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爆笑王決定トーナメント 3/?

 死屍しし累々(るいるい)――と表現するしかない光景だった。


 エクストリーム・アイロニング部の全部員――総勢五名――が、武道場の畳の上に無惨に転がっている。


 彼らはもつれるように一か所にまとまって倒れており、そのひとりひとりがなにかを必死に伝えたがっているかのような、鬼気迫る形相をしていた。が、実際に彼らが言葉を発することはない。すでに力尽きているのだ。


 そしてそんな屍の山の上で、一人の女子生徒が正座をしていた。動かなくなった彼らを、座布団代わりにして。


 正座部部長、三年、栃ノとちのき 結善ゆうぜん


 彼女こそが、この異常な事態を引き起こすきっかけとなった人物だ。


 彼女は言う。


「“正しさ”に“座す”と書いて正座。よって正座をしているわたくしは、世界の誰よりも正しいのです」


 どうしてこんなことになったのか。


 事は三分前にさかのぼる……。



 ※



【エクストリーム・アイロニング部】

 世にも珍しいエクストリーム・アイロニングという競技をおこなう部活。現部員の全員が無遅刻無欠席の実績を持つ、健康の鬼。



【正座部】

 正座の可能性を追及する部。SEIZAレース全国大会を七度制覇している強豪チーム。



 ※



 エクストリームアイロニング部と正座部の対決が始まる直前のこと。


 エクストリーム・アイロニング部の一人が、ふいに正座部の前に進み出て、こう言ったのだった。


「栃ノ木さんっ! 僕の背中の上で、正座をしてくれませんかっ!」


 突然の特殊なお願いに、武道場はざわついた。


「もちろんですわ」


 栃ノ木がその願いを二つ返事で受け入れたことで、武道場は二度ざわついた。当然、エクストリーム・アイロニング部のほかの部員たちから反発の声が上がる。


「お前っ! 背中の上で正座をしてくれとは、どういうことだ! なにを言ってるんだ! ……僕だって栃ノ木さんに踏みつけられたいのに! ずるいぞッ!」


「俺だってッ!」


「先輩たち、ずるいです! 僕だって背中に正座してもらいたいですよ!」


「自分も同じくッ!」

 

 はじめはちょっとした言い争いだった。我こそが、正座部の部長に正座をしてもらえる(踏んでもらえる)のに相応しい人間なのだと、ただそれだけのことを主張し合うだけの、無邪気な子供の口喧嘩だった。


 だが彼らも血気盛んな十代の男子高生。一分と経たないうちに、口論は殴り合いへと発展した。


 互いに鉄拳を浴びせ合うノーガードの応酬。先輩も後輩も関係なく、実直な想いと共に汗を流すそのひとときは、いつか青春の一ページとして彼らの思い出を彩ることになるのだろう。


 しかしこの瞬間だけを見れば、ただの暴力沙汰だ。


 やがてこのエクストリーム・アイロニング部の醜い内部抗争は、全員仲良く相討ちという結末を向かえた。


 そうして畳の上で動かなくなった彼らの上に、正座部部長の栃ノ木は当たり前のようによじのぼり、正座をしたのだった。


 これが、事の全容である。


「つまり、どういうこと!?」


 と、春心は素直な思いを叫んだ。


 いきなりエクストリーム・アイロニング部が殴り合いを始めて、正座部の部長が倒れている人間の上で正座をした、と。

 

 どういうこと?


「どういうこともなにも、見たものがすべてですわ」


 栃ノ木結善。


 腰まで伸びた黒髪のロングヘアーに、まっすぐ伸びた背筋。表情は凛々しく、立ち振る舞いは優雅だ。誰に対しても柔和な態度を崩さず、それでいて媚びているという印象は与えない。彼女には、良家のお嬢様を思わせるような、堂々とした風格がある。


 だが、目の奥がイッてる。


 瞳の奥が、完全にイッてる。


「わたくしはいま、正座をしています。ゆえにわたくしは正しいのです。正しさに座すと書いて、正座。つまりはそういうことなのです」


 そうでしょう? 舞込春心さん――と、栃ノ木は春心の名前を呼んだ。


 栃ノ木と交流があるのは主に朱音のほうだが、春心もいちおう彼女とは面識がある。とは言え、友達の友達くらいの距離感である上に、彼女は二学年上の先輩だ。なんとなくツッコミを入れにくい。


 正しいに座すと書いて正座――なわけがないだろと、正座の由来は絶対にそうじゃないだろと、強い口調で言いたいところだが、それがやりにくい。必然的に曲線的な言い回しになってしまう。


「あの、栃ノ木先輩の言ってること、私にはちょっと難しいかな~……なんて」


「ふふ、おかしい」


 栃ノ木は口許に手をあてて、品のいい笑みを浮かべた。品はいいけど、なんでいま笑ったのかはわからない。


「舞込春心さん。正しさって、なんだと思います?」


「た、正しさですか……?」


 急になにを言い出すのか。


「わたくし、幼いころからずっと考えていましたの。“本当の正しさ”ってなんだろう……って」


「……」


 本当に急になにを出すんだろう。怖い。


「それから十年ほど思索を続けたころ、気がついたのです。『正座をしているわたくしが、世界で最も正しい』ということに」


「バカに哲学やらせちゃ駄目だよ!」


 言って、春心は慌てて自分の口を押さえる。しまった。思いっきり暴言を吐いてしまった。つい本心が。仮にも栃ノ木は上級生なのに。


 朱音がニヤニヤしながら、栃ノ木に話しかけた。


姉御あねご。相変わらずめちゃくちゃなこと言ってんな」


「あらあら、繰田朱音さん、『姉御』だなんて、まあ。わたくしのことは『お母さん』と呼んで構いませんのよ」


「お義父とうさん……」


「はぁん……♡」


(なにその会話……頭おかしくなりそう)


 春心は耳を塞ぎたくなった。朱音と栃ノ木の会話はまだ二回しかラリーが続いていないのに、もう話の内容がおかしい。


『ちょ、ちょっと静かにしてもらっていいですか。状況を整理させてください』


 武道場のスピーカーから、司会者部の森林の声が響いた。「あの二人の頭のおかしい会話を遮ってくれてありがとう」と、春心は言いたい。


『えー、これって、エクストリーム・アイロニング部はリタイアってことですよね。全員気絶してますもんね。ということは、正座部の勝利ですね。あー、もう全然試合やんないじゃんコイツら……』


 森林の声には覇気が込もっていなかった。彼の沈んだ両肩から、なんにも上手くいっていない人間の哀愁が漂っている。


 実際、爆笑王決定トーナメントはまともに進行していない。参加部がたった四つなのに加え、そのうち二つはほとんど試合をしないまま退場した。これでは運営側のやる気がなくなるのも仕方がない。


 主催の校長もやる気をなくしているだろうなと、春心が校長のほうを見てみると、彼はパイプ椅子に座りながら、うつらうつらと首を揺らしていた。さっきの輪ゴム部との言い争いで疲れてしまったのかもしれない。子供か。


『じゃあもう正座部とラフ&ピース部の勝者が優勝ってことでいいですね。そうするしかないですもんね。はいはい。じゃあ決勝戦の準備をしますので、しばらくお待ちください。試合は十分後です。頼むから次は真っ当な試合をしてくださいね。お願い、マジで』


 栃ノ木の口元が歪む。それは先ほどの品のいい笑みなどではなく、底知れない愉悦の感情が滲み出るかのような、少し不気味な笑顔だった。


「楽しみですわ。親友である朱音さんと、決勝戦というひのき舞台で、真剣勝負ができるだなんて」

 

 朱音もニヤつきを抑えられていない。


「それはこっちも同じだぜ。姉御とは一度、勝負してみたかったんだ」


「嬉しい」


 狂気を孕んだ栃ノ木の目が、春心にも向けられた。


「舞込春心さん、わたくしは、あなたにも期待しているのですよ」


「え、私に?」


「あなた、入学式でいきなり校長先生をお殴りなさったそうですね(※ラフ&ピース部誕生秘話参照)。大変狂っていらっしゃいます。あなたには、見込みがありますわ」


 栃ノ木は正座を崩すと、エクストリーム・アイロニング部の屍の山から降りてきて、


「良い勝負にしましょう。それでは、のちほど」


 春心と朱音に丁寧に一礼し、正座部の仲間の元へ帰っていった。


「ねえ、朱音ちゃん。私、あの人に『狂ってる』って言われたの、逆にショックなんだけど……私、普通の人だよね?」


「いや、むしろお前が一番おかしい説あるからな」


「嘘でしょ……」

 

 春心は膝から崩れ落ちそうになった。冗談抜きで、自分はまともだと思っていたのに。


(――あれ、でもやっぱりちょっと嬉しいかも)

 

 おかしいと言われて、どこか喜んでいる自分もいることに春心は気づいた。普通じゃないことを喜んでしまうなんて、これもギャグのキャラクターの性なのか……。


「二人とも、正座部の部長さんと仲が良かったのね」


 しばらく会話の輪から外れていたルシアが、栃ノ木が去ったタイミングで口を開いた。なんとなく話に加わりづらかったのだろう。


「うん。まあ私っていうか、朱音ちゃんがね、仲良いんだよ。ね?」

 

 と、春心は朱音に話を振る。


「そうだな。姉御とは先輩の中では一番――いや、下手したらその辺の同学年のやつより喋るかもな」

 

 ルシアは感心したようだった。


「朱音ちゃんって社交的よね。部活も学年も違う人と仲良くなっちゃうなんて。……なにかきっかけがあったの?」


「お、聞きたいか? 私と姉御がどうして知り合ったのか」


「あー、ルシアちゃん。あんまりそれ聞かないほうがいいよ」

 

 春心はやんわり忠告しておいた。たぶん聞いても理解できないだろうと思ったからだ。


 だが朱音が「まあ聞けよ」と言って、栃ノ木と出会った経緯を勝手に語り始めた。


「あれは四か月前のことだな。私が川原で変な形の石を探しているときな、急にふっと視線を感じたんだよ。で、顔を上げると、長い髪の女が、土手の上からこっちを見下ろしてたんだ。知らない女だった。檸文高校の制服を着てたから、同じ学校のヤツだとはわかったんだけどな。で、その女が土手から降りてきて、私に言ったんだ。

『ボンジュール』

 私はこう返した。

『スーマラットシーヤ……ナマステ!』

 すると女は急に制服のまま川の中に入っていって、そのまま向こう岸まで歩いて横断しちまったんだよ。

 だから私も、その女と同じように歩いて川を渡ってみたんだ。四月だったから、まだギリギリ水温が冷たかったな。

 そんで向こう岸に到着すると、女は拍手で出迎えてくれたんだ。

『素晴らしい。あなた、見込みがあるわ』

『お前もな』

 そして私とその女は、固い握手を交わした。

『ふふ、靴の中がびしゃびしゃだわ』

『川に入ったからな』

『これぞまさに、水も滴るいい女ね』

『こりゃ祭りだな』

『わっしょいわっしょい』

 女は微笑み、こう言ったんだ。

『わたくしの名前は栃ノ木結善。あなたの親友となる者よ』

 これが私と、姉御――栃ノ木先輩との出会いだ」


「衝撃的ね……」

 

 と、ルシアは漏らした。


 その感想は間違ってないけど……と春心は思う。衝撃的だけど。あと川を渡るのは本当に危ないからやめたほういいよ。


 まだ続くぜ、と朱音は語るのをやめない。


「その二日後だ。朝、教室に行くとな、私の席の隣に姉御が座ってたんだよ。ちなみに姉御は三年生だ。もう全然学年が違うっつーのに、姉御は当たり前のように一年の教室の中にいたんだよ。

 姉御はマスクをつけて、赤い顔をしていた。鼻声で、時々くしゃみもしていたな。まあ、川を渡って風邪引いたんだろうな。

 え、私はどうだったかって? 風邪なんて引くわけねえだろ。バカは風邪を引かねえんだよ。わかったかコンチクショーが! ヘッ!!!

 で、姉御はこう言ってきたんだ。

『ねえあなた、わたくしの娘にならない?』

 私は即答した。

『いいぜ』

『じゃあ、この書類を書いてくださる?』

 姉御は書類を取り出した。たぶん養子をとるときに、役所に提出する系の書類だったと思う。そんで私はその書類に、春心の名前を書いてやった」


「こらッ!」


「すると姉御は笑いながらライターを取り出して、その場で書類を燃やしたんだ。

『これでわたくしたち、母と娘ね』

 私は頷いた。

『あたぼうよ』

 こうして、私たちの交流が始まったんだ」


「もうこれ実質怪談でしょ!」


 春心はもうこの話を通算で五回くらい聞かされているが、何回聞いても怪談にしか聞こえない。一流の話芸は、同じ話を何回聞いても面白いと言うけれど、この話は何回聞いても怖い。


 突飛な展開に慣れてる春心ですらこうなるのだから、ルシアにはよっぽど刺激が強かったらしい。彼女は「しょ、衝撃的ね……」と呟きながら、口元を引きつらせていた。


「ほら、ルシアちゃんが引いてるよ! ってか、ルシアちゃんが引くって相当だよ! こんなパターンなんていまだかつてなかったじゃん!」


「ヘヘッ! また聞きたくなったら言ってくれよなッ!」 


 朱音は得意気な顔で、鼻の下を人差し指でさすった。その仕草をする人、漫画でしか見たことがない。


「ま、でも、これでわかったろ? 姉御はヤバいって」


「朱音ちゃんもヤバいよ」


「気を引き締めろって言ってんだよ。次の相手はその姉御が――栃ノ木先輩が率いる部だぞ。そう簡単には勝てねえ。見てみろ。正座部のやつら、もう仕掛けてきてやがる」

 

 ――仕掛けてきてる?


 なんだそれはと思い、春心は視線をゆっくりと横に移す。


 すると五メートルほど先。正座部の七人の部員たちが、一直線に横並びとなり、座禅を組んだ状態でこちらを凝視していた。


「あ、全員バカなんだ!?」

 

 決勝開始まで、あと五分。

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