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こんにちは、クレイジー師匠 3/4

「貴様のようなやつなど知らんな」


「二十年前、あなたに潰された宗教団体の者ですよ」


 路地裏の空き地に佇む校長。


 それを取り囲む怪しい集団。


 そして後方から様子を窺う朱音。


(なんか面白いことになってきてんな)


 謎の集団は朱音の方を振り返ろうともしない。単に気づいていないだけなのか、それとも最初から相手にしていないのか。どちらにしても、すぐに巻き込まれることはなさそうだ。


 朱音は小声で順哉に話しかけた。


「ちょっと怪しい空気になってきたな。お前はいまのうちに逃げとけ」


「師匠はどうするんですか?」


「残るに決まってんだろ」


「なら僕も残りますよ」


「危ないことになるかもしんねえぞ?」


「その割に師匠、楽しそうじゃないですか」


「まあな」


 楽しくないと言ったら嘘になる。笑いとは裏切りの連続だ。予想外の展開になればなるほどわくわくする。それがギャグのキャラクターの性だ。


 だが、それと順哉を巻き込むこととは別の話だ。朱音はもう一度勧告する。


「逃げんならいまだぞ」


「師匠を置いて逃げるわけないじゃないですか! 僕にだって意地くらいあるんです!」


 強がってる少年というのが微笑ましくて、朱音はつい笑みをこぼしてしまった。


「ニヤリ……!」


 なんでかわからないが、邪悪な笑みになってしまった。まあいいか。


 戸惑っている順哉をよそに、朱音はビルの隙間から再び顔を出して、周囲の状況を確認する。


 校長と目の死んだ男が、会話を続けているところだった。


「私のことは知らない、ですか。人の居場所を潰しておいて、それはあんまりですよ。本当に覚えていないのですか? 我々、“赤雲せきうん土竜もぐらの会”を」


「ふっ、やはりそんな宗教団体に覚えはないな。それと同じ名前の悪徳詐欺集団なら知っているがね」


「これは手厳しい」


 二人とも穏やかな笑みをたたえているが、その裏で剣呑な空気が急速に膨張しているのを感じる。


 赤雲せきうん土竜もぐらの会。


 そんな団体、朱音は聞いたこともなかった。変な名前だなとしか思わない。ラフ&ピース部には負けるが。


 ――ラフ&ピース部って部名、本当にだっせえよな(笑)。


 ふいに春心の致命的なネーミングセンスを思い出してしまい、朱音は声を上げて笑いそうになるのを必死でこらえる。


「まあ、詐欺集団という点は否定できませんね。当時の幹部たちはみな、金に目の眩んだクズどもでした。しかし、私は違います。あれから二十年、私は祈りを欠かさなかった。教えを実践し続けた。教団復活のために、日々のすべてを捧げてきたのです」


「……苦労話をしにきたのかね」


「いいえ。これは成功談ですよ」


「ほう」


「私の活動は実ったのですよ。つい先月のことです。私のもとに、ついに、ついに、モグラさまが御昇土ごしょうどなさったのです! ああ、どれほど待ちわびたことか! ……もうすぐです。もうすぐ、この救いのない世の中に終焉が訪れます。そしてモグラさまは迷えるすべての人々を、苦しみのない地下世界へと導いてくださるのです。もぐもぐ~」


 死んだ目の男が恍惚とした表情で、空に向かってもがくように両腕を動かした。水に溺れている人のような仕草だった。


 周囲の信者たちが「もぐもぐ~」と同調する。


 わけのわからない動きを終えると、死んだ目の男はすっと真顔に戻り、何事もなかったかのように話を続けた。


「これは宣言ですよ、堂島さん。我々、“赤雲の土竜の会”は完全に復活したという、宣言です」


 校長は鼻で笑った。


「だから、こうして報復に来たというわけか。かつての怨敵に復讐を果たすために」


「違いますよ。むしろあなたには感謝すらしています。あなたが当時のバカな幹部どもを潰してくれなかったら、我々はいまも詐欺集団のままだったでしょう。あなたのおかげで、我々は真の信仰を取り戻すことができたのです」


「それは光栄だ」


「そうです。大変な栄誉なのです。そこで我々は、あなたの眼をいただくことにしました」


 明らかに、場の雰囲気が変わった。穏やかな会話の裏で膨張し続けていた危険な空気が、ついに破裂したみたいだった。


 校長の目つきが険しくなる。


「私の眼を、いただく……だと? なるほど。感謝だなんだと言っておいて、やはり目的は私への復讐ではないか」


「それは違うと申し上げたばかりですよ、堂島さん」


 小さな子供に言い聞かせるような優しい声で、死んだ目の男は言う。


「モグラさまは眼が大変お弱いのです。いえ、それ自体はいいのです。地下世界で生きるのに、光を知覚する必要なんてないのですから。しかし、です。モグラさまはしばらく地上世界に留まり、迷える人々を地下世界へご案内なさるおつもりです。この地上世界で活動なさるというのなら、やはり眼があったほうがなにかと都合がよろしいでしょう」


「なにが言いたいのか、まったくわからんな」


「堂島さん、あなたは我々にとって英雄なのですよ。二十年前のあなたの行動が、いまの我々を生みだしたと言っても過言ではないのです。“赤雲の土竜の会”から見れば、あなたほど未来を見通せる人はいません。あなたは聡明なかただ。そんなあなたの眼であれば、モグラさまも納得されることでしょう」


「ふっ、はは、はは、ははははッ!」


 校長の笑い声が路地裏中に響き渡る。そして――


「断る。貴様らのような狂人にくれてやるものはなにもないわ」


「そうですか。残念です」


 死んだ目の男が、引き連れてきた仲間の一人に目配せをした。


鮫戸さめど、なるべく苦しめないように、堂島さんを捕えなさい」


「承知しました」


 鮫戸と呼ばれた男は、集団の中で飛び抜けて上背のある――二メートル以上はあるだろう――巨漢だった。


 鮫戸はにやにやと下品な笑みを浮かべながら、校長の前に立ちはだかる。


 対して校長の背丈はといえば、百七十センチあるかどうか。そのうえ彼はけして若くはない。還暦の近い老年の男性なのだ。


 一見、二人のあいだには勝負のしようがないほどの力の差があるように見える。


(ん? もしかしてやべーか? そろそろ行ったほうがいいかもな……)


 朱音はいつでも飛び出していけるように、足の裏に力を込める――が、その判断は遅かった。


 鮫戸が、巨漢とは思えない機敏な動きでいきなり校長に飛びかかったのだ。


 勝負は、一瞬でついた。



「こんにちはァッ!」



 校長が挨拶すると同時に、鮫戸が吹き飛んだ。その巨体は軽々と舞い上がり、高速で後方の壁面に叩きつけられ、そして彼は動かなくなった。


 ――正拳突き。


 校長は挨拶をしながら、正拳突きを放ったのだ。


「バカな! あの鮫戸さんが!?」「なんだあの力は!」「なにが起こった!?」「なんだあのジジイ!?」「やばいッ!」集団のあいだに、動揺が広がる。


 ただ一人、死んだ目の男だけが余裕そうに賞賛の言葉を口にした。


「さすが堂島さんだ。拳のキレは二十年前と変わっていない。大したものですよ。そろそろあなたもいい年齢でしょうに」


「ふっ、年齢など関係ない。私の“挨拶拳あいさつけん”は無敵だ」


 校長は不敵に笑う。


(あ、挨拶拳……だと!? なんてバカみたいな拳法なんだ!)


 一方、朱音は感動して泣きそうになっていた。


(こんなの、挨拶をしながらおっさんが暴力振るってるだけじゃねえか! 教育者がこれを真顔で拳法と言い張ってるこの現実……最高だぜ!)


「確かに、あなたの挨拶拳は強い。認めましょう」


 死んだ目の男は仰々しく頷く。


「だが、どんなものにも弱点はあるものです。たとえば、そう――あなたの拳はひとつひとつが重く、鋭い。しかしそのぶん多方向からの同時攻撃に弱い。それが挨拶拳の弱点です」


 そう言って片手を上げると、それを合図に三人の信者が校長を囲んだ。


「やりなさい」


 男の指示と同時に、信者たちが三方向から校長に襲いかかる。逃げ場はない。今度こそ、万事休すか?


 ――否。


「こここ、こんにち、こんにち、こんにちはァッ!」


 校長が小刻みに動き、挨拶をし、連続で拳を放った。信者たちは全員、同時に、別々の方向へ吹き飛ばされていく。やがて三人の信者は壁に叩きつけられ、動かなくなった。


 なんて強さ。圧倒的、パワー。これぞまさに、一挨拶、一撃破!


 死んだ目の男の表情から、ついに余裕が消えた。


「連撃……だと!? バカな……挨拶拳に連撃はないはずだ! 少なくとも二十年前にそんな攻撃はなかった!」


「二十一歳の夏。私は中国の山奥で老師に出会い、挨拶拳を教わった」


 校長は拳を突き出したポーズのまま、突然語り始めた。


「修行は半年にも及んだ。『帰らせてください! 滞在費も底を尽きたし、早く帰らないと大学の単位がやばいんです! そもそもビザ無しで長期滞在はご法度ですよ!』と泣きついても、老師は帰らせてくれなかった。それもそのはずだ。当時の私は中国語を喋れなかったし、老師も日本語がわからなかった。交わせるものは拳だけ、そんな環境だった。それからなんやかんやあって挨拶拳を会得してから、もう四十年近くが経つ。私はその間、一日も鍛錬を怠らなかった。さらに三年に一度は老師のもとを訪れ、いまも稽古をつけていただいている。私は今年で還暦を迎えるが、不思議なものだ――学ぶことがなくならない。若造よ、わかるかね? 武芸に終わりはないのだよ。私の拳は、日を追うごとにキレを増すばかりだ」


「……くっ!  人生、日々勉強。日々進化。継続は力なり。つまり、そういうわけですか!」


 死んだ目の男は律儀に校長の語りを聞き届けたあと、律儀にコメントを残した。


「やはりあなたは素晴らしいお人だ。だからこそ、どんな手を使ってでも、あなたの眼がほしいッ!  あなたたちッ!  最終手段です!」


 周囲の信者たちが、各々なにかを取り出した。彼らが手にしているのは――武器だ。ナイフ、スタンガン、釘バット、ノコギリ、ハンマー、怪しいスプレー缶。


「残念です。本当はこんな手を使いたくはなかったのですよ。こうなってしまったのは私が弱いからです。なんて不甲斐ない!」


 死んだ目の男は泣いていた。


「でも、仕方がありませんね。モグラさまの眼には代えられません。許してください、堂島さん」


 武器を持った信者たちが、六人同時に校長へと近づいていく。


「むぅ、さすがに分が悪いか……」


 校長の額に汗が流れた。


 これはさすがにまずい。ここから先は絶対に冗談では済まない。朱音は目の前の戦いに乱入することを決意した。


「順哉っ! ちょっと行ってくる!」


「師匠っ!?」


「お前はいつでも警察を呼べるようにしとけっ!」


 朱音はビルの隙間から飛び出していくと、一番近くにいた信者から釘バットを引ったくり、「釘バットおいち~っ! 釘バットおいち~っ!」と、釘バットを六回舐め、誰もいないところに向かって放り投げた。


 そして続けざまに別の信者からスタンガンを引ったくると、「スタンガンはおいちくない!」と叫びながら、ビルの屋上に向かってスタンガンを遠投した。


「な、なんだこのガキは!?」「気持ち悪ぃっ!」「舐めたぞ、釘バットを舐めたぞぉおおおおおっ!」「やばいッ!」突然の奇人の乱入に、信者たちがどよめく。


 唖然となっている信者バカどもに、朱音は言ってやった。


「おいおい、お前ら恥ずかしくねえのか? こんなおっさん相手に武器なんて持ってよぉ!」


 釘バットを取られた信者が言い返してくる。


「てめぇ、邪魔すんじゃねえ! なんなんだよ! どうして釘バットを舐めたんだよ!」


「それに聞いてりゃ、モグラのために眼をいただくだぁ? 言ってることが全然面白くねえんだよ!」


「なあ、どうして釘バットを舐めたんだよ!」


「悪いが、ここは私も参加させてもらうぜ」


「どうして釘バットを舐めたんだよ!?」


 校長が、驚いた表情で朱音を見た。


「繰田くん、なぜ君がここに……」


「助太刀に来てやったぜ。“こんにちは”」


「ふっ、こんにちは。危ないから逃げなさい……と言いたいところだが、正直、ありがたい。ギャグの力を持つきみが来た以上、もうこの場で悲惨な結末を迎えることはないだろう。助かったよ。きみがもしも年上の女子高生だったら、惚れていたところだった」


「ハッ、じゃあ来んのが五十年早かったな」


 朱音は校長のもとに歩み寄ると、肩を並べ、信者たちと相対した。


 死んだ目の男が、ゴキブリの巣を見つけたような目で朱音を睨む。


「なんだ、お前は」


 朱音は答えた。


「年下の女子高生だよ」

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