夢はいつかは覚めるもの
8/1 登場人物の名前がしっくりこなくて何回も書き直しをしておりましたら、名前がぐっちゃぐちゃになったデータで投稿してしまったので修正しました。
とある国の話。
1年程前にこの国では前代未聞の事件が起きた。
それは公爵令嬢『アリシア』と国の第一王子たる『レオナルド』との間で起きた突然の婚約破棄である。それも国の創立を祝う建国記念式典の最中で起こった出来事であった。それは真実の愛を見つけたとして当時“男爵令嬢”であった『マリア』を伴っての出来事である。
曰く「婚約者である公爵令嬢のアリシアは、男爵令嬢であるマリアを権力を傘に虐めていた」「王妃になり権力を掌握したいだけ」「それに引き換えマリアは本当に王子たるこの私の為に良く尽してくれている」といった理由を述べた。そして婚約破棄を言い放ち、更にマリアは『聖女』の生まれ変わりだと主張したのだった。
聖女―――
この国で信奉されている宗教の聖典には「聖女とは存在するだけで国が繁栄する」と記載されている。
しかし聖女を見分ける方法は誰にも分からないとされ、架空や伝承の話であり実際には存在しないと暗黙の了解として知られていた。
公爵令嬢アリシアに対してあまりにも正当性の無い言いがかりレベルの理由と、眉唾物の伝承を元にした捏造レベルの根拠による婚約破棄などという前代未聞の暴挙を起こした王子。
これに対し国王の采配はこのような暴挙を見逃すはずが無いと思われていた。
しかし何故か王は王子の意見を肯定し公爵家は廃嫡、公爵令嬢であるアリシアを筆頭に家族や親類、屋敷で働いていた者に至るまで聖女に危害を与えた不穏分子だとして処刑された。
それだけに留まらず、その国王の裁定に不服を持つ臣下を不敬であるという理由で根こそぎ処刑。
有能な人材、危機感を抱いた者、物事を正しく判断出来る者は処刑や亡命により全て居なくなった。
そして王国に残ったのは王のご機嫌取りを得意とする無能な配下ばかりとなった。そんな折に王の突然の崩御が起き、王子が晴れて王となったのだった。
――――――――――――――――
「私は世界一の幸せ者だ」
当時の“レオナルド”は王子という身分でしかなかったが、現在既に王となって1年という日を迎えた。
王妃としてマリアを迎える事が出来た私は台詞通り世界一の幸せ者だと思っている。更にレオナルドにいちいち意見してくる大臣やその側近連中は先王が全て処刑してくれた上に『まるで役目を終えたかのよう』に急死したためレオナルドが王となった。
「まさに順風満帆………私の人生は愛しのマリアと共にあるのだ。」
ゆったりとした椅子に深々と腰を下ろしながらもう一度独り言を言う。
現在、その王妃はというと「久しぶりに実家でパパとママの顔を見てくるわ。私ってなんて親孝行なのかしら」と言って1週間ほど前から城に居ない。とても寂しいが聖女であるマリアを独り占めするのも良くないだろう。彼女を生んだ親に少しだけマリアの時間をくれてやる事にする。そんな寛大な処置を行ったという私の気持ちの良い余韻が政務室の扉がノックされたことによってぶち壊される。
「………失礼します」
びくびくと怯えながら侍女が入室してきた。余韻を邪魔された怒りはあるが、それで極刑に処すという意思も無い。が、何も行動を起こしていないにも関わらず、そのような怯えた態度を取られれば腹が立つというもの。入室してきた侍女を睨みつけると更に怯えた様子となったので留飲を下げてやることにする。
「レオナルド様………あの、約束していた“聖公国”より使者が、その………」
睨みつけられて萎縮したのか報告を途中で止める侍女。誠に不敬である。
「さっさと言え!貴様の家族諸共処刑してやろうか!!」
「ひっ………も、申し訳ありません!!」
あまりに使えない侍女を叱り飛ばす。そんな気も無かったのだが、謝る侍女を見ていると留飲が下がる。処刑というのも悪くはないかもしれない。
「おっと、王様。客人を放っておいて侍女とイチャイチャすんの止めてくんねーかな?」
侍女が開けた扉の奥から不遜な物言いで現れたのは聖公国の伝統的な衣装を身にまとった男だった。顔に軽薄そうな笑みを張り付けた金髪碧眼のいけ好かない顔をしている。
聖公国とは単一神を崇める宗教国家であり、様々な国がこの宗教を国教としている。当然、わが国もこの国の宗教を国教としているがその理由は単純である。あまりにも聖公国の力が強大過ぎてどの国も国教にせざるを得ないからだ。
勿論、信仰厚い国家もあるだろうが我が国と同様の理由で致し方なく国教としている国々も多い。聖公国を敵に回せば奴らが言う“神罰”と呼称した宣戦布告がなされ強大な国力で蹂躙されてしまう事だろう。奴らは信者から巻き上げた潤沢な資源を持っているのは周知の事実。更に屈強な兵士達が多い事でも知られる。きっと宗教によって狂信的な洗脳が施されているに違いない。
潤沢な資源や資金、そして洗脳によって死をも恐れぬ屈強な兵士達が多くいるとなれば、大抵の国では勝ち目が無いだろう。
「王様とアポ取って会うのって初めてだから不手際があっても許してくれよ。まぁ、その前に自己紹介は先だろうな。俺の名はアーノルドだ。聖公国の使者………という側面もあるが、主に個人的な要件でここに来た」
そう言って目の前の無礼な男は慇懃な礼をする。礼が形ばかりの態度であるという事を隠そうともしていない。誠に不遜な男である。
「………聖公国の使者よ。私はレオナルド・キング・オブ・イディオットである。無礼な態度ではあるが聖公国の使者だ。最低限の無礼は許してやるが次は無いと思うがよい」
私はこの無礼な男を睨みつけた。何が目的でこの王国にやってきたかは知らないが、聖公国の思い通りにさせてなるものか。
「………イディオット?聞きなれないが………あぁ、そういえばこの国は王が代替わりする時に苗字?だか称号だかが変わる風習があるんだったっけ。前王が確か“アーサー・キング・オブ・ジェネラリー”だったよな」
男は独り言を言うかのように言葉を紡ぎ出す。そして暫くすると男はこんな事を言ってきたのだ。
「あぁ、睨みつけてる所悪いんだけど、最初に聖公国の使者としての務めを果たさせてもらうよ。じゃあちょっと仕事モードになるから」
ごほんとわざとらしい咳払いを一つして言葉を続ける。
「貴国が擁立した聖女なる存在についてだが、聖公国にて1年程様子を見させて頂いた結果“聖女ではない”という結論に至った。即刻、聖女という肩書を名乗るのを止めて頂こう」
あまりの無礼さに私は机を叩きながら立ち上がった。
「な、何という無礼な!聖公国の使者“如き”が限度ありと心得よ!」
一国の王が怒鳴りつけているというのに、飄々(ひょうひょう)とした態度を変えない聖公国の使者を見て更に頭に血が上るのを感じる。
「おっと、一国の王たるものどのような状況でも冷静さが貴ばれるんじゃないかな。ついでに言うと聖公国の立場からすれば、アンタ“如き”からクレームを受けて貴国に答えてやる義理は一切無いんだが、俺が特別に答えてやろう。聖女の選考基準だが、教会の聖典には“聖女とは存在するだけで国が繁栄する”という普遍の定義がある。だが、この国は繁栄どころか衰退していると言って過言ではない!」
この無礼な使者は王が睨みつけているというのに逆に睨み返してくる。
「国全体に課せられた重税により城下町は荒み、地方に至っては税が払えず盗賊に身を窶す農民だらけだ!当然、地方の農家に人手が無くなれば田畑は荒れ、国全体が食糧不足に陥る。だが王族や貴族はそんな国民を助けるどころか毎日豪遊三昧。そして極めつけは聖女と呼ばれる存在だ」
そう言って目の前の不遜な男は今から大事な話をするかのように、一旦話を区切った後で続ける。
「定期的に年若い市民を拉致しているという情報を入手している。しかも拉致された市民は美しい娘が多く二度と帰ってくることがないという………この調査を踏まえ聖公国では過去に類似する事件についての文献を漁った結果、聖女が邪法に身をやつしている可能性がある事を突き止めたのだ」
そう言われた瞬間、耐えきれなくなった俺は無礼な聖公国の使者に炎の魔術を放った。
しかしその魔術は聖公国の使者によって防がれてしまう。どうやらいつの間にか防御術式を展開していたようだ。
「おぉっと!!気が短い王様だね!だが聖公国の使者として最後まで王であるアンタに伝えさせて貰う………アンタの所の聖女は間違いなく“魔女”だ。しかも国民を自分の美貌や命を保つための“餌”としか見ていない!」
「貴様如きにマリアの何が分かるというのだ!出ていけ!出ていけェ!!」
あまりの無礼さに腕すら震えて来るほどの怒りを感じる。それを察したのか聖公国の使者は肩をすくめると「オウサマが冷静になった頃にまた来るわ」と言って去って行った。
――――――――――――――――
無礼な使者が去ってひと段落すると、静寂が訪れた。怒りが消失すると嫌な虚脱感に見舞われ額に手を置き視線を下に向ける。一旦は帰ったが、再びあの使者が来ることになると思うと気分が悪くなる。
そう思いながら暫く休んでいると、扉の開く音が聞こえ視線を上げると我が愛しきマリアが現れた。
「おぉ!マリア!帰って来ていたのか!――それにしてもまた一段と美しくなったな」
東の国の言葉には『男子、三日会わざれば刮目して見よ』という言葉があるというらしいが、以前より美しかった愛しのマリアが『傾国を越えるほどの美しい姿』となって私の前に現れたのだ。きっと私の為に自分磨きを頑張ったのだろう。
そう思って近づき抱き寄せようとすると、するりと私の腕から逃げていってしまった。一体どうしたというのだろうか。
「どうしたというのだ愛しいマリアよ!私の愛を受けとっておくれ」
恥ずかしがっているのかと思い手を伸ばすが更に距離を置かれてしまった。
「ふん、汚らわしい手で触らないで」
そう言って氷のような冷たい眼差しで私を見つめるマリア……一体何故なのだ!
「気づいてないようだからハッキリ言ってあげる。アナタはもう用済みなのよ!」
「ど、どういうことなのだ……マリア…!君は、一体何を言っているのだ!」
いつものマリアではないと感じた私は彼女から感じる威圧感に負けそうになるも瞳を見つめて問うた。
「アンタってば、本当に馬鹿ねぇ……まぁ、だからこそあの邪魔な公爵令嬢を亡き者にして今私がこうして好き勝手出来たんでしょうから、それに関しては感謝してやってもいいわね」
「ど、どういう事だ!」
突然のマリアの豹変に頭が付いていけない。公爵令嬢?亡き者にして――ふと当時の婚約者の笑顔が脳裏をよぎった。そして思い出したのは屈託のない笑顔で私に微笑みかける彼女の姿だった。
「あの忌々しい公爵令嬢は私が聖公国で300年前から指名手配されている“魔女”だって看破してきたのよ。だからアンタを使って罠にハメて殺してやったの。最期にアイツを殺すときにどんな絶望的な顔で死んでいくか見に行ってやったとき何て言ったと思う?『私は死んでも良いから、王子の命は助けて』ですって!ほんと興覚めよね!!」
そう言って醜悪な顔になってマリアは私を睨みつけてきた。普段であればマリアがそのような顔を私に向けてきたならば耐えられないが、しかしそれよりも私はマリアが言った一言に衝撃を受けてそれどころではなかった。
『私は死んでも良いから、王子の命は助けて』
婚約者であったアリシアが最期の時に私を庇う発言をした――その事実が私の胸を締め付けた。
いつも私よりも優秀なアリシア―――私よりも人から好かれているアリシア―――どんなに努力してもどんなに頑張っても私はアリシアを越える事は無かった。
いつからだろうか――越えられない壁として彼女を疎ましく思うようになったのは。
いつからだろうか――彼女を邪魔な存在として排除しようと思うようになったのは。
彼女はいつも私を気にかけてくれていた。
出会う度に苦言を言われ疎ましく思っていたが、あれは愛ゆえの行動であったのだ。
私が魔女の悪夢から目を覚ます事を信じ続けてくれていた――彼女はどんな時でも私に無償の愛を捧げてくれていたのだ。たとえそれが自分が死ぬ段階となった最期の時ですらも――
どうしてそこまで私を愛してくれていたのかは彼女が死んだ今、答えを知る術はない。
そんなガタガタな心理状況に追い打ちを掛けるようにマリアは自らの悪行を語った。
20年以上も前に姿かたちを変え男爵家の人間を洗脳し娘として国に入り込んだこと。王や国の重鎮達を洗脳したあと、アリシアを罠に嵌め処刑させたこと。国庫を傾かせるほどの贅沢をし、年若い人間を生贄に捧げ邪法をもって若さや美貌を保っていたこと。自らの嗜虐心を満たす為に無用な処刑や拷問を行っていたこと。思考を放棄したくなるような様々な邪悪な告白が次々と美しい笑みを浮かべたマリアの口から紡がれていった。そして最後にこう言った。
「本当はアンタも殺そうと思ったけど、聖公国の犬も来てるみたいだし潮時のようね。それにアンタは生きててもらった方がきっと最高の絶望を感じてくれるでしょうね。アリシアに免じて命だけは助けてあげるわ」
そう言ってマリアは目の前から消えてしまった。
呆然としていると先ほどの聖公国の無礼な男が扉を蹴破って入ってきた。
「クソ!一足遅かったか!!」
聖公国の男は何らかの痕跡を探そうとしているのか部屋をキョロキョロと見渡す。そしてひとしきり見回した後、ゴミをみるような目で私を見た。
「……お前のせいでアリシアは死んだ」
「っ!なぜ聖公国の人間がアリシアの事を知っているのだ!」
驚いて真意を問うと、彼はバツが悪いような顔をした後「昔、命を助けられたことがあるんだよ」と吐き捨てるように私に告げた。そしてポケットから一枚の紙を投げてよこした。
「本当はアンタに渡すつもりはなかったんだがな。彼女が死ぬ前に聖公国に手紙を2枚寄こしたんだ。1枚目は俺当ての手紙で、それには『私が死んだらレオナルドにこれを渡してほしい』と書いてあったんだ。それは2枚目のアンタ宛ての手紙だ」
彼はそう告げると後はもう用はないと言わんばかりに城から去って行った。
残された私は導かれるように彼女からの手紙を開く。そこに書かれていたのはたったの一言だけだった。
―ほんのひと時でも私を愛してくれてありがとう―
私は泣き崩れた。失ったあとに初めて自分が失った物の大きさに気づいた。
どうしようも無い私を最期まで支えてくれたのはマリアではなくアリシアだったのだ。
ボロボロと涙がこぼれていく中、脳裏には様々な光景がシャボン玉のように浮かび上がっては消えていく。
初めてアリシアと出会った――
初めてアリシアを好きになった――
アリシアと婚約者となって喜んだ――
アリシアと共に初めての舞踏会で踊った――――
アリシアと―――
アリシアと―――
そのアリシアはもう二度と帰って来ない。
人物紹介
公爵令嬢アリシア
王子の婚約者。小さい頃、公爵に連れられて王城に来たが迷子になってしまった。その時、たまたま見かけた王子が気まぐれに助けた事で王子に惚れた。青年となりアリシアと比べられる事が多くなるまではまっすぐな少年だった王子と愛を育んでいたが、王子の愚かな行動と魔女の姦計によって処刑された。実は伝承に語られる本当の聖女だったが、優秀な彼女と比べられて腐っている王子の自尊心を守るために聖女であることを最期まで秘匿していた。
王子…レオナルド(キング・オブ・イディオット)
大切なものを失って初めて気づいた愚かな王子。優秀な公爵令嬢と比べられる事が多くなり努力しても必ずしも報われないことを変に学んでしまい捻くれてしまう。そこからアリシアとのボタンの掛け違いが発生し、彼女が死ぬまでそのボタンが合う事は無かった。
聖女…魔女マリア
王子をそそのかし王や重鎮を洗脳。自らの欲求を叶えるため暴虐の限りを尽くす。300年前も同じような事をして聖公国より指名手配となっている。王子に関しては扱いやすいコマとしか考えておらず、聖公国にマークされたことをきっかけに国ごと王子を捨てた。もちろん本名はマリアではない。
聖公国の使者…アーノルド
実は聖公国の教皇の息子。5年ほど前にこの国に友好国の使者としやってきた際に計画的に護衛から離された隙に刺客に襲われた。辛くも撃退するも大けがを負ってしまったところを公爵令嬢アリシアにより助けられる。その際に聖女の力が覚醒したアリシアは特殊な力によってアーノルドの怪我を癒す。その縁がありアーノルドが聖公国に帰った後もアリシアとの交流が続いていた。彼女が本物の聖女であると気づいているのは本人を除けば彼だけである。王子と魔女に処刑されそうになった際、公爵令嬢アリシアは最後の望みをアーノルドに託した。そんな彼は密かにアリシアに恋心を抱いていた。
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