爆笑王決定トーナメント 7/7
長かった戦いもいよいよ終幕。爆笑王決定トーナメントの閉会式が始まった。
と言っても、参加した部はわずか四つ。そしてそのうちの二つは退場してしまったため、現在武道場に残っているのは、ラフ&ピース部と正座部だけだ。ただの親睦会みたいになってる。
「優勝したラフ&ピース部には、伝説の大秘宝、やっちゃんよっちゃんをプレゼントします」
そう言って、校長は武道場の更衣室に引っ込んでいく。
それから間もなく――
「……ない……ないぞ……」
校長が顔を真っ青にして戻ってきた。どうしたのだろう、様子がおかしい。息を乱しながら、血走った目を忙しなく左右に動かしている。いったいなにがあったのか。
校長が叫んだ。
「た、大変だァーッ! やっちゃんよっちゃんが盗まれたぞーッ!」
校長の側にいた森林が言った。
「校長先生、向こうの壁際にあるあのクーラーボックスはなんですか? あれではないんですか?」
途端に、校長の表情がぱあっと明るくなった。
「あった、あったぞ! あれだ! やっちゃんよっちゃんが、見つかったぞーッ!」
置いた場所を忘れてただけでしょ、と春心は思った。思ったけど、今日はもうツッコミに疲れていて、なにかを言う気になれなかった。
強いて言うのなら、真っ先に窃盗を疑うのは性格が悪いよ。
「それでは改めて、やっちゃんよっちゃんをプレゼントします!」
校長はクーラーボックスを春心たちの前まで持ってきて、「伝説の大秘宝の正体は~?」とゴキゲンな調子で言いながら、蓋を開けてみせた。
「じゃじゃ~ん! 校長先生の手作りシャーベットで~す♪」
春心はもう、なにも言うまいと思った。
※
閉会式が終わったあと、春心たちはラフ&ピース部の部室へと戻ってきていた。
「ねえルシアちゃん、本当に食べるの?」
「無理しなくていいんだぜ」
テーブルの上に、YY(やっちゃんよっちゃん)が乗っている。そしてその手前には、スプーンを持ったルシアが座っている。
ルシアはいま、YYを食べようとしているのだ。
「せっかく校長先生が作ってくれたんだし、食べないと悪いかなって。私たちにこれを渡すとき、あんなに嬉しそうにしていたし」
その言いぶんは正しいとは思う。
しかし、YYはヘドロで作った虹みたいな色をしているうえに、動物性の油の悪いところだけをかき集めてきたような酷い臭いがするのだ。どんな材料でシャーベットを作ったらこうなるのか。
朱音が珍しくボケに回らずに、諭すように言った。
「いやルシア、わかる。食べ物は大切にしたほうがいい。ただな、体に入れるものは選んだほういいぞ。それで腹を壊したらどうすんだよ」
「んー……」
ルシアが不安そうにYYを見下ろした。その表情を見るに、たぶん彼女も内心ではおいしそうだと思っているわけではないようだ。
「じゃあ、一口だけ食べて考えるね」
「一口は食うのかよ」
大丈夫かなあと、春心は心配になった。でも、食べてみたら意外とおいしいかもしれないし……。一口くらいだったら、まあ、いいのかも。
ルシアがYYにスプーンを入れると、なぜか悪臭が加速した。変な粘りととろみが出てきて、スプーンに絡みつく。シャーベットをどう解釈したらこんな料理になるのか。
ルシアの手が心なしか震えているが、もう後戻りできないのだろう。やがて彼女は「えいっ」とYYを口に入れ――
「おっっっっっず!!!!!!!!!!」
と、吐き出した。
「ルシアちゃん大丈夫!? なんかすごい声出たよ!?」
ルシアはテーブルに突っ伏しながら、聞いたことのないテクニカルなリズムで呼吸をしている。
「お、おずい……」
「どうしたの? おずいってなに!? “お”いしいの? ま“ずい”の? え、どっち?」
「お、おいし……おい…………おずい」
「う~ん、推定だけど“まずい”が優勢かな!」
朱音が心配半分、呆れ半分といった顔で、
「おい大丈夫かよ。ちょっと購買でお茶でも買ってくるわ。そこで待っとけ」
と言って、部室を出ていった。
春心はぐったりとしているルシアの背中を優しくさする。
「ねえ、ほんとに大丈夫?」
「うん、ちょっとびっくりしただけ……。ありがと……」
「しょうがないけど、YYは残そっか。ね?」
「そ、そうしようかな……」
春心はYYの乗った皿を掴んで、クーラーボックスの中に戻した。
それにしても、校長が生徒に毒シャーベットをあげるって、ある種の犯罪じゃないのか。どんな法の何条に触れてるのかはわからないけれど、なんかしらの罪には問えるんじゃないのか。校長のことは六法全書で一回殴っておいたほうがいいのかもしれない。
「春心ちゃん、私、やっぱりもう一口だけ食べようかな」
「なんで?」
「どうせなら、もっと面白いリアクションができたんじゃないのかなって思って」
「いやさっきの満点に近かったけどね!」
あんなに変な声を出してるルシアちゃん、初めて見たし――いやいや、そうじゃなくて。ツッコミたいのはそこじゃなくて。
「って言うか、なんで面白いリアクションを求めてるの? やっぱりなんか、体調悪い? さっきのシャーベットに変なもの入ってた?」
「ううん、ほんとに体調は大丈夫なの。そうじゃなくて、ほら、私、最初に言ったじゃない? 面白くなりたいって」
「たしかにそう言ってはいたけど……」
わけのわからないカオスなトーナメント(冷静に考えるとトーナメントでもなかった)の存在が強すぎて、今日一日の印象がすべてそこに持っていかれてしまいそうになるけれど、そもそもは、ルシアがラフ&ピース部にやってきて、「面白くなりたい」と言い出したのが事の始まりだった。
でも、ルシアがなぜそんなことを言い出したのか、まだ理由を聞いていない。
「ルシアちゃん。どうして面白くなりたいだなんて、急に言い出したの?」
春心が尋ねると、ルシアは照れ隠しをするみたいに、口元に笑みを浮かべた。
それから、そっと言った。
「笑わせたい人がいるの」
――笑わせたい人。
それが誰のことを言っているのか、春心にはすぐにわかった。
ルシアは“あの日”から、すべてに吹っ切れたような、爽やかな表情をするようになった。だけどそれと同じくらい、ここにはないどこか遠くの深い海の底を眺めるかのような、不思議な目をするようになった。
そしていま、ルシアはその目をしている。
だから、わかった。
あの日、ルシアの前からいなくなってしまった、魔法使いの女の子のことを言っているのだと。
「いま私にできることは、あの子に手紙を出すことくらいだから……」
あの事件の後処理は、大人たちが引き受けたそうだ。ルシアは直接的に捜査に関与することはできないらしい。
それでいいと、春心は思う。危険な目には遭ってほしくない。
でも、なにもできずにただ待ち続けることは、とても辛いことだとも思う。
「でもね、手紙を出したからって、それがなんの役に立つのかなって、最初は思ってて。……けど、気づいたの。あの子を笑わせることくらいなら、手紙でもできるんじゃないのかなって。ほんの一瞬でも辛いことを忘れられるような、楽しい時間を作れるなら、私が手紙を書く意味があるんじゃないかなって、そう思って、それで……」
そこでルシアは言葉を詰まらせた。一拍置いて、春心はその先を引き継ぐ。
「それで、面白くなりたいって言ったんだ」
「……うん」
少し前までのルシアは、こんなふうに春心に悩みを打ち明けてくれることはほとんどなかった。
人の相談には率先して乗るくせに、自分の弱みはけっして見せない。そんな人だった。
だけど、いまは違う。
ルシアが変わるきっかけとなったのがあの事件だったのかと思うと、少し複雑な気分になるけれど、こうして頼ってくれるようになったのは、素直に嬉しい。
ルシアが春心を、ラフ&ピース部を信じてくれた気持ちを、裏切りたくはない。
「いいんだよ、ルシアちゃん。面白いことが言えなくたって」
春心はしっかりと言葉を選び、だけど心は繕わずに、自分の考えを述べる。
「おかしなことが言えなくたって、冗談が言えなくたって、そんなの、いいんだよ。楽しいときに一緒に楽しんで、悲しいときに一緒に悲しめる人が側にいてくれたら、それだけで笑顔になれるよ。ルシアちゃんは自然体で大丈夫。沙杏ちゃんを思う気持ちがあれば、きっと、大丈夫だよ」
ルシアは春心の目をまっすぐに見た。それから、
「そうだといいな」
と言って微笑んだ。そうだよ、と春心は返した。
「……おい、ちょっと待てお前ら」
いつの間にか、部室の出入口に朱音が立っていた。なぜか不機嫌そうな顔をしている。
「やめろよ……なんかそうやって、真面目な雰囲気にして終わらせようとすんのやめろよ!」
真面目な雰囲気にして終わらせようとするのはやめろ。
どんな思想だ、と春心は思う。
と言うか、急にどうしたのか。お茶を買いに行ったついでに人格が変わったのか。
「いや、やめろってなに!? すんごいめちゃくちゃなこと言うじゃん!」
「うるせえ!」
「うるせえ!?」
「なんか、今日は、なんか、そういう気分じゃねえんだよ! そういう気分じゃねえんだ! うお~ッ!!! よっしゃあああああああああ!」
朱音はルシアのために買ってきたはずのお茶を開封すると、いきなり自分の頭に全部かけた。そして空になったペットボトルを部室の中へ投げつける。
ペットボトルは部室内にある謎のオブジェ【ゲートボール伯爵の最期】に命中し、勢いよく跳ね返って、最終的に春心とルシアが座っているテーブルの上に直立の状態で着地した。ルシアが「あ、すごい」と呟く。
カテキンまみれのドヤ顔で、朱音は言った。
「どうだ? これで真面目な空気がぶっ壊れただろ?」
「ぶっ壊れたけど」
ぶっ壊れたけど。
ぶっ壊れたけれども。
それが、なんになる?
爆笑王決定トーナメント 完




