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記号たちは明日へ進む  作者: 八番出口
第二章 ファンタジーの住人たち
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同じ記号を背負った少女 2/3

「あんたと同じ、ファンタジーのボツキャラクターだよ」


 荒月こうづき 沙杏さなんのその発言を聞いたとき、なぜかルシアは驚きよりも先に納得が来た。どうしてかわからなったけれど、確かにそう感じた。


「そう、あなたも私と同じ……」


「そ! まあ、これからよろしくねい!」


 にっと沙杏は笑う。


 顔のパーツの配置それ自体の印象で言えば、彼女はどこかとげのある、近寄りがたい顔つきをしている。しかし彼女の作る表情が非常に人懐っこいため、とっつきにくさはない。ちょっと恐い人かと思ったけれど、話してみたら全然違ったという感じだ。


「こちらこそよろしくね。私はルシア・リフレイン。って、もう私の名前は知ってるんだよね?」


「うん、知ってる。……ああ、どうして知ってるかって? なんてゆーのかな、私にとってルシアっちは有名人っていうかさ、会いたい人だったから。それで、覚えてたの」


「会いたい? 私に?」


 なにかの間違いなんじゃないかとルシアは目を丸くしたが、沙杏ははっきり「そう、私は、ルシアっちに、会いたかったの」と、わざとらしく言葉を区切りながら、悪戯っぽく微笑んだ。


 なにがなんだかとルシアが思っていると、沙杏はこう続けた。


「ま、こんな暑いとこで立ち話もなんだし、どっかさ、ファミレスでも行かない?」



 ※



 ルシアと沙杏さなんは、公園から十分ほど歩いて駅前のファミレスにやってきた。


「涼し~、生き返るわ~。あ、二人だけでーす!」


 沙杏がホールスタッフに人数を告げると、窓際のテーブル席に案内された。


「あれ、タッチパネルになってる」


 ルシアは数か月前にここのファミレスに来たことがあったが、そのときはメニュー表を見て料理を決めてから、店員を呼んでオーダーするシステムだった。


 しかしいつの間にか、メニューの選択から注文の確定まで、タッチパネルの操作のみで完結するシステムに変わっている。


 「逆に最近までタッチパネルじゃなかったの? いまどきそれって、エモいじゃん。逆に」


 「エモい? 逆に?」


「ごめんごめん、いまなんも考えないで喋ってたわ」


 笑いながら、沙杏が慣れた手つきでタッチパネルを操作し、「冷麺あるじゃ~ん」と、季節限定メニューの欄を見て上機嫌に言った。


荒月こうづきさんは冷麺が好きなの?」


「いや、そーでもないんだけどね、この前実況動画を見てたら――あ、ゲームの実況ね。そしたらゲームに冷麺を食べるシーンが出てきてさぁ、それ見てたらなんか食べたくなっちゃって。ルシアっちはさ、そういうのに影響されることない?」


「あ~、あるかも。歌の歌詞で、チョコとか納豆とかが出てくると、たまに食べたくなるかな」


「あはは、なんだそれ。チョコはともかく、納豆が出てくる歌なんてそうそうないっしょ! なんだ、ルシアっちって意外と面白いこと言うじゃ~ん」


 言いながら、沙杏はほかのメニューを見ることもせずに冷麺を選択した。あまりメニューに悩まないタイプなのかもしれない。


「あたしは決まり。ルシアっちはなに頼む?」


「そうね……」 


 ルシアは端末の画面をタッチしながら、メニューをひととおり眺めてみる。ハンバーグ、パスタ、ドリア、丼もの、オムライス、ピザ、和定食――広く浅く、バリエーションに富んだ料理が用意されている。


 その中でルシアが気になったのは、ハンバーグとライスのセットだ。昨晩あれだけ身体を動かした上に、今朝からまだなにも食べていない。いまはがっつりと食事がしたい気分だった。


 ルシアは沙杏ほど思い切りがよくないので、そこからメニュー画面を二、三周ほどしたのだが、結局最後にはハンバーグとライスのセットを頼むことにした。


 画面をタッチする。しかし注文はすぐには確定されず、『サイドメニューはいかがですか?』の文字と共に、『からあげ三個』やら『ほうれん草ソテー』やら『ミニサラダ』やらの画像がずらりと並んだ。


「…………」


 迷った。


 気分としてはサイドメニューも頼みたい。でも……。


(私、食べ過ぎじゃない?)


 沙杏のほうは冷麺で軽くさっぱりと済ませているのに、自分だけ二品も三品も頼むというのは、なんだかがっつきすぎている気がして、急に恥ずかしくなってきた。


 そんな、なかなか注文を確定させようとしないルシアを見て、沙杏がストレートに言った。


「もしかしてルシアっち、たくさん食べる系?」


「えっ? いや、これは違くて!」


 思わず言い訳がましくなってしまう。誰に対するなんの言い訳なのかはわからない。


「いやいや、別に責めてるわけじゃないって。むしろいいなって思ってさあ。たくさん食べる女子っていいじゃん?」


「……ほんと?」


「ほんとほんと。美味しそうにぱくぱく食べる女子のほうが好感度高いよ。まあ、そりゃ、太ったら責任は取れないけど――でも、そんときはたくさん食べて、たくさん運動すりゃいーのよ。そんなさ、周りの目を気にして食べたいもんを食べれない人生のほうがもったいなくない?」


 沙杏の口調はさっぱりしていて屈託がない。無理してルシアをフォローしようとしているわけではないようだ。


「あたしこの前ネットで見たんだわ。酒もタバコもやらない人って、両方やってる人よりも平均で寿命が八年長いんだって。八年くらいだったら……好きに飲み食いしたほうが幸せじゃんって思うんだけどね。あれ、このたとえは違うかな? まあいっか。とにかく、食べたいもん食べなよ! それがいいわ」


「ええと、じゃあ、頼んじゃおうかな」


 沙杏に乗せられて――という言いかたは正しくないのだろうけど――ルシアは自分に正直に、からあげとミニサラダを追加し、ライスも大盛りにした。


 沙杏が再び人懐っこい笑みを浮かべる。


「いいじゃ~ん。ドリンクバーも頼もーよ!」


 そうして二人分のドリンクバーを追加して注文を完了させると、ルシアと沙杏は飲み物を取りにドリンクバーコーナーへと向かった。ルシアはオレンジジュース、沙杏はジンジャーエールを持って席に戻る。


「てかさ、飲み物を無限に飲めるって、ドリンクバーってわけわかんないよねぇ~。草生えるんだけど。あ、いい意味でね。あはは」


 沙杏が先ほどからずっと楽しそうにしているものだから、ルシアもそれにつられて明るい気持ちになってくる。まだファミレスで一緒に料理を注文しただけなのに、沙杏とはいい友人になれそうな気がした。


「ねえ荒月さん、ひとついい?」


「おん、どしたの?」


「あのね、やっと落ち着いて話せそうだから、いまのうちに言っておきたいことがあって」


 実はルシアはまだ、沙杏に大切なことを言っていない。これまでなかなか言う機会がなかったけれど、いまならちゃんと伝えられる。


 ルシアは丁寧に頭を下げた。


「昨日は、助けてくださって本当にありがとうございました。言うのが遅くなってごめんなさい」


 沙杏は目を丸くして、大げさに手を振りながら、


 「え~、なに急に! やめてよ照れるわ~! って言うかちゃんと頭下げすぎでしょ。そんな大した話じゃないって!」


「ううん。あなたがいなかったら、私、たぶんもう、ここにいないから……」


 もしも沙杏の助けがなかったら、ルシアはマンティコアに首を噛みちぎられていただろう。そうなったら、まず間違いなく死んでいた。


「だから、本当にありがとう」


「いいっていいって、本当に! 気にしないで! って言ってもあれかな、ルシアっちは気にするタイプかな?」


 沙杏は腕を組んで、少しだけ思案顔になったかと思うと、


「じゃあルシアっちさ、お礼としてさ、ひとつだけ頼みごと聞いてくんない?」


「頼み? もちろん、私にできることなら」


 命の恩人の頼みなら、頼みごとのひとつやふたつ、なんてことない。


「よし、そいじゃさ、その荒月さんっていうのやめて。名前で呼んでくんない?」


「……それだけ?」


「いやいや、半分マジで言ってんの。あたし、名字で呼ばれんのなんか微妙だな~って思ってて。だから、名前で呼んでよ」


「ええと、じゃあ……沙杏……さん?」


 沙杏は歯がゆそうに苦笑した。


「ん~、“さん”もいらないんだけどなぁ。ってか“さなんさん”って言いにくくない?」


「そ、そうかしら……? ごめんなさい。私、呼び捨てに慣れてなくって」


 思えば、ルシアは家族相手にすら呼び捨てにしていない。それなのに初対面の相手をいきなり呼び捨てにするというのはなんだか照れる。とは言え、それが命の恩人の頼みというのなら、ルシアとしてはがんばってみようと思ったのだが、


「ま、いいわ。これ以上は強要するもんじゃないしね~」


 と、沙杏はあっさり引き下がった。


「あたしのことは呼び捨てできるようになったらするってことで! ……っと、料理が来たね」


 店員がやってきてテーブルに料理を並べ始めたため、そこで会話が途切れた。


 沙杏は自身が注文した冷麺を嬉々と見つめて、 


「おいしそーだね! ほら、食べよ! お堅い話はこれで終わり。さぁごはんごはん! 麺だけど!(笑)」


「そ、そうね」


 ルシアとしては、本当はもっと丁寧にお礼をしたいところだったが、料理に目を輝かせている沙杏を見ていると、ここで話を戻すのは悪い気がした。


 お礼についてはまた今度改めてするとして、とりあえずいまは沙杏と一緒に食事を楽しむことにする。


「ん~、おいし~! ……つかさぁ、ルシアっち。なんであたしたち、ファミレスに来たんだっけ?」


 幸せそうに冷麺をすする合間に、沙杏が何気なく言った。


 はて、どうだったか。


 ナイフとフォークでハンバーグを切り分けながら、ルシアは公園でのやり取りを思い返す。


「たしか、どうして沙杏さんが私のことを知っているのか……って話をしていたんじゃなかったかしら」


「ああ、それそれ! そうだよ! それ言っとかないとあたし不審者だかんね~。勝手にルシアっちのこと知ってたんだから。でも、なにから話そっかなぁ~」


 沙杏は冷麺を食べる手を止めると、頭の中の情報を整理しているのか、少し難しそうな顔をした。


「まずあたしさー、先週まで兵庫に住んでたんだよね。で、最近こっちに越してきたの」

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