4-3.葉や草も添えて
それからバスを降り、校門を通って、学園へと入っていった。
バスを降りてからは、美夏さんと美佐さんの後ろを歩いていたが、通りかかる一人一人に手を振ったり、少し頭を下げたり、挨拶したりしていると、徐々に距離は離れていた。
校舎へと入り、教室へ向かっていた時―――――。
「今の、高梨かと思った」
「あれ、棚橋じゃなかったっけ? もしかして目、腐った?」
「まさかね。 高梨じゃあるまいし」
二人の女子とすれ違ったかと思ったら、その直後に私と高梨さんの事を言われていた。
この会話の直後に笑い声がした辺り、彼女達にとって、高梨さんは揶揄の対象になっているのだろうか。
それにしても、言い方が悪いとは思ったが―――――。
これに対して私のした事は、一度その二人の方に振り向き、その背中を見つめながら、若干の笑みを浮かべて、顔の位置に上げた左手を左右に二回ほど振る事だった。
この程度の事に逆上するわけにもいかなかった。
見つめていた背中から分かったのは、髪の色と髪型だった。
この時の左側の人は薄い紫のような色の若干短めの髪で、右側の人は茶色の髪を一つに束ねて、そこに黄色のリボンを結んでいた。
私には自分から手を出したりなんて到底出来る事ではないし、そもそもあの二人が高梨さんの言っていた人だと断定する事はできない。
生徒会関係の人間、とかでもないし―――――。
それから、クラスの教室には着いたが、授業開始まではまだ時間があるので、一組ではなく二組の方に立ち寄ってみる。
瀬戸さん達に用があった。
ただ、いたのはバスで通っているという二人だけだった。
「棚橋さん? これ、バスで言い忘れてたんですけど……。 昨日の事、美来にも確認してました」
「確認? まさか、怒らせてしまってた、なんて事は……?」
「そんな事ないですよ。 気にしてない、との事でした」
近寄った所に話しかけてきた美夏さん。
美佐さんはというと、私が近付いてすぐに彼女の後ろに行って、肩を掴んで隠れるようにしていて、話の間は右肩から頭を出し、ときどき頷いて相槌を入れていた。
眉をひそめて、こちらを見つめていた。
確認したと聴いていて、『やってしまったのでは』などと心配したが、直後の話でその心配はほとんどなくなった。
「すみません、わざわざ」
「いいんです。 ……あれ、美佐?」
一度頭を少し下げたのに対して、謙遜するように話していた美夏さんも、話の途中に後ろにいる美佐さんに気付いた。
「理由? 内緒な。 ……てか、バシには聴かれたくない」
どうして緊張するのかは、友達だとした私にも知られたくないらしい。
彼女なりに考えた結果だろうか。
普通なら、余程変わった事じゃないと、まず気にはしないのかもしれないが―――――。
「美佐さんって、普段はどんな感じなんですか?」
「一人でいる時は、ずっと愚痴ってる印象です。 あの時どうしたらよかったんだ、とか……」
「ずっとじゃねえよ。 後悔、とかいろいろあるし…」
その彼女に一つ訊いてみると、美佐さんは質問の答えを怒り気味で否定していた。
思う所があったのだろう。
「……そうなんですか?」
「ああ……はい」
「正直、同じような事はずっと思ってますし、私の事自体、色々言われても仕方がないかな、とも思ってます」
それに互い戸惑いながらも、話を続けた。
悪い人間ではないという事だけは分かるというのは、以前からも言われてはいた。
話しかける事、そこから軽く話を交える事は、勇者でも人魚でもできる。
ただ、それをどう思うかは、人それぞれだ。
「棚橋さんの事、名前とちょっとした特徴はみんな知ってますからね。 そちらこそ、普段はどういう風に過ごしてるんですか?」
その中で、今度は美夏さんから質問があった。
放課後は基本的に勉強とテレビと携帯いじり、休日は主に家で過ごしている。
五月中旬のある日の私の誕生日には、父さんの親族の方々もやってきて、祝ってくれている。
「普通……ですかね。 勉強とか、何か動画を見るとか……」
「へえ……。 好きなアーティストとかって、いるんですか?」
返答してすぐに訊かれた次の質問で、何と答えるのか迷った。
言ったところで、相手がその人を知っているという確証はない。
当たり前のように言ったら、困惑する他ないだろう。
それに、『スタイリストやMyMover、BeebBooperの事をアーティストと言えるのか?』という問題もある。
今回の場合は「アーティスト"とか"」なので、アーティストに固執する必要はないのは分かってはいるが、今度はどこまでが対象なのかという疑問が生じる。
「ええっと……?」
決められず、その場で考え始める。
そうなってしまうと、思いつくまでに時間がかかる。
「あ、棚橋も一緒なの? おはよう」
「……いや、なんで? まあいいけど……」
そんな所に、電車で通っているという二人がやってきた。
美奈さんの方は元気そうで、美来さんの方はその逆のような雰囲気を感じた。
「それで、好きなアーティスト……ですか」
挨拶を交わして、事情を説明した後、すぐに話題を質問に戻した。
「"六十四夜の月の光"、とか……?」
悩みに悩んだ末に出したのは、たまに見かけるアイドルグループの名前だった。
元々はアイドルファンでは知らない人はいないほど有名な人物がプロデュースした、「六十四粁の駅伝」からメンバー内の喧嘩がきっかけで派生したとされるグループで、名前も「この先、6.4キロ道なりです」というものだった。
その喧嘩はマニアの間では有名らしく、私も調べていた際に、記事の中で「駅伝距離短縮騒動」として触れられていて事の存在を知った。
現在でも、その騒動の当事者でもある「道なり」からのメンバーの一部に対しては、極端に評価が別れているという。
当初はほとんどグループの本元とも言える「駅伝」の「ついで」のような扱いで、「アラビアロクヨン」、「直線区間」などと呼ばれていたとか。
それが後に完全に独立したグループとして活動する事が決まり、これを機に現在のグループ名に改名した。
雰囲気は、その本元こと現在の「六十四本の紅葉の丘」の何かに怒っていてこちらを考えさせるものとは対照的で、穏やかでこちらを愉快にさせるものが多い。
ファンの愛称として、「うさぎ」というものがある。
「棚橋さんもアイドル好きなんですか? 私もそのユニットではないんですけど、よく曲を聴いてるアイドルがいるんですよ! ちなみに誰推しですか?」
美夏さんの反応は良くて、興奮からか若干喋りが早めになっていた。
「聴く事はありますけど、大が付くほどのファン、ってわけではないですよ。 雰囲気が好みってだけで……」
「ああいう落ち着いてる感じのが好き、って事ですか?」
「そうですね……。 そんな感じになると思います」
その後、授業が始まる直前まで、瀬戸さん達と聴いているアイドルの曲の事で盛り上がった。
会話の中で私が一番気になったのは、美来さんがまるでついてこれていない事だった。
また機会があれば訊いてみたいと思った。
「休んでると思ってたのに……。 悪魔め」
「ああ、ダルいね」
「なんであんなに馴れ馴れしくいられるの?」
「本当にね。 あの悪魔が来るだけでも萎えるんだけど」
一組の教室に入って、自分の席に向かう途中。
井原さん達に向かって挨拶をすると、彼女達はバカにするような目つきでこちらを見つめて、悪口を言ってきた。
やっぱり、悪魔と呼ばれると心が締め付けられるような、そんな感覚がする。
それでも、私は少しの間、その彼女達の方を不安そうに見つめた。
その時は、人の悪口で盛り上がっているようだった。
私の方が後に教室に入ってきた時の、授業開始前の井原さんは、 大体こんな感じだ。
挨拶を暴言で返したり、自分の友人とつるんでいたりというのは、教室に入ってくるタイミングとは関係ない訳だが。
午前の授業が終わって、昼ご飯の弁当を食べた後に向かったのは、校舎内の一年の教室の近く。
「棚橋さん……?」
しばらく周辺を歩いていると、高梨さんと鉢合わせた。
「ここ、一年ですけど……?」
「ちょうど、訊きたい事があったんですよ」
挨拶してみても戸惑う彼女に対して、いくつか確認したい事があった。
「相手の方って、普段から誰かと一緒だったりしますか?」
「はい。 見た事があるのは、三人くらいで会話してる様子でしたかね。 でも、これって何か関係が……?」
彼女が答えた後に逆にこちらが訊かれたので、朝に何があったか説明した。
「きっと、言ってた子とは違う子だと思います。 まだ被ってるってだけなので……」
「まあ、そう……ですよね。 では、戻りま―――――」
「あの、棚橋さん」
話を聴いて、自分のクラスの教室に戻ろうとした所を、彼女に呼び止められた。
「あなたと話すの、あまり人のいないところが良いです」
「分かりました。 でも、どこが希望か、とかって……?」
「トイレとか……? ドッペルゲンガーとか、変な噂になりますから……」
その内容は、会話についてのお願いのようなものだった。
彼女―――――高梨さんとしては、罵ってくる相手に痛い目を見せたい。
そのような事を学校で、それも血縁関係もなければ同級生でもない、知り合ったばかりの人間に相談するのは、普通ならとても抵抗がある事だったかもしれない。
私は実は裏で復讐を本人の代わりに実行していて、依頼人からその報酬をもらっていたりするとかではないし―――――。
でも、最初に話しかけたのは私の方だし、もしも嫌がらせを止められずに彼女が不登校にでもなれば、周りの憎しみの矛先は私にも向きかねない。
しかし、私に高梨さんの悩みを解決させるというのは、事実上不可能と言っても過言ではないだろう。
いくら相手が悪いとは言っても、人に乱暴な事はできないし、思いついたそれ以外の方法も、それが正解かというと微妙なものばかりだ。
ただ、そのままでは、『周りの模範』にはなれない。
必ず動かないといけないのは、分かってはいる事だった。
「……分かりました」
場所については、『逆に噂になりやすいのでは?』などと気にはしていたが、だからといって拒否するわけにも行かなかった。
その後、高梨さんとは、待ち合わせ場所について少し話した後に別れた。
放課後の駐輪場の近く、との事だった。
それから、午後の授業も終わり―――――。
言われていた通りの場所に、高梨さんの姿があった。
「あ、棚橋さん。 しばらく、ついてきてくれますか?」
言われるがままに、彼女の後ろについていった。
時折雑談を交えながら歩いた先は、中庭にあるモニュメントの前。
正面ではなく、左横の手前で彼女がこちらの方に身体を向けていた。
「この辺り、でいい……ですか?」
「そこでいいと思うなら……」
その場での最初の話は、場所についての確認だった。
高梨さんに任せるつもりだったので、反対はしなかった。
彼女も彼女で納得したようで、話はこの場で行われる事に。
『ぎゃふん、と言わせて、嫌がらせをさせないようにしてほしいです』
絶対に放っておいてはいけないであろう、彼女の悩み。
先輩というだけの、勇気もユーモアもない私に出来る事は無いわけではない。
……と言っても、実質的には『仲裁』以外ほぼないわけだが。
彼女の方から、「特に変化はない」という報告を受けた。
本当かどうかは分からないが、誰にどう確認するかも分からないし―――――。
「えっ……? その二人って、何年でしたか?」
「すみません、その辺りは見てないです」
この後、朝の出来事について話すと、彼女は会話の内容を聴いて不安そうにしていた。
学年についても確認されたが、二人の制服の胸元については、確かめていなかった。
顔についても訊かれたが、答えは一緒。
これでは、二人が彼女の言っていた相手だという確証がつかない。
「ええっと……?」
互いに、どうしたらいいのか悩んだ。
いきなり手を出せば、こちらも咎められるだろう。
手を一度「出させる」というのも、彼女の方が被害者である事を考えれば良いとは言い切れないし、そこまでの過程次第では、こちらの側の方が重い処分を受ける事にもなりかねない。
「傷を減らす事」を最優先に考えるのであれば、『すぐに行動する』というのは、基本中の基本になってくる事だった。
しかし、「自分から意図して人を攻撃する事はできない」という事を、高梨さんには言えなかった。
彼女が望んでいる「反撃」が、弱いものになっていくからだ。
ただ、言っている事に反発して、裏切られたと思われるのも嫌だった。
相手について訊こうともしたが、名前だと誰が誰なのかわからなかったりもするし、髪色だと「色々いる」で説明がついてしまう。
数については、昼にも言っていたし―――――。
「とりあえず、連絡先の交換とか……いいですか?」
そんな中で彼女に訊いたのは、SENNや電話番号などの連絡先についての確認だった。
「いいですけど……内緒ですよ?」
条件付きで確認を得た所で、彼女の方に私のSENNアカウントの画像化リンクを表示させた端末の画面を見せた。
その後、互いにSENNの「パートナー」追加と、電話番号の登録を完了させた。
それからは、また高梨さんと雑談を交わしながら、校門の近くまで歩いた。
別れたのは、彼女が自転車を駐輪場から取りに行く直前だった。
次のバスまではかなり時間があったが、結局歩いて家に帰る事にした。
その途中、面識がある人とすれ違っていた―――――かもしれない。
思わずその人にの方に、少しだけ右手を振っていたが、誰だったか―――――。
きっと、小学校か中学校の頃に出会った人だ。
ただ、自転車に乗っていて、男子という事以外はよく分からなかった。
四話相当部分はこれで終わりです。
ここまで読んでくれて言うのもなんですが、部分の最後とあとの部分の最初が事実上連結している部分があったりするので、数字の小さい順で話を読み進める事をおすすめします。




