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雨の中の昨日(過去編)6/?

 高崎はテーコクの後ろについて少女たちのもとへ向かった。


『胃袋を掴む』という言いかたがあるが、美味しい寿司を握ったテーコクは、すでに少女たちからヒーローのように受け入れられていた。彼女たちは口々にテーコクを褒め称え、朱音に至っては「お前天才だよ!」を二十三回くらい連続で言った。多い。

 

 と、最初は賑やかな空気だったのだが、ほどなくして、メーベルが落ち着いた口調でこう切り出した。


「で、あなたはただの料理人じゃないですよね。私たちの“迎え”の人じゃないんですか?」

 

 テーコクはまるで遠い異国の地で、突然流暢な母国語で話しかけられたみたいに目を丸くした。こんなところで話の通じる人に会えるとは思わなかったというような、意外そうな顔。


「驚いた。なるほど。お前がこの世代のリーダーか」

 

 メーベルは苦笑した。


「いや、リーダーとかではないですけど」


「なんだっていい。話が早いやつがいると助かる。実を言うと、お前らに相談があるんだ」


「なんでしょう」


「改めて自己紹介をしよう。おいらはテーコク。“協会”の者だ」


「キョーカイ、ですか?」


「行き場をなくしたキャラクターたちが――つまりお前たちと同じ境遇の仲間たちが、共に協力して暮らしていくための組織だよ」


「そうですか。つまり私たちに、その組織の元に来いと言ってるんですね」


「本当に話が早いな」


「誰かが迎えに来るはずだとは聞いてましたからね。しかしまあ、これはちょっと言いにくいことなんですけど……」


「どうした」


「失礼ですが、あなたが私たちの仲間だという証拠はあるんですか?」

 

 なにがおかしいのか、テーコクの口元が緩んだ。


「お前、しっかりしてやがんな」


「すいません。疑ってかかろうというつもりはないんです。ただ、そういう性分なもので」


「いや、それくらい慎重なやつがいるほうがおいらも安心だ。いいぜ、いくらでも喋ってやる」

 

 テーコクは背負っていた木刀を足元に置くと、そのままカーペットの上に腰を下ろし、胡坐あぐらをかいた。それに追従して高崎も床に座る。


「と言っても、証拠という証拠はない。代わりと言っちゃなんだが、おいらがこの世界に来るまでに体験したことを話そう。それを聞いたうえで、仲間かどうか判断してくれ」


「わかりました」


 メーベルが頷く。ほかの四人の少女たちは、黙ってテーコクに視線を注いでいた。


 当事者たちにしか通じないやり取りが続く。高崎はただ成り行きを見守ることしかできない。


 テーコクが「じゃあ話すぜ」と、口火を切った。


「おいらは気づくと、霧の深い場所にいた。そこには、海と同じ鳴き声のする化物が住んでいた。その化物から逃げていくうちに、おいらはある街に辿り着いた。なにからなにまで真っ白な街だった。その街にはプロシアと名乗る女がいた。プロシアはおいらに『この街になにかを残していけ』と言ってきた。おいらは自分の能力で、木製の家を一軒建ててやった。プロシアはそれで満足し、おいらを解放して、この世界に飛ばした。――と、まあ、簡潔に言うとこんなところだな」

 

 テーコクの言っていることは、高崎にはもはや半分どころか、なにひとつとして理解できなかった。どこで始まり、どこで終わった物語なのかもわからない。

 

 だが、メーベルには大事なことが伝わったらしい。彼女は神妙な面持ちで、小刻みに何度か首を縦に振った。


「私たちも、ほとんど同じ体験をしてきました。テーコクさんの言ったことは、あの“白い街”に行った者でないと語れない内容です。あなたが私たちの先輩ということは、信用していいと私は思います。――いいですよね?」

 

 同意を求めるように、メーベルがほかの少女たちに話を振る。


「いいんじゃねえの? ずっと疑ってたってキリがねえしよ。どうせ私たちは行く場所なんてねえんだ。ここは先輩を頼ろうぜ」と朱音。


「そうよね。いつまでもここでお世話になるのも、高崎さんに悪いと思うし……私も、テーコクさんについていくのに賛成だわ」とルシア。


 一方、春心はなにか言いたそうではあったが、特に反対意見は述べなかった。


 しづくは無言で緑茶をすすったまま、YESともNOとも言わない。

 

 メーベルは腕を組み、眉間に皺を寄せながら目をつむる。ややあって彼女は、


「わかりました。テーコクさんについていきましょう」

 

 と結論を下した。


「よし、決まりだな」


 そう言って、テーコクは高崎の方を振り返った。


「そういうわけで、この後輩たちは協会のほうで預かる」


「そうですか」


「高崎さん。こいつらを保護してくれたこと、一人の仲間として、改めて礼を言う。ありがとう」


「いえ、そんな……」

 

 高崎は、テーコクのお礼の言葉がなかなか頭に入ってこなかった。ここから少女たちが去ってしまうことが、想像していたよりもショックだったのだ。


 ――そっか。この子たち、いなくなっちゃうのか。

 

 そりゃあ、本当にずっといるとまでは思っていなかった。でも、なぜか、言いようもなく寂しい。出会って一日も経っていない少女たち相手に、どうしてそんな心境になれるのか、自分でもわからないけれど。

 

 彼女たちの行き先が見つかったのはおめでたいことだ。間違いない。それでいい。そう言い聞かせる。


「この子たちは、これからどうなるんですか?」

 

 少女たちを引き留める代わりに、高崎はそんな質問をした。それくらいなら許されるはずだ。 


 テーコクはあっさりと教えてくれた。


「まずはいろんな書類の手続きだな。それが終わったら、あいつらを引き取ってくれる親代わりの人間を探すことになる」

 

 高崎は「え」と声を漏らす。

 

 親代わりの人間を? 探す?


「テーコクさんたちの、“協会”っていう組織で育てるんじゃないんですか?」


「それはできなくもないが……なるべくそういう方針は取らないことにしてんだよ」


「そうなんですか? それなら……」

 

 親代わりの人間を探すというのなら。

 

 少女たちの受け入れ先になれるのなら。

 

 高崎は言う。


「それなら、私が引き取るのはだめですか?」

 

 その瞬間、テーコクのまとう空気が微かに鋭いものに変わった気がした。


「高崎さんが?」


「はい」


「本気で言ってんのか」


「はい。私にはもうしたいことなんてありませんし、それに、しばらく働かなくていいくらいのお金ならあります。きっと、育児に専念できると思います」

 

 交通事故によって、高崎の元には多額の保険金や賠償金が入ってきていた。


 そんなものに意味はない。いなくなった人は帰ってこない。お金なんかなんの役に立つんだと、そう思っていたが――まさか、使いどころがあったとは。

 

 だがテーコクは、そんなことを聞きたいわけではないようだった。


「……それはちょいと、尋常じゃないぜ」

 

 そう呟き、彼は改めて高崎と正面から向き直る。


「後輩たちを保護してくれたことには感謝している。だが、それと親代わりを務めるのとではまるで話の次元が違うだろ。どうして昨日今日会ったばかりの子供を、簡単に引き取るだなんて言える? こいつらになんの思い入れがある? どんな覚悟あって、親代わりになろうと言っている?」


「それは――」

 

 高崎は言葉に詰まった。

 

 答えられなかった。一番大事なことなのに。

 

 ――なんで私は、この子供たちに執着しているんだろう?


「高崎さん。勢いでものを言うんじゃねえぜ」

 

 怒っているような口調ではなかった。呆れているようでもなかった。その声はただひたすら冷たく、淡々としていた。


「子供を育てるってことは、一時の感情でできることじゃねえ。子供が可愛いからとか、賑やかで楽しそうだとか、もしもそんな都合のいい一面だけを見て親になろうとしてるってんなら、絶対にやめろ。それは罪だ」


 罪。


 強すぎる言葉だ。


「…………」

 

 高崎は、なにも言い返せなかった。


 テーコクの言う通りだと思った。ろくな覚悟もないまま、なぜ自分は少女たちの親代わりになろうとしたのだろう。なれると思ってしまったのだろう。


 気まずい沈黙が降りてくる。


 いたたまれない空気が、リビングを包む。


 その沈黙を破ったのは、意外な人物だった。


「ねえ、私、お母さんになってくれるなら、そのお姉さんがいい」


 と。

 

 高崎の顔を見て、はっきりとそう言ったのは――舞込春心だった。


「え……?」 


 言い間違いや、あるいは勘違いではないかと思った。


 だが春心は繰り返し言う。


「私、そのお姉さんが、お母さんになってほしい」

 

 嬉しい――とは思えなかった。それよりも「なぜ?」という思いのほうが遥かに強い。

 

 他人のことは言えないけれど、どうして一日も交流がない高崎のことを、春心は選んでくれるのだろう?


「懐かれてるみたいだな」

 

 テーコクの、高崎に向ける表情が、ふっと和らぐ。


「ま、きついことは言ったが、実は協会は人手不足でな。年々“協力者”たちも高齢化してきている。高崎さんが新しくおいらたちの味方になってくれるってんなら、そりゃこっちとしても願ってもねえことなんだ。かと言って、これはいますぐに結論を出せる話でもねえ。だから、まずは一か月だ。一か月考えろ。それでもこいつらの力になりたいという思いが変わらないのなら……おい、逢戸澗!」

 

 テーコクが、ダイニングテーブルでお茶を飲んでいる逢戸澗に声をかけた。彼女は椅子から立ち上がると、高崎の元に、一枚のメモ用紙を持ってきた。


「これは……?」

 

 メモ用紙には手書きで、東京都のある住所が記されていた。


「“協会”関東本部の住所だ。一か月考えても意思が変わらないときは、その住所のところへ来い。改めて相談に乗ろう」


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