爆笑王決定トーナメント 4/?
『それではこれより、爆笑王決定トーナメント、決勝戦(笑)を始めマース!!! ファイヤファイヤファイヤー!!! ファイヤー! サンダー! ファイヤファイヤファイヤー! サンダー! ファイヤー! キャット、ドッグ、キャット! ファイヤー! サンダー! ファイヤー! ドッグ! プードル! ファイヤー! ファイヤー!』
決勝戦の開始が宣言される。
司会者部の森林はすっかり元気を取り戻していた――というより、うるさい。単にヤケになっているだけのようにも見える。
『勝負は三番勝負デース! 初戦は【モノボケ】で戦っていただきマース! 道具はこちらに用意してあるものを使ってくだサーイ!』
武道場には、バラエティに富んだ数多くの道具が並べられていた。
ひととおりのスポーツ用具にカラーコーン、ライン引き。別の一角には鍵盤ハーモニカ、カスタネット、トランペット、メトロノーム……音楽関係の道具がずらりと並ぶ。また別の一角には書道セットや絵の具セットが置いてあって、その隣からはミシンやアイロンが続いている。ほかには調理器具や清掃用具まで揃っており、学校中から道具を集めてきたことがうかがえる。さすが決勝戦だけあって、運営側もいちおうやる気はあるようだ。
『参加人数は各部ともに一名! モノボケの面白さ・斬新さ・挑戦意欲などを総合的に踏まえたうえで、校長先生が勝者を決定しマース! それでは校長先生、お願いしま……おい校長、起きろッ!』
「ふがッ!?」
パイプ椅子の上でうたた寝をしていた校長が、飛び跳ねるように立ち上がった。
「は、はい! 校長です! 元気です!」
『ほんとお願いしますよ、校長先生。この大会はあなたが言い出しっぺなんですからね? しっかりしてください』
「すまない」
『評価のほうも公平にやってくださいよ? さっきの輪ゴム部のときみたいな、めちゃくちゃな判定はよしてください』
「なるほど、公平……か。しかしきみ、真の公平とはなにか、考えたことがあるのかね?」
『おい校長』
「ごめん」
もう校長には構っていられないとばかりに、森林は無理矢理作ったような笑顔で大会の進行に戻った。
『それでは各部ともに、出場メンバーを選出してくだサーイ!』
「よし、さっきと同じだ。ルシア、今回も初戦は任せる」
朱音が言うと、ルシアは微笑んだ。
「うん。そうなると思って、ちょっと覚悟してた」
春心はルシアを励ますように言う。
「勝ち負けは気にしなくてもいいからね。ルシアちゃんは自分のペースでがんばって!」
「そうする。ありがとう」
出場選手がスムーズに決まったのは正座部も同じだったようで、ものの数分で対戦カードの発表となった。
『それでは決勝戦第一試合、出場選手を発表しマース! ラフ&ピース部からは、ルシア・リフレイン選手! そして正座部からは、栃ノ木 善行選手です!』
相手選手の名字に、春心は引っかかりを覚えた。
「栃ノ木……?」
「姉御の弟だよ。私たちと同じ一年だ」
「へぇ」
栃ノ木結善に弟がいることを、春心は初めて知った。しかも同級生だとは。
正座部の輪から歩み出てきた栃ノ木善行は、姉とそっくりの綺麗な黒髪の男子生徒だった。しかし、目付きがやたらと鋭い。そのせいか、妙な威圧感がある。
「じゃあ、行ってくるね」
その威圧感に押されることなく、ルシアは堂々と戦いの舞台へと進んでいった。先ほどの試合と比べると、緊張はだいぶ解けているようだ。
対輪ゴム部戦と同様に、試合は剣道場のほうでおこなわれる。春心と朱音は柔道場の畳の縁ギリギリまで前に出て、ルシアの応援をすることにした。
多くの物が並ぶ剣道場の真ん中で、ルシアと栃ノ木義行が対峙する。
「悪いが、ここは勝たせてもらう」
栃ノ木義行の声は低音が利いていて、高校一年生にしてはずいぶんと渋かった。
「俺の姉さんは……イカれてる。姉さんは一見まともだ。だが、喋れば喋るほどボロが出る。終わってるんだ、もう」
「お姉さんのこと、そんなに悪く言うことないんじゃない……?」
ルシアが気を遣ったように優しく言った。
栃ノ木義行は激昂した。
「黙れッ! あんなイカれ姉さん、絶対どこかで変な問題を起こすに決まってる! ……俺は姉さんに、幸せになってほしい。だが、人間性がクソなんだ! 残念ながら、このクソったれな現代社会は、姉さんのことを評価しないだろう! なら、どうすればいい!? そうだ、姉さんに喋らせなければいいんだ。俺が、姉さんの代わりに、姉さんに関わるすべてのことをやってあげればいいんだ! そうすれば、姉さんはボロを出さずに済む! そうだろう!?」
栃ノ木義行の息は上がり、頬はすっかり紅潮していた。
「だから俺は、この試合に勝つ! 姉さんが試合に出る前にすべてを終わらせる! そうすれば姉さんはボロを出さずに済むんだ! 俺は勝つ! 姉さんが幸せになるために! 姉さん! 姉さん! 姉さぁーん! はぁ、はぁ……」
春心は誰に言うでもなく呟いた。
「弟もヤバいじゃん」
というか、価値観によっては弟のほうがヤバい。
『はい、それではルールを説明しマース! 先ほども申し上げた通り、勝負の内容はモノボケ――物を使ったボケですね――となりマース! 武道場に置いてある道具ならなんでも使ってオーケー! 複数の道具を組み合わせて使うのももちろんあり! 使用する道具を決めましたら、剣道場の真ん中の、赤いサークルの中でボケてくだサーイ!』
見ると、剣道場の中央に、赤いテープで円が作られている。そこがモノボケを発表するためのステージということなのだろう。
『ちなみに、ボケは交互に三回ずつおこないマース! つまり、チャンスは三回ってことですからね、よく考えてくだサーイ! とは言え、笑いには勢いもまた大切デース! なにを大事にするかはプレイヤー次第! さてさて、それでは準備はよろしいですか? さっそく始めていきましょう! ラフ&ピース部対正座部、決勝戦三番勝負! 第一試合【モノボケ】対決……スタートです!』
カーン!
戦いのゴングが鳴った――のではなく、校長が口で「カーン!」と言った。人間ゴングだ。
試合開始早々、動きを見せたのは栃ノ木義行のほうだった。彼は迷うことなく金属バットを手に取り、赤いサークルの中に飛び込んでいく。
『おおーっと! 栃ノ木善行選手、速いッ! 驚異的ッ! 開始十秒と経たずに、もうボケが閃いたのかーッ! さあ、金属バットでなにをするのか! それではモノボケ、お願いします!』
栃ノ木善行が、バット片手に宣言した。
「めちゃくちゃ速くスイングします! オラァ!」
ブォン!
金属バットが空気を揺らす。身体の芯がまったくぶれていない、鋭いスイングだ。
『おお~これは勢いがある! しかしこれはボケなのかーッ!?』
司会――もとい実況の森林と同じことを、春心も思った。バットをただ振ることがボケと言えるのだろうか。ただ、勢いはいい。そして勢いで押し切るという笑いは確かに存在する。実際、思っていたより彼のスイングにキレがあったせいで、春心はちょっと笑いそうになってしまった。
観客席から、彼の姉である栃ノ木結善の声が飛んだ。
「よしくん、あなたなら、もっと速いスイングができるはずです」
弟の目が光る。
「姉さん……! 姉さんッ! 見ててください! 俺、もっと速くバットを振ります!」
『はい善行選手~! サークルから出てくださーい! 次はルシア選手のターンですよ~!』
「なんだと!? 僕と姉さんの時間を、司会ごときが邪魔するなァ! 消えろッ!」
『失格にするぞ』
「ちぃッ!」
渋々といった様子で、栃ノ木義行は赤いサークルから出ていく。
それと入れ替わるようにサークルの中に入っていくのは、ルシアだ。その手にはバドミントンのラケットが握られている。
(バドのラケット……ルシアちゃん、それでどうするんだろう?)
ルシアがモノボケをするところなんて見たことがない。いったいどうなってしまうのか、期待と不安で、なぜだか観戦している春心のほうが緊張してしまう。
ルシアは持っているラケットを縦にして頭に乗せると、少し恥ずかしそうに言った。
「ちょ、ちょんまげ~……」
『おおっと、これは! ラケットをちょんまげに見立てるモノボケだぁ! これはわかりやすいストレートなボケです!』
懸命に戦っている仲間へ、春心は声援を送る。
「ルシアちゃん、いいよー!」
いい。面白い。ラケットがちょんまげにしては長すぎるのもジワジワくる。隣にいる朱音も手を叩いて笑っている。ただ、春心と朱音ではどうしても身内補正が入ってしまうので、ルシアのモノボケを客観的に分析するのは難しい。それでも、そんなに悪いスタートではないはずだけれど。
『さーて、再び善行選手のターンが回ってきましたーッ!』
モノボケ勝負は二週目へと突入する。
栃ノ木義行が持ってきた道具は――またしても金属バット。なんと、さっきとまったく同じチョイスだ。彼はバットを振りかぶり、
「さっきより速くスイングします! オッラァ!」
ヒォン……と、スイングが速すぎて、変な音が鳴った。
彼のスイングは、一週目のときより明らかに速くなっていた。姉の応援が、彼を強くしたのだ。これが姉弟愛。これがバカ。
『これは、二連続バットフルスイングだ~! しかし大丈夫か、義行選手は勝負の趣旨を理解しているのか? これは【モノボケ】対決だぞ~ッ!』
観客席から、栃ノ木結善の声が飛んだ。
「よしくん、もっとです。あなたは、もっと速いスイングができるはずです。現状に満足してはいけません。越えてみなさい……音速の壁を」
「はい! 姉さん! マッハ姉さん! 俺はやります! うおおおおおおおおおおお!」
『この姉弟大丈夫か!? なんかヤバいのやってないか!? 大丈夫かーッ!?』
続いて、ルシアの二週目が回ってくる。今回彼女が選んだ道具は、先ほどと同じバドミントンのラケットと、テニスラケットのラックだ。
まるで傘立てのように、ラックにはたくさんのテニスラケットが立てかけられている。
ルシアは、
「潜入捜査」
と言いながら、テニスラケットのラックの中に、バドミントンのラケットを入れた。
『これは……潜入捜査だァ~ッ! テニスラケットの中にバドのラケットを紛れ込ませるという、潜入捜査というボケだァ~ッ! 和みます! 義行選手が全然ちゃんとやらないので、ルシア選手がちゃんとボケてくれて安心します! ありがとう!』
「うん、いいよ! ルシアちゃん、面白いよー!」
と、春心は声をかける。今回のボケはさっきのボケよりもさらに面白いと思った。ちょうどいい具合に脱力してる感じがあって、それがなんとも言えない味を出している。
「潜入捜査で草www」
朱音が腹を抱えて笑っていた。
「ねえ朱音ちゃん、ルシアちゃんって、もう普通に面白いよね?」
「ああ。つーか、私たちに相談なんかしなくても、ルシアは前から面白かったと思うぜ。天然的な面白さっつーのかな。あいつ、自覚がないだけだぞ」
「あ~、確かにね」
思い返してみれば、以前ルシアと朱音が土踏まずについて語っていたときがあった。あのときもルシアは結構ナチュラルにボケていた気がする。
『それではラスト! 三周目にいきましょーッ!』
回想なんてしている場合ではなかった。まだまだ勝負の真っ只中。いまはルシアを応援をするときだ。
モノボケ勝負は、いよいよクライマックスを迎える。
最後の一周。栃ノ木義行が持ってきた道具は――やはり金属バットだ。もはや変える気がない。おそらく、やることも変わらないだろう。
案の定、彼は一、二回目とまったく同じようにバットを振りかぶり、
「姉さんのために、最強のスイングをします! 俺は……マッハを……超える! ハイヤーッ!」
んェゥン……。
マッハを越えたかどうかはわからないけれど、彼のスイングはいままで一番速く、そして一番変な音が鳴った。
『すごいですけどね! すごいですけど! でもモノボケやってないですよね!? ただのボケですよね!? 義行選手がもうボケですよね!?』
ルール無視の栃ノ木義行に、実況の森林も困惑気味だ。ただし、この無茶苦茶さは侮れない。これが果たして勝敗にどう影響してくるのか。
そしてルシアにも最後の出番が回ってくる。彼女が最後のモノボケで使用する道具は――バドミントンのラケットだ。
「ねえルシアちゃん、バド縛りとかないからね!?」
春心はつい叫んでしまった。頑なにミントンだよ。
結局この対決、栃ノ木義行が金属バットを三連投し、ルシアがバドミントンのラケットを三連投したことで、用意されたほぼすべての道具が無意味に終わった。さすがに春心も運営側にちょっとだけ同情する。
とは言え、ルシアにはなにか考えがあるはずだ。義行と違って。
春心は彼女の最後のモノボケを、固唾を飲んで見守る。
ルシアは、ラケットの網目部分(ガット)を顔の真正面に持ってきて、こう言った。
「出してくれ~」
『こっ、これはッ! ラケットの網目を牢に見立てることで、牢屋に閉じ込められている人を表現している~ッ! 誰か彼女を出してあげてくださ~い!』
「ルシアちゃん、いいよ! めっちゃいいよ!」
だいぶシュールなボケだ。
なにより、普段ほとんどふざけないルシアが、一生懸命モノボケをしている姿が良かった。春心の中では、この時点でもうルシアが優勝でいい。
『そこまで! 両選手とも、お疲れさまでした!』
こうして、長いようで短い、三回のモノボケが終了した。
『それでは結果発表に移りましょう! 校長先生、お願いしマース!』
うむ、と校長が頷く。
普通に考えれば、ルシアの勝ちだろう。栃ノ木義行は競技内容を全無視して、バットを振り回していただけなのだから。
ただ、校長が審査員だというのが厄介だ。彼がどんな判定を下すのか、春心にはなかなか想像できない。“ルールを無視して関係ないことをやっていたのが面白い”と言いだす可能性だって充分にあるだろう。そういう価値観だってある。
校長が神妙な面持ちで息を吸い込む。なにかを言いそうな雰囲気はあるのに、なかなか声を発さない。
この瞬間がいちばんどきどきする。春心の中では、ルシアがもう優勝でいいとは思ったけれど、ルールの上でも勝てるのなら、それに越したことはない。勝てるなら、勝ちたい。
とても長く感じる間――だけど、実際は十秒にも満たなかっただろう。
校長が、口を開いた。
「勝者は――」




