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MAX偶像MAX

 とある夏休みの夜。春心は高崎家のリビングで、朱音としづくがカード片手に盛り上がっているのを見つけた。


 トランプかな? と思っていると、


「カードゲームだよ」


 と、朱音が言った。


「へぇ、カードゲーム。男の子みたい」


 何気なく呟いた春心の一言に、朱音が不自然なほど激昂した。


「お前なぁ! いまどき趣味や娯楽に男だ女だなんて関係ねえんだよ! 最近はそういうのに世間は敏感なんだからなぁ! これがネットだったら炎上してたかもしんねえぜ! そしてお前は個人情報を特定され、全方位から総叩きにあい、人生終わりだ! まったく、命拾いしたなぁッ! ここが電脳世界じゃなくてぇッ!」


「なんでそんな元気なの?」


 唾が七回飛んできたよ。


 続けて、しづくが春心を諭すように言う。


「はるこ……いまどき趣味とか娯楽に男女は関係ないんだよ……。最近そういうのに世間は敏感だからね……。これがネットだったら、はるこは炎上してかもしれないよ……? それから個人情報を特定されて、みんなから叩かれて、人生終わってたかも……。命拾いしたね、ここが電脳世界じゃなくて……」


「それ全部朱音ちゃんに先言われちゃってるけど!?」


 主張が朱音と完全に一致している。こんなに完璧に先手を取られることってあるんだ……。


 ところで、と、春心はテーブルの上のカードの山へと視線を移す。


「これ、なんてカードゲームなの?」


 朱音が答える。


「MAX偶像MAXっていうんだ」


「マックス偶像マックスぅ!?」


「ネットでいま斬新だって話題なんだよ」


「たしかに斬新だけど……」


 名前を聞いたこの時点でもう危ない臭いが漂っているけれど、かえって好奇心をそそられた。春心はぱっと目についたカードを読んでみる。そこにはダイナミックなイラストと共に、こんな文章が添えられていた。



『力を背負いし者  パワー』

 ・スピード  2000

 ・この偶像をバトルエリアに出したとき、相手のバトルエリアにある偶像を一体破壊する。

 ・この偶像は手札の偶像とチェンジすることができない。



「え、なに? このカードゲーム、自分たちのこと偶像って呼んでるの?」


「そうだよ」


「えぇ……なんか、カロリー高くない? だってこの感じだと、このゲームをやってるあいだ、ずっと『この偶像は……』とか、『この偶像を……』とか言い続けることになるじゃん。すっごいくどいよ。私いまの段階でもうあんまり偶像って言いたくないのに」


「けどそれを抜いたら偶像がMAXじゃなくなるかんなぁ」


「このままだとわずらわしさもMAXなんだって」


 つんつん、としづくが春心の腕をつついた。


「はるこ……偶像って十回言って……?」


 やぶから棒に。十回クイズだ。


「ぐうぞうぐうぞうぐうぞうぐうぞうぐうぞうぐうぞうぐうぞうぐうぞうぐうぞうぐうぞう」


「首の長い動物は……?」


「キリン」


「正解はゴリラでした~……」


「いやキリンだって。どうあがいても」


 春心がそう言うと、しづくは「……へぇ~ぃ」という声を漏らした。どんな感情?


 そして十回クイズを出すだけ出して満足したのか、しづくの視線がカードの方へと戻っていく。「あ、いまのくだりはもう終わったことなんだ」と思いながら、春心も再びテーブルの上のカードを眺めた。



『動きのよさ  ムーヴ』

 ・スピード 6000

 ・この偶像をバトルエリアに出したとき、相手は面白い動きをしなければならない。



『速すぎるやつ  スピード』

 ・スピード 11000

 ・コイツに特殊能力はいらない。



 ……違和感ばっかり。


「まあ、いろいろ言いたいことはあるけど……まずこのスピードって数値はなに? って言うかスピード以外にはなにかないの?」


 春心が尋ねると、朱音がムーヴのカードを指差しながら、


「そのスピードって数字は、ほかのゲームで言うとこの戦闘力だ。んで、このゲームの場合はな、スピードが速いほうが戦闘に勝つんだよ」


「え? スピードで勝負がついちゃうの?」


「ああ。足が速いほうが勝つっていう世界観なんだ」


「かけっこじゃん!」


 なんて平和な世界!


「平和って、お前。F1レーサーとかマラソン選手の前でも同じこと言えんのか?」


「あ~……いや、でもマラソンもF1も平和の上に成り立ってる競技じゃない?」


「それは一理あるな」


 つんつん、と、しづくがもう一度春心の腕をつついた。


「なに? しづくちゃん」


「ホントカナー……?」


「……なにが?」


「…………」


 そこで唐突にしづくが黙り込んでしまった。


「ちょっと待って、なんで黙っちゃうの? なにか言ってくれなきゃわかんないよ?」


「…………セミバブル……」


「言ったとてね! 言ったとて! 全然わかんないね! どういうこと!?」


「まあ、意味はないから忘れてよ……それよりはるこも一緒にMAX偶像MAXやろうよ……」


「いいけど……うん、いいんだけど……」


 いまのお話はなんだったんだろう。なにが「ホントカナー」だったのだろう。


 本当じゃないよと、嘘だよと、しづくは言ってほしかったのだろうか。


 だから、なにが?


 考えれば考えるほど頭がおかしくなりそう。たった数秒でこんな奇妙な体験をすることになるだなんて、世の中って不思議だなぁと春心は思った。


 いや、全然思わなかった。


 思わなかったけど、とりあえず話をまとめて次に進むことにした。そうでもしないとツッコミで過労死してしまう。


「ねえ、これってどんなルールなの?」


 気を取り直してそう聞くと、しづくが答えてくれた。


「まず、四十枚の山札を用意します……。そしてその四十枚のカードを素早くめくります……。そしてめくったタイムが速いプレイヤーが勝ちです……」


「めくる速さで勝負するの!? じゃああのイラストとか文章は!?」


「蛇足……」


「わーっ、斬新! でもたぶん長続きしないタイプの斬新さだよ!?」


 めくる速さを競うカードゲームて。トランプでもできるって。このカードのイラストを描いてるプロの人は、どんなモチベーションで描いてるの? カードを作ってる会社の人は、なんて言ってイラストレーターに発注するの? 「無駄な絵を描いてください」って頼むの?


「まあまあ、春心。これが意外と盛り上がるんだぜ?」


「うそぉ~」


 春心には、朱音の言うことがいまいち信じられない。


「しょうがねーな、そんじゃしづく、一回プレイしてるとこ見せてやれよ」


「がってん……」


「見とけよ春心。しづく、マジではえーから」


「ま、ロボパワーはこういうところで使わなきゃね……」


 しづくはテーブルに散らばったカードを集め、四十枚の山札を作り始めた。


 一方、朱音はストップウォッチを手に取る。そのストップウォッチには『偶像☆MAX』という文字が印字されていた。おそらく付属品なのだろう。春心はそのストップウォッチが大量生産されている工場を想像してしまって、ふいに虚しさが込み上げてきた。


「よっしゃ、しづく、準備はいいか?」


「おっけーい……」


「じゃあいくぜ!」


 朱音のストップウォッチを握る手に力がこもる。


 本当に盛り上がるのかなあと思いながら、春心は二人の行く末を見守った。


「レディ……偶像……ゴーッ! MAX!」


 わかりづらいかけ声。「ゴーッ!」でいったらいいのか、「MAX!」でいったらいいのかわからない。なんとなく、朱音のかけ声がおかしいんじゃなくて、公式のかけ声そのものがおかしいんだろうなと春心は予想する。


 スタートと同時に、しづくの腕が超スピードで動き始める。本当に冗談にならないくらいの速さで、彼女は四十枚の山札をめくり終えてしまった。


「はい、終わり……」


「3.9秒! ボヒャ~ッ! どんだけはえーんだよぉッ!」


「朱音ちゃん、笑いかた! どんだけ高ぶってるの! ボヒャ~って!」


 朱音がお腹を抱えながら、「速すぎwww 速すぎwww」と爆笑している。


 たしかに、四十枚のカードを四秒以内でめくるのは速すぎるけれど。一秒で十枚めくってる計算になる。


「普通に世界記録だと思うけど……私がロボだってばれたらまずいから、公表はできないね……。まあ、私は裏世界のボスみたいな、そんなポジションでいるよ……」


 しづくはちょっと得意気にそう言った。


「次、はるこもやってみなよ……」


「え、私?」


 さっきやるとは言ったけれど、正直、これが楽しいとは思えない。


 でもしづくが「楽しいよ……?」と無垢な表情を向けてくるものだから、無粋なことは言えなかった。


 そしてそれから数時間後――


「わ~ッ! もうちょっとで朱音ちゃんに勝てたのに! 途中まで私のほうが速かったと思うんだけど! えー、納得できない! もう一回、もう一回やろうよ!」


「いいぜ、何回でも相手してやるよ」


「じゃあもう一試合始めま~す……。レディ……偶像……ゴーッ……! MAX……!」


 まあ、普通に盛り上がったよね。

ちなみにその日の夜、春心は眠る直前になって急に「…………セミバブル……」が、時間差で気になってきて、若干寝付けませんでした。

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