僕は不覚した。
特に面白みのない午後の授業が淡々と進み、あっという間に放課後になった。
転校生デビューの日なのに全体としては何ともまぁ味気ない一日だったなぁ……まぁある意味、朝が濃すぎたから午後は薄いくらいでいいかも。ほら、あるじゃない……カルピスの原液を水で薄めるみたいな。
「よぅ!」
「ちぃーっす!」
「あ、黒木君に後藤田君」
まぁそんなこんなでぴっかぴかちゅーの教科書を鞄に詰め込み、帰る準備をしていると二人組みの男子が僕に声をかけてきた。ドレッドヘアーのグラサン君が黒木君、金髪ぱつんぱつんのグラサン君が後藤田君。二人とも容姿とか喋り口調は一見、チャラ男みたいだけれど喋ってみると意外と良い人なんだ。というのもさっきちょろっと喋ったからなんだけれどね。
「なぁなぁ春巻君はどっから転校してきたの?」
「おぃ、黒木ぃ?おまえ、ちったぁ空気嫁よ。あれだ、春巻君は大陸出身の方だろーがよぉ」
「あ?てめっ、後藤田君?あざーっす。そっか!わりぃな春巻君、ワタシ、ワルカタアルヨ!」
コイツラワルイヤツ!イジメカコワルイ!
「ちょっ……あの、すみません。その春巻君っての止めてくれます?僕の黒歴史推奨キーワードトップテンに入る代物なんで」
「はぁ?春巻君は春巻君だろ?春巻君」
「パリパリ、ウマイネ!パリパリィ!オイシイヨ!」
後藤田君は真顔で言い返し、黒木君は何かを食べるエセ中国人のジェスチャーをする。
え、何この羞恥心?ちょっまじで勘弁してください。そんなあだ名が定着したら東京大地震が起こった際に、非常食として皆で仲良くパリパリ食べられちゃうじゃない!
「えっと、僕の本名は間宮春明ですから!ていうか黒木くん!?お願いだから、そのエセ中国人みたいなモノマネするのもうやめてね!?正直痛いよっ!?僕もっ、君もっ!」
「え、間宮春明?お前の本名って、『アイドルマスターHA☆RU☆MA☆KI』じゃないのか?」
「誰ぇええええーーーーーー!?この人達に嘘っぱち教えたのぉおおおおおーーーーーー!?ていうか、お前かぁああ!!!海斗ぉおおーーー!!!」
僕はダッシュで悪の根源であるバンダナ男の席に向かった。名前が誤植な上にそんな苗字が時代をときめく乙女みたいな本名じゃ只の痛い男じゃないか!くそぅ、コロスコロスコロスゥウウウウウ~~~!!!アイツはワシがコロスゥ~~~!!!
「おっ、元気だなぁ春巻!そうだ、今から美帆と雫ちゃんとでガ●ト行くんだけど、春巻も行くか?」
「春巻っちも行く?割り勘だけどね♪」
「何さも普通に『春巻』って呼んでんだよあんたら!万国共通ですか!?世界共通ですか!?宇宙人共通ですか!?地底人共通ですか!?ミトコンドリアさん共通ですか!?なめんなバーカバーカ!春巻族なめんなバーカ!あっ今自分で春巻族とか言っちゃった!」
「まぁ落ち着けよ春明、な?」
「まぁまぁ春っち、今日も遊んでストレス解消しよ♪」
海斗は優しげな瞳で、僕の肩に手を乗せうんうん頷く。美帆ちゃんは美帆ちゃんで舌を出して可愛らしくウインクする。
「何だよ!やめろよあんたら!何でそのタイミングで本名とか言うんだよ!僕、一人がおかしな人みたいになっちゃう流れ作るのやめろよ!」
「ヒソヒソヒソヒソ……」(女子A)
「ヒソヒソヒソヒソ……」(女子B)
「あらやだ、あの子かわいいわ。食べちゃいたい」(ホモ子デラックス)
ほらぁ!何か女子のクラスメイトがあからさまに僕の方を見ながらヒソヒソしちゃってる!何か、変な人も混じってたような気がするけれど!只でさえ、朝の件で変質者のレッテルを貼られてるんだから勘弁してよもう!
「何だぁ?海斗ぉ、俺らに嘘を教えてたのかぁ?」
「お?」
僕らのやりとりを近くで見ていた後藤田君が893顔負けのドスの利いた声で海斗にそう尋ねる。そうだ!そこで襟元辺りを掴んでウボァーするんだ後藤田君!彼奴は君に嘘をついたんだよ!?いいよやっちゃって!そろそろソイツは痛い目に合わせないと図に乗っちゃうからね……!フハハハ!海斗ぉ、君の死に場所はここだぁ!
「俺に嘘を教えた慰謝料として、橘のスリーサイズ教えてくださいコラァ、はぁはぁ」
いぇーい!そこで君の伝説の右ストレートが海斗の顎に炸裂!KOノックダウぉおおおおおい!?ご、後藤田君!?えっいやっ何僕のことをダシにして脅迫してんの!?ち、ちがぁうでしょ!?そこは……ほら、もっとこう……ヴァイオレンスな対応が必要でしょ!人として!でも、正直それは僕も聞きたいです!
「バストが93.0cm、ウェスト70.3cm、ヒップ87.6cmだぜ♪」
「ほうほう、なかなかなくびれのないオサレな寸胴がステキやーん☆ってお前じゃねぇよ!お前の妹っ、明美ちゃんだよ!明美ちゃん!」
「なはははっ、後藤田君のホモぉーw」
後藤田君は悔しげな表情を浮かべながら海斗に掴みかかるが、海斗は動じず笑っていた。
まぁ、そんな事だと思ったよ…………ちょっと期待なんか……してないんだからね……?
「そこをおどきあそばせ下郎」バキッ
「べべぇー!?」バビューン、パリィーン!
…………
い、いい?あ……ありのまま今起こった事を話すよ。
今僕の目の前でリアルに人が飛んだ……あの紙ヒコーキのようにそれはもうバビューンと。
彼のチャームポイントのドレッドヘアーが、空中で踊ったり、舞ったり。
そう、彼ーー黒木君はそのままガラス張りの窓に頭から直撃しーーコウノトリになったんだ。
「うわぁあああああ!!!くっ黒木くぅーん!?」
僕はその瞬間、叫び声を上げた。
そ、そりゃそうだよっ!ここ、四階の教室!えぇ!?ちょっマジでっ!?きゃぁああああ!怖くて窓の下を覗けないわっ!!!
「たかが人一人が落ちたくらいでぎゃあぎゃあうるさいですわよ愚民」
そして黒木君を殴り飛ばした張本人、上奏院春香さんは怪訝な表情で僕に向かってそう言う。
「た、たかがって……人間が四階から落ちたんですよ!?あんたよくそんな堂々とした態度でいられますねっ!?ひぇーなんておそろしい子!」
「あんなモブキャラ、来週になったら校庭の隅っこの方にムクムク生えてくるから別に心配する必要はありませんわ」
「そっそんなパワーUPキノコじゃないんですから……!って、上奏院さんっ!?ほんぎゃああああああ!」
突然の出来事で頭が回転しなかったけれど、よく見たら僕の目の前にいるのは上奏院さんじゃあないか!朝の件があったから今、一番会いたくないお方だっ!も、もしかして……報復っ!?朝の件で僕の事を根にもって……そのっ、きゃー、消されたライセンス!
「人の顔を見るなり『ほんぎゃああああああ』って失礼な男ですわね。まぁいいですわ。実は私、貴方に用があって訪ねたのですわ」
上奏院さんは、ドギツイ瞳で僕を睨みながらそう言う。
殺気っ、いああ殺されゆ!このままだと僕っしむぅううううう!!!!!!
はぁはぁ……まずい、これはこそばゆくまずいぞ!な、何とかこの場から逃げないと!
「……えっと、その、僕は貴方様には用がないので今日のところはこれで」
僕は彼女に背を向け、その場から立ち去ろうとした、が。
「ぬふふ、軽く失礼しますよご主人様」
「むっ、むぐぅー!?」
背後から誰かに口をハンカチで塞がれた!し、しまった敵に背後を取られるとは不覚!
何て巧妙な罠なんだっ!
「おーーっほっほっほっ!馬鹿な男ですわね!私に恥をかかせた男を野放しにするわけがないじゃありませんの!今朝の『お礼』をきっちり返すまで!」
「!?ふ、ふごぉー!」
「ありゃ?そろそろ、軽く効いてくるはずなんですけどねー」
僕の口をハンカチで塞ぐ女の子がそういう……き、効く?何が……って、このにほいは!?
エーテルっ、まずいっ……!まずいぞこれは!テレビを見ている方はよくサスペンスドラマで犯人がクロロホルムをハンカチで押し当てて、眠らせるっていう場面をお目にかけていると思うけれど。実はクロロホルムよりエーテルの蒸気の方が麻酔作用があるんだ!ってこんなどうでもいい豆知識を脳内で冷静に披露している場合じゃない!くっうっ……やばいっ、このままだと眠気が……!拉致られる!そ、そんなことされたら僕はもうシャバに戻ってこれないじゃあないか!
「ところでお嬢様、これって軽く犯罪じゃないっすかねぇ?」
「いいですのよ。この上奏院春香、この学園ではやることなす事すべて許されるのですわ!何故なら、私は『三国志』の一人なのですから!おーっほっほっほっほっ!!!」
「うわー軽く横暴だー」
くそっ、二人して余裕こいて話しやがって!
こ、こうなったら僕が夢の世界の住人になる前に海斗や美帆ちゃんに助けを求めよう!
僕の友達だし、彼らならきっと僕を助けてくれる!だって友達だし!正義感の強い彼らならこんなふざけた犯罪は見逃さないはずだ!
「ふごー!ほごー!ふごごぉー!(海斗ぉ!美帆ちゃん!助けてくれー!)」
「お?軽く余計な抵抗してくれちゃいますねー」
さらに僕の口にハンカチを強く押し当てられる……!
くぅう、もう、限界だ……!海斗、美帆ちゃんっ……!君らだけが頼りだ……!
さぁ、僕の、愛のS☆O☆Sを受け取ってくれ……!
「んじゃー、後藤田また明日な」
「モブキャラだから多分、この先登場することないと思うけれどじゃねー♪」
「おいおい悲しいこというなよ……ボーイ達、きっとこの先俺達二人はしつこく登場してやるぜ……!」
「たった今、後藤田君の相方、空の住人になってたけどね」
ハイハイハイハイ!分かってましたよちっきしょぉー!!!
やっぱりそんな展開になるんだってことも!つーか、ちょっとは反応してくれてもよかない二人とも!?そんなあからさまに我関せずみたいな態度とらなくてもいいじゃない!ごはんに食べるラー油かけて食べてもいいじゃない!
「むふー、軽く眠っちゃえー♪」
……あ、もうダメポ。
そして、僕はそのまま夢の住人になった。