地表の下 2/4
「ええ……なんでいんの……?」
突然の再会を果たした、しづくとペンタトニック。五万年前の時代に生きているはずの彼が、どうしてここに?
「それがよォ、聞いてくれよシヅクッ! あんときシヅクがステージに立ってピヨピヨ~ってやっただろ? ピヨピヨ~っつって!」
「なにいってんの……?」
ピヨピヨってなんだ――と考えたところで、思い出した。思い出してしまった。
以前、しづくが五万年前に飛んでしまったとき、ペンタトニックに無茶ぶりをされて、ステージの上に立たされたのだった。
しかし、しづくには持ちネタなんてないため、どうすることもできなかった。追い詰められたしづくは、最終的にひよこのモノマネをし、そして盛大にスベッた。時を越えて、スベッたのだ。
忘れていたい思い出だった。
「ねえ、一回殴っていい……?」
「これはバ~イオレンスッ! 待てよシヅクゥッ! 仲よくやろうぜェッ! ッツァーイ!」
「なんだこいつ……」
改めて思ったけれど、原始人ということを抜きにして、やはりペンタトニックは人として様子がおかしい。奇人だ。
「まあ、いっか……」
無茶ぶりされたことを怒るのは後回しにしてあげよう。せっかくの再会を果たせたことだし。
「それで、なんでここにいるんだっけ……?」
「俺が生きてる! それだけで、俺がここにいる理由は必要ねえぜッ!」
「必要だよ……」
「ワ~オ! つれねえなぁ! いいぜ、話してやるよ! 俺の冒険ストーリーをなあッ! щ(゜д゜щ)カモーン!」
「いま顔文字出なかった……?」
「それは幻覚ゥ! そんなことより本題に入るぜッ! この前よ、ふとシヅクのことを思い出してよ、シヅクが最後に立ってたステージに上がってみたんだよ。そしたらびっくらこいただ! おらびっくらこいただ! な~んつってな! HAHA!」
「は……?」
「んで、聞いて驚くなよ!? シヅクが立ってた場所によ、変なヒビが入っていたんだよォッ! なんだこれ~って、俺は顔を突っ込んでみたんだ。そしたらグルグルど~んっつって、ここに来ちゃったってわけ! どうだァ!? 滑稽だろォ!?」
「んん~……わかんない……」
本当にわからない。ペンタトニックはなにを言っているのか。
でも、いくらなんでも、先にしづくが五万年前に飛んでしまったことが無関係だとは思えない。なにかの拍子に、過去と現代が繋がってしまったのだろうか。
『やっぱり、しづちゃんの友達だったようだね』
天井のスピーカーから、夏目の声がした。
『まったく、そいつを最初に見たときは驚いたよ。見たことのない男が研究所で踊り狂ってたんだからねえ』
「踊って狂ってたの……?」
室内のどこかにマイクが仕込まれているのか、しづくの声は夏目に届いたようだった。
『そう、狂いに狂ってたよ。そのうえ言葉がさっぱり通じないときたもんだ。ただ、シヅクとペンタトニックという単語が何度も出てくることに気づいてね、もしかしたら前にしづちゃんが話してくれた、原始人なんじゃないかって思ったんだよ』
「大当たりだよ……よくわかったね……」
『まあ、判断材料はほかにもあったからねぇ。それから、すぐに彼をクリーンルームに押し込ませてもらったよ。少し強引だったけど、どうしたって病気の心配があったんだよ。現代人と原始人とで変な病気を移し合ったら、ずいぶん面倒なことになるからねぇ』
「ふうん……。あ、それで、私を呼んだんだ……」
『そう。しづちゃんなら病気の心配をする必要がないし、なにより、その男と話すことができる』
しづくには超性能の翻訳装置が搭載されているので、五万年前の人間とも会話をすることができる。
夏目の技術力なら、翻訳装置を自前で用意することもできるのだろうけど……さすがに時間がなかったようだ。
『しづちゃんには、そいつがどうしてここに来たのか、事情を聞いてほしいんだよ』
「それはちょっと聞いたよ……。ヒビに顔を突っ込んだら……? こっちに来た……? って言ってた……」
しづくもペンタトニックの言い分を理解しているわけではないので、話しかたが疑問系になってしまう。
『ヒビ? 時空に歪みでもできちまってんのかねぇ……。ほかにはなにか聞いたかい?』
「んー、まだ……」
『それじゃあ続けて事情を聞いておいてくれないかい? それでなにか困っているようなら、力になってやろうじゃないか』
「おー、なつめ先生、やさしー……」
『そいつは、しづちゃんが過去に飛んだとき、良く接してくれたんだろ?』
「うん……」
無茶ぶりされたけど。スベらされたけど。
でも、しづくをパーティーに招いて、マンモスの肉を食べさせてくれた。これ以上ない待遇だった。「なんだこの怪しいヤツ」と、いきなり殺しにきても全然おかしくはなかったのに。
『じゃあ、その男はしづちゃんの恩人だね。そんな人間を無下に扱うことは、あたしにゃできないよ』
「そっか……。ありがとね……」
しづくがお礼を言うと、スピーカーの奥から、微かに乾いた笑い声が返ってきた気がした。
『お礼を言われるようなことじゃあないよ。あたしゃ本来、優しい人間なんかじゃないのさ。……さて、そろそろお客さんが来ちまう時間だね」
そういえば、今日はお客さんが来ると言っていた。
思えば、珍しいことだ。この地下施設にしづく以外の人間が来ているところを、しづくはほとんど見たことがない。春心たちがたまに来ることがある程度だ。
誰が来るのか気になるところではあるけれど……いまは、ペンタトニックの相手をすることが最優先だろう。
『悪いけど、しづちゃん。しばらくここを頼んだよ。用が済んだら戻ってくるからね』
「おっけー、任せて……。いってらー……」
はいよ。という返事を最後に、スピーカーから夏目の声が聞こえなくなった。
「よし、プリミティブいっときますかー……」
しづくは改めてクリーンルームを見渡してみた。学校の理科室を思わせる椅子やテーブルが並んでいる。でも、荷物や機材は特に見当たらない。白い壁の、殺風景な部屋。普段は使っていない部屋なのかもしれない。
ペンタトニックは椅子ではなく、テーブルの上に寝そべっていた。
「ってことで、私が話し相手になってあげる……」
「ウヒョーッ! それは光栄だぜえッ! ッツァーイ!」
いくら顔見知りとは言え、密室で大男と二人きりになるなんて、女子としてはちょっぴり緊張する。でも、ロボとしては最悪殴ればいいやと思っているので、平気だ。腕力で勝っているというだけで、心の余裕が違う。
「じゃあまず、なにがあったのか、もっと詳しく教えてよ……」
「いいぜェッ! 根掘り葉掘り答えてやんよェ! ッツァーイ!」
「ねえ、さっきから口癖みたいに『ツァーイ』って言ってるけど、前会ったときは一回もそんなこと言ってなかったよね……? メーンって言ってたよね……?」
「メーンは忘れた」
「そっかぁ……」
※
クリーム色の軽自動車を、白黒のウエイトレス姿の女子が運転している。
据野瑠璃。魔法使いだ。
「狩欺さん、どうです~? 女子大生に車の運転をさせる気分は~?」
据野が意地悪そうな笑みを助手席に向ける。そこには、スーツ姿の中年の男が座っていた。
狩欺真。彼もまた、魔法使いだ。
「お前が勝手に運転手を名乗り出たんだろうが」
「そうでしたっけ~?」
据野の緊張感のない態度に、狩欺は溜息をついた。
ちなみに、据野がウエイトレス姿でいることに関しては、狩欺はなにも言わない。据野にとってのウエイトレスエプロンは、魔法少女にとってのコスチュームのようなもので、それを着ていないと、彼女はうまく魔法を扱えなくなるのだ。
「……遊びに行くんじゃねえぞ」
「知ってますよ。大事な交渉なんでしょう? でも、移動中くらいはリラックスしたらどうです?」
「んなことぁ、わかってる」
狩欺はいま、交渉の場に向かっていた。彼の膝の上には、重厚なアタッシュケースが乗っている。
移動中くらいリラックスしたらどうかという据野の言葉は、確かに正論だった。本番でベストパフォーマンスを発揮するためには、休息を上手に取るという技術も必要だろう。
しかし、これから会いにいく相手のことを考えると、気が重くなる一方だった。リラックスできる気がしない。
「狩欺さん、俺に物事を頼むなんて、どういう風の吹き回しですか?」
と、声がした。この車に乗っているのは、据野と狩欺だけではない。後部座席に、長い金髪を後ろで束ねた、白スーツの若い男が足を組んで座っていた。軽薄な笑みを浮かべつつ、目の奥には危ない光が――いや、闇が宿っている。
彼は “蓮華京”と呼ばれている男で、本名は狩欺も知らない。知る必要もないと思っている。
雰囲気は胡散臭いものの、顔のパーツ自体は恐ろしく整ったその男――蓮華京は言った。
「俺は魔法使いじゃない。ただの一般人ですよ」
狩欺は鼻で笑った。
「お前が一般人なわけねえだろ。ヤクザもんがよ」
「そのヤクザに頼みごとをするってのが妙だって言ってんですよ。狩欺さん、あんたいちおう警察でしょう」
「俺に警官のプライドはねえよ」
狩欺の表向きの職業は警察官ということになっている。
しかし、これは厳密に言えば少し違う。彼は警察の上層部と取引をしているのだ。
狩欺は、警察に魔法の力を貸す。代わりに警察は、狩欺に警察官としての身分と、警察内部の情報を提供する。そういう取引だ。
もちろん狩欺だって、無節操に魔法の力を貸しているわけではないし、警察もまた、内部情報をすべて狩欺に流しているわけではない。
あくまでもドライな取引関係。だから、狩欺には警官としてのプライドはない。必要とあれば、悪人と共闘することもある。
「……だとしても、やっぱり変な話ですよ。あんたには、頼れる魔法使いの仲間がたくさんいるはずなのに。わざわざ俺を呼ぶ意味はなんです?」
蓮華京の声が、心なしか弾んでいる。
狩欺を怪しんでいるというよりも、純粋な好奇心で聞いているような雰囲気だ。少なくとも、表面上は。内心ではなにを考えているのか、わかったものではない。
狩欺は素直に質問に答えた。こんなところで駆け引きをするのも面倒だった。
「魔法使いで固めてるとな、魔法を封じられたらなんもできなくなんだよ。その点、お前は特殊能力を持ってねえ。それでいて強い。能力に頼らないやつは安定感が違う。だからお前を呼んだ」
蓮華京は笑った。
「高く買ってくれてるもんだなぁ。光栄ですよ。……しかし、魔法を封じられるケースを想定するなんて、考えすぎじゃないんですか? かつての歪な天才も、いまやただのおばあちゃんでしょう」
「人の本性は、そう変わるもんじゃねえぜ。あのばあさんを――夏目フミノを、甘く見ないほうがいい」
手強い相手だ。
だがこの交渉が上手くいけば、荒月沙杏が起こしたあの事件の黒幕に、大きく迫ることができるだろう。
数分後、一行は『だかしのなつめ屋』に到着した。
狩欺はシートベルトを外しつつ、運転席の据野に言う。
「据野、お前はここで待機だ。十五分経っても俺が戻らなかったら、“ウィル”のマスターに連絡しろ。いいな」
「気をつけてくださいよ。狩欺さんのことだから、心配してませんけど」
「そりゃどうも」
それから狩欺は、後部座席の蓮華京に言った。
「お前は俺と来い」
「え、俺も行くんですか……?」
「そりゃあお前、こんな意味ありげに後部座席に乗せてきて、それで出番が終わりなわけねえだろ」
「まあ、そうか」
「なんだお前……」
狩欺はアタッシュケースを片手に車を降りた。少し遅れて、蓮華京が怠そうに後部座席から這い出てくる。
駄菓子屋の前に降り立つ、胡散臭さの権化のような大人二人。狩欺はやさぐれているという感じだし、蓮華京はチャラい。借金取りか。
狩欺は「休業中」という札のかかった扉を躊躇なく開けた。そういう手筈になっているからだ。
明かりの消えた駄菓子屋は、不気味なほどに静まり返っていた。店内に並べられているガラスケースや陳列棚の隙間に、深い影が沈んでいる。
「懐かしいっすね、これ。ガキのころに食ってましたよ」
と、蓮華京がタバコを象ったチョコレート菓子を手に取った。
「買うなら帰りにしろ。……もう、交渉は始まってるらしい」
薄暗い店の奥から、銀色の蝶がひらひらと飛んできた。ずいぶんと滑らかな挙動だが、生命の温度をまるで感じない。ロボットだ――と狩欺は直感した。
『オマチシテオリマシタ、カリノギサン……』
銀色の蝶が言葉を発した。わざとらしいほどの合成音声と、わざとらしいほどの片言だった。




