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記号たちは明日へ進む  作者: 八番出口
第二章 ファンタジーの住人たち
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砂場で修羅場 1/2

 荒廃した街の中を、死人たちが徘徊している。


 知性も理性もとうに失い、しかし凶暴性だけは増したまま、腐りかけた身体を引きずり、血肉を求めて彷徨さまよい続ける。

 

 生ける屍、リビング・デッド。

 

 この世界の人間の九割以上は、すでにリビング・デッドと化してしまった。

 

 そして数少ない生存者がまた一人、彼らの仲間入りを果たそうとしている。

 

 死臭が漂う街の一角で、一人の生存者がリビング・デッドに襲われていた。

 

 生存者は銃を片手に応戦している。だが使い慣れていないのか、はたまた極限状態の中、興奮で狙いが定まらないのか、弾丸は一向に命中しない。

 

 五発……六発……七発と撃ったところで、ようやく弾丸がリビング・デッドの額を貫く。生ける屍が一体、動きを止めた。

 

 これで生存者を取り囲むリビング・デッドの数は、残り六十二体。

 

 まさに多勢に無勢。この数の暴力で、やつらは人類を蹂躙じゅうりんしてきたのだ。

 

 生存者は最期の瞬間まで引き金を引き続ける。だが焼け石に水だ。屍の群れは止まらない。

 

 抵抗虚しく、生存者はリビング・デッドの波に飲み込まれ――


「あーはっはっ! 全然ダメだーっ!」

 

 荒月こうづき沙杏さなんが弾けるように笑った。


「やられちゃったね」

 

 その隣でルシアが一緒に笑っている。

 

 画面には“GAME OVER”の文字。

 

 ルシアと沙杏はいま、ゲームセンターで遊んでいた。店内をひととおり回る中で、ホラーガンシューティングゲームに挑戦してみたところだったのだが、結果は散々だった。


 ルシアは動体視力と実際の戦闘技術は悪くはないのだが、シューティングゲームの操作性やお約束にまったく慣れておらず、早々に脱落。残った沙杏が一人で奮闘したものの、彼女もまた特段慣れているというわけではないようで、結局序盤のステージで全滅してしまった。


「沙杏さん、どうする? リトライできるみたいだけど」


「いやー、やめやめ! クリアできる気しないわ! あはは! ルシアっちはどうしたい?」


「んー、私もいいかな」

 

 もともとクリアするのが目的だったのではなく、ホラーガンシューティングゲームの雰囲気を味わってみたかっただけなので、二人で騒ぎながら遊べただけで満足だった。

 

 お化け屋敷を圧縮して、そのまま箱にしてしまったような大型の筐体から外に出ると、沙杏は言った。


「ルシアっちさー、プリ撮らない?」 

 

 店内では様々な電子音が渾然と、きらびやかに飛び交い続けている。周囲の喧騒に負けじと、沙杏は普段よりも声を張っていた。ルシアも少し大きな声で答える。


「うん! いいよ!」

 

 移動中、クレーンゲームの前を通り過ぎる。さきほど二人で挑戦したのだが、景品にかすりもしなかった。お金が無駄になったと言えばそうなのかもしれないけれど、クレーン操作の技術に投資したんだ――とおどけながら言い合って、二人で笑った。

 

 ゲームセンターに行こうと誘ってくれたのは沙杏のほうだった。


『ルシアっちって、あまりこういうとこ来なさそうだよね』

 

 実際、ルシアは自ら進んでゲームセンターに来ることはない。不慣れだからゲームはクリアできないし、景品も取れない。でも今日、それで損をしたとは思わなかった。


「ルシアっちはプリ撮ったことある?」


「ううん、そんなにないよ。三回くらいかな」

 

 ルシアが覚えているだけで、春心たちと二回、クラスの同級生たちと一回。その程度だ。


「そっかぁ。やっぱいまってそんなもんなのかなー。いや、昔は流行ってたって聞いたからさ」


「どうかしら? 私があまり撮らないってだけで、いまも撮ってる人はすごい撮ってるって感じはするけれど……」


「あ、そなの? あはは、実はあたし、プリ撮ったことなくて。疎いんだ、その辺のこと」

 

 ルシアは意外に思った。沙杏はむしろ頻繁に通っているイメージがあるのだが。……やはり先入観で人のあれこれを勝手に決めつけるものではない。

 

 沙杏が、空いているプリントシール機の中を覗きこんだ。


「うわー、なにこれめっちゃ白いんだけど! ウケるじゃんこれ!」

 

 それから表に顔を出すと、今度は操作パネルをちらと見て、


「よく考えたら一回でウン百円って高いよね! さぞかしかわいく撮れるんでしょうなあ!」

 

 と、見るからに楽しそうにしている。撮ったことはないだけで、興味はずっと前からあったのかもしれない。

 

 数回とは言えルシアはプリ機の操作をしたことがあるので、ここはルシアがリードしながら、沙杏と一緒に撮影人数やシールデザインの設定を行った。

 

 ところがいざ撮影が始まると、むしろリードされたのはルシアのほうだった。初めてだというのに――むしろ初めてだからこそなのか――沙杏は大はしゃぎで撮影を取り仕切る。


「ほら、ポーズ取るよ、ポーズ!」「はい、立ち位置交換しよ!」「変顔やろ、ね! 一回だけ! お願い!」「あー、やばいやばい、瞬きしたかも!」

 


 ※



 撮影と落書きを終え、できあがったシールを、沙杏は取り出し口から拾い上げた。


「うん、うん、すごくいい! ルシアっちも見てよ、ほら!」

 

 シンプルに文字だけを添えたものや、逆にスタンプや落書きで埋め尽くされたもの――最新のプリントシール機を使っただけあって、そこに並ぶ写真はどれも綺麗に撮れていた。肌も目元も顔の大きさも、まるで魔法を使ったみたいにかわいらしくなっている。


 だけど一番にルシアの目を引いたのは、そんな高度な加工技術ではなかった。


「本当に……うん、すごくいい」

 

 思わず、息を漏らしてしまう。


 写真の中の自分が、自分でも驚くほど自然に笑っているのだ。それが不思議で、驚きで、でも悪い気は決してしない。

 

 そして隣に写る沙杏が、それ以上に笑っている。

 

 この表情が切り取れたのは、最新のプリントシール機のおかげではない。きっと。


「画像でダウンロードできるのもいいけどさ。便利だし。でもやっぱ、形に残るほうがいいじゃんね。はい、ルシアっち。大事にしてねん」


 そうして沙杏から差し出されたシールを、ルシアは言葉通り、大事に受け取った。





「そんじゃ、これからどうしよっか?」

 

 ここのゲームセンターは特別広いわけではない。興味のあるところはだいたい回ってしまった。


「そうね……いま何時かしら」

 

 と、ルシアは何気なくスマホの画面を見てみる。すると、十数分前に着信があったことに気づいた。春心からだ。急用だろうか。

 

 ルシアは沙杏に断りを入れると、ゲームセンターの出口まで移動して春心の番号にかけた。電話は数コールで繋がった。


『あ、ルシアちゃん? 急にごめんね』


「ううん。どうしたの?」


『あの、これから家のみんなで砂遊びしようってなってさ』


「砂遊び……? 砂遊びって、あの、砂場でやるような?」


『そうそう! なんかそういう流れになっちゃって!』

 

 いったいどういう流れがあったんだろう――と思いかけるが、考えてみればこういう突発的なイベントは高崎家ではよくあることだ。


『よかったらルシアちゃんも来ない?』

 

 楽しそうなお誘いではあるけれど、いまは沙杏と一緒に遊んでいる。


「ええと、ごめんなさい。いま友達と一緒に――」

 

 断りかけて、ルシアはふと思いついた。

 

 たしか沙杏は、同年代のボツキャラクターに会いたがっていたはずだ。それなら――


「ねえ春心ちゃん、そこに友達を連れてってもいい?」


『友達? うん、全然いいよ!』


「ありがと! じゃあちょっと待ってて」


『はーい』

 

 会話を中断し、スマホの送話口に手を当てると、ルシアは小走りで沙杏のところへと戻った。

 

 沙杏はプリ機の前から移動して、ちょうど出入口の近くで、だけどルシアと春心の会話が聞こえないくらいの距離で待ってくれていた。


「沙杏さん、ちょっといいかな」


「どしたの?」


「あのね……」

 

 押し付けにだけは、お節介にだけはなってはいけないと、ルシアは『もしよかったら』『本当によかったら、なんだけど』と前置きを重ねに重ねる。

 

 それから意を決して、こう続けた。


「これから、私の家族に会ってみない?」

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