5-1.興味と知識
土曜日―――――。
早朝から母さんに起こされ、『元カレの家に行く』という話をしていた事を思い出した。
車で片道五時間ほどかけてやってきた、博識県田島市。
そこにある「愛奈パパ」こと村田さんの家では、途中からその方の現在の奥さんである「あこ」さんとの話になっていたが、結構厳しい事情がうかがえた。
そこでちょっとした喧嘩になり、寂しささえ感じていた中で着いた、市内にある勇の実家の刃物のお店はなくなっていた。
そのお店と同じ道にあった、「パステレロ·リバー·ピエドラ」という洋菓子屋さんで、「勇パパ」こと石川さんと、勇の腹違いの妹になる「衿」さんに出会った。
衿さんが私と同い年だと聴いて興味が湧いてきたが、『あくまでも今はお客さん』だとか、『店員さんの迷惑にならないか?』などと考える事で我慢していた。
彼女も母さんと石川さんの会話の中では何回か触れられていて、その中で様々な事を知る事ができた。
もともと人に冷たいとか、学校では『立ったままなら美人』とされているとか、好きな事は集めたミニチュアなどを並べて写真にする事とか―――――。
元夫婦の会話が終わった後、買ったプリンやシュークリームを持ってやってきたのは、母さんの実家だった。
母さんはいつも、田島に行く際は両親に「お土産」を用意してもらっていて、やってきたのはそれの受け取りという目的もあった。
この日だけでも、様々な人に『自分がどうしているか』とか、色々話す事ができた。
その家に泊めてもらい、日曜日に向かったのは―――――分部県分部市の田舎の方にある、私の父方の実家。
私にとっても親戚にあたる方を含めた方々と、近況についての話で盛り上がった。
父方の祖母にあたる方―――――こと「りき」さんは特に嬉しそうにしていて、最近源三さんの姉にあたる方が始めたという、「食堂 多菜箸」というお店へと連れて行ってくれた。
……と言っても、お店があるのはこの家のすぐ近くで、所要時間は徒歩で数十秒ほど。
同業の多くない場所にあるという事も影響しているのか、店は結構賑わっていた。
商品の一部の材料は葉畑にある源三さんのお店から送ってもらっていて、中華料理中心のメニューの中に「らどん」なるものがある理由がそれだとか、それが評判になった影響で、今まさにこのお店でテレビ番組の撮影中だとか、聴いたときは驚いてしまった。
りきさんを含めた周りに促されるがままに、空いていた席に座り、「あつらどん」を注文した。
少しの時間のあと、目の前の台の上に、醤油ラーメンの麺をうどんに置き換えたようなものが出てきた。
盛り付けられた具も、完全にラーメンと遜色のないものだった。
小さめの鉢と若干少なめのスープが、うどんの量を多く見せかけていた。
食べてみると悪くはなく、スープは香りが、麺は食感が良かった。
魚介系と思われる出汁も効いていた。
価格も五百円とラーメンとしては安めで、その点も気になった。
うどんとしては―――――悪くはなかったが、流石に葉畑県内のうどん屋さんと比べられると厳しいかもしれない。
食べ終わってしばらくしたら一旦家に戻って、色々な方々との身の上話を楽しんだ。
住んでいる所はどこがいいのか、とか。
昼過ぎになったところで、母さんは「時間だから」と会話を打ち切らせた。
母さんはこういった遠出の際はひたすら時間にこだわるし、予約や確認についてもうるさい人だ。
今回も、一時間おきの予定をSENNに送ってきていた。
そして自宅へと帰ってきたのは、もうすぐ日付が変わろうかという時間帯だった。
それからはいつものように過ごし、月曜日―――――。
「あのさ、バシ。 土日……何してたんだよ?」
バスの中で会った美佐さんとの対面での会話。
SENNのメッセージに返事がなかった事を、気にしていたようだった。
「母の……元カレ? そこに旅行……って、なんでだよ」
用事について話してみると、彼女は戸惑っていた。
でも、この反応が普通なのかもしれない。
「ああ……。 面倒くさそうだな、お前の家も」
母さんと家族についても話してみると、一度ため息をついて、同情するつもりかも分からない言葉をかけてきた。
「多分、子供に関する認識が普通じゃないのかなって。 ところで、美佐さんの家って、どんな感じなんですか?」
「あたしの……家?」
言葉に返した後に質問してみると、彼女はまた戸惑っていた。
「それは……あたしに訊くなよ……」
「確かにそうですね。 失礼しました」
焦り混じりになる彼女に反論はせず、素直に受け入れた。
それから、美夏さんも含めた三人で、趣味や最近あった事について話し合い、バスの中での時間を潰した。
到着してからクラスの教室までは、いつものようにすれ違う一人一人に挨拶をしながら向かっていた。
いつものように、とは言っても、始めたのは最近の事。
『「その他大勢」のアイコンになるためにはどうしたらいいか』、と考えた時に思いついたものだ。
それもそれで、私だけの個性になるのか、というと、そうでもないのかもしれないが。
そんな中―――――。
「うわ、棚橋……」
『ついでに』と、あえて一年の教室の近くで立っていると、以前に見かけた女子の二人組の姿があった。
この二人も、リボンの柄から一年である事だけは分かった。
「おはようございます。 この前の事で、訊きたい事があったんです」
「何?」
「もしかして、前に高梨さんと何かありましたか? 結構厳しい言い方でしたが……」
挨拶した直後に気になった事を話すと反応されたので、訊いてみた。
『もしかして目、腐った?』
『高梨じゃあるまいし』
目的は、前にすれ違った際の会話についての確認だった。
「ないけど? てか、高梨のなんなの?」
「最近知り合って、相談を受けたんですよ」
「ああ、そう。 それじゃ」
その目的を話してみると、今度は茶髪とリボンの人から高梨さんとの関係について訊かれたので、軽く説明をしたが、そこで会話は打ち切られた。
迷惑になる可能性も考えて、場を離れていく二人を追いかけたりはしなかった。
まだ「攻撃」の機会ではないし、そもそも高梨さんが「いじめ」の一歩手前まで仲の拗れてしまった相手である確証はない。
相手は三人、との事だったし―――――。
ただ、一人だけ遅れて学園に来る、という事であれば、二人組である事も納得が行く。
それに、その後の話で変わっていく可能性もゼロではない。
今から彼女に直接確認しに行く、というのは、とても私には出来ない。
それから、私がクラスの教室に来るまでは、特にこれといった異変はなかった。
一度自分の机に荷物を置いてから、井原さんと六島さんが笠岡くんの席の近くに立って話していたのを見て、会話に混ざろうと思い、そこに向かった。
「うわ、『悪魔』……! もういい」
私が挨拶をしてすぐに、井原さんが場を離れようとした。
こうなるのも、不思議ではなかったが―――――。
三人とも、自分の席に戻っていく井原さんの方を、心配そうに見つめていた。
互いに変われない、受け入れられない。
拗らせた心の溝は、段々と大きくなっていた。
直後にチャイムが鳴り、先生が教室に入ってきたので、早歩きで自分の席に戻った。
別のクラスである六島さんは、特に忙しそうにしていた。
昼食の弁当を食べ終わった後に立ち寄ったのは、笠岡くんの席の近く。
彼は、前にも見かけていた二人組と会話していた。
左側にいた人は所々カールの入った長い髪の人で、右側にいた人は黒いリボンの左側のサイドポニーが特徴の人だった。
私もその輪の中に混じる事が出来たし、彼女達もこちらに理解はあるようで安心した。
理由は「笠岡くんが話していた」との事だったが―――――。
長髪の人は「辻」さん、サイドポニーの人は「服部」さんと言い、普段からも仲が良くて、辻さんは笠岡くんに助けてもらった事、服部さんはその話を辻さんから聴いた事がきっかけだったとか。
どういう事情か分からないが、辻さんの方は机についた肘を使って、胸を寄せているのが目についた。
そこにもわざわざ直接不満として口にする事もなく、私は視線を三人の顔を意識するように動かしていた。
ときおり、頷く仕草を入れながら。
二人は別のクラスのようで、午後の授業を始めるチャイムが鳴る寸前に教室から離れていった。
その時も、二人同士で絡み合っているような様子が見えた。
放課後―――――。
私が向かったのは、四組の教室。
すれ違う人々に少しだけ頭を下げつつ、上野くんが通りかかるのを待った。
何人か見かけて困惑していた人も確認できた中、その瞬間はやってきた。
「こんにち……あれ?」
見かけた瞬間に話しかけようと声をかけたが、彼自身はその時だけ早く歩いていた。
まるで避けるように。
「何してるの?」
「上野くんと校門まで一緒に……と思ってた所です」
「あの上野と? あの棚橋が?! 棚橋って……絶対女の子じゃないとダメだと思ってた」
背中を見つめていた所に、茶髪の女子生徒に用事を訊かれたので話してみると、大きい声で驚かれた。
それにしても、『あの上野』、とはどういう事だろうか?
彼も彼で、本当は苦しんでいる、というのは考えすぎかもしれないが―――――。
「少し話した事がある、というだけですよ。 ところで、あなたは?」
微笑むようにして返事をしたあと、彼女に名前を訊いてみると、しばらく焦った後に「岡田」と名乗った。
「岡田さん……? もしかして、引田くんの知り合いですか?」
「引田?! なんで引田が?」
名前を聴いて気になったのが、引田くんとの関係だった。
『岡田から聞いたんだけど』
彼が聞きつけた噂の出どころとして、彼女の名前を出していた事を思い出した。
「ああ……うん。 なんなら週一で、何人かと一緒にカフェ行ったりしてる」
その事を説明すると、彼女は普段からの交流について話した。
それからは、彼女と一緒に、校門に向かって歩きながら、様々な話をしていた。
おいしいうどん屋さんの事とか、クラスは何組かとか。
彼女は六組にいるが、購買部を利用していたり、他の人との会話に混じっていたりするため、昼休み中にクラスの教室にいる確証はないらしい。
駐輪場の前で別れた後は、これといって大きな動きはなかった。
―――――――――
次の日―――――。
通りすがる人という人に挨拶をしながら、一年の教室前を通っていた時の事。
「棚橋さん? なんで……?」
高梨さんに話しかけられた。
挨拶もしたが、どこか不安そうな表情に変化はなく、まるでこちらが何かやってしまったかのようだった。
自分の事を否定的に考えがちなのは分からなくはないが、普段から顔に出していては、心が苦しくなったりはしないのだろうか。
「ちょうど気になる事があったんですよ」
「何のために連絡先を交換したんですか?」
「……すみません」
用事を話してみたが、その返事は身も蓋もないもので、平謝りをするしかなかった。
言われてみれば、確かにそうだ。
互いに繋がっているなら、普段のうちに面会したところで、話題はあまり変わらないかもしれない。
それに、彼女は人の多い場所での会話を好かない。
「気になる事だったら、そちらで話しますから……」
「分かりました」
この会話のあと、少しだけ彼女の方を見て、左手を少し振りながらクラスの教室に向かったが、うなずくだけで表情は変わらない。
それから、昼休み―――――。
行ってみたのは、二年五組の教室。
誰がこの組だったか、というのはよく分かっていないが、それが『知りたい』という興味に変わっていくのだ。
立ち入ってみたが、特に誰もこちらの事は気にしていない様子だった。
その中で気になったのは、数人ほどの生徒が集まって、盛り上がりを見せている所だった。
よくよく見てみると、ノートにペンで何か描いている人がいた。
ペンを左手で持っていたが、左利きの人だろうか?
「こんにちは。 何してるんですか?」
手前にいた人に話しかけると驚かれて、どよめきが起きた。
「ああ、棚橋さん。 福山と呼んでよ」
そんな中でも冷静だった彼女―――――こと福山さんが、ペンを止めてこちらに視線を向けて話した言葉は、そのまっすぐの長い茶色の髪と青色の瞳の垂れ目の見た目からは想像のつかない喋り方だった。
そして標準語を話しているはずなのに、発音の仕方が訛っていた。
「それで、何をしていたかって?」
「人混みになってたのが気になったんです」
「絵を描いていたんだ。 途中になるけど、見てみたい?」
「はい。 せっかくなら……」
「これだよ」
こちらに見せられたノートの一ページに描かれていたのは、男性がプレゼント箱を持った女性に抱きついている様子だった。
もう一つプレゼント箱が落ちていたり、後ろに機嫌の悪そうな別の女性がいる辺り、男性に物を渡そうとして、女性同士で喧嘩になっていた、とも推測できる。
絵自体もとても上手で、特に髪と影の描き込みには、力が入っているように見えた。
今にもキスをしそうな構図や、二人の目が描かれていない所も特徴的だった。
目については、今から描く所だった可能性もあるが。
「絵が好きでね。 定期的にこうして寄り合って、みんなからのリクエストを元に絵を描いてる、というわけ」
「何か……すごい……」
福山さんからの説明を聴いていた時は見入ってしまっていて、どう話せばいいか分からなくなっていた。
「彼が頼んでくれたんだ。 『三角関係の終わるクリスマス』というテーマでね」
「どうも……」
彼女が教えてくれた『彼』とは、小さい声の桃色の髪の男子生徒の事だった。
名前は「勝田」くんと言い、彼女が投稿サイトに上げた絵がきっかけだったとか。
他にも、テーマは木曜日の昼休みに募集しているとか、出来上がったものは一度データ化して、加工したものを「Linkel」というサイトに投稿しているとか、絵について色々教えてくれた。
そこがイラストや小説を投稿する事ができるサイトだという事も。
その後は、昼休みの終わる直前に、彼女達に一礼してから一組の教室に戻り、いつものように午後の授業を受けた。




