表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/166

雨の中の昨日(過去編)5/?

 “協会”関東本部の幹部を名乗る、テーコクという少年。


 彼の髪色は、新緑を思わせるような生命力溢れる、みずみずしい緑色をしている。その髪型は丸く、両目もくりっとしたまん丸だ。小柄な体格も相まって、可愛らしい男児という印象を受けそうになるが、浮かべている表情はどこかこまっしゃくれていて、口元も時代劇に出てきそうな威勢のいい江戸っ子みたいにひん曲がっている。彼は見た目よりも動きやすさを重視しているかのような武骨なはかま姿で、背中には木刀を背負っていた。


 対して、隣に立っている逢戸澗おうとま夜縁よみちは、肩口から裾にかけて洋花の模様があしらわれた華やかな和服を身にまとっていた。彼女の髪は綺麗なすみれ色で、肌は見ているほうが心配になるほど色白だ。日本人離れした彫りの深い顔立ちながら、くどい印象はまったくなく、不思議と和服と調和しているという独特な雰囲気の持ち主だった。


「おいらたちが川原に到着したとき、すでに子供たちはいなくなっていた。で、なんとかこのマンションにいることを突き止めたころにはもう夜だったんだ。何度かインターフォンは鳴らしたんだけどよ、出てこないから勝手に入らせてもらったぜ。……ああ、それについてはこっちが悪い。不法侵入だよな。けど万が一のこともある。護衛が必要だったんだ」


 と、テーコクは言うが、高崎は話の半分も理解できなかった。


「つまり、どういうことなのよ。きみたちはなに? あの子たちとどういう関係なの?」


 テーコクは眉をひそめた。


「まさか、なにも事情を聞いていないのか?」


「え、うん。まあ……親に捨てられたとは言ってたけど」


「そっか。姉さん、すげえな。ろくに話も聞かずに、黙って五人も子供を引き取ったってのかい。たいした行動力だ」


「それ、褒めてる?」


「褒めてるよ。とにかくだ。オイラには事情を説明する義務がある。なんでも答えてやるよ。どこから話せばいい?」


「……最初から」


「だろうな。しかしそうなると、どこから話したもんか」


 テーコクは顎に手を当て、しばらく思案顔で視線を中空にさまよわせると、


「そうだな。まず最初に言うことがあるとすんなら、あの子供たちは、この世界の出身じゃない」


「は、え?」


「あいつらは、正式には記号ツリーツェと呼ばれる存在だ。まあ今風にわかりやすく言えば、ボツになったキャラクターってところだな」


「いや、いやいや、待って、なに言ってんの」


「あいつら、『親に捨てられた』って言ってたんだろ? 親っていうのは、“作者”のことだよ。あいつらは、作者に捨てられたキャラクターなんだ。もともとは別の世界にいたが、ある人物がこっちの世界に送り――」


「だから、ちょっと待って。事情を説明してとは言ったけどさ、いきなりの別の世界とか言われてもさ……なんかもうさ、ヤ、ヤバ、ヤバいじゃんこれ。なにこれ? え、なに? どうしたの? おかしくない? 私の人生どうしたの?」


 高崎は頭を抱えた。両手でがっしりと。


(あ、私の頭の左側、右側よりちょっとでっぱてるな……)


 だめだ。思考が散漫になっている。どうでもいいことを考え始めている。でも仕方がないじゃないかと高崎は言いたい。この一日のあいだで、わけがわからないことがさすがに続きすぎだ。


 第一、テーコクとかいう謎の少年の存在すら、まだ飲み込み切れていないというのに。


「いきなり信じろっつっても、無理な話だよな」


 テーコクはそこで一度話を切った。高崎のペースに合わせようという気は多少はあるらしい。彼は少し間を置いてから、


「なあ、姉さんは見なかったか? あの子供たちが空から降ってくるところを」


「空からって…………あっ!」


 世界が反転したような感覚がした。川に飛び込んだショックで忘れていた記憶が、テーコクの言葉が引き金となって、一気に甦ってくる。


「そうだ、あの子たち……空から……降ってきたんだ……」


「なら、別世界から来たって話が、少しくらいは信じられるだろ? それともなんだ、たまたま子供だけでスカイダイビングでもしてたってのかい」


「いや、それは……」


 高崎が橋から飛び降りようとしたときに見たもの。


 空が割れ、五人の少女が舞い降りてきた、あの光景。


 あれは確かに、この世のものとは思えない出来事だった。天使が降りてきたのかと思ったくらいだ。


 しかし、だからと言って、少女たちが別世界から来たという事実を、すぐに受け入れられる気にはなれない。


「テーコクさん、一度朝食にしません?」


 後ろに控えていた逢戸澗が、初めて会話に入ってきた。


「このお姉さんにも落ち着く時間が必要でしょうし。それに、ちょうど子供たちも起きてきたみたいよ」


 そう言われて、高崎が寝室のある方へ目を向けると、少女たちが遠慮がちにこちらへ歩いてくるのが見えた。


「そうだな」


 テーコクは頷いた。


「まずは飯にしよう。今日は仲間が増えためでたい日だ。とりあえず寿司を食え。おいらのおごりだ」



 ※



「うわーい! お寿司だ~!」


 春心の無邪気な歓声。リビングのテーブルの上の大皿には、テーコクの握った寿司が所狭しと並べられている。


「いただきま~す!」


 少女たちは声を揃えて挨拶をすると、目を輝かせながら食事を始めた。昨晩の鬼気迫る食事風景とは打って変わって、とても和やかな雰囲気だ。


 そんな彼女たちの様子を、高崎はリビングのすぐ脇にある、ダイニングテーブルから見守っていた。


 こちらのテーブルには二人前の寿司が並んでいる。高崎と、逢戸澗の分だ。子供たちを保護したお礼ということで、テーコクがわざわざ高崎の分も用意してくれたのだ。


 ちなみに彼は朝食を取らないようで、キッチンで調理器具を洗っている。


「さ、高崎さん。私たちも食べましょう~」


 差し向かいに座っている逢戸澗が両手を合わせた。高崎もそれに合わせて、


「じゃあ……いただきます」


 高崎はまず最初に、蒸し海老の握りに箸を伸ばした。


(あ、美味しい。やっぱ寿司はいつ食べてもうまいわ)


 身の周りで起こっていることがいろいろとぶっ飛びすぎてて、高崎はもはや逆に無心になっていた。普通に寿司を味わっていた。


 冷静になったのでもなく、すべてを受け入れたのでもなく、ただ考えるのをやめた。


 それより寿司だよ、寿司。


 寿司を食べとけばいいんだよ。


 高崎は続けてイカの握りをほおばる。噛みごたえはあるのに、ほどよいタイミングできちんと噛みきれる。噛むほどに溢れてくるイカのとろっとした甘味と、醤油の塩味えんみ、そして酢飯の酸味が、絶妙なバランスで共存している。


「高崎さん、どう? テーコクさんのお寿司は美味しいでしょう~?」


 逢戸澗はなぜか自分の手柄であるかのように、誇らしげな顔をしていた。


 とは言え、その意見には完全に同意だ。


「本当に美味しいです。あのテーコクくん? っていう子、すごいですね。まだ子供なのに、こんなにちゃんと寿司が握れるなんて……」


「ああ~、テーコクさんは、ああ見えても四百歳くらいはいってるみたいよ~」


「に゛ょっ!?」


 高崎の全身がフリーズした。


 四百歳。


 よんひゃくさい……。


 高崎は目だけを動かし、キッチンで洗い物をしているテーコクをちらりと見る。どうも見ても、十代前半の男の子としか思えない。


 これが、よんひゃくさい……。


「…………」


 高崎は寿司へ視線を戻すと、何事もなかったかのように醤油漬けのマグロを食べた。


(このヅケ、いい仕事してるわぁ~)


 四百歳とか言われても知るか。もう考えたくない。


 それより寿司だよ、寿司。


 寿司を食べとけばいいんだよ。


「こんなに美味しいものが食べられるなんて、私、幸せだよ~」


 と、リビングから春心のうっとりした声が聞こえてきた。昨日、カレーを食べて泣いていた彼女だったけれど、いまは心から楽しそうにしている。


 メーベルが感心したように呟いた。


「私、寿司って料理、さっき初めて知ったんですよ。でも、なんだか前から知ってるような感覚があって……不思議なんですよねぇ」


 ルシアが何度も頷いた。


「それ、すごくわかる。私も同じ感覚なの。いままで知らなかったはずなのに、ずっと前から知ってたような……」


 朱音が豪快にお茶を飲み干し、


「そりゃお前ら、寿司だかんな!」


 春心が笑った。


「それなんの説明にもなってないじゃん!」


 しづくが玉子焼き口に入れて、呟いた。


「うまし……」


 あの子、喋れたんだ――と高崎は意外に思ったけれど、それはほかの少女たちにとっても同じだったようで、彼女たちは目を丸くしながらも「しづくちゃんが喋った!」「今日はいいことあんな!」と口々にはしゃいでいる。


「高崎さん。あなたって優しい目をしてるのね」


 ふいに、逢戸澗が語りかけてきた。


「優しい目……ですか?」


「あなたの子供たちを見る目。とっても優しいわ」


「そう、ですか……」


 まったく意識していなかった。


 でも、もしも自分が本当に優しい顔をしていたのだとしたら――それは、唯一の救いだからなのだと思う。


 このわけのわからない状況の中で、子供たちが幸せそうに笑っていることだけは、唯一説明不要の、喜ばしいことなのだから。





 朝食が一段落したタイミングで、テーコクがひょっこりと高崎のもとにやってきた。


「どうだ、うまかったか?」


「ごちそうさまでした。本当に美味しかったです」


「そいつはよかった。握った甲斐があったってもんだぜ」


 テーコクがにかっと笑う。その屈託の無い表情は、やはり十代前半の子供のそれにしか見えないが、


「高崎さん、おいらはこれから子供たちと話してくる。今後の話だ。いちおうあんたも隣で聞いといてくれ。あんたにも同席してもらうことが、おいらなりの誠意だ」


 そう語る表情は、妙に大人びていた。


 逢戸澗の「テーコクさんは、ああ見えても四百歳くらいはいってるみたいよ~」という言葉が、高崎の脳内に反響する。


 見た目通りの年齢ではない少年。


 別の世界から来たという少女たち。


 あまりにも現実離れしていて、やはりすぐに受け入れられることではない。


 でも、親に捨てられたという少女たちの行く末についてだけは、いま、素直に知りたい。


「わかりました」


 高崎はテーコクのあとについて、リビングに移動した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ