雨の中の昨日(過去編)4/?
高崎はできあがった夕飯を、少女たちのいるリビングのテーブルに並べた。
キッチンのすぐ近くにダイニングテーブルもあるのだけれど、椅子の数が足りないので、少女たちにはそのままリビングで食事をとってもらうことにした。
作った料理はカレーライスと簡単なサラダ、インスタントのコーンスープ。時間がなかったので、あまり凝ったものは作れなかった。でも、量だけは多めに用意してある。
「どうぞ。たいしたものじゃないけど」
少女たちはテーブルの上に乗った皿を凝視したまま、黙り込んでしまった。
「? どうしたの? 食べていいよ?」
「…………いただきます」
と、少女たちの中の誰かが呟く。
それを合図とするかのように、彼女たちはものすごい勢いで料理を食べ始めた。いや、がっついているという表現のほうが正しいだろう。
見事な食べっぷり――と言うには、彼女たちの食事にはあまりにも鬼気迫るものがありすぎて、高崎は「作った甲斐があったな」と素直に喜べなかった。どうしても不安が勝ってしまう。彼女たちになにがあったのか、と。
無言のまま食事は続く。凄まじい勢いで皿から食べ物が消えていく。
やがて銀髪の子――ルシアと名乗った少女が最初にカレーライスを平らげると、そこでようやく声を発した。
「おいしい」
すると、他の少女たちも口々に「おいしい」「おいしい」「おいしい」と、互いの感動を確かめ合うかのように言いだした。
高崎は料理が下手ではないが、取り立てて上手いということもない。カレーライスに対する特別な工夫やこだわりがあるわけでもない。それなのに、少女たちの喜びようは異様でさえあった。黒髪の女の子――春心にいたっては、泣いていた。
「ど、どうしたの?」
高崎が訊けば、春心はただ一言。
「おいしくて……」
それとは対照的に、朱音が大きく口を開けて笑っていた。
「はっはっは! 気にすんなって! 春心のやつ、ちょっと感極まっちまっただけだから!」
「そ、そうなの?」
「いや~、お姉さん、いい人だな! こんなにうまいもんを作れる人が、悪いやつなはずがねえよ! 天才かっての! はっはっは! ありがとな!」
高崎はハッと息を飲んだ。どうしようもなく心を奪われてしまった。繰田朱音という少女の、眩い笑顔に。
死んだ娘と同じ名前の少女。高崎にとっては、はっきり言って、意識しないほうが難しい。しかしそのぶんを差し引いても、目の前の少女の笑顔は綺麗に見えた。
目つきの鋭い子というのが、高崎が朱音に抱いた最初の印象だった。
いまは違う。彼女の浮かべる笑顔は驚くほどまっすぐで、温かい。見る者を優しい気持ちにさせる力がある。
高崎は、自然と微笑み返していた。
「こちらこそ、たくさん食べてくれて嬉しいよ」
朱音は高崎のことを“いい人”だと言ってくれたけれど、高崎からすれば、この少女たちこそ“いい子たち”に見える。性格に問題があるようにはとても思えない。
そんな子供たちが、どうして親に捨てられてしまったのだろう。どうしてこの現代日本で、普通のカレーライスで感動できるほどに飢えていたのだろう。
――この子たちの力になってあげたい。それがたとえ、同情だとしても。私が勝手に入れ込んでいるだけだとしても。
「カレーのおかわりあるんだけど、みんなどうする? 食べる?」
高崎がそう提案すると、あいだを置かずに少女たちから明るい声が返ってきた。
「食べる!」
※
リビングのソファの上で目が覚めた。
壁にかけられた時計は五時半を示している。カーテンの向こうが、うっすらと明るい。これが朝の五時半なのか、夕方の五時半なのか、高崎は一瞬判断がつかなかった。テーブルに投げ出されているスマホを拾い、画面を確認する。どうやらいまは、早朝らしい。
(なんでこんなところで寝てるんだっけ?)
背中が痛い。いつもはちゃんとベッドで寝ているのに、どうして今日はソファなんだ――と考えたところで、昨日のことを思い出した。
昨晩、食事を終えた少女たちは、たくさん食べたカレーライスのぶんだけまぶたが重くなったみたいに、眠たそうな顔になっていた。真剣な話ができる雰囲気ではなかったので、少女たちには一旦眠ってもらって、翌朝スッキリとした頭で、今後についての相談をすることにした。
少女たちには寝室をまるごと貸した。もともと置いてあるベッド二つに加えて、来客用の布団を敷いて、そこで休んでもらった。
それから高崎は食器の片付けや洗濯をしようと思ったのだが、少女たちを寝かせ、一人きりになった途端に、どっと睡魔に襲われた。
無理もない。川に飛び込んで引き上げられたその日の夜なのだから。自殺の実行と、少女たちとの出会いによって、ただ単に気分が高揚していただけであって、高崎の身体はこの上なく疲弊していたのだ。
高崎は、少し休むつもりでソファに倒れ込んで――
(私、なにやってんだ……)
そうして一晩が経ち、冷静になったいま、高崎は昨日の自分のおこないを後悔していた。
自殺をしたことも、見知らぬ少女たちを家に連れてきたことも。
そもそも、自分の記憶が信じられない。あの少女たちは本当に存在しているのか。自殺をする際に頭を打ってしまい、そのせいでありもしない影を見ているのではないか。というか、自殺を実行した事実すら疑わしい。本当は最初から全部、眠っているあいだに見ていた夢だったのではないか。
夫と子供を亡くした心労で、ついに本格的に頭がおかしくなってしまったのかもしれない。
考えれば考えるほど、あの少女たちは幻覚だという気がしてくる。名字も名前もバラバラな五人の少女が、同時に親に捨てられることなんてあるのだろうか。あんなお揃いの真っ白なワンピースを着た少女たちが、台風の中うろついているだなんて、冷静に考えれば不自然すぎる。
それになにより、たまたま出会った少女たちの中に、死んだ娘と同じ名前の子供が混じっていることが、幻覚説を強めている。結局自分は、都合のいい幻を見ているだけなのではないか。
寝室を見に行こう――と、高崎は思った。彼女たちが実在しているかどうか、確かめるために。
しかしそう考えたところで、急に怖くなってきた。
寝室を覗いて、実際に誰もいなかったとしたら、自分が正気じゃないことを認めることになる。昨日の自分は、存在しない人間と会話して、存在しない人間のために下着を買い込んできて、存在しない人間のために料理をふるっていたのだという事実を直視することになる。そうなってしまったら、それこそ正気でいられる気がしない。
じゃあ幻覚じゃなければそれでいいのかと言えば――それが全然違うということに、高崎は気づいてしまった。むしろ、幻覚じゃないほうがまずい可能性すらある。
未成年の女の子五人を、親の許可なく家に泊めた。
これって、普通に誘拐じゃないか。
(はあ、どうしよ……もうわけわかんなくなってきた……)
高崎は現実逃避のため、考えるのを一旦やめた。脳がパンクしそうだ。
とりあえず水を飲んでおこうとソファから立ち上がり、キッチンに向かおうとした瞬間、やはり自分の頭はおかしくなってしまったのだと、高崎は確信した。
人が、増えていた。
五人の少女たちとはまた別の子供が、キッチンに立っていた。
小学校高学年くらいの見た目の少年が、キッチンで寿司を握っていたのだ。
「はぁ? ……な、なんで寿司ッ!?」
驚きすぎて、滅茶苦茶な発言になっていた。いま言及すべきなのは、絶対に“寿司”の部分ではないはずなのに。
少年は逃げるどころか、堂々と高崎に語りかけてきた。
「よっ、目が覚めたか!」
「な、なによっ! ひ、人んちで寿司を仕込むな!」
「安心しな。道具と材料は持参だ」
「うるさい! どど、どうして寿司を握ってんのよ!」
高崎自身も内心では「いま寿司なんかどうでもいいだろ」と思っているが、パニックになりすぎて、寿司以外の話題が出てこない。
「どうしてお寿司かって言ったら、おめでたい日だからよ~」
と、高崎の真後ろから声がした。この部屋に、寿司を握る少年の以外にも人がいたのだ。全然気づかなかった。
「うわっ、だ、誰!?」
高崎が叫びながら振り返ると、そこには着物姿の妖艶な女性が立っていた。
「ど、どゆこと……?」
高崎はもう、半泣きになっていた。
突然自宅の中に出没した、寿司を握る少年と、着物美人。
意味がわからない。
本当に意味がわからない。
そもそもここは三階のオートロックマンションだ。玄関の鍵も閉めていた。どうやって入ってきた?
「姉さんよ、子供たちを匿ってくれたんだろ? 恩に切るぜ」
少年が、寿司を握りながら言った。
「こ、子供……?」
「五人組の子供だよ。別の部屋で寝かせてんだろ?」
そこまで言われて、高崎の中でようやく話の取っ掛かりができた。
『五人組の子供』『匿っている』と来たら、昨日出会ったあの不思議な少女たちのことを指している以外、考えられない。
「あの子たちのこと、知ってるんですか!?」
「ああ。おいらたちはな、迎えに来たんだよ」
少年は手を洗うと、キッチンから出てきて高崎の前で止まった。その一歩後ろに、着物女子が並ぶ。
「おいらの名前はテーコク。“協会”関東本部の幹部だ。そんでこっちの女子は……」
「逢戸澗 夜縁よ~。よろしくね~」




