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記号たちは明日へ進む  作者: 八番出口
第二章 ファンタジーの住人たち
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砂場で修羅場 2/2

 砂遊びをするから来ない? 


 春心からのお誘いを受け、ルシアは沙杏を連れて街の公園へとやってきた。なんの因果か、そこはルシアが先日マンティコアと戦った場所だった。


 公園の砂場には小さな砂の山がひとつ作られていて、その頂点には木の枝が刺さっている。そしてその枝の刺さった砂の山を、朱音としづくがキャッキャと騒ぎながら、交互に崩していた。棒倒しだ。


「ちょwwwおまwww動きが精密すぎんだろwww」


「どう……? 結構際どいでしょ……? これはもう私の勝ちじゃない?」


「や、まだだかんな! まだ崩せるかんな! 見てろよ! やるかんな! いくぞ!? ……ぎゃーっ! 崩れた!」


「はい私の勝ちー……」


「クソォォォwww」

 

 棒倒しで相当盛り上がっている二人を、沙杏は初めて食べる郷土料理を見るような目つきで眺めていた。


「あれがルシアっちの言う“家族”?」


「うん。大丈夫、全然怖い人たちじゃないよ」


「怖くはないけど、砂場であんなに盛り上がれる? ヤバくね?」

 

 ルシアと沙杏が砂場に近づいていくと、すぐに向こうも気づいた。


「おー、ルシア! おいっすー!」そして朱音の視線が沙杏へと向く。「っておいルシア、誰だその女はよぉ!」

 

 朱音は勢いよく立ち上がると、沙杏を威圧するように睨みつけながら距離を詰めていき――ニヤリと笑った。


「なーんつって! これがほんとの砂場で修羅場!」

 

 その背後で、しづくが無表情で拍手をしている。


「ブラボォ~……」

 

 ルシアはこれにどうリアクションしていいかわからなかったので、しづくにならって「わー」と言いながら拍手をしてみた。


「え、なにルシアっちこれ、え? ツッコミどころじゃないの、これ?」

 

 沙杏がやや困惑した表情を浮かべるのと同時に、その背後から叱りつけるような声が飛んでくる。


「こら朱音ちゃん、なにやってるの! その子が困ってるでしょ!」

 

 振り返ると、春心とメーベルがバケツや小さなシャベルを持って公園に入ってくるのが見えた。


「そういうのは初対面の人にやっちゃだめだよ」


「身内ノリは身内だけでやるもんですよ」

 

 至極まっとうなことを言いながら、春心とメーベルは砂場の縁に持ってきた道具を置く。

 

 そうか、ここは沙杏のフォローに回るべきだったと、ルシアは自分の言動を後悔した。「わー」とか言ってる場合じゃなかった。


「で、その子がルシアちゃんのお友達?」

 

 と、春心が尋ねてくる。

 

 ルシアはその場の全員に向けて、沙杏を紹介した。


「うん、荒月こうづき沙杏さなんさん。私たちと同じ生まれよ」


 同じ生まれ――ルシアがそう言っただけで、春心たちは沙杏の素性を察したようだった。しかし場の空気が少し変わっただけで、彼女たちは特別なことはなにも言わない。


「うん……うん、そっか。私は春心。よろしくね!」


「よろしく~。沙杏って呼んでね!」

 

 春心に続き、メーベル、しづく、朱音が自己紹介を始める。


「私はメーベルです」


「私はクレープウーマンです……」


「ピンキー・ゴールドバーグです」


「自己紹介できない人ばっか!」

 

 春心が慌てて止めに入る。


「自己紹介でボケないで! 一番変な空気になるやつだから!」

 

 ツッコミを入れる春心を横目に、沙杏がルシアに耳打ちをした。


「ルシアっちの家族って、賑やかな人たちだね。なんか意外かも」


「そうかしら?」


「うん。悪い意味じゃないよ。楽しそうでいいじゃん」

 

 そう言って、沙杏は微笑んだ。

 

 朱音が改めて名を名乗り、沙杏に質問をした。


「沙杏はよ、いつこっちの世界に来たんだ?」


「三年前だよ。だから、みんなより年は一個上かな?」


「えっ!」

 

 と声を上げたのはルシアだ。


「せ、先輩だった……んですか?」

 

 相手が目上だと知って、思わず敬語になってしまう。


 沙杏は苦笑した。


「ルシアっちって天然なところあるよね。同い年だったらさ、あたしたち、一緒にこの世界に来てるはずでしょ」


「そうですよね……」

 

 日本ではなぜか、ボツキャラクターがやってくるのは七月七日と決まっている。沙杏とルシアが一緒にこの世界に来ていない時点で、一歳以上年齢が違うのが確定しているというのに、ルシアはそれに気づいていなかった。というか、うっかりしていた。


「てか敬語になんないでよ。かえって失礼だゾ、それ」


「そ、そうね……うん、そうよね。ごめんなさい」


「あー、いや、謝んなくていいんだけどね。ルシアっちってそういうとこ真面目だよねー、あはは」

 

 沙杏に機嫌を損ねた様子はない。


「ってなわけで、みんなもタメ語で喋ってね。よろ~」





「じゃあさっそく始めようぜ……スマッ……砂遊びをよぉ!」

 

 自己紹介がひととおり終わったところで、朱音が威勢よく叫んだ。


「いまちょっと噛みましたよね」

 

 メーベルがぼそりと指摘する。


「てかちょっと聞いていい? 朱音っち」

 

 沙杏が挙手をした。朱音はなぜか偉そうな口調で「許可する」とだけ返す。


「なんで砂遊びすることになったの? この歳でやんの、珍しいよね」


「お前……お前……いい質問するなァ~!」

 

 わかってるぅ! と朱音は上機嫌になって、両手の人差し指で沙杏の頬を高速でつんつんした。


「ちょ、なにそれ……こわっ……」


「実は、すげーことに気づいちまったんだよな!」

 

 朱音は公園全体を包み込むかのように、両手を大きく広げた。


「見てみろよ、この公園にあるものを。すべりだい……ブランコ……ジャングルジム……シーソー……そして砂場。なあ、砂場だけおかしくねえか? 砂場て。砂を撒いて砂場て、おい。ここだけ遊びかたが漠然としすぎだろォ! つまり遊び手のクリエイティブ、試されてるってわけですなァ! つーことで、砂場で遊ぶことになりましたと、さ☆」

 

 ぷっと、沙杏が吹き出した。


「いや、全っっっ然わかんないわ! 朱音っち、ぶっとんでんなー!」


「お、わかる? お前、いいなー! 一パッドやるよ!」

 

 朱音はどこからともなくトゲの付いた肩パッドを取り出すと、沙杏の左肩に取り付けた。


「あはは! なんじゃそら! いらんいらん!」

 

 沙杏は肩についたパッドを見ながら、快活に笑う。

 

 そうして二人が楽しそうに喋っているのを、ルシアはほっとした気持ちで見つめていた。好きな人同士が仲良くしているのを見ると、それだけで温かい気持ちになれる。


「で、朱音ちゃん、砂遊びってなにするの?」

 

 春心が言った。


「そりゃもちろん、砂の城を作るに決まってんだろ! めっちゃでかいやつな!」


「いいね! でも、砂の城かあ。いざ作るってなると、どうしたらいいんだろ」


「ノー・プロブレムですよ」

 

 メーベルが自信ありげに、砂場の縁で仁王立ちをした。


「できる限りの情報収集は既にしてきました。任せてください。でっかい城、作りましょう」


 そしてルシアにだけ聞こえるくらいの声量で、しづくが呟く。


「ブラボォ~……」





 砂の城作りは、メーベルの指揮のもとに進められた。

 

 まずは土台となる砂山を全員で大雑把に作り上げると、その後は担当場所を分けて、それぞれが自分の持ち場を好きなようにデコレーションしていく。

 

 春心たちは汚れてもいいようなラフな格好をしていたのだが、ルシアは余所行きの服を着たままでいたので、少し控えめに、後方から城作りの手伝いをした。服を汚して最終的に困るのは保護者の高崎なのだから、自分が気にしなければいいという問題ではない。

 

 余所行きの服を着ていたのは沙杏も同じはずなのだが、彼女は汚れを気にする様子もなく、率先して城作りに参加していた。

 

 そのからっとした性格からか、沙杏は人の懐に入るのが上手く、ルシア以外の四人とも問題なくコミュニケーションを取れていた。特に朱音とは相性がいいようで、早くも息の合った掛け合いを見せてくれる。

 

 自分の家族と友達が仲良くしてくれるのは、やっぱり嬉しい。それは間違いない。

 

 でも……。

 

 ルシアの中で、それとは別の感情がほんの微かに湧き出していた。それが具体的になんなのか、自覚することはできなかったけれど。


「よーし、できたー!」

 

 一時間半かけて六人で作った砂の城は、なかなかに立派なものとなった。一番高いところで一メートル弱はあるだろう。メーベルの的確な指示と、しづくのロボットとしてのパワーがあってこその出来栄えだった。


 細部のデコレーションに関しては各々が自由に行ったので、統一感がまったくない。繊細に作り抜かれた塔がそびえ立つ一方で、クレープの残骸のようなものが乱立しているエリアがあり、外壁の一角にはトゲ付きの肩パッドが突き刺さっている。


 カオスで、ごちゃ混ぜで、みんなの個性がひとつに詰まった、力作だった。


「でもな、浮かれんじゃねえぞ。これはまだ、真の完成とは言えねえ」


 朱音の口調は、真剣そのものだ。


「砂の城ってのはな、崩れて初めて完成するんだ。崩れるまでが砂の城なんだ」


「初めて聞いたんだけど……」

 

 少し戸惑い気味の春心。


「砂の城ってのはな、崩れて初めて完成するんだ。崩れるまでが砂の城なんだ」


「なんで二回言うの?」


「初めて聞いたって言ったから……」


「回数が欲しかったわけじゃないんだけど……」

 

 ルシアの横に、沙杏がやってくる。


「いいのができたね、ルシアっち」

 

 沙杏は満足気だった。彼女の手の汚れも、服の汚れも、不思議といまだけはなにかの勲章のように見える。

 

 ルシアは頷く。


「うん、力作だね」


「あのさ」

 

 沙杏は改まった様子で言った。


「今日は楽しかった、すごく。あたし、みんなで一緒になにかをするっていうの、したことなかったからさ。だから、その」

 

 ――ありがとう。 

 

 沙杏は照れくさそうに、笑っていた。

 

 素敵な表情だった。

 

 だから、ルシアは本当は気づきたくなかった。その笑顔の奥に、一瞬だけ寂しげな影が差したのを。





 夏の高い太陽が沈みだしたころに、砂遊びの会はお開きとなった。


「じゃあねん」


 沙杏とは公園の入口で別れた。彼女は学生マンションで一人暮らしをしているらしいのだが、そこが高崎家と完全に逆方向なのだ。

 

 ルシアはもちろん、春心たちと一緒に帰路へ就く。これから家に帰って、みんなで晩御飯だ。 


 帰り道も明るい話題は尽きない。春心と朱音が、なんでもないことをあーだこーだと言い合っている。


 そんな中、なにかに呼ばれるように、ルシアは後ろを振り返った。


 一人だけ反対方向に歩いていく、沙杏の後姿が見えた。夕焼けに照らされるその背中が、やけに小さく、頼りない。


 ――あたし、みんなで一緒になにかをするっていうの、したことなかったからさ。

 

 ふと、ルシアは考えてしまう。

 

 沙杏はいったい、どこへ帰っていくのだろう。

 

 学生マンションに帰る――なんて話ではもちろんなくて。


 ファミレスで彼女は言っていた。「寂しかった」と。


 それでは、いまはどうなのだろう。彼女がときどき見せる、あの影のある表情。あれはなんなのだろう。


 ……わかっている。いま自分は、勝手に他人の領域に踏み込もうとしている。沙杏のことをよく知りもしないくせに。


 でも、なぜか、彼女のことを放っておける気がしない。

 

 沙杏が道を曲がり、細い横道へと逸れていくのが見えた。それはまるで、夕暮れの隙間へと消えていくみたいで。


「沙杏っ!」


 気づいたら、走りだしていた。


 大声で名前を叫ぶと、沙杏は足を止めてこちらを振り返った。ルシアは息を切らせながら彼女のもとへ駆け寄り、


「ねえ、これから、うちに来ない!?」


「え、どしたの? 急に?」 

 

 沙杏はきょとんと目を瞬かせた。

 

 困惑する気持ちはよくわかった。ルシア自身、どうしてこんな衝動的な行動を取っているのかわからないのだ。取り繕うように弁解する。


「ほら、服も汚れたし、汗もかいたでしょ? それにもうこんな時間だから、お腹も空いてるだろうし、それに――」


「あれ~? ルシアっち」

 

 沙杏はからかうように、悪戯っぽく口元を歪めた。


「大胆だねえ、そんなに別れたくないの? さてはあたしのこと、好きだな?」


「いや、その……」


「なんてね」

 

 ふっと、沙杏が真顔に戻る。どこか切なげで、目つきがいままでにないくらい、優しかった。


「ごめんね。今日はこれから用事があんの。そのお誘いには乗れない」


「そう……よね。ごめんなさい、急に変なことを言って……」


「謝らないで。嬉しいんだから」

 

 夕日が沈んでいく。もともと薄暗かった路地の闇が、さらに深くなっていく。


「今日は無理だけど、別の日ならいいよ。明日でも、明後日でも。またどこかに一緒に行こうよ」

 

 沙杏の手が、ルシアの肩に置かれる。囁くような声。


「だから今日は、またね」

 

 そして沙杏はルシアから手を離すと、踵を返して再び歩き始めた。

 

 どうしてか、今度はなにも言えなかった。


 彼女が暗い路地の奥に消えて行くのを、ルシアは黙って見送ることしかできなかった。

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