ラフ&ピース部誕生秘話 2/2
「私は、“きみたち”のことを知っている」
校長のその発言に、春心は動揺した。
会話の文脈から、“きみたち”というのが、ボツキャラクターのことを指していることはわかる。ではどうして、校長がその存在を知っているのだろうか。
「まさか、校長先生も――」
「いや、そうではない。私はこの世界の生まれだ」
春心の疑問を、校長は先回りして答えた。彼はボツキャラクターではないようだ。
「じゃあ、どうして私たちのことを?」
「私はかつて、きみと同じ、別の世界から来た人物に助けられたことがあってね。その恩義に報いるため、私はいま、きみたちの“協力者”として活動しているのだよ」
協力者――この世界の人間でありながら、ボツキャラクター側の事情を知り、協力してくれる人々のことだ。春心の一番身近な例で言えば、高崎がまさにそう。
「あ、思い出しました! 檸文高校には私たちの事情を知ってる先生がいるって、前に聞いたことがあります! でも、校長先生がそうだったなんて……びっくりしました」
「私だけではない。この学校の理事長、そして一部の教員たちも、きみたちの存在を知っている。なにかあったらその中の誰かに相談するといい。きみたちには、なかなかほかの人に言えないこともあるだろう。――ところで、いい加減その格好はやめなさい。子供に土下座をされるというのは、あまり気分のいいものではない」
校長に言われ、春心は自分がいま土下座をしていたことを思い出す。そして、土下座をすることになった経緯も。やめなさいと言われても、先ほど入学式で自分がしでかしたことを思うと、なかなか足を崩すことができなかった。
「いいのだよ。ツッコミのキャラクターがツッコミをしてなにが悪い。きみは堂々と自分の使命を果たしただけだ」
校長は言った。
「問題があったのは私だ。あんな式辞をした私が悪いのだ。実際、ほかの教員からボロクソに言われたよ。『なんであんな式辞を!?』とか、『正気ですか!?』とか、『死ねーっ!』などとね……死ねはないだろう死ねは。仮にも私は校長だぞ。まあ、そんなわけで、きみが気に病むことではない。だから、立ち上がりたまえ」
「そう、ですか?」
「うむ。何度も言わせるな。土下座をやめなさい」
「すいません……」
謝りながら、春心は立ち上がった。
「さて、これからのきみの処遇について話そうか」
と、校長が切り出した。
「いま言ったように、私は怒っていない。きみを退学にするつもりもない。しかし残念ながら、お咎めなしというわけにもいかないのだ。わかるかね?」
「はい。私が暴力を振るったから……ですよね」
入学式でちょっと騒いだくらいなら、まだ許される。校長の式辞に「話が長い!」と茶々を入れるのも、まあ、許されるだろう。こっぴどく叱られはするだろうけれど。
問題なのは、春心が校長の頭を思いっきり殴ったことだ。
あれは叱られて済むものではない。それは春心自身が一番よくわかっているし、反省していることでもある。
「繰り返すが、あれは見事なツッコミだった。しかし第三者から見れば……暴力行為と言わざるをえないだろう。いくら私や理事長がきみの味方だとはいえ、さすがに先ほどの行為を有耶無耶にすることはできない。それにきみを無罪にしてしまえば、かえってきみの学校での立場も悪くなるだろう。だから、きみにはそれなりに重い罰則が必要なのだ。申し訳ないが、覚悟をしてくれたまえ」
「はい、わかっているつもりです……」
春心がなによりも恐れていたのは退学処置だ。高崎の顔に泥を塗ることだけは、絶対に避けたかった。でも、校長は春心を退学にするつもりはないと言った。それならば、退学でないならば、どんな罰でも甘んじて受けようと春心は覚悟した。
「奉仕活動だ」
「え?」
「一年間、奉仕活動をしなさい」
特に溜めることもせず、ふいに校長がそう言うものだから、春心にはなにかを思う間もなかった。
「それって、ボランティアってことですか?」
「うむ」
校長は頷いた。
「思春期というのは、実に悩み多き時期だ。学業に、進路に、人間関係、そして子供から大人へと移り変わっていく不安――例を挙げればキリがない。思春期とは光であり、闇なのだ。むろん、我々教師陣は全力できみたちの学校生活をサポートするだろう。しかし我々大人は、上から手を差し伸べることしかできないのだ。同じ目線に立ち、共に歩むことができるのは、同じ思春期を生きる者だけなのだよ。
きみにはギャグの力がある。人を笑わせる才能がある。ならばその力を、才能を、生徒たちのために使ってほしい。これから一年間、この学校で悲しい思いをする生徒がひとりでも減るような、笑顔がひとつでも増えるような、そんな活動をしてほしい。それが、私がきみに望むことだ。頼まれてくれるか、舞込春心くん」
「それは……」
校長の語った罰則の内容に、春心は驚いた。いや、心を動かされた。
罰則だなんて、とんでもない。
むしろ、居場所を与えられたと思った。
春心は、ボツになったせいでギャグ漫画に登場することができなかった。ギャグのキャラクターとして生まれたのに、活躍の場を与えられなかった。
しかしいま、その失ったはずの活躍の場を、与えられた気がしたのだ。
「もちろんです! やります! やらせてください!」
迷いはなかった。ボツになったはずのギャグの力を誰かのために使えるなんて、これ以上の話はない。
このとき春心は誓った。
この檸文高校に、少しでも多くの笑いと平和を届けようと。この奉仕活動に全力を尽くそうと。
そしてそれこそが、入学式をめちゃくちゃにしてしまったことに対する、せめてものお詫びであり、償いだと思った。
「ふっ、期待しているよ」
校長は穏やかに笑った。
「さて、入学式の件はこれでおしまいだ。堅苦しい話はここまでにしようじゃないか。ところで舞込春心くん。私にもう一度チャンスをくれないだろうか?」
「チャンスですか?」
「つまらない式辞をしてしまったお詫びとして、ここでもう一度、私に式辞を述べさせてほしいのだよ。どうか聞いてくれないだろうか。とっておきの話があるのだ」
「わかりました、聞かせてください」
春心だって挽回するチャンスをもらったのだ。ここで校長だけを責めることはできない。
校長は「ありがとう」と言うと、一度咳払いをして、改めて式辞を述べ始めた。
「私は、女子高生が好きだ」
「!?!?!?!?!???!?!??!?!?」
春心は無意識のうちに、校長室の出口に向かって数歩後ずさりしていた。
「待ちたまえ、そう身構えるな。この話には続きがある。――私は、年上が好きだ」
「…………」
「女子高生が好き、年上が好き――この二つのことから導き出される答えはなにか、わかるかね、舞込春心くん」
「わ、わかりません……」
「私はね、年上の女子高生が好きなのだよ」
校長はデスクから立ち上がると、窓の外に視線を移した。
この日は雲ひとつない快晴だった。桜の花びらが風にさらわれ、深い青空の下で舞っている。道端には瑞々しい緑が芽吹き、黄色の花が咲いている。春だけの色彩だ。
しかし校長は、そんな美しい景色を見ていなかった。いや、目線だけは向いているのだが、目の焦点が、ここではないどこか遠くの世界に合っていた。目の前の春より、記憶の中の景色のほうが美しいとでも言うかのように。
「私は高校一年生のとき、幸福の絶頂にいた。なぜなら、高校にはたくさんの年上の女子高生がいたからだ。同級生の女子を除けば、校舎の中にいる女子高生はみんな年上だ。右を見ても、左を見ても、年上の女子高生がいる――なんて素晴らしいのだ、私は高校生になるために生まれてきたのかと、そう思った。しかし私が高校二年生になったとき、状況は一変した。なにがあったかわかるかね、舞込春心くん」
「えっと、わかりません……」
「年上の女子高生が減ったのだよ。私が一年生のときは、三年生と二年生が年上の女子高生だった。しかし私が二年生になったことで、年上の女子高生は三年生だけとなった。つまり、年上の女子高生が一学年分減ったのだよ! そして私は気づいてしまった。『このまま私が三年生になったら、年上の女子高生が全滅してしまう……!』とね。私は恐怖した。そして現実から逃れるように、私は高校を無断で二週間ほど休み、放浪の旅に出かけた。それにしても、旅は出会いだとはよく言ったものだね。私はその旅先で、運命の出会いを果たしたのだ。いったい誰と出会ったかわかるかね、舞込春心くん」
「わかりません……」
「留年生だよ。赤点を取りすぎて、二度目の高三を過ごしている女性と出会ったのだ。私に希望の光が見えた瞬間だった。だって、そうだろう? 私が三年生になっても、二回目の三年生――つまり留年生なら、年上の女子高生と言えるのだからね! 三年生になっても、私は年上の女子高生に会えるんだ! やったぞ! 私は狂喜し、踊り、涙した――そしてその数秒後に、絶望した。なぜだかわかるかね、舞込春心くん」
「わかりません」
「気づいてしまったのだよ。留年にも限界があることに。
高校を一年や二年留年するのは、全国規模で見ればそう珍しいことではないだろう。しかしこれが二十年も三十年も留年し続けるやつがいるか? いるわけがない! 仮に五十や六十の女子高生がいたところで、それは女子高生なのか? 女子高生とはなんだ!?
――所詮、モラトリアムだったのだ。
どんなにあがいたところで、年上の女子高生にはいずれ会えなくなる。それは私がこの世に生を受けた瞬間から決まっていたことだったのだ。
私は諦めた。そして、運命を受け入れた。
それから数十年が経つ。私はいまも、年上の女子高生がいない世界を生きている。
私がこの話をきみにした理由、わかるかね、舞込春心くん」
「わかりません」
「時は決して止まらない、ということを伝えたかったのだ。どんなに輝かしい毎日も、いずれ過ぎ去る。日常が永遠に続くことはない。これは定めだ。始まりがあれば、終わりがある。それはきみの高校生活だって例外ではない。だからこそ、後悔しないで生きてほしい。これから始まるこの高校三年間を、全力で駆け抜けてほしい。忘れるな。きみはまだ、年上の女子高生に会える。年上の女子高生に会えるのだ! そうだろう!?」
「はい(適当)」
「きみの青春がかけがえのないものになることを、私は祈っているよ。
きみはいま、光の中にいる――。
令和◯◯年。四月七日。私立檸文高等学校校長、堂島花男」
そう言って、校長は深く礼をした。
この人、式辞の才能ないなと、春心は思った。
※
この校長との会話がきっかけとなり、この日から二週間後、ラフ&ピース部は正式に誕生することとなる。
そして入学式の一件により、舞込春心の名は瞬く間に学校中に轟いた。
入学式が終わり、夏休み直前となったいまも、春心は一部の生徒から狂犬と呼ばれ、恐れられているんだとさ。
めでたし、めでたし。




