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記号たちは明日へ進む  作者: 八番出口
第二章 ファンタジーの住人たち
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少女たちはどこへ行ったのか 1/3

 夏休みが始まる数日前の、よく晴れた日の放課後。メーベル・ベルナール・レオンハルトは、檸文高校の文化部棟へと向かっていた。

 

 文化部棟とは、高校の敷地の角にある、主に文化部の部室が集まっている二階建ての建物だ。


 檸文高校は文化部の活動が非常に盛んな学校で、実に様々な種類の部が存在している。特に文化部棟の中となると、バリエーションが豊かという次元を超え、カオスの様相を呈している。


 演劇部、文芸部、新聞部、歴史部、将棋・囲碁部、eスポーツ部、軽音楽部、正座部、TRPG部、ボードゲーム部、暗号研究部、手品部、エクストリーム・アイロニング部、百人一首部、占い研究部、輪ゴム部、ラフ&ピース部……などなど。


 メーベルの所属する“謎部”の部室も、文化部棟の中にある。


 どうしてマイナーな部活が文化部棟に多いのかといえば、メジャーな部はそもそも文化部棟を使う必要がないからだ。


 オーケストラ部は音楽室を使って練習できるし、美術部は美術室を使うことができる。料理部は家庭科室だ。荷物の保管場所にしたって、上記の部活動は各準備室を使うことができる。


 その点、TRPG室なんてあるわけがない。TRPG準備室も同じく。


 世間一般にあまり知られていない部活動だからという理由で、活動場所に格差が生じてはならない。そんな志のもとに、この文化部棟は作られたらしい。


『熱中症に注意!』

 

 というポスターが、文化部棟の入口付近の壁に貼られていた。絵心のある生徒が描いたのであろうポップなイラストが添えてある。


 こんな真夏でも外で活動しなければならない部活動は大変だなと、メーベルはどこか他人事のように思いながら、文化部棟の中へと入った。


 メーベルの所属する“謎部”の部室は、文化部棟に入ってすぐのところにある。


「失礼します」


「やあ、ベルナールくん!」

 

 部室でメーベルを出迎えたのは、謎部部長の青柳あおやぎ 植人うえひとだ。


「もう一学期が終わろうとしているね。ああ、人生とはかくも短きものか! この世のすべての謎を解くには、人間の持ち時間は少なすぎる! そうだろう、ベルナールくん!」

 

 なにかの役を演じているのではない。青柳部長はこれが平常運転だ。彼の口調はいつも芝居がかっている。

 

 メーベルは、青柳部長より容姿に恵まれた男性に会ったことがない。彼は間違いなく美男子の部類に入る。と言っても、メーベルは彼に特別な好意を抱いているわけではない。背の高い人を見て「背の高い人だな」と思うのと同じように、「顔が整っている人だな」と思うだけだ。


「メーベルが困ってるわよ。あと、うるさい」


 部室の隅で本を読んでいた黒髪の女子生徒が、青柳部長に冷ややかな視線を向けた。

 

 涼しげな目元が特徴の彼女の名前は、平間ひらま かえで。謎部副部長だ。


「なにを言ってるんだ平間くん! 僕がなにか間違ってることを言ってるとでも!?」


「その口調、就活までに直さないと苦労するわよ」


「うっ」

 

 平間副部長は、青柳部長に対していつも厳しい。だけどメーベルの記憶では、部内にぎすぎすとした空気が流れたことはいままで一度もなかった。不思議なことに。


「でも、時間が経つのが早いってのには同感ね。もう一学期も終わるんだもの」

 

 平間副部長は読んでいた本を閉じた。


「メーベルも、こんな変な部によく居ついてくれたわね。最初はすぐに辞めちゃうかと思ってたけど」


「いえ、私も謎解きは好きですから」

 

 本心からの言葉だった。

 

 ボツになったとはいえ、ミステリー出身のキャラクターとしての性なのだろう。メーベルはそんな自分の性に、思う所がないわけではないのだが。


「素晴らしい!」

 

 青柳部長が興奮気味に叫ぶ。


「やはり僕の目に狂いはなかった! ベルナールくんは期待の新人だよ!」


「だからうるさいわよ、青柳。まあ、私も女子の後輩ができて嬉しいんだけれどね」

 

 メーベルは入部した当初から、青柳部長と平間副部長にずっとよくしてもらっている。謎部はマイナーな部活動なので、後輩は貴重な存在なのかもしれない。

 

 しかしそういう事情があるのだとしても、優しく受け入れてくれる先輩がいるこの謎部は、メーベルにとって、確かにひとつの居場所となりつつあった。


「さて、ベルナールくんも来たことだし、本日も始めようじゃないか。謎部の活動を!」


 謎部の活動内容。


 それは、その名の通り、謎を解くこと。


 ミステリー研のように推理小説を題材に語り合うこともあれば、クイズ研のように知識を追及することもあり、果てはオカルト系の謎にまで手を出したりする。彼らの挑む謎には見境がない。


 謎に気づく喜びを愛し。


 謎を解くまでの過程を愛し。


 謎を解き明かす感動を愛し。


 そして解き明かせない謎には敬意を示す。


 それが謎部のすべてだった。


「部長、今日はなにをするんですか?」

 

 メーベルが青柳部長に尋ねる。


「そうだね、今日は推論ゲームをしようと思う」


「推論ゲーム、ですか」


「ある特定の文章や状況をもとに、推論を積み重ねていくゲームだよ」


「もしかして『九マイルは遠すぎる』のような感じですか?」


「その通り!」


『九マイルは遠すぎる』とは、ハリイ・ケメルマンが一九四七年に発表した、短編推理小説の傑作だ。


〈九マイルもの道を歩くのは容易じゃない、ましてや雨の中となるとなおさらだ〉


 英文学者のニッキィ・ウェルト教授が、たったこれだけの短い文章から、論理的な推論のみを積み重ねていくことで、思いがけない真実に辿り着いてしまうという内容だ。


「推論ゲームをするのはいいけど、なにか題材はあるの?」


 と、平間副部長が言う。


「それはいまから考える」


「だめじゃない」


「そんなことはない。題材なんて、いくらでも日常の中に転がっているのだからね。僕たちはただ見過ごしているだけなのさ。謎は探すものではない、気づくものだよ」

 

 そう言って、青柳部長は余裕たっぷりに微笑んだ。

 

 口調が少し残念な人だが、残念なのは口調だけであって、外見は完璧な美形なので、表情に動きがあるだけで絵になる。


「――――っ!」 


 廊下のほうから騒がしい声が聞こえてきた。それが聞き覚えのある声だったので、メーベルは部室の扉を開けて、廊下に顔を出した。

 

 やはり聞き間違いではなかった。廊下にいたのは、春心と朱音だった。

 

 二人はジャージ姿で、荷物も持たずに慌ただしく廊下を走っていた。


「ごめん! まさか外だとは思わなくって!」


「しゃあねえ! 電源がなくてもできるとは思わねえよ、最初は!」

 

 そうして二人は、文化部棟の外へ向かって風のように駆け抜けていった。


「相変わらず慌ただしい二人ですね……」


「これだ!」

 

 ふいに青柳部長が、大きな声を出した。


「謎が見つかったじゃないか! これで推論ゲームができるぞ!」

 

 謎部はその活動の性質上、常に部室内にメモ帳が置いてある。青柳部長は流れるようにペンを走らせ、一枚のメモを完成させた。

 

 メモの内容は次の通り。




・女子生徒二人の会話

『ごめん! まさか外だとは思わなくって!』

『しゃあねえ! 電源がなくてもできるとは思わねえよ、最初は!』


・女子生徒の行動・特徴

 二人して廊下を走り、文化部棟の外へ出て行った。

 二人ともジャージ姿だった。

 二人とも荷物を持っていなかった。




「謎の内容はズバリこうだ。『少女たちはどこへ行ったのか』。このメモの内容をもとに、推論をしていこう」


「面白そうですね」

 

 お世辞ではない。たしかに、推論のしがいがありそうだ。

 

 いつも一緒に暮らしているせいで麻痺しているが、客観的に考えてみれば、春心と朱音の日常はそれだけでミステリーなのかもしれない。


「おや、ベルナールくん、興味があるのかい? なら、きみがやってみるか! 僕たちはサポートに徹しよう!」


「いいんですか?」


「構わないよ。推論ゲームなら、僕たちはもう何度かやっているからね」

 

 平間副部長が、メモの内容を覗き込みながら、


「厳密には『九マイルは遠すぎる』とは違う条件ね。九マイルは、純粋に文章だけを使った推論だったから」


「まあ、いいじゃないか。九マイルを元にした作品の中には、現場の状況を推論の材料に加えているものも多い。僕はこれはこれでありだと思うよ」


「なによ、別に悪いとは言ってないじゃない」


「はは、それもそうだ」

 

 二人の仲のよさそうな会話――少なくともメーベルにはそう見える――に、若干遠慮がちに割って入る。


「あの、情報という話ですけれど……」


「なんだい、ベルナールくん」


「実は私、いま走っていった二人のことをよく知ってるんですよ」


「そうなのかい?」


「ええ。あの二人――春心と朱音っていうんですけど、私の知っている二人の基本的な情報も、推論の材料に加えてもいいですか?」


「基本的な情報というのは?」


「二人の名前、身長と体重、血液型。あとは在籍しているクラス、部活動といった、まあ、簡単なプロフィール程度のものです」


「なるほど。……って、部活動を知っているのは、ほとんど彼女たちの行方を知っているようなものじゃないのかい?」


「いえ、あの二人の部活、活動内容がその日によって違うんですよ。ですから、部活動の情報だけでは場所の特定はできません」


「そうか。じゃあ、いいよ」

 

 青柳部長の許可が下りた。

 

 ちなみにどうしてそんな許可を求めたのかといえば、そのほうがわかりやすいからだ。春心と朱音という人間を知っておきながら、謎の少女AとBとして推論を進めていくのは、情報の整理という意味で非常にややこしい。


 それならいっそ、二人の基礎情報は最初から推論の材料として加えてしまったほうがいいのではないかというメーベルの判断だ。


「さて、これで準備は整ったかな」


「待って、もうひとつ重要なルールがあるわ」

 

 と、平間副部長。


「あの二人は『気まぐれに意味のない行動をしていたわけではない』という仮定も必要よ。そうでないと、あの二人はただ『意味もなく適当に言葉を叫びながら、意味もなく廊下を走り回る遊びをしていた』というような説だって出てきてしまうから」


「もちろん。その仮定は必要だね」

 

 登場人物は全員、なんらかの妥当性のある理由があってその行動を取っていた、という前提のもとで考えるのが、推論ゲームの基本だ。


 まあ、春心と朱音の場合、意味もなく奇抜な行動を取ることもありえるかもしれないとメーベルは一瞬思ったが、先ほどの様子だとさすがに違う。仮になんらかの壮大なボケだったとしても、ツッコミの春心が一緒になってボケているとは考えにくい。


「じゃあ、今度こそ準備はいいかい?」

 

 青柳部長の言葉に、メーベルは頷く。


「それでは早速始めよう。少女たちはどこへ行ったのか。推論開始だ」

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