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記号たちは明日へ進む  作者: 八番出口
第二章 ファンタジーの住人たち
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境界が消える夜 4/7

「やっぱルシアちゃんだ! こんなところでなにしてるの!?」


 目の前の光景が信じられないとでも言いたげに、春心が目を丸くしている。


 それはルシアもまったく同じ気持ちだ。どうしてこの森に春心がいるのか。ルシアはゆっくりと立ち上がりながら、春心に質問を返した。


「春心ちゃんこそ、どうしてここに?」


「道に迷っちゃって……」


「道に、迷った……?」


 こんなに非日常的なシチュエーションの中、「道に迷った」という日常感のあるフレーズが急に飛び込んできたせいで、ルシアは一瞬理解が遅れた。


「今日ね、朱音ちゃんと鬼ごっこしてたの。うふふ~、あなたが鬼よ~って」


 確かに今朝、春心と朱音は鬼ごっこをしていた。やけに陽気な鬼ごっこだったので、ルシアもよく覚えている。


「そしたら楽しくなってきて、夢中で逃げたり追いかけたりしてたらさ、いつの間にかこんなところまで来ちゃって……。もう朱音ちゃんともはぐれちゃうし、ここスマホの電波も通ってないしで、ほんとどうしようかと思って~!」


「…………」


 やっぱりどうしたって理解が遅れてしまう。ルシアは混乱する頭で、春心の言っていることを脳内で反芻させる。


 ええと、つまり、状況を整理すると。


 どうやら、この出会いは偶然らしい。


 たまたま、鬼ごっこをしていた春心と、この地球上のどこかも知らない森の中で、偶然、奇跡的に、ばったり出会ったと、そういうことらしい。


「はは……」


 ルシアは笑った。


「はは……」


 笑った。


「はは……」


 笑うしかなかった。


 鬼ごっこで迷った結果、再会した?


 な ん だ そ れ 。


 ここに来て、突然こんなギャグみたいな展開になるだなんて、ルシアには信じられなかった。ちょっと前までのシリアスな空気とのあまりの落差に――


「ははっ」


 脳が誤作動を起こしたみたいに、ルシアは笑っていた。


「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッ!」


 ほんの直前まで、世界を壊す壊さないの話をしていたというのに。


 こんなこと、ある?


「あははッ! そんなわけっ……そんなわけないじゃない! はは、鬼ごっこって、そんな、そんなおかしな登場の仕方なんて……あるわけ……はは、あっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッ!」


 おかしくておかしくて仕方がなかった。前後のシーンとの急激な温度差に、感情がどうにかなってしまいそうだった。


 こんなことが起こるなんて予想できるはずがない。こんな、ギャグみたいなこと――


 と、そこでルシアははたと気づく。


(そうよ。ギャグ“みたい”もなにも、春心ちゃんはギャグのキャラクターそのものじゃない)


 考えてみれば、なにも間違ってはいない。おかしな現象を起こすのがギャグのキャラクターなのだから。


 突飛で、荒唐無稽で、常識が通用しない。それがギャグというジャンルなのだから。


 ルシアの笑いが徐々に収まっていく。乱れた息を整えるように、彼女はふうと大きく息を吐き出した。なんだか、久しぶりに笑った気がする。


 ああ、だけど、そうだ。


 ルシアは思う。


 私たちの日常って、もともと“こう”じゃなかったっけ?


 突拍子がなくて、意味もなくて、気ままで、おかしくて、何気なくて、だけどなによりも大切で輝かしい、そんな日々。それこそが、私たちの日常じゃなかったっけ――と。


 シリアスな展開が続いていたせいで忘れかけていた。


 だけど、忘れてはいけないことだった。


 こんなときだからこそ、覚えておくべきだった。


 自分の帰るべき場所を。


 自分が戦う理由を。


「ルシアちゃん……?」


 春心が不安そうにルシアの顔を覗いていた。ルシアが狂ったように笑いだしたものだから、心配になったのだろう。


「ごめんごめん。なんだか面白くなっちゃって。ありがと、春心ちゃん。元気が出たよ」


「それならいいんだけどーー」


 春心はルシアの全身に視線を巡らせる。


「ルシアちゃん、怪我してるよね? ルシアちゃんこそなにやってるの?」


「ちょっとね、友達と喧嘩しちゃったの」


「喧嘩って……それほんと? 友達と喧嘩したくらいじゃ、普通そうならないよね?」


 普通じゃない登場の仕方をした春心から、『普通そうならない』と言われて、ルシアはまた少し笑ってしまった。どうも笑いのツボが変になっているようだ。


「大丈夫よ。本当に友達との喧嘩だから。……そろそろ行かなきゃ」


「待って、私も行く!」


 歩きだしたルシアの腕を、春心ががっちりと掴んだ。


「放っとけるわけじゃん! いまのルシアちゃん、なんか変だよ!」


 さすがにいまルシアがただならぬ状況下にあることを雰囲気で察しているのか、春心が真剣な顔で引き留めてくる。


 ルシアとしては、その気持ちは嬉しかった。


 だけど、ここで春心を連れていくわけにはいかない。


「ありがとう。でも危ないから、春心ちゃんはここで待っててくれる?」


「やっぱり危ないんじゃん! じゃあ尚更だよ! 私も行く!」


「ううん。だからこそ、待っていてほしいの」


 ルシアは春心に向き直り、優しく諭すように語りかける。


「待っていてくれる人がいるから、がんばれるの。月並みな言いかたかもしれないけど、でもこれって、きっと本当のことなのよ」


「ルシアちゃん……」


「気づいたの。春心ちゃんは私にとって、日常の象徴だったんだって。だから、春心ちゃんは待ってて。私、必ずそこに帰るから」


「……でも」


 春心の、ルシアの腕を掴む力が弱くなる。だけど完全に放そうとはしてくれない。送り出すのを躊躇してくれているのだ。


 その気持ちはルシアもわかる。


 もしも立場が逆だったら、ルシアだってそう素直に春心を送り出すことなんてできないだろう。


「じゃあひとつだけ、お願いしていい?」


 だからルシアは、ちょっとだけ春心を頼ることにした。それで少しでも春心の気持ちが軽くなってくれればいいし、実際、ここは春心を頼りたいところでもあった。


 いまのルシアは心身ともにボロボロだ。この状態で沙杏のもとに戻っても勝算はない。なにか、変化が必要だ。


「なに? なんでもするよ!」


 と、春心は即答してくれた。心強い。


「私に、少しだけ力を分けてほしいの。このままだとちょっと、魔力が足りなさそうで」


「もちろんいいけど……私、魔法は使えないよ? 魔力なんてないと思うけど」


「そんなことないのよ。自覚がないだけで、使いかたを知らないだけで、本当はね、誰にだって魔力は宿ってるの」


「そうなの?」


「うん。それじゃあ春心ちゃん、両手を前に出してくれる?」


「……こう?」と言って、春心が両手を前に突きだす。ルシアは頷き、そこに両手を合わせた。二人で向かい合わせになって、互いに両手を握り合っている格好だ。


「ごめんね」


 続けて、ルシアは自身の額を、春心の額に当てる。


 すると、光が二人を包み込んだ。川面に浮かぶ灯籠とうろうのような、淡く、儚い光だった。


 春心の力の一部が、ルシアのもとへ流れていく。


「――ありがとう。これでもう、大丈夫」


 十数秒後、ルシアは額を離し、ゆっくりと春心の手をほどいた。


 その瞬間、ルシアの手の中に、見たこともない杖が現れた。見ようによってはコミカルで、見ようによっては幻想的な、薄いピンクがかった、不思議な色合いの杖だった。


「じゃあ、行くね」


 そう告げて、ルシアは歩きだす。


「ルシアちゃん!」


 背後から、春心の声が届いた。


「絶対、帰ってきてよ!」


「帰るわ、絶対に」


 ルシアは振り向き、微笑む。


「行ってきます」


 もう、迷いはない。


 ルシアが守りたかったものは、道徳でも、倫理でも、完璧な自分でもなかった。そしてこの世界のすべてを守るだなんて、そんな大それた話でもない。


 ルシアが本当に守りたかったものは、ただ――


 新しい杖をぎゅっと握りしめ、ルシアは走りだす。


 友達を止めるために。


 あの子を連れて、日常へ帰るために。

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