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記号たちは明日へ進む  作者: 八番出口
第二章 ファンタジーの住人たち
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スレイプニル 2/3

「あーはっはっは! 痛い痛い! おっぱい潰れる~!」


「ちょ、ちょっと沙杏、そんな大声で言わなくても!」

 

 ルシアは沙杏を背負った状態で、雪の降る臨海公園を駆けていた。

 

 以前マンティコアと戦ったときと同様、ルシアはいま、全身に鎧をまとっている。この鎧には身体能力を飛躍的に向上させる効果があるので、スレイプニルと戦うにあたっては必須の装備だ。

 

 そして沙杏はそのゴツゴツとした鎧の上からルシアの背中にしがみついているので、身体の前面が痛いらしい。


 どうしてルシアがわざわざ沙杏を背負いながら移動しているのかと言えば、それこそが沙杏の提案した作戦だったからだ。


 スレイプニルを追うにはルシアの機動力が必要で、炎を防ぐには沙杏の防御魔法が必要で――それなら一緒に移動すればいい、という単純な理屈だ。いまのルシアは力も上がっているので、人をひとり背負ったところで移動速度にほとんど影響はない。


「ねえ、本当に痛いなら別の方法を考える? 無理に背負って移動しなくても……」


「いやいや、へーきへーき! いまのは冗談だって! このまま進んで!」


「……わかったわ。キツいときは言って!」


 臨海公園は木々が多く、曲線の歩道も多いため、空でも飛ばない限り公園全体を見渡すことはできない。ほうきさえあればそれもできたのかもしれないが、今日はあいにくルシアも沙杏も箒を持っていなかった。


 そのため、いまは泥臭く足を使って捜索するしかない。探しだすのが小さな虫ではなく、象よりも大きい生きものだというのが救いか。

 

 曲がり角を数回曲がったところで、スレイプニルの姿が見えた。距離にしておよそ十五メートル。気が立っているのか、それとも神経質なのか、向こうもすぐにルシアたちに気づいた。

 

 スレイプニルは即座に、全身から無数の炎の矢を放ってきた。


「ルシアっち、どうする!? 避ける!?」

 

 直線的な攻撃だ。避けられないことはない。だが厄介なのは、飛んできているのが炎だという点だ。ここで単に回避をするだけでは、周囲の木々や施設に引火してしまう恐れがある。


「ごめん沙杏、防いで!」


「おっけ!」

 

 ルシアの背中で沙杏が杖を振るう。前方に出現する魔方陣。炎の矢が、その魔方陣に触れたそばから消滅していく。沙杏は周囲に被害をまったく及ぼさずに、攻撃を防ぎきってしまった。


「すごい……」


「まあねん。でも、逃げられちゃったね」

 

 その場にはもうスレイプニルの姿はなかった。沙杏が攻撃を受けているあいだに、どこかへ走り去ってしまったようだ。ルシアはすぐに追跡を再開する。 


 スレイプニルを見つけること自体はそう難しくはなかった。しかし追いついた先で反撃を受け、それを沙杏が防いでいるあいだに再び距離を取られる、というパターンが二度、三度と続く。


 臆病なんだ――とルシアは直感した。


 ルシアの実感としては、スレイプニルはマンティコアと同じくらい攻撃的だ。出会い頭に人を殺傷できるほどの炎を放ってくるのだから、けして温厚とは言えないだろう。


 だけど、マンティコアのように好き好んで人を襲っているふうではない。臆病すぎるがゆえに、過度に攻撃的になってしまう。そんな印象を受ける。


「ルシアっち、どうすんの? このままじゃ一生追いつけなくない?」


「そうね……」

 

 同じことを繰り返していては、スレイプニルとの距離は縮まらない。ならばどうするか。


「行き止まりに誘導しましょう」


「行き止まりかぁ。そんな都合のいいとこ近くにあるっけ?」


「あるじゃない。すごくわかりやすいのが」


「わかりやすい……ああ、そっか、海ね!」

 

 ルシアは頷く。

 

 ちょっとした柵や塀なら、スレイプニルは簡単に飛び越えていってしまうだろう。しかし海はさすがに越えられないはずだ。

 

 身体のサイズで言えば、スレイプニルよりもルシアのほうが圧倒的に小回りが利く。ルシアは細かい動きで、スレイプニルを徐々に海辺へ押しやるように立ち回る。

 

 そしてその間、沙杏は反撃のすべてを難なく防ぎ続けた。


「沙杏のそれ、ほんとにすごいわね……魔法を無効化する魔法なんて……」

 

 沙杏のあまりの防御の鮮やかさに、ルシアは思わず呟いてしまう。


「ああ、これね。正確には魔力を感知した瞬間にそれを跳ね返すか、無効化するかっていう術式なの。そういう仕組みっていうか、法則っていうか。だから魔法の大小は関係ないんだ。魔力が関わってる時点で絶対に防げる」


「それ、ちょっとずるくない?」


「いやいや、そんなに万能じゃないんだよ、これ。力とか堅さで弾いてるわけじゃないから、魔力のない攻撃は防げないし――まあ、ミサイルとかは無理だよね。あと燃費もそんなによくない。今日はあと八回くらいしか使えないかも。ってごめん、言うの遅かったね!」


「ううん、充分よ。それだけあれば、たぶんいける」

 

 ここからさらに二度スレイプニルを追い回したところで、スレイプニルが海岸沿いの橋を渡り始めた。ルートに入った。そんな感触があった。

 

 その橋の先にあるのは海に浮かぶ人工のなぎさだ。そこは陸から完全に離れているため、橋を渡ることでしか行き来できない。つまり、スレイプニルにはもう海中以外の逃げ場所はないということだ。

 

 あとを追って、ルシアも橋を渡る。

 

 いつの間にか、季節外れの雪は止んでいた。“キスタールの青い鳥”がどこかへ飛び去ってしまったのかもしれない。決戦の地である渚の中ほどに、分厚い雲の隙間から一筋の光が差しこんでいる。まるでスポットライトのようだ。演出家がいるみたい。

 

 ルシアが沙杏を背負ったまま渚に到着したとき、スレイプニルは波の届かない砂浜の上で佇んでいた。逃げ場はないと悟っているのか、背を向けようとはしない。ただ、恐ろしいほど静かにルシアたちをじっと見つめている。


「ルシアっち、降ろして」

 

 沙杏が言った。


「守りはあたしが引き受ける。どんな攻撃が来ても守ったげるよ。だからルシアっち、捕まえるほうは頼んでいい?」


「うん、任せて」

 

 ルシアは沙杏を砂の上に降ろす。


 スレイプニルが一際大きな声で嘶いた。

 

 花が咲き乱れるように、スレイプニルの全身から炎が噴き出す。やがてそれは火柱となり、天高く昇っていく。

 

 風が吹き始めた――ルシアがそう感じた直後、火柱が渦を巻いていることに気づいた。

 

 炎の竜巻。

 

 人間はおろか、高層ビルですらたやすく飲み込んでしまいそうな巨大な炎の竜巻が、ルシアたちの目と鼻の先で勢力を増していく。潮風が熱い。


「来るよ、ルシアっち」

 

 沙杏は杖を振った。


 いままで以上に大きな円形の魔方陣が中空に浮かび上がる。それでも、目の前で吹き荒れる竜巻と比べると、サイズだけで言えば少し心もとない。

 

 だが、ルシアは信用している。沙杏と、沙杏の使う魔法を。ここまですべての攻撃を防いできたその力を、信じている。

 

 炎の竜巻が動き始めた。

 

 規模が大きいためにゆっくりと動いているように見えるが、実際はかなり速い。あっという間に竜巻と魔方陣が衝突した。

 

 激しい光の点滅と、暴力的な赤い風がルシアの視界を埋め尽くしていく。

 

 しかし炎も熱風も、ルシアに届くことはない。

 

 沙杏が守っているからだ。


「ほら、どうしたの? そんなんじゃ、あたしに勝てないよ?」

 

 沙杏は額に汗を流しながらも、挑発的な笑みを浮かべていた。

 

 激烈な光の瞬きが数十秒続く。


 やがて先に根負けをしたのは、スレイプニルのほうだった。炎の渦がわずかに途切れたのだ。

 

 その瞬間をルシアは見逃さなかった。沙杏が作ってくれた隙を、無駄にする気はなかった。

 

 ――一秒。

 

 ルシアは躊躇なく、渦の隙間へ飛び込んでいく。

 

 ――二秒。

 

 空からエメラルド色の稲妻が落下してくる。ルシアはそれを右手で直接掴みとる。手の中で、雷はロングソードへと変化する。

 

 ――三秒。

 

 スレイプニルの正面へ飛び出す。足は止めない。


 そして、一閃。


 ルシアが剣を振り抜くと、スレイプニルは身体をびくりと跳ね上げ、硬直したようにその場に倒れ込んだ。起き上がる気配はない。炎の渦が、消滅していく。


「うわ、一発? ルシアっち、お見事だね~」

 

 少しだけ顔に疲労感を滲ませながらも、沙杏は笑顔でルシアのもとに歩み寄ってきた。


「いや~、疲れた疲れた。今日はもう魔法使えんわ~」


「沙杏、ありがとう。あなたのおかげで上手くいったわ」


「なに言ってんの、二人の力でしょ。ほら――」

 

 そう言って、沙杏は拳を突き出した。

 

 その挙動の意味がわからず、ルシアは出された拳をぽかんと見つめる。


「いや、ルシアっちも手出してよ。こう、拳をこつんってね、合わせんの。ハイタッチみたいなもんだって」


「ああ、そっか、そうね!」


「あはは、締まんないな~」

 

 そうして互いに笑い合いながら、二人は拳を合わせた。


「……んん?」 


 と、沙杏が倒れているスレイプニルを見て不思議そうに首をひねった。


「あれ? ルシアっち、剣で斬ったんじゃなかったの?」

 

 沙杏が戸惑うのも無理はないとルシアは思った。なぜなら、倒れているスレイプニルにはどこにも傷がついていないからだ。あれだけ派手に剣を振っておきながら。


「実は私、直接斬ったわけじゃないの」

 

 以前マンティコアと戦ったときから、ルシアはあることをずっと考えていた。

 

 生きもの相手に容赦なく剣を振るえるだなんて、まともな感覚じゃないんじゃないのか、ということを。

 

 もっと戦いかたを考えるべきではないのか?

 

 そうしてルシアが辿り着いたのが、今回スレイプニルに対して取った行動だった。

 

 マンティコアと戦ったとき、ルシアは電撃魔法を剣にまとわせ、相手を焼き斬っていた。

 

 だが今回はそうではなく、威力を抑えた電撃魔法をかすらせることで、安全であろう範囲でスレイプニルを感電させ、動きを封じたのだ。

 

 焼き斬るのではなく、あくまで相手を無力化させる。護身用のスタンガンのように、相手を殺傷することなく動きを封じる。それがルシアなりに考えた、極力相手を傷つけない電撃魔法の使いかただった。


「ルシアっちって、優しいんだね」

 

 ルシアの説明を聞いて、沙杏はそう呟いた。


「ううん。これって結局、私のエゴだったんじゃないのかな」

 

 ルシアには自分が優しいだなんて、とても思えなかった。


「だって電撃で気絶させられるのだって、すごく痛いでしょう? 私も専門家じゃないから、後遺症が残ってしまうかもしれないし……。剣や魔法を相手に向けてる時点で、相手からしたら怖いもの。より優しい傷つけかたを考えたって、誰かを傷つけてる時点でまともじゃないのよ」


「ん? ちょっと待ってルシアっち。なんかおかしな方向に行ってない?」


「そんなことないわ。私思うの。今回だって、スレイプニルを傷つけずに済む、もっといい方法があったんじゃないかって。こんなふうに戦いを起こさずに、どうにかする方法もあったかもしれなかったのに、どうして私は……」


「ねえ、なんで?」

 

 沙杏の口調が強くなった。


「この際だから、さっき駅前で言おうとしたこと、いま言うよ。ルシアっちはさ、なんでそんなに自分を責めがちなの? 自虐的っていうか、自罰的っていうか。なんでそんなに自分を悪者にしたがるの?」


「そんなことは……」


「あるよ。そんなこと」

 

 沙杏がルシアに向ける眼差しは険しい。でも少しだけ、悲しそうにも見えた。


「そりゃ、探そうとすればもっとうまい方法はあったかもしんないよ? でも、あたしたち、できる範囲で相当上手くやったじゃん。誰も怪我人を出さずに、あたしたちも無事で、お馬さんだって死んだわけじゃないのに、なんでそんなネガティブになれんの? 世の中の上手くいかないことは、全部ルシアっちのせいになんの?」


「…………」


「ルシアっちってさ、もしかして……」

 

 沙杏はなにかを言おうとしているみたいだった。それも、ルシアにとって決定的ななにかを。

 

 そして――


「ッ! 危ないッ! ルシアッッッ!」

 

 突然、沙杏がルシアとスレイプニルのあいだに飛び出した。

 

 それとほぼ同時に、倒れているスレイプニルの全身から爆発的な炎が吹き上がる。


「あっ」

 

 気づいたときには遅かった。

 

 ルシアを庇うように飛び出した沙杏に。

 

 爆炎が直撃していた。

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