僕は困憊した。
「ふあぁ……ねむ」
……人類の朝だ。
僕は朝食のために部屋から出て、頭やお腹をぽりぽり掻きながら廊下を歩いていた。
昨日の親睦会の後、海斗とホモ☆セックルさんとで夜中の三時まで三人麻雀に(半強制的に)興じていたから身体がすごくだるいなぁ……ホモ☆セックルさんが『そろそろ脱衣麻雀一発イットク?デュフフ(///)』とか言い出した時は社会的に死ぬかと思ったけど。
『きゃっほぅうううううーーーーーー!!!!!!』ぷらんぷらん
『きゃぁあああああああーーーーーー!!!!!!兄さんっ!?変なものぶらぶらさせながら廊下を疾走しないでっていってるでしょ!?』
前方には僕より先にマッパで廊下を疾走する海斗と真っ赤な顔して怒鳴る明美ちゃん。
きっとあの人は何にも考えないで、毎日をエンジョイしてるんだろうな……ある意味、羨ましいよ。人間的には決して褒められたものではないけど。
「…………」
僕は意識を目の前に移すと、ちょうど部屋から出てきた雫ちゃんと出合った。
昨日は彼女のちょっとした(どころではないかもだけど)一面を窺えたせいか、ちょっと彼女に歩み寄れたような気がする。うん、きっとそうだ。よくあるじゃない、ギャルゲーかエロゲーとかでも。今まではツンキャラだった子の実はちょっとした恥ずかしげな一面が主人公にばれて、素直になれないツンデレキャラに変貌するとかさ。ホントにあると思うよ僕は?だから、ここはしっかり挨拶しないとね。
「おはよ、雫ちゃん」
「死ね」スタスタ
雫ちゃんは僕にそう言い残し、階段の方へ歩いていった。
ですよねー!無いよ!あるわけないじゃない!そんな都合のいいツンデレキャラ何かいるわけないじゃない!へへーんだっ!僕は最初から分かってたさっ!そんな展開!予想してたからダメージが少ないどころか嬉しいもんねー!グスッ……べ、別に泣いてなんかないんだからねっ!
「……はぁ」
……やっぱりショックだ。
他人からの罵詈雑言の嵐で人生を送ってきた僕とってはその言葉自体はそこまで気にしてはいないけれど。理由も分からぬまま、人に嫌われるのはショックだ。僕が何かしたのだろうか?僕にとっては何でもないことだけれど、その人にとっては憤慨に値するものだったとしたら?それは本人に聞いてみないと分からない事だけれど、あの雫ちゃんが答えてくれるわけが無い。というか怖くて聞けない。きっと単純に僕みたいなエロガツオ(♂)が嫌いなんだなぁ……と自己完結しとこう。そうしないと精神的に持たないよ。
「…………はぁ」
僕はとある部屋のドアを見ながら溜息をついた。
それは礼二さんの部屋だ。今は確か剣道部の強化合宿で留守にしているので部屋はひっそりと静まりかえっている。……どうしようか、明らかにあの時の礼二さんは本気で怒っていた。海斗に対してではなく僕に、だ。理由は……分からない。でも……何とかしないと。ギスギスするのは絶対に嫌だ。そんな雰囲気の中で僕はこの寮にいられない……強制追放、そうなると後は親元へ帰るしか道は無くなる……それはもっと嫌だ。
「……顔、洗ってこよ」
一瞬、それはほんの一瞬。……僕は何故か無性に海斗が羨ましくなった。
「む~、テンション低いぞ!春っちぃ~」
登校時。
学園の正門の前で合流した美帆ちゃんにそんな事を言われた。
ちなみに、海斗、雫ちゃん、僕、そして美帆ちゃんを加えた4人で登校している。明美ちゃんは例の如く、部活の朝錬で今はいない。
「え……そ、そうかな?気のせいだよ」
「えー、ほんとに?だって、春っち今にも自殺しそうな顔してるよ」
えー……そんな酷い顔になってるのかな僕?確かに、朝からテンションは低かったけど……でもそれは今に始まったことじゃないし。うーん……
「気にすんな春明、お前の顔が酷いのは元からだよ」
「うんうん、そうそう僕の顔が酷いのは元からだよねーって、こらぁ!爽やかな顔してさらっと失礼なことを言うなぁ!そして僕の心を読むなぁ!!!」
海斗は何故か僕を指差してけらけら笑い出す。何て失礼な男なんだ。そりゃあ自分で言うのは何だけど、確かに僕はイケメーンでも男前でもない。しかし、だからと言ってそこまでブサメンでもない……と思う。どこにでもいる普通な顔だと……信じたい。
「こら、海斗。失礼だよ!本当の事を言うのは本人にとって時に残酷なものになることを海斗は自覚するべきだよ!?」
「そうか、ごめんな~春明、本当の事言って。スマヌスマヌ」
「君っ、ていうか君らかなり僕に対して失礼な事を言ってることを自覚するべきだ!」
何て奴らだっ!そんなに僕の顔の造形は残酷なほどに醜いのかっ!?
くそぅ、こんな僕を弄ってばっかりする奴らなんかもう友達なんかじゃない!!!
「もう怒った!圧倒的に怒った!君らなんかもう友達じゃない!僕は勝手に行きますからね!」
「およ、およよ……春っち?」
「あれ、怒った……春ちゃん?」
そして僕は彼らに背を向け、その場を後にした……。ふんっ、今更許してくれとか泣いて媚びても、もう許しませんからねっ……!
…………
…………
…………
…………
「追えよばかぁああ!!!」
何で!?何で誰も追ってこないんだよぉおおおお!!!!フツーはそこで泣いて謝ってくる展開になるだろうがよぉおおおお!!!!
「なはははっ、春明はツンデレちゃんだなぁ~」ニヤニヤ
「ツンデレなんかじゃないやい!」グスッ
「あはっ、春っちちょっと泣いてたでしょ~?目、赤いよ~」ニヤニヤ
「なっ、泣いてなんかいないやい!」グズグズッ
海斗と美帆ちゃんは僕の反応が楽しいのか、ほくそ笑んでいた。くっ、くぅ~~……く、悔しい!何だか海斗と美帆ちゃんの手の内に丸め込まれている気分だっ!
「…………そのまま消えてしまえばいいのに」
グサッグサグサッ。雫ちゃんのちょっとした呟きは僕の耳に届き、いとも簡単に僕のガラスのハートに突き刺さった。や、やっぱり言葉の暴力はきっついなぁ……
「まぁ、それは置いといて、いよいよ今日は春っちもクラスの一員になるんだね!」
そうなのだ。昨日は色々ごちゃごちゃあって、結局クラスまで辿り着けなかったけど今日こそは……!いや、僕の新たな学園ライフは今日から始まるのだっ。だから気を引き締めて頑張らないと!
「あーあ、美帆、余計な事言うなよ~~……せっかくそのまま春明を俺達のクラスに連れて行って、『誰コイツ状態』にするつもりだったのによ~~」
なっ、何て男だ……『誰コイツ状態』だとぉ!?
【貞夫(※猫)のダメ人間講座その1】
解説しよう!『誰コイツ状態』、またの名を『オマエダレシヌノ?』ともいう。
春明君は一昨日やって来たいわば転入生っ!そんなハ☆ジ☆メ☆テ☆な彼を認識している者はいかほどぉ~いるのかっ!?否っ、実は少ないっ……圧倒的に些細!些末!微少!クモの巣を触れずに避けて通るように……彼の存在を認識している者はほとんどなしっ。そんな状態で普通に教室に訪れたら、クラスメイトから『何こいつイキッテンの?』とか思われること山の如し!!!まぁ簡単に言うと白昼の教室の下で人見知りな春明君が羞恥なプレイに晒されるとかそんな感じな状態の事ですにゃん。
「職員室に着いたぜ、春明ちゃんよ」
「とんだっ、今場面いきなりとんだよっ!せめてあんたの悪戯に対して突込みとか入れさせてよっ!?」
「春っち、只でさえテンポ悪いんだからちゃっちゃと進まないと、だよ♪」
「こらそこメタメタァ!な発言しない!!!」
色々飛びましたが、何はともあれ僕達4人は学園の職員室に着きました。一応今日からクラスに配属されるため担任に挨拶して、紹介してもらわなければならないからね。今日からこの学園で一人の生徒としてお勉強するんだっ!気合だっー!気合だっー!
「ちわーっす!」バキッ、パリーンッ、ガシャーンッ!
僕が脳内でどこぞのおじ様のごとく気合を注入していると海斗はいきなり右足で思いっきり職員室の戸を蹴った。ちょっとぉおおお!?
「うわぁあ!?何やってのあんたぁ!?うわっ職員室の戸がことごとく壊れたよっ!?どーすんのさっこれぇ!?」
「これで職員室入れるだろぉ?」ニッ
「その『お前のためにやったんだぜ☆』みたいなニュアンスの含んだ笑みを向けるのやめてもらえますっ!?僕そんな事望んでないからっ!普通に開ければいいじゃないっ!パンにハムを挟んで食べればいいじゃないっ!」
「えー、だって引き戸とか面倒だし?俺、天才だし?」
「アンタは本当に面倒臭い性格してるよっ!」
『うおぉ!?何だっ何だっ!?いきなりドアが一人でに倒れてきたぞっ!?』(教師P)
『きゃぁあああ!今のでドアの近くにいたてっぺんパゲ……校長が下敷きにっ!?』(教師M)
『校長ぉおおおお!!!貸した金返せよ♪』(教師O)
職員室の中から教師達の慌てた様子が窺える声が聞こえてきた。
「ほらぁ!職員室の中は大事になってる!どーしてくれるのさっ海斗!?」
「チャンスじゃん、行けよ春明っ!俺、春明君のカッコイイところ見てみたい~」
「私もっ私もっ!春っちのカッコイイところ見~た~い~な~」
「全然チャンスじゃねぇーよ!!!あっ、わかった。あんたら、そんな事言って本当はこの場から逃げる算段を考えているなっ!?くそぅ、そうはいくかっ!こーなったらあんたらも旅は道連れ世は情け!フハハハ!君らも道連れだっ!覚悟しろっ」
「おいっ、貴様か!?このドアを破壊して校長暗殺計画を目論んだ不届き者はぁ!?」(教師P)
「うわぁああ!?もう見つかった!ち、違いますぅ!そんな非効率的な暗殺……じゃなくて誤解ですぅ!そのドアを破壊したのは僕じゃなくてですね、そこのバンダナ男がですねぇ……ってあるぇ!?いないっ!しまった逃げられたかっ!?ってベタな展開キター!じゃなくて違いますぅ違うんですぅ僕じゃないんですぅこれは濡れに濡れまくった濡れ衣なんですぅ!!!」
「犯人は皆、最初はそう言うんだっ。こいっ、サツにしょっぴいてもらうからなっ、観念しろぉコイツぅ!!!」(教師P)
「いやぁあああらめぇえええええーーーーーー!!!!!!」
数時間後。
危うくポリスメェーンに通報されかけた僕だが、職員室の中にいた担任の方の説得と僕が転校生であることの証明等で何とかブタ箱は免れた。ちなみに校長は絶好調だった。
「いや~、大変だったですねぇ~~」ズズッー
そして、また職員室にて。僕の目の前には今日から配属されるクラスの担任の方が緑茶を啜りながらそう言った。桃色の髪に、豊満なおっぱい。ちょっと失礼かもだがいかにも平和ボケが似合いそうな女性の担任だった。
「はぁ……いや、ほんとありがとうごぜぇます……危うくブヒブヒッ箱にぶち込まれることろでした……助かりました」
「いいってことですよぅ~……あっ、君もお茶飲む?あ、あっ、ところで私、自己紹介してなかったねぇ……あっ、でもお茶どうしよう……」
僕の担任様はアタフタした様子でオロオロとお茶を淹れるべきか、自己紹介するべきか迷っているらしい。……要領が悪い方なのかな?
「あ、お茶はいいですよ。それより、先生のお名前を聞かせてください」
「はぇ……?そ、そんなっ……えとえと、えっと……そんなまだ君には早いですよぅ……(///)」モジモジ
何故かほんのり頬を染めて僕の顔をチラチラ見ながらそんなことを仰る担任様。え、何そのリアクション。意味わかんない。……僕、何かした?
「は……?早い……?な、何が早いんですか……?」
「えとえとえっと…………私の私生活が知りたいんですよね?えとえとえっと……あくまでも学校は先生が生徒に物を教える場であってですね……えとえとえっと、先生、ラブコメとかエロゲーとかそういうのは不潔だと思うんですよぅ……(///)」モジモジ
「えぇ!?一体何の話をしてるんですか先生っ!?どこからエロゲーとか出てきたんですか先生!?そんな事一言も言ってないですよね!?電波っ!?先生、もしかして電波な方なんですかっ!?」
「ひぅ……!わ、私の……いつの間に、そんな……テンパなんて……!ま、間宮君っ……いつ私の陰毛を見たんですかぁ!?(///)」
「またまたえぇえええ!?何、その破廉恥極まりないクエスチョン!?もう意味わかんないですよ先生!どこをどう結びつけてそんなクエスチョンが生まれたんですか!?」
「どこを、どう…………結びつけて……?合体……やだぁ!先生、春明君をそんないやらしい子に育てた覚えはないですよぅ!?(///)」
「一体先生の脳内にはどんな僕のビジョンが映ってるんですか!?いやっ、言わなくてもいいですけど!何か変なワードがポロッと出ましたしっ!あと、僕先生に育てられた覚えは無いですよっ!今日が初対面です!」
「初体験……育てる……調教…………ひぅ!も、もももしかして……し、ししししして欲しいんですか?(///)」
「何を!?いやっ、言わないで!?何かものすごく危険な事のような気がするっ!」
な、何なんだこの担任……!いっちゃあ悪いけれどこの人すげぇめんどくせぇ!
何で名前一つ聞くだけで、こんなに労力(主に精神的に)を使わなければならないんだっ!
「はぁはぁ……ごめんねぇ?私、人見知りで人と会話するの苦手なのぉ……」
そ、そうなのか……僕から見れば人見知りとかそんなレベルで片付けられないような気がするけれど。ていうか、よくこの人教師になれたな……
「今年で教師生活一年目の新米教師ですぅ……うっうっ」
何か泣かれた……いや、今年で一年目ってことは……ついこの間教師になったってことじゃないか……無理も無いか。僕だって初めてな経験はキンチョールする。誰だってそうだ。もう少し気遣って喋らないといけないな。
「そ、そうですか……先生。初めての経験は緊張するかもですけどリラックスリラックス!ですよ!僕も頑張りますから先生も頑張りましょう!」
「私は処女ですぅ!(///)」
「先生ぇ!?落ち着いて!他の先生方が白い目で此方を睨んでらっしゃる!!!」
あ、あぶねぇ……なんていう会話をしてるんだ。いや、破廉恥なワードを出しているのは全て担任様だけど。ていうか、そろそろ名前が聞きたい。担任様担任様って、神様じゃないんだから。
「はぁはぁ……」
「せ、先生……?そろそろ先生のお名前が聞きたいのですけれど……よろしいですか?」
僕は出来るだけ言葉を選んで、担任様にそう尋ねた。ていうか、もうNGワードが何か分かんないし……あぁもうぅ!面倒臭い人だなもぅう!
「な、名前……そうでした。えとえとえっと、これは『や~いお茶』です。伊納園から発売された緑茶で、ちょっと甘み成分が多いので先生のフェイバリットの一つです」
「いやっ!?飲み物の名前じゃなくてねっ!?天然ですか先生っ!?」
「大事に育てられてますから先生……マザコンですから先生……独身で彼氏いない歴27年ですから先生……未だに母親と暮らしてて実家からの通いですから先生……うっうっ」
あぁ、また始まったよ……
「いや、先生……いい加減、名前教えてくださいよ……」
「うっうっ、そ、そうですね……私の名前は姫川愛理ですぅ……」
ほっ……ようやく聞けた。何でこんなに苦労しなきゃならんのですか……
「……はっ、な、名前……私の個人情報言っちゃった。き、君っ……!今、私が言った事、ぜんぶ忘れてくださぁい!!!」
「うぇえええ!?何でですか!?忘れたら名前聞いた意味ないじゃないですか!」
「そ、そんな事言って……いんたーねっとで『姫川愛理 住所』とか『姫川愛理 恥ずかしい過去』とか『姫川愛理 裸』とか『姫川愛理 おぱんちゅ』とかとか絞り込み検索してニヤニヤするつもりなんですねぇ!?うぇえええん!!!」
「えええええ!?しませんよっそんな事!どんな妄想してんですかあんた!?被害妄想激しすぎますよ!」
「びぇえええん!うわぁあああんおかぁさぁああああん!!!」
「やめてくださいよそういうのっ!?ていうか幼稚すぎますよ先生!」
こんな人の下で学園生活をエンジョイできるのだろうか……すっごく不安だ(汗)