爆笑王決定トーナメント 1/?
自由とは責任を意味する。だから、たいていの人間は自由を恐れる。
――バーナード・ショー
悦びは人生の要素であり、人生の欲求であり、人生の力であり、人生の価値である。
――ヨハネス・ケプラー
負け戦ほど痛ましいことはないが、勝ち戦もまた同様に悲惨である。
――アーサー・ウェルズリー
大豆ってそんなに大きいか?
――繰田朱音
※
その日、ラフ&ピース部の部室にやってきたのは、意外な人物だった。
「二人とも、ちょっといい?」
改まった様子で、少し恥ずかしそうに扉から顔を覗かせているのは――ルシアだ。
珍しいなと春心は思った。側にいる朱音もまったく同じことを思ったようで、「お、珍しいな」と口に出した。
ルシアと顔を合わせること自体は全然珍しいことではない。というか、学校も家も同じなので、毎日必ずどこかで会う。
ただ、このラフ&ピース部の部室にルシアがやってくるというのは滅多にないことだった。
この部室は、謎の部活の巣窟となっている部室棟の一番奥に位置している。檸文高校の辺境中の辺境だ。偶然通りかかるということはない。来ようという意思がある人間しか来ない場所なのだ。
ということは、ルシアはなにか明確な用件があってここに来たということになる。
「ルシアちゃん、どうしたの? あ、生徒会の用事?」
ルシアは生徒会に所属している。わざわざ彼女がこの部室にやってくるなんて、生徒会の仕事絡みの用があるとしか思えない。
しかしそんな春心の予想は外れた。
「ううん、違うの。あの、相談したいことがあって……でも、忙しいなら大丈夫だからね」
「いや、いいぜ。今日はちょうど暇だったしな。とりあえず上がれよ」
朱音に促され、ルシアが部室に入ってくる。
「ごめんね、散らかってて」
と、春心はいちおう詫びておく。
いま、部室の中には物が散乱していた。ダンボール、新聞紙、ビニール袋、絵の具セットに工具セット、その他諸々……。それらに囲まれながら、朱音が部室の地べたに座り込み、作業をしている。
「なにを作ってるの?」
ルシアが興味深そうに朱音の手元を覗いた。
「朱音ちゃんね、今月の展示品を作ってたの」
ラフ&ピース部の部室には、“朱音の展示スペース”なる空間が存在する。朱音が一月ごとにテーマを決めて、なにかしらの作品を発表するという場だ。
先月のテーマは【具材のないチャーハン】だった。
対して今月のテーマは【ゲートボール伯爵の最期】……らしい。
いまのところできあがっているのは、マネキン人形のような真っ白な人体模型に、バドミントンのラケットが全身に複数本突き刺さっているという怪奇的なオブジェだ。朱音曰く、これでまだ完成度は七割程度らしい。
ここからなにを三割足すのか、これはなにをもって完成と言えるのか、ゲートボール伯爵とは誰なのか、春心にはさっぱりわからない。
「クリエイティブね」
と、ルシアが呟いた。そうかな? と春心は思う。
「で、相談ってなんだ? わざわざここに来たってことは、なにか特別な話があんだろ?」
朱音が作業の手を止め、立ち上がった。
ルシアがラフ&ピース部の部室に訪れることは滅多にないと言ったが、それはこんなところまで彼女が足を運ぶ必要がないからだ。相談事があるなら、家や教室で話せばいい。
それなのに、あえてここまでやってきたということは、なにか特殊な事情があるんじゃないか。朱音はそう考えているようだった。
ルシアは少しだけ照れたように微笑む。
「えっとね、特別ってほどのことでもないんだけれど……。でも、『春心ちゃんと朱音ちゃん個人に』じゃなくて、『ラフ&ピース部に』相談に乗ってもらいたくて」
興味をそそられる言いかただった。ルシアがラフ&ピース部に頼みたいこととは、いったいなんだろう。
春心は相談の内容をあれこれと想像してみたけれど、続くルシアの言葉は、完全に予想外のものだった。
「私、面白いことを言えるようになりたいの。二人に私を、面白くしてほしいの!」
春心と朱音は部室の椅子に座り直し、改めてルシアから話を聞いていた。
「面白くなりたい、かぁ……。なんか意外だなぁ」
「つーか、ルシアがそんなこと言ってる時点でもう面白いけどな」
春心の知っているルシアは、冗談を積極的に言うような人物ではない。それが急に「面白くなりたい」だなんて。どういう風の吹き回しだろう?
ルシアが申し訳なさそうに言う。
「ごめん、変なお願いだったよね」
「ううん、変じゃないよ。いや、やっぱりちょっと変わってるかな? あはは。ルシアちゃんがそんなこと言うなんてびっくりだよ。でも、面白くなりたいだなんて、どうしてまた?」
「それはね……」
ルシアの口が重い。もったいぶってるというよりも、言葉にする前に、自分の思いを心の中で再確認しているという感じだ。彼女がけして軽い気持ちでここまでやってきたのではないことを、春心はなんとなく察する。
「私、実は――」
少しの間を置いて、ようやくルシアが話し始めたそのとき、部室の扉が勢いよく開いた。今日は来客が多いなと思いながら、春心は部室の出入口を見る。
来客というか、珍客だった。
そこにいたのは、校長だった。
「告知である」
と、校長は言った。唐突すぎる。
「これより五分後に、武道場にて『部活対抗爆笑王決定トーナメント』を開始する。我が校のすべての部活動が参加する予定だ。なお、きみたちに拒否権はない。心して挑むように。以上」
それだけ言うと、校長はうるさいくらいの勢いで扉を閉めて去っていった。
「なにあの大人?」
春心が呟く横で、朱音がニヤリと笑う。
「はっ、ちょうどいいところに来たな」
「ちょうどいいって?」
「だから、ルシアのことだよ。面白くなりたいんだろ? こういうのはな、実戦が一番なんだよ。爆笑王決定トーナメント、いいじゃねえか。ルシアの修行にぴったりだ。これからみんなで殴り込みにいこうぜ」
「あー、なるほどね」
ルシアの言う『面白い』の定義がまだはっきりしないけれど、少なくとも座学だけで身につくようなものではないだろう。そういう意味では、たしかにちょうどいいイベントなのかもしれない。
「でも校長先生、部活対抗とか言ってたよね? ルシアちゃん、ラフ&ピース部じゃないけど、勝手に参加してもいいのかな?」
「いや、ルシアも書類上はウチの部に入ってることになってるぞ」
「え? ……あ、そっか。そうだったね。名前借りてたんだったね」
ラフ&ピース部の事実上の部員は春心と朱音だけなのだが、二人だけでは部が成り立たないので、何人かの生徒から名前を借りている。そのうちの一人がルシアだ。ルシアは生徒会の仕事が忙しいため、ラフ&ピース部の活動には参加していないけれど、書類の上では正式な部員ということになっている。これなら、ルシアも春心たちと一緒に爆笑王決定トーナメントに参戦できそうだ。
まあ、あの校長のことだから、所属先がどうなっているかなんて、そんな細かいところまで気にしていないだろうけれど。
「ってな感じで勝手に話を進めちまったけど、ルシアもそれでいいか?」
朱音がルシアに同意を求める。
「私もその、爆笑王決定トーナメント? に出るってことでいいのよね?」
「そうだな。いきなり実戦ってのは緊張するかもしんねえけどよ、逆に実際にやってみなきゃ始まらねえこともあるんだぜ」
(朱音ちゃん、いいこと言うなあ……)
話を聞きながら、春心はこっそり感心していた。
一見クレイジーに見える朱音だが――というか何回見てもクレイジーだけど――本当は自分なんかよりもずっとしっかりいることを、春心はよく知っている。
いまだって、朱音はルシアのことをちゃんと考えているのだ。
「うん、わかった。私、がんばるね!」
そう頷くルシアの目には、覚悟の光が灯っていた。
「よっしゃ、じゃあ急ぐか。校長のやつ、開催は五分後って言ってたよな」
朱音に言われ、春心は「あっ」と声を上げる。
「そうだよ! 五分後って! もっと早く言ってよって感じだよ!」
「あいつ、その辺の気遣い苦手そうだからな」
「とにかく、もう行かなきゃ!」
春心たちは慌てて部室を飛び出す。しかしその慌ただしさの中で、話を聞くタイミングをすっかり逃してしまっていた。
どうしてルシアは「面白くなりたい」なんて言い出したのだろう?
数分後。武道場を訪れた春心は絶望していた。
校長は言っていた。爆笑王決定トーナメントには、すべての部活動が参加予定だと。
それなのに、実際に会場に来ている部と言えば――
エクストリーム・アイロニング部。
正座部。
輪ゴム部。
そして自分たち、ラフ&ピース部。
以上。この四つだけ。
「掃き溜めじゃん! この学校の!」
春心の叫びが武道場に木霊する。
なんてこった。まともな部がひとつも来ていない。校長先生、「拒否権はない」とか言ってたのに、ほとんどの部から拒否されてるじゃん……。人望ないよあの人。
『定刻ですッ! 定刻ですッ! ターイムイズ、マニーッ!』
武道場のスピーカーから正気の沙汰とは思えない声が飛んできた。見ると、武道場の奥に、マイクを持った背の低い男子生徒が立っている。
『レディースエァーンド……ジェンドォメン! クレイジーボーイズアンドガールズ! これより爆笑王決定トーナメントを開催いたしまァす! 司会進行はわたくし、司会者部キャプテン、三年三組の森林が務めさせていただきまァす!』
春心は思わずツッコミを入れる。
「司会者部ってなに!? そんな部活あるの!?」
『司会者部とは、司会者になりきることを追求する部活デース!』
「なにその潰しの利かない部!?」
『はァ!? ラフ&ピース部だって潰しが利かねえだろぉが! ふざけたこと言ってんじゃねえぞボケが! 灰皿食わすぞガキ!』
「え、口悪っ……」
『おっと、こいつは失敬』
司会者部キャプテンの森林はゴホン、とわざとらしく咳払いをした。それでおかしくなった場の空気をリセットしたつもりなのかもしれないが、実際の武道場の空気は普通に最悪のままだ。
『それでは、主催者である校長先生に、大会の説明をしていただきマース!』
森林は近くにいた校長にマイクを手渡す。校長はマイクを受け取ったものの、なぜかそのマイクを使わずに、ちょっとでかい声で話し始めた。
「主催の校長です! まず最初に断っておくことがあります! はじめ、この大会はトーナメント形式の予定でしたが、参加者が少ないため、総当たりのリーグ戦に変更することにしました! こんにちはァ!」
「こんにちはの場所おかしいって」
「なお、優勝者には伝説の大秘宝『やっちゃんよっちゃん』をプレゼントします! みなさん、優勝目指してがんばってくださいに~ッ! それでは最後にいつものやつやっていきま~す! ご唱和ください! せ~のっ、『がんばり☆マックス☆くす玉☆割れてる☆』っつってね、校長からは以上で~す!」
「校長先生のキャラ変わった……?」
ちなみに『がんばり☆マックス☆くす玉☆割れてる☆』のとき、武道場にいた生徒は、春心も含め、全員がなにも言わなかった。ついていけなかった。
校長は一回も使わなかったマイクを、司会者部の森林に押しつけるようにして返す。
『それでは早速試合のほうを進めていきましょう! 一回戦は、輪ゴム対ラフ&ピース部です! 両者とも、準備のほうをお願いします!』
「いきなり私たちの出番か。おもしれえ」
フッと、朱音が不敵に笑う。
「正直『やっちゃんよっちゃん』はいらねえが、やるからには優勝を狙おうぜ。よし、春心、ルシア、円陣を組むぞ! ……いいか、全員で力を合わせて、私たちソフトボール部の強さを見せつけてやろうぜ! いくぜ! バレーボール、ファイッ! オーッ!」
というくだりを、朱音が全部一人でやった。
「春心、ルシア、円陣を組むぞ!」と言われたとき、春心とルシアは朱音のもとに駆け寄ったのだが、全然混ぜてくれなかった。完全に無視された。そして勝手に朱音が一人で円陣みたいなことをやって、それで終わった。
なんなんだ。
「あ、じゃあせっかくだからルシアちゃん、練習だと思って、いまの朱音ちゃんになんかツッコミ入れてみなよ」
と、春心が話を振ると、ルシアは戸惑いながらもツッコミに挑戦してくれた。
「え、円陣って、一人でもできるのかーいっ……!」
「かわいいんだけど」




