのは微妙だったが。
父さんの提案で、中学三年生の頃に事実上の廃止となったのだが、その頃にはこれに近い価値観が既に、私の中に浸透していた。
「癖」を構成させているのにも、その価値観が元になっている所がなくもない。
それに、いずれの項目も今の私が守り切れているか、というとそうだとは言い切れないし、むしろ破ってしまっていると自覚している所がある。
『全てを徹底的に守れ』、という感じでもなかったが―――――。
――――――――――
「人に優しくして、とは言ってたけど、自分を追い込め、なんて言ってなかったでしょ?」
「そう、ですけど……」
「今回ばっかりはしっかり動かないと。 ずっとやられるままになっちゃうでしょ?」
励ますつもりなのは分かっていたし、いずれどこかで変わらないといけない事だって、自覚はしていたつもりだった。
普段からの悩みや不満などとは別で、これらの母さんの言葉が、私の心に重くのしかかった。
今までは、結局こういう言葉が圧になって、それに怯えて何もできないでいた。
しかし、本当に今のままでいいのだろうか……?
「黙ってしまうか。 追い込むつもりもなかったんだけど、ねえ? ……そうだ、衣奈。 今度、じいさんの所行く?」
「……はい」
「じゃあ、決まり! 警察のついでとかどう?」
結局また気を遣わせてしまったが、警察署の帰りに、おじいさんのお店に向かう事になった。
それからはいつものように過ごし、日曜日。
午後に、六島さんからの着信があった。
「はしえな。 始末するって―――――」
「やめてください」
「あ、はは……ごめんごめん。 で、作戦の事はどうするつもり?」
書き込みについての心配や、作戦の事などを話し合った。
そんな中で、井原さんについて、興味深い話を聴く事ができた。
もうすぐ候補者の募集が始まる、生徒会選挙の生徒会長選挙に立候補するつもりらしい。
彼女もまた、選挙に出るなら応援する気でいるとか。
それで私にもそこに出るかどうかの話題が振られたが、即座に「出ない」と答えた。
『言うとは思ってた』ようで、特に反発はなかった。
「その他大勢のアイコン」とするのにはマストなのかもしれない、生徒会選挙への立候補。
しかし、私に生徒会役員が務まるかというと怪しいし、井原さんたちの事を考えるなら、出ない方がその人のためになるかもしれない。
出てみなければわからない、というのも、理解はできるが―――――。
それからは大きな出来事はなく、月曜日。
不安がまだ残る中、乗車したバスでの周りの反応に異変があった。




