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棚橋衣奈の心労 信条編・陰謀編  作者: TNネイント
第四話「偏見で決めつけないこと」
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4-2.花弁の飾り方

 笠岡くんの方はというと、少し笑みを浮かべて、紫の髪の人と一緒に見つめていた。

 六島さんの方も、そこまで驚いてはいない様子だった。

 この二人にとっては、驚く事ではないのかもしれない。


 それから、午後の授業が始まる少し前まで、女子二人と会話していた。

 まだ彼女たちについては知らない事は多いが、楽しい会話ができた。



 それから、午後の授業が終わり―――――。


「よう、 バシ」

 教室を出て、階段に向かっていた所を、美佐さんに呼びかけられた。


 振り向くように反応してみると、彼女は顔をこちらから背けていた。


「ああ、棚橋?」

 今日は美夏さんではなく、美佐さんの二人の妹の中のいずれかの方が横にいた。

 その人は前髪の一部が後ろ髪がほぼ同じ長さで、左目が隠れていた。


「こんにちは。 美奈さん……でしたっけ?」

「美(·)だけど?」

「すみません」

 彼女の方に伺ってみたが、名前を間違えてしまっていたのを指摘され、すぐに謝った。


 美佐さんの方を見てみると、額に左手を添えて、顔をこちらからそむけていた。

 厳しく怒られるかも、と心配していたその瞬間―――――。


「……おい。 耳貸せ」

 振り向いて、鋭い視線をこちらへと向けていた。

 完全に機嫌が斜めになっていた。

 元からの目つきと目の隠れそうな前髪が、より怖い印象を与えていた。


「ああ……その……すまん、忘れた。 とにかく気をつけろよ」

 寄ってきて、何をされるのかと思ったら、注意だけだった。

 何を言おうとしたのかは分からなかったが、おそらくはもっと厳しい言い回しで怒るつもりだったのかもしれない。


 校舎を三人で移動中の間は、この事をずっと疑問に思っていた。



 それから、校門前で美来さんと分かれ、美佐さんとバスに乗っていた。

 今日は一番後ろの席の右端で、彼女と隣同士で座っていた。


「あの、美佐さん」

「何?」

「美来さんって、どういう人なんですか?」


「美佐さん……?」

「知るかよ。 お前をもっと暗くしたような奴じゃねえの?」

 美来さんについて訊いてみると、彼女はこちらを(にら)んで舌打ちをした後、嫌そうに特徴を話した。

 名前が出てすぐの反応だった辺り、他の姉妹についての話は好きではないのかもしれない。

 それに、彼女の機嫌が良くないだけの可能性も否定はできない。


「そう……ですか」

 その態度を見て、不安になった。

 嫌がるような事を言ったのは悪いとしても、その点についてはまだ知らなかった。


 彼女も彼女で、どんな言葉をかければいいのかと迷っているようだった。


『すみませんでした』

 こちらから逸らした顔を見て、こちらも端末のSENNを立ち上げ、彼女のアカウントへのメッセージを入力した。


 交換はしていたものの、あまりやり取りはしていなかったか。


 こうでもしないと、意思疎通は難しいと思って送信してみると、少しの間どこかが振動していた。

 バスの中という事で、マナーモードに設定していたのだろうか。


 それに反応した彼女が、鞄から端末を取り出した。


「なあ、お前……わざとか……?」

 怒り気味になりながら、こちらの方に左手で端末の画面を見せて詰め寄ってきた。

 右手では、私の制服を掴んでいた。


「違います、こうでもしないととおも―――――ああっ?!」

「うわっ?!」

 焦り気味で弁明していた所、バスが揺れ―――――。


 (りき)んだ彼女の右手に引っ張られ、姿勢を崩した。

 どうなるのかと思って目をつむったその直後、頭には何か若干の反発力のあるものの感触があった。

 背中からも圧のようなものを感じた辺りから、彼女のとっさの反応が、私に抱きつくようになっていたのかもしれない。


 少ししてまぶたを開けて、視線に飛び込んできたものは、彼女の胸辺りだった。

 かなり恥ずかしくなって、すぐに体勢を戻して、視線を前の座席の方に逸らした。

 自発的にやっていたら、殴られていた可能性もあった。


 彼女も彼女で、口から言葉を発せない程には、恥ずかしそうにしていた。

 どういうわけか、彼女が逸らした視線は、私と同じ所に向いていた。


「これだけは言える、あたしのは……いたずらとか、そういうのじゃない。 分かってくれるよな?」

 そんな美佐さんから同意を求められたのは、『この出来事に悪意はない』という事だった。


「はい。 それに、美佐さんだけが悪い、というわけでも無いですし……」

 私は一度頷いて、すぐに返事をした。

 流れを考えて言えば、私にも落ち度はあった。

 もし刺激させていなかったら、あのような構図にはなっていなかったからだ。

 揺れだって、バスのフロントガラスの方を見ていれば、そうなる可能性は予測できていたのかもしれない。


「では、また明日」

「おう……」

 それから、バスが降りる所に停まるので、席を立ち上がり、彼女の方に話しかけた。

 今日の事で、関係が拗れたりでもしないといいが―――――。


 今日はすぐ帰る、というわけではなく、六島さんの家に用事があった。

 この家も、あまり大きな特徴のない二階建てだ。


 インターホン越しに、彼女とやり取りをした後、家の中に入れてもらった。


 ついていった先に入ったのは、二階にある彼女の部屋。


 彼女が飲み物を用意している間に、部屋の壁を見ていた。


 ベッドの近くにある、紐で引っ掛けられているボードに飾られていたのは、小学校の頃に撮影されたと思われる写真だった。

 その写真の中には、木陰で私や浅口くんも含めた五人組が、仲良くピースサインで笑っている様子が映されているものがあった。


 撮影してたのはその場に来ていた親の方で、その親の子を中央に配置していたか。

 私の家にも、母さんが撮影していた、同じような写真があった記憶がある。


 全体の配置も、要求されたポーズも、撮影するタイミングと位置も家族によって別だったのも覚えている。

 ただ、どこで撮影していたかなどは、よく覚えていない。

 今度母さんに訊いてみるか―――――。


「お待たせ……って、何見てるの?」

 などと思っていた所に、六島さんが戻ってきた。

 二つの麦茶と氷の入ったコップを乗せた、白と青のトレイを両手で持っていた。

 それを一度テーブルに置き、一つを右手で持って置き直していた。


 そうした対応に少し反応して、それが手前になる方に向かって歩いて移動する。


「懐かしい写真があるな、って」

 最初の話題は、私が見ていた写真についてだ。

 主に撮影した場所と、撮影前についての話で盛り上がった。



 それから、話題は計画の事になり―――――。


 他の女子について、六島さんから教えてもらった。


 紫の大柄な人は、以前SENNでも触れられていた『でかいの』と同一人物で、名前は『高原(たかはら)』さんと言い、趣味は菓子を作る事だとか。

 こうやって教えてもらった事は、少し嬉しかった。


 初対面から、距離を置いてしまっている所があったためだ。


 いきなり「地味専レズ」などと言われて、嫌になるなというのが難しいというのはその通りだが、その事を発言する権利は、私にはないかもしれない。

 そこまでの言い方こそないにしても、いきなり声をかけられたりする事が、下手な悪口より迷惑になる人もいるからだ。

 原因にあるのはその人の社交性か、私のような人間の思慮か、基本的にはっきりとしない。


「まあ、こんな感じかな。 ところで、はしえなの方はどうなってるの?」

 六島さんからの話が終わって、私が話すように促される。


「最近関わった人のほとんどが、笠岡くんとの関係が分からなくて……」

 大きな収穫はない、でまとめられるような内容だった。


 いきなり笠岡くんの事が好きかを訊ける訳がなかったし、そもそも視野になかった。

 相手の心象を、ひたすら意識していたからだ。


「……そっか。 で、関わった人って、どんな感じの子?」

 直後の質問は、答えようか迷った。

 こういう所で名前を出して、本人に迷惑にならないだろうか―――――。

 瀬戸さん達にしても、あまり深い関係ではないために、誰が好きかなどとは聞き出せていない。


「一人だけでいいから、ね?」

「六島さんのクラスの方なんですけど、瀬戸さんって知ってますか?」

 相手が誰だったかを訊かれたので、名前を出してみた。


 六島さんは美夏さん達が四つ子という事自体は知っていたが、それ以外はあまり知らないようだった。

 そういえば私も、あの人達が笠岡くんと接している様子を見た事がなかったか。


「……で、これからどうするつもり?」

「全員の事を、把握してから考えます」

「まあ、まずはそこから……って、まだだったの?」

 また質問があったので答えてみると、彼女から少し驚かれた。


「すみません」

「別にいいけど、あんまし先延ばしにしてたら、みんなにバレやすくなるかも分からないから」

 すぐに謝ったが、その後に指摘を受けた。

 要は「遅い」といった所か。

 言い返したくもなったが、事情を考えれば、間違っているとは言い切れないもので、すぐに首を縦に振った。


「あの……」

「ん?」

 その後、話が計画の事で盛り上がっていた中で、一つ六島さんに相談してみた。


「最近、私がどういう立場にいるべきなのか、とか意識するようになって……」

「あー……はしえなは、ねえ……」

 内容を話してみた後、二人で真面目に考えた。


「その、他の人にとっての模範、というか、憧れになるような……そんな人になりたくて……」

 困り気味にも見えた六島さんの顔を見て、言葉選びを意識しすぎて、緊張気味になってしまう。


『慕われる人』―――――。

 そのような人になる事さえできれば、ほとんど不自由なく学園生活を謳歌できると思っていた。

 しかし、今から私がそうなっていく、というのは、ありえる話なのだろうか。


「憧れ、なあ……。 分かんない」

 困った末の六島さんの答えには、首を少し縦に振るしかなかった。


 その後も、しばらく真面目な話が続き、六島さんの家から出たのは、午後七時になるまで残り数分の事だった。

 この間にも、計画について話し合っていた。


『井原さんは後回しにするべきか』、とか。



 ――――――――――



 リビングに戻ると、既に晩ご飯の支度が出来ていた。

 テーブルの上にあったのは、土鍋と食器と緑茶の入ったコップ。


「おかえり。 今日は早めだったんだ、晩ごはん出来たの」

 すぐに話しかけてきたのは、愛奈だった。


 その早く出来た晩ごはんというのは―――――味噌と醤油の香りのする、ほぼうどんがメインの鍋料理。

 スープの色は、味噌としては少し濃い目だろうか。

 うどんだけではなく、殻を割って入れた卵や鶏肉、ニラも入っていた。


「これ、"味噌うどん鍋"。 出汁醤油もちょっとだけかけたの」

 その様子を見た母さんが話しかけてくる。


 博識ではお馴染みだったという味噌。

「うみゃぁみそ」という味噌ダレが、ほとんど万能調味料のように扱われていたのだとか。


 そこから葉畑にやって来た時は、スーパーの品揃えの違いに困惑したそうだ。

 その辺りの事で最も衝撃的だったのは、葉畑でも味噌がおでんにも使われる事はあるが、博識のそれとは種類や使い方が違う事だったという。


 母さん達には「着替えてから」と言って、荷物を持ちながら自分の部屋に向かった。



 暗いままの部屋でそうしている間にも、一度溜め息をついていた。

 自分の事について、真面目に考えていた。

 私服に着替えて、リビングに戻る間にも、心の中にはつっかえている物があった。


『恋をしなくて良いのか?』とか。



 ――――――――――



 食事の間は、家族との雑談が盛り上がった。

 その中でも愛奈の話は、簡単な想像のつかない内容で面白かった。


 鍋の方も、具に、麺にスープの味が十分に染み込んでいて美味しかった。

 最も多く食べたのは、うどんにはうるさいはずの父さんだった。

 嬉しそうには見えなかったが―――――。



 ――――――――――



『もしかして、美佐に何かしましたか?』


『帰ってきてからの機嫌が悪いんですが……』

 食べ終わって、しばらく部屋でテレビを見ていると、端末に美夏さんからのSENNが届いていた。

 時間を見ると、二時間ほど前になっていた。


『そうですか。 棚橋さんだったら、仕方がないなとは思いますけど……? とりあえず、美佐にはちゃんと言っておきます』

 何があったのかを簡単に説明する文章を送ると、少しの時間の間に返信があった。


 美佐さんも美佐さんで過剰反応だったのかもしれないが、悪いのはどちらかというと私の方だ。

 もし、普段からちゃんと美奈さんと美来さんを見ていれば、間違える可能性は下がっていたかもしれない。


 その後は勉強をしたり、風呂に入ったりした後、歯を磨いて眠った。



 ――――――――――



 翌日の朝、学校までのバス。


 探したのは、美佐さんの姿だった。


「おっ……お前……」

 彼女は、最後列に座っていて、緊張気味にもなっていた。


「アレ、言いふらしたり、とかしてない……よな……?」

 気にしていたのは、昨日の車内での事だった。


「してませんよ」

 返事を聴いて、安心していたようだった。


「そういえば……あれからキレまくって、美夏から怒られたんだが……」

「あっ……」

「知ってるのか?」

 その直後からの彼女の話を聴いていると、思い当たる所があり、反応してしまった。

 緊張は(やわ)らいでいて、言葉と言葉の間の時間が全体的に減っていた。


「そういう事……だったか。 ……悪かったな」

 美夏さんからのSENNについて話すと、彼女は納得する仕草を見せた後に少し謝った。


「とんでもないです。 元は私が悪いので……」

「もういいだろ……。 とりあえず、気を付けろよ。 ただそれだけ」

「わかりました」

 庇うように発言した所で、美佐さんから少し注意を受け、それに相槌を入れて話題は終わった。


「おはようございます、棚橋さん」

 その数分後にこちらに挨拶をしてきたのは、美夏さんだった。


 挨拶で返すと、彼女は一度美佐さんの方を見て、笑みを浮かべていた。


「話、付いたんですね?」

「そうなる……と思います」

「……同じく」

 その彼女が、こちらに一つ伺ったので答えてみた。

 美佐さんが同意見かのように言ったのを聴いて、安心した。

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