表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
記号たちは明日へ進む  作者: 八番出口
第二章 ファンタジーの住人たち
41/165

少女たちはどこへ行ったのか 3/3

「先ほども言いましたが、ラフ&ピース部に依頼した“誰か”というのは、個人とは限りません。団体という可能性もあります」


 最後の推論に入る前に、メーベルはそう前置きをした。


 聞き手に回っている青柳部長が、その前置きの意味をより詳しく掘り下げようと質問をしてくる。


「団体というのは、たとえば?」


「他の部活動です。ラフ&ピース部は、ときどき他の部の助っ人に駆り出されることがあるんですよ。以前、朱音が正座部の助っ人に出向いていたこともあったようです」


 平間副部長が、記憶を辿るように呟いた。


「正座部ってたしか、いかに綺麗な正座ができるか……っていう部活だったわよね」


「あとはSEIZAレースという競技もやっているようだよ。一人が台車の上で正座をして、もう一人が後ろから台車を押す。正座の美しさと台車のスピードの総合点を競うレースだね」


「変わった部活よね。私たち謎部も人のことは言えないけれど」


 正座部ってそんな部活だったんだ。いったいなにをやっているんだ、と思いながら、メーベルは話を推論ゲームに戻す。


「とにかく、他の部活動からの依頼ということも考えられるということです。もちろん、個人からのお願いというパターンも十分に有り得ます。ただ、どちらにしても、私のやることは変わりません。春心と朱音の会話を掘り下げていく、それしかないでしょう」


 ここでメーベルは、もう一度春心と朱音の会話を思い返す。


『ごめん! まさか外だとは思わなくって!』


『しゃあねえ! 電源がなくてもできるとは思わねえよ、最初は!』


 ここから推論できることは――


「まず、朱音の『電源がなくてもできるとは思わねえよ』という発言から、これから二人が行おうとしていることが、『電源がなくてもできる』こと、そしてそれが『意外に思える』ことだということがわかります」


「電源がなくてもできることと言ったら、将棋や囲碁……でも、それはないわね」


 平間副部長が、自分で自分の意見を却下した。


「そうですね。たしかに将棋も囲碁も、電源なしでできます。しかし、それが意外だとは誰も思わないでしょう。最初からそういうボードゲームなのですから」


 意外にも、電源がなくてもできること。これだけでもかなり候補は狭まったように思える。


 では、具体的にどういうものが当てはまるのか。


「軽音楽部はどうでしょうか」


 メーベルが言うと、青柳部長が不思議そうに首を傾げた。


「どうしたんだい? 軽音楽部はないと言ったのは、ベルナールくんじゃないか」


「いえ、ライブじゃなくて、日頃の練習ならどうでしょうか。ラフ&ピース部は、軽音楽部の練習の手伝いに呼ばれた、という説です」


「具体的には?」


「軽音楽部と言えば、電源が必要なイメージがありますよね? エレキギターと言うくらいですから」


「うん」


「でも、ちょっとした個人練習くらいなら、アンプに繋がないこともあると思うんですよ」


 メーベルはときどき、休み時間や放課後の教室でエレキギターを弾いている同級生を見かけることがある。もちろんアンプには繋がずに、ギターの生音だけでの演奏だ。指の動きを確認するくらいなら、それでもいいのだろう。


 エレキギターといえば、電源がないと弾けないと思う人は多いはずだ。


 でも実際は、電源がなくても練習くらいならできる。これは『意外にも、電源がなくてもできる』ことに入るのではないか。


「春心と朱音は、文化部棟の外でギターの練習をしている軽音部員のもとへ向かった。これはどうですか?」


「なるほど。と言いたいところだけど、ベルナールくんにしては甘いね」


 青柳部長にしては珍しく、メーベルの意見をばっさりと切り捨てた。


「春や秋に外で練習をするならまだわかるよ。でも、こんな真夏の晴れた日に、部室という恵まれた環境を捨ててまで、外で練習をするのかというと疑問だよね。熱中症の心配もあるし、楽器も痛むだろう。なにか部室を使えない事情があるにしても、空き教室を探すとか、なんとか室内で練習をする方法を取りそうなものじゃないか?」


「まあ、そうですよね」


 反論はしなかった。青柳部長の言うことはもっともだし、メーベルも自分で言いながらちょっと不自然な推論だなと思っていた。


 特にめげることもなく、メーベルは次の説を展開する。


「じゃあ、eスポーツ部はどうでしょう?」


「eスポーツ部こそ、電源が必要じゃないのかしら? テレビゲームもPCゲームも、電源なしじゃできないでしょう?」


 と、平間副部長。まっとうな疑問だ。だがメーベルはここで反論を用意している。


「スマホゲームがあるじゃないですか。それも、外でしかプレイできないタイプの」


 少し前に、街中にいるモンスターを探し出して捕まえるというスマホゲームが流行ったことがある。


「GPSを使用した位置情報ゲームなら、室内ではできません。今日のeスポーツ部は、位置情報ゲームの練習をするために外で活動している。そして春心と朱音は、その手伝いに向かった。この説はどうでしょう?」


 普通eスポーツと言えば、屋内の電源があるところでおこなわれるものと思うだろう。


 しかし屋外じゃなきゃプレイできないゲームもあるのだ。つまり、電源がない場所でもできるゲームと言い換えることもできる。これはまさに、『意外にも、電源がなくてもできる』ことではないか?


 eスポーツ部説は結構ありそうだとメーベルは思っていた。


 ところが、平間副部長はあっさりとそれを否定した。


「残念ながら、それは違うと思うわ」


「え?」


「eスポーツ部が位置情報ゲームの練習をしているというのは考えづらい」


「そうなんですか……?」


 考えづらいとはどういうことだろう。


「馴染みのない人にはイメージしづらいかもしれないけれど、eスポーツってね、ゲームならなんでもかんでも競技種目に選ばれるわけじゃないのよ。いちおう基準があるの。競技性や稼働実績、興行性などと言ったところね。eスポーツとしてプレイされているゲームのジャンルは、FPS、MOBA、格闘ゲーム、スポーツゲーム――まあ色々あるけれど、その中で位置情報ゲームのタイトルが採用されたというのは……ちょっと聞いたことがないわ」


「そういうものですか」


「うん。例外中の例外と言っていいと思う。少なくとも彼らが参加するような、たとえば『全国高校eスポーツ選手権』のような大会で、位置情報ゲームのタイトルは採用されていない。“ゲーム部”ならともかく、“eスポーツ”部が、部活動中にその手のゲームの練習をするというのは、腑に落ちないものがあるわ」


「……なるほど」


 知らなかった。謎部の先輩だから、部長も副部長も博学な人だとは思っていたけれど、まさか平間副部長がゲーム方面にも明るい人だとは、メーベルは思ってもいなかった。


 しかしeスポーツ部説でもないとなると、『意外にも、電源がなくてもできる』こととはいったいなんだろう。 


 メーベルは正直、ここまで来れば最後の推論はそこまで難しくないと踏んでいた。だが、これが意外と簡単ではないことがわかってきた。


 やはり、依頼人を特定するだなんて無茶な話だったのだろうか。それとも、まだなにか見落としがあるのだろうか。


 メーベルは忘れ物の確認をするみたいに、春心と朱音の会話を慎重に、注意深く復唱してみた。


「『ごめん! まさか外だとは思わなくって!』、『しゃあねえ! 電源がなくてもできるとは思わねえよ、最初は!』………………最初“は”?」


 引っかかりを覚えた。


 最初“は”とは?


 これにはどういう意味がある?


 メーベルは考える。そして――


「あっ!」


 見つけた。残された手がかりを。


「先輩方、聞いてくれますか。まだ見落としがあったんです。朱音の言った『最初は』という言葉から、まだわかることがありましたよ!」


 メーベルがそう言うと、青柳部長と平間副部長が、期待のこもった眼差しを向けてきた。 


 このまま先に進んでいいということだろうか。


 それならば、遠慮はいらない。


 メーベルは、人差し指をぴんと立てる。


「まずひとつ。春心のミスに対し、朱音は『最初はしょうがない』というニュアンスのフォローを入れています。ということは、春心がその文化ないし競技に接するのは、今日が初めてだ、ということです。春心は初見なんです。初めてだから、場所を間違えたんです」


 朱音の発言からわかることは、それだけではない。


 メーベルは人差し指に加えて、中指を立てる。


「ふたつ。『電源がなくてもできるとは思わねえよ、最初“は”』ということは、“それ”が電源なしでできることに驚くのは、最初だけなんです。二回目以降は驚かなくなるんですよ。これはつまり――」


 つまり?


 驚くのが最初だけだと、どうなる?


 さらに考える。


「そうです。“それ”は未経験者のイメージと、実際の内容とに、大きなギャップがあるということです。要は、『思ってたのと違う』ということですよ。だから、最初だけ驚くことになるんです」


 その考えに至った途端、突然、ゴールまでの道筋が見えた気がした。


 自らの思考だけが、光の速さで遥か先まで飛んでいってしまう。言葉が置いていかれないように、メーベルは必死で喋り続ける。


「それも、これは相当のギャップですよ。いいですか。未経験者の春心が『まさか外だとは思わなくって!』とまで言ってるんですよ? まるで外で行うという発想が、最初からなかったみたいじゃないですか。それなのに、実際は『屋外で、電源がなくてもできる』ことなんです。未経験者のイメージと実態とが、まるで正反対なんですよ。この不自然なギャップこそが、この謎を解く最後の鍵になるはずです!」


 未経験者が『屋内で、電源がなくてはできない』と思うことなのに。


 実際は『屋外で、電源がなくてもできる』こと。


 初見とそれ以降とで、印象ががらりと変わってしまうこと。


 それはいったいなにか。


 メーベルは思い返す。


 この文化部棟には、何部の部室があっただろう?


 演劇部、文芸部、新聞部、歴史部、将棋・囲碁部、eスポーツ部、軽音楽部、正座部、TRPG部、ボードゲーム部、暗号研究部、手品部、百人一首部、占い研究部、輪ゴム部、ラフ&ピース部、謎部、そして――


「わかりました」


 メーベルは結論を述べる。


「ラフ&ピース部に依頼をしたのは、エクストリーム・アイロニング部です」




 ※




「先輩方は、エクストリーム・アイロニングという競技をご存じですか?」


 メーベルが尋ねると、さすがは謎部の先輩たち、すぐに答えが返ってきた。


「エクストリーム・アイロニングとは、過酷な状況下でアイロンがけを行う競技だね」


「ネットで調べると、色々な画像が出て来るわよね。山頂でアイロンがけをする人、スカイダイビングをしながらアイロンがけをする人、酸素ボンベを背負って、海底でアイロンがけをする人までいるわ」


「そうです。エクストリーム・アイロニングは、その競技の性質上、電源の確保が困難な場所でおこなうことが多いんです。海底に電源なんてあるわけないですからね。むしろ電源の確保ができない中でどうやって服のシワを伸ばすか、という部分にこだわる人もいるらしいですから。エクストリーム・アイロニングは、電源がない場所でおこなうのが普通なんです。そういう競技なんです」


 これはエクストリーム・アイロニングのことを知っている人であれば、誰でもわかるような知識だ。


 そう、知っている人ならば。


「では一方で、初見の人はどう思うでしょうね。『過酷な状況下でアイロンがけをおこなう競技です』と言われても、外で活動するイメージは湧きにくいんじゃないでしょうか。いくら過酷と言ったって、アイロンを使う競技だと言っているのに、まさかそのアイロンの使えない屋外に出て行くだなんて発想は、そうそう出てこないでしょう。それ、アイロンの意味があるのかというツッコミが入っても全然おかしくないですよ」


「無意味そうに見えるその競技性こそが、エクストリーム・アイロニングの神髄だという気もするけどね」


「まあ、そうかもしれません」


 とにかく。


 エクストリーム・アイロニングは、未経験者が『屋内で、電源がなくてはできない』と思うことなのに、実際は『屋外で、電源がなくてもできる』ことという条件に一致している。


 ここでメーベルは、推論のまとめに入る。


「おそらく、こんなところでしょう。


 エクストリーム・アイロニングはマイナー競技です。ゆえに、部員不足に悩まされるということは十分に考えられます。


 そして彼らはラフ&ピース部が部活の助っ人を引き受けていることを知り、依頼をしたのです。


 ところがそこで、行き違いがあったのでしょう。春心はエクストリーム・アイロニングを室内でおこなうものだと思い込んで、文化部棟の中で待機していたんです。そこに朱音がやってきてこう言います。『おい春心、今日の活動場所は外だぞ!』。春心は慌てて走り出します。


『ごめん! まさか外だとは思わなくって!』


『しゃあねえ! 電源がなくてもできるとは思わねえよ、最初は!』


 こうして二人は、文化部棟の外へと走っていった」


 メーベルはここで一度、大きく息を吐く。


 そしてここまで歩いてきた道のりに思いを馳せながら、締めの言葉を口にした。


「推論は以上です」


 一瞬の間を置いて、青柳部長が大げさなくらいに拍手をした。


「いやはや、興味深い推論だったよ。やはりきみは、期待の新人だ!」


 なに言ってるんですか、とメーベルは肩をすくめてみせる。


「私の説が当たっているとは限りませんよ。実際には、あの二人は本当になんの意味もなく走っていただけなのかもしれないんですから」


「いいんだ。推論ゲームというのは、真実を言い当てることをそこまで重要視していない。“九マイルは遠すぎる”だってそうだった。ウェルト教授はもともと、筋道立った推論が、必ずしも真実と一致するとは限らないということを証明したくて、あの有名な推論を始めたのだからね。ただし、今回のベルナールくんの推論は、正解だったんじゃないかな」


 青柳部長がおもむろに、先ほど閉めたばかりの部室のカーテンを開けた。


 その動作に釣られ、メーベルは何気なく窓の方に視線を向ける。


 そこには、グラウンドで練習をしている運動部の姿が――


「あっ!」


 思わず、叫んでしまった。


 なぜなら、いたからだ。


 グラウンドのど真ん中に、アイロンがけをしている集団がいたからだ。


 近くでサッカー部がパス練習を行っている中、五人の生徒が横一列になって、背筋をぴんと伸ばし、精悍せいかんな顔つきでアイロンがけをおこなっている。一言で言って異様だ。


 サッカーボールやサッカー部員が目の前を行き交っているというのに、その集団は一切動じずに、アイロンがけに邁進まいしんしている。


 ……いや、よく見ると一人だけ、物凄くそわそわしている生徒がいる。春心だ。無理はない、初心者だから。


 放課後のグラウンドのど真ん中というのは、たしかに『極限の状況下』ではあるなと、メーベルは苦笑する。むしろ許可を出したサッカー部のほうが器がでかいんじゃないのか、とも。


「もしかして、先輩方は途中から答えに気づいていたんじゃないですか? 不自然なタイミングでカーテンを閉めたのは、私に答えを見せないため。そうですよね?」


 メーベルが言うと、青柳部長と平間副部長が、微笑みながら視線を交わし合った。


「はは、あの時は焦ったよ。ふと外を見たら、アイロンを持った集団がいたのだからね。慌ててカーテンを閉めたよ」


「ごめんなさい。でも、意地悪でやったわけじゃないのよ。推論の途中で答えがわかってしまうほど、興ざめなものはないでしょう?」


 やっぱり、そうか。二人とも、途中から答えを知っていながら、聞き手に回ってくれていたのだ。


 なんというか、先輩は先輩なんだなぁと、メーベルは思う。


「ところで、なんでうちの学校って、こんなに変わった部活が多いのかしらね」


 平間副部長のその何気ない呟きに、青柳部長が興奮気味に食いついた。


「それだ!」


「なによ、いきなり大きな声を出して」


「またひとつ、謎が見つかったじゃないか! これでまた推論ゲームができるぞ!」


「懲りないわね。まさか、またメーベルにやらせる気なの?」


「なにを言っているんだ! 後輩ががんばってくれたんだ、今度は僕の番に決まっているだろう!」


 青柳部長が叫ぶと、平間副部長は呆れたような顔をして――でもそれ以上、否定的なことは言わなかった。


「それじゃあ、ゆっくり聞かせてもらいますね」


 メーベルは、一番近くにあったパイプ椅子に腰を下ろした。


 部室の時計を見る。完全下校時刻まで、まだまだ時間はありそうだ。


 それでは推論を始めよう。という部長の声。


 その声に、メーベルは耳を傾ける。


「どうして檸文高校には変わった部活が多いのか。それは――」


 無為に過ぎていくこの放課後という時間を、メーベルは少しだけ、愛おしく思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ