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記号たちは明日へ進む  作者: 八番出口
第二章 ファンタジーの住人たち
40/165

少女たちはどこへ行ったのか 2/3

青柳部長のメモ 再掲


・女子生徒二人の会話

『ごめん! まさか外だとは思わなくって!』

『しゃあねえ! 電源がなくてもできるとは思わねえよ、最初は!』


・女子生徒の行動・特徴

 二人して廊下を走り、文化部棟の外へ出て行った。

 二人ともジャージ姿だった。

 二人とも荷物を持っていなかった。

「それでは、すぐにわかるところから確認していきましょう」

 

 メーベルは、さっそく推論に取りかかる。


「まず、二人は急いでどこかへ向かっている。……さすがにこれは慎重すぎますか?」


「いや、大事な最初の一歩だからね。慎重に越したことはない。ベルナールくんのペースでやってくれたまえ」


「助かります」


 サポートに徹すると言っていた通り、青柳あおやぎ部長は聞き手に回るようだ。

 

 お言葉に甘えて、メーベルは自分のペースで考えを進めることにする。


「それでは続きです。なぜ二人が急いでどこかへ向かっていると言えるのか。それは、走っていたからです。もちろん、なにかから逃げているという解釈も可能ですが……春心の発言から、それはないと考えます」

 

 ここで注目すべきは、春心の発言だ。


「春心は朱音に向かって『ごめん!』と謝っていました。つまり、春心はなにかミスをしたんです。では、そのミスとはなにか。集合場所を間違えたんです」


「どうしてそう思うのかしら?」

 

 平間副部長から、質問が飛んでくる。

 

 一見、推論の邪魔をされているように見えるかもしれないが、むしろ逆だ。メーベルとしては非常にやりやすい。疑問や意見をあいだに挟んでもらうことで、考えが整理され、推論の方向性が見えてくるからだ。

 

 メーベルは思考を続ける。どうして春心は集合場所を間違えたと言えるのか?


「それは、続く春心の言動からわかります。春心は『まさか外だとは思わなくって!』と言いながら、文化部棟の外へと走っていきました。ということは、春心はもともと、集合場所を文化部棟の中だと思い込んでいたんです。しかも“まさか”ですからね。結構強力な思い込みですよ。ところが、実際の集合場所は外だった。だから、朱音に『ごめん!』と謝りながら、外へ走っていったんです」


「たしかに、理屈は通るわね」


「はい。ですから、なにかから逃げているという説はないと言ったんです。この場合、二人は本来の集合場所に急いで向かっていたと考えるのが自然でしょう」

 

 我ながら回りくどいかと、メーベルは少しだけ思う。わざわざ推論などしなくとも、見た感じで、先ほどの二人が急いでどこかへ向かっているであろうことは、簡単に想像がつくからだ。

 

 しかし、やはりそれでは意味がない。推論ゲームにおいて、なんとなくで答えがわかることにはなんの意味もない。大事なのは、いかに適切な理屈――正確には、周囲を納得させることのできる理屈のようななにか――を繋げ続けることができるかどうか、だ。


「二人は急いで集合場所に向かっている、か」

 

 青柳部長が、メーベルの意見を復唱した。


「じゃあどうして二人は急いでいるんだろうね。少し場所を間違えたからって、なにも慌てて走る必要はないだろう?」


「慌てていたのは、誰かを待たせているからです」

 

 と、メーベルは断言する。


「部長の言う通り、少し場所を間違えたくらいなら、歩いて移動すればいいんです。わんぱくな小学生じゃないんですから。しかしそれでも、二人は走らざるをえなかった。なぜなら、集合時間を外部から指定されているからです。もっとくだけた言い方をしましょう。春心と朱音は、どこかの誰かに、何時何分に来てくださいと指定されているんです。だから、二人は走らざるをえなかったんです」


「なるほど、自然な考え方に思える。でも、誰かを待たせているとは言い切れないんじゃないかな?」

 

 ここで初めて、青柳部長はメーベルの推論に異を唱えた。


「時間を指定してくるのが人間だけとは限らないよ。公共交通機関だってそうだろう? バスや電車の時間は個人が勝手に決めることはできない。電車に遅れそうだから駅まで走る――よくあることじゃないか。これだって、外部から時間を指定されているパターンに入るよ。あの少女たちは、電車の時間に遅れそうだから走っていた。そうは考えられないかい?」


「それを言うなら、イベントだってそうよ」

 

 平間副部長が、青柳部長の意見に付け加える。


「コンサートや映画も開始時間は決まっているわ。遅れそうだから開演時間をずらしてください、なんて言えないでしょう?」

 

 春心と朱音は、公共交通機関の発車時刻や、イベントの開始時刻に遅れそうだから走っていた。

 

 なるほど。場合によっては有り得る。

 

 しかし今回に限って言えば、それはないとメーベルは思っていた。


「それはないと思います。まず、電車やイベントに遅れまいとしてる人間が、直前まで文化部棟をうろうろしていることからして不自然ですし、それに、二人はジャージ姿で、荷物も持っていませんでした。制服や通学カバンを置いたまま、学校の外に出ていくとは考えづらいです。行ったとしても、ごく近場に限られるでしょう。電車やバスに乗るほどの遠出はしないはずです」


「イベントが学校の外で行われるとは限らないわよ」


「ん、どういうことですか?」

 

 平間副部長の言葉の意味が、メーベルにはわからなかった。

 

 副部長はこう続ける。


「たとえば、軽音楽部や演劇部が『今日は○時から発表会をします』と言ったら、それがイベントになるでしょう? もし、春心ちゃんと朱音ちゃんって子が、軽音楽部のライブを見にいくつもりだったとしたら?」


「ああ……」

 

 メーベルは一瞬、その考え方に納得がいきそうになってしまった。

 

 軽音楽部のライブを見にいくつもりで文化部棟に来てみたけれど、実はライブ会場は野外だった。だから春心と朱音は慌てて外へ出ていった。

 

 意味は通る――かと思ったが。


「……いや、待ってください。やはりそれも考えづらいですよ。発表会というのは、外部の人間に見せるために行うものです。しかし、いまは部活動の時間帯ですよ?」

 

 謎部の部室内には空調が効いているため、窓は閉めっ放しになっている。

 

 しかしそれでも、グラウンドからは運動部の威勢のいいかけ声が遠巻きに聞こえてくる。


「こんな時間帯に発表会をしても、外部から人は集まりませんよ。少なくとも、いま外で活動をしている野球部やサッカー部が練習をやめてまで来るとは思えません。他校の生徒ならなおさらですし、大半の社会人はまだ働いている時間です。発表会をするのなら、もっとふさわしい日程があるでしょう。これが新歓シーズンなら、新入生のために、この時間帯から発表会をすることもあるかもしれません。しかしいまはもう七月です。新歓シーズンはとっくに終わっています」

 

 勢いのまま、メーベルははっきりと結論づける。


「やはり公共交通機関でも、イベントでもありません。あの二人は、誰かのもとへ向かったのです」


「ううむ、そうか、素晴らしい!」

 

 青柳部長が唸った。


「反論にも動じず、冷静に論理を展開させる。まったく、頼もしい一年生だよ。平間くんもそう思うだろう?」 


「そうね。普通他人から色々言われたら、ちょっとは慌てるものだけど……メーベルはその辺堂々としてるものね。大したものだわ」

 

 先輩二人がメーベルを褒めそやす。これだと逆にやりにくい。


「もう、やめてください」

 

 照れ隠しに、メーベルは若干早口になって言葉を並べ立てる。


「そ、それに、人間が真に論理的になれるかどうか、というのは難しい問題ですよ。お二人だってそれはご存じでしょう? 私がやってることだって、本当は真剣な言葉遊びに過ぎないんです。つまりはほとんどの人間が行う推論というのは自分にとって都合のいい情報を――」


「はは、謙遜するね」


「そうよ。そんなに照れなくてもいいのに。よっ、天才」


「やめてください!」

 

 見れば、平間副部長の表情は涼しげながら、口元だけがわずかに緩んでいた。

 

 メーベルは気づく。褒められているのではなく、からかわれているのだと。


「もう、怒りますよ、先輩」


「悪かったわ。反応がかわいくて、ついね。ごめんなさい、神童」


「先輩!」


「ふふっ」

 

 メーベルと平間副部長が話しているあいだ、青柳部長が窓際に寄った。


「ちょっと、カーテンを閉めさせてもらうよ。なんだか暑くなってきてね」

 

 そう言って、部室のカーテンを閉める。


「ところでベルナールくん。二人は誰かを待たせていると言ったが、それが誰なのか、見当はついているのかい?」

 

 青柳部長に促され、メーベルの思考は再び推論ゲームに戻る。


「いえ、わかりません。そもそも待たせている“誰か”が、個人なのか団体なのか、それすらも不明です」

 

 春心と朱音は誰を待たせているのか。それはいまのところ、まったくわからない。

 

 しかし、取っ掛かりならあった。


「ただ、プライベートの約束ではないとは思ってるんですよ。春心と朱音は部活の用事で、誰かを待たせているんだと思うんです」


「部活の用事……それは、いまが部活動の時間だから、という理由かな?」


「まあ、それもあります」

 

 どうして先ほどの春心と朱音が、部活中だったと言えるのか。


「春心と朱音は同じ部活に所属している一方で、クラスは別々なんです。春心は一年七組、朱音が二組です。クラスが別々の生徒が、部活動の時間帯に、文化部棟で共に行動をしている。これはもう、部活をしていると考えていいと思うのですが」


「そうだね、僕もそう考えていいと思う」


「先生から用事を頼まれて行動している可能性もあるかと思ったんですが、先生がわざわざ別のクラスの生徒同士を組ませるとは思えないんですよ。また、放課後に雑談がしたいのなら、文化部棟まで来る必要はありません。やはり先ほどの二人は、部活の最中だったんです」

 

 青柳部長も、平間副部長も、黙って話を聞いている。

 

 異論はないと見て、メーベルはさらに話を進める。


「ここで、二人の所属する部活動について確認しましょう。この推論ゲームが始まる前にも軽く話しましたが、二人はラフ&ピース部という、ボランティアサークルのような部に所属しています」


「ラフ&ピース部ね、噂には聞いたことがあるわ」

 

 その噂が良い噂なのか悪い噂なのかということについて、メーベルはあえて触れない。


「ラフ&ピース部の活動は主に二つ。自発的に活動する場合と、他人から依頼を受けて活動する場合です」


「他人から依頼される場合……ああ、そういうことか!」

 

 どうやら青柳部長は、メーベルの言おうとしていることに気づいたらしい。


「そうです。それなら、状況にぴたりと合うんです。遅れることができない相手。急いで行かなきゃいけない相手。つまり、春心と朱音が待たせているのは――ラフ&ピース部に、仕事を依頼した人物です」


「仕事の依頼主。たしかに、遅刻しづらい相手ね」


「ええ。それにあの二人はなんだかんだ言って、部活に対しては真面目ですからね。時間を守れないようでは、部の信頼に関わります。だから二人は走っていたんです。私はそう考えています」

 

 そこでメーベルが言葉を切ると、一拍置いて、青柳部長が感じ入った様子で「そうか」と呟いた。


「『少女たちはどこへ行ったのか』……彼女たちは、依頼主のもとへ向かったんだね。いやはや、ベルナールくん、素晴らしい推論だったよ」


「いや部長、なにを終わったみたいに言ってるんですか」

 

 一応、結論のようなものは出たのかもしれない。

 

 いち高校生の、それも新人のおこなう推論ゲームとしては、まあ及第点ではあったのかもしれない。

 

 しかしメーベルは当然、こんなところで推論を終わらせるつもりはない。


「と、言うことは?」

 

 青柳部長が、期待の眼差しを向けてくる。

 

 メーベルは答える。


「依頼主を特定してみせます」


「まったく、頼もしい限りだね」

 

 そう来なくっちゃとばかりに、青柳部長はにやりと笑う。


「それでは最後の推論を始めましょう。ラフ&ピース部に依頼をしたのはいったい誰なのか。春心と朱音は、誰のもとへ向かったのか」

 

 それを解き明かす鍵は、おそらく朱音の発言の中にある。

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