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記号たちは明日へ進む  作者: 八番出口
第二章 ファンタジーの住人たち
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境界が消える夜 5/7

 自分はなにをやっているのだろうと、荒月沙杏は思った。


 強力な魔法生物を東京に放つというのは、たしかに世の中に対する復讐になりえる。


 だがそれだけで人類が滅ぶはずがない。せいぜい日本を弱らせるだとか、国際情勢を不安定にさせるだとか、その程度の効果しかないのだ。


 それだって何度も繰り返せば、いずれ人類は滅ぶだろうが……じゃあ実際に百回も二百回も同じことを繰り返せるかというと疑問が残る。魔法生物を一体隠れて育てるだけでもそれなりの時間と労力がかかっているというのに、それを何度も繰り返すとなれば、必ずどこかで邪魔が入るだろう。


 結局、沙杏がやろうとしていることは、人類を滅ぼすにはコスパが悪すぎるのだ。威力が低すぎる。


 自分のやろうとしていることと、実際にやっていることとのあいだに、なにか大きなズレがあることに、沙杏は気づき始めていた。


 ズレと言えば、ルシアのこともそうだ。


 ――少なくともあたしは、ルシアっちの味方だよ。


 そんなことを言ったその日のうちに、沙杏はルシアと敵対し、杖を向けた。


 言っていることと、やっていることが違う。


 だいたい、どうしてルシアを引き込もうとした?


 断られるのは、なんとなくわかっていたことではないのか? まさかルシアが「一緒に世界中の人間を殺しましょう」だなんて言うとでも本気で思っていたのか?


 魔法生物を東京に放つ計画は、事前に誰かに知られた時点で終わる。


 ならば、計画が漏れるリスクを負ってまで、ルシアを仲間に入れようとする必要はない。というより、そもそもルシアと知り合いになる必要すらなかったのだ。


 大人しくサーフィが育つのを待っていれば、この計画は、少なくとも今日時点でばれることはなかった。にもかかわらず、沙杏はルシアと接触し、秘密を共有しようとした。


 ああ、やっぱりおかしい。これじゃまるで、この計画を誰かに知ってほしかったみたいじゃないか。


 こんな事態になっていることを、ルシアに見つけてほしかったみたいじゃないか。


 自分のやっていることは矛盾だらけだ。


 なんだか、自分の中にもう一人、違う人間がいるみたい。


 ――と、沙杏はそこまで考えるところまでは行けた。しかし、それより先に思考を進めることができない。


 それ以上考えることができないように、刷り込まれているからだ。


 余計なことを考えるな。


 世の中に復讐をすることだけを考えろ。


 それが、あの人が教えてくれた新しい生きかただった。





 沙杏が近くの木に身体を寄せながら考えごとをしていると、森の奥から人の気配がした。


 ルシアだった。


「そのまま逃げてればよかったのに」


 沙杏は自分にだけ聞こえる声量で呟くと、寄りかかっていた木から身体を起こした。


「すごいね、あんなにぶっ飛んで生きてたんだ。なにしに来たの?」


「決まってるじゃない。あなたを止めに来たのよ」


 迷いのない口調だった。数十分前とは別人のようだ。ここに戻ってくるまでのあいだに、どんな心の整理をしたのだろう。


「そっか。やめときなよ。あたしは説得には乗らないよ」


「なら、無理矢理にでも止めるわ」


 と、ルシアはピンク色の杖を構えた。ヘンテコな杖だと思った。


 けれど、新鮮な光景ではある。沙杏の記憶では、これまでルシアは戦闘時には常に鎧姿でいた。


 それがいまや、剣も鎧もなく、杖一本のみで立ち向かってこようとしている。


 魔法使いらしい姿だ――と、沙杏は思う。


 まあ、だからと言ってどうということでもないのだが。


「そっちがその気なら、あたしも手加減できないけど」


 ルシアに合せて、沙杏も杖を構えた。


 仕方がない。計画を止めるという選択は、沙杏にはできない。


「いいのね、沙杏。本当に戦うのね?」


「いまさらだよ、そんな確認。ほら、来なよ」


「…………行くわよ」


 行くわよ、なんて言わなくてもいいのに。


 真面目というか、甘いというか。これは戦いなんだから、不意打ちをしたっていいのに。


 それなのにルシアはわざわざ、沙杏の正面で律儀に攻撃の宣言をしてから、呪文を唱えたのだった。


「エスセプタ=レゴ」


 ルシアの杖の先から、閃光が走った。


 その瞬間にはすでに、沙杏は目の前に魔方陣を展開させていた。鏡面反射ティエン・ツー・レフ。彼女の得意とする反射魔法だ。


(学ばないねぇ、ルシアっち)


 この反射魔法を破ることはできない。それは今日までの戦いで実証済みだ。マンティコアの突撃も、スレイプニルの炎も、すべて無効にしてきた。


 ルシアがどんな魔法を使おうと関係ない。


 必ず、防ぐ。


 案の定、ルシアの放った閃光は、真っ向から鏡面反射ティエン・ツー・レフの魔方陣にぶつかり、そして当然のように跳ね返され――なかった。


 まばゆい光が炸裂し、ガラスが割れるような音と共に、魔法陣の一部が――しかし確実に――砕け散った。


「は……? なん……だ、それ?」


 沙杏は目を疑った。


 ありえない。鏡面反射ティエン・ツー・レフは、堅い壁を出現させているというよりは、魔法が跳ね返るという法則そのものを出現させているというニュアンスに近いのだ。


 どれだけ屈強だろうと、どれだけ軟弱だろうと、どれだけ悪行を重ねようと、どれだけ善行を重ねようと、どれだけ裕福だろうと、どれだけ貧困だろうと――そんなことは関係なく、人間である以上、時の流れのもとに老いていくのを止められないのと同じように、鏡面反射ティエン・ツー・レフは、どんな魔法を使おうとも、魔法である時点で、絶対に打ち破ることはできない。強いとか弱いとかで突破できる次元ではないはずなのだ。


 なのに、ルシアの放った魔法はそれを突破してきた。


 まるで、法則を無視したかのように。


 ……法則を無視する?


 そこで沙杏はあることに思い至り、ハッと息を飲んだ。


「まさか、ギャグの力を使ったの……?」


 すべてのジャンルの中でもっとも意味不明かつ原因不明で、あらゆる不条理を引き起こし、法則を無視すると言われている力。


 ギャグの力。


 沙杏もその存在は知っていた。あまりに派手で奇天烈な性質のせいで、ギャグの力はボツキャラの界隈でそれなりに有名だからだ。


 そして、だからこそ、数日前の出来事は沙杏の中に深い印象を残していた。


 数日前、砂場でルシアと遊んだとき。あの場に、ギャグのキャラクターが二人もいた。


 そう、ルシアの身内にはギャグ出身の人間がいる。


 どんな手を使ったのかはわからない。けれど、ルシアはいま、“家族”であるギャグのキャラクターの力を使用しているのではないかと、沙杏は直感した。


 そうでもしないと、鏡面反射ティエン・ツー・レフを正面から破られた説明がつかない。


「いや、でも、待って……?」


 しかし沙杏はすぐにある矛盾に気づく。


 ギャグの力にはたしか、致命的なデメリットがあったはずだ。そう、それは……ギャグの力は現実世界に影響を及ぼすことができないというデメリット。


 しょぼい言いかたをしてしまえば、ギャグの力というのは幻覚とほとんど同じなのだ。


 法則を無視する代わりに、運命を決定することができない。


 ギャグはシリアスに直接干渉することができない。


 ところがいま、沙杏の反射魔法は確かに壊されている。幻覚なんじゃなく、現実に、壊されている。これはギャグの力ではできないことのはずだ。


 となると、やはりルシアは魔法を使ったのか?


 しかし、そうなるとまた話がおかしくなってくる。


 魔法では、鏡面反射ティエン・ツー・レフは破れない。 


「じゃあ、なんなの、これ……。ファンタジーでもない、ギャグでもない……それなら、この力は、いったい……?」


「私が」


 ルシアは言った。


「私たちが、この世界で出会えたものの力よ」





 奇異な現象が起こっていた。


 ファンタジーとギャグ。


 異なるジャンル同士の力が交わることにより、まったく新しい第三の力が、一時的にルシアの身に宿ったのだ。


 ルシアは最初からここまで計算して春心から力を分けてもらったのではない。


 だが、期待はしていた。


 春心の型破りな力が、この戦いになにか前向きな変化をもたらしてくれるのではないかと。


 そして実際に起こったのは、前向きな変化どころの話ではなかった。春心が預けてくれた力は、この最悪な局面を打開する決定的な一手へと変貌していた。


 ファンタジーのように華やかで、ギャグのように自由。


 いまのルシアは、ジャンルの境界線を越え、常識の外にいる。


「なによそれ……つまり、友情パワーってやつ……? 」


 はじめは呆然としていた沙杏だったが、やがて露骨に顔を歪めた。


「ふざけないでよ……そんなの、そんなのに、あたしはッ……!」


 不快さを隠そうともせずに、沙杏は荒っぽく杖を振った。


紅雷撃フロスホーンッ!」


 紅い稲妻が、ルシアへ襲い掛かる。


「エスセプタ=レゴ」


 だがルシアが呪文を唱えた瞬間、沙杏の放った電撃は突然直角に上昇し、夜空の彼方へと消えていった。


「っ……! なんなんのよ、それ!」


 続けざまに、沙杏が三度四度と、電撃魔法を放ってくる。


 しかし、それらがルシアのもとに到達することはない。


 沙杏がどれだけルシアに向けて電撃を放っても、不自然なことに、そのすべてがコミカルな軌道を描きながら、なぜかルシアから遠ざかっていってしまうのだ。


 攻撃が当たらないというよりも、攻撃のほうから勝手に外れにいく。


「なんなの、そのふざけた力は……。やめてよ、家族の絆とか、そういうの、一番腹立つんだよ!」


 沙杏は激情を吐き出すように叫ぶ。


「そんなものに……そんなものに負けたらッ! あたし、どうすればいいの!?  あたしには家族なんていないのに、そのうえ勝負にも負けたら、あたし、なんも残んないじゃん!」


 違う! と、ルシアは声を張り上げた。


「沙杏、私はあなたも――」


「黙って!」


 沙杏はため息をつくと、無理矢理作ったみたいな笑みを口元に浮かべた。


「いいよ。ケリつけようよ。勝っても負けても、次でおしまいにしよう。これ以上はさ、お互い疲れるでしょ」


「沙杏……」


「ほら、防いでみなよ、そのヘンテコな力で。いままでのなまっちょろい魔法とは違うのを見せてあげるから」


 そう言って、沙杏は呪文を唱え始めた。人の不幸を祈るような声で。


しんぜいごう――世に法を、人に罰を――出でよ、障害を打ち砕きし第四の光』


 嫌な気配が急速に充満していく。晴天の夜空を、分厚い雲が覆っていく。


先天八卦せんてんはっけ・“レイ”』 


 暴力的なまでに紅い光が瞬き、大地を揺るがすほどの天鼓てんこが轟く。


 そして黒雲の奥から、龍を象った雷が姿を現した。


 対してルシアは、唾を飲み込み、杖を強く握り直す。


 ――勝っても負けても、次でおしまいにしよう。


 たしかに、沙杏の言う通りだ。


 たとえどんな結果になろうとも。


 おそらくこれが、最後の勝負になる。

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