あなたの心に異世界転生
気づくと、俺は真っ白な空間にいた。
「目覚めましたか」
女性の声がした。見ると、俺の目の前には艶やかな金髪をなびかせた、絶世の美女が立っていた。
「はじめまして、私は女神です」
「女神……? あなたが……」
「ええ。名乗るほど立派な名は持ち合わせておりませんが……。ところで突然ですが、あなたにお聞きしたいことがございます」
本当に突然だなとは思ったが、突っぱねることもないだろう。
「構いませんよ」
「ありがとうございます。それでは――」
女神がにこりと微笑んだ。
「あなたはリンゴとミカン、どちらがお好きですか?」
「リンゴとミカン、ですか」
質問の意図はわからなかった。しかし、考えてもしょうがない。
俺は答えた。
「リンゴでしょうか」
「パイナッポォ!」
女神は懐からトマトを取り出し、俺の顔面に思いっきり投げつけた。
俺の顔全体に、トマトが爆散する。目に入ってしみるが、口に入ってきた汁はとても甘かった。今朝採れたばかりなのだろう。新鮮だ。
女神は神妙な面持ちで言う。
「それにしても、お気の毒でしたね。あなたはトラックに轢かれ――」
「待てよ!」
俺は言った。
「なんか言うことあるだろ!」
「なるほど……それでは一発ギャグをやらせていただきます」
「なんで!?」
「一発ギャグ、『爆速で“プリン”と言える人』」
「おい!」
「プリンッ」
「おいクソ女神!」
俺が怒鳴ると、女神は黙って姿勢を正し、改めて俺にこう告げるのだった。
「あなたはトラックに轢かれて死にました」
「え、そうだったんですか……」
「覚えていませんか。無理もありません。一瞬のことでしたから」
「じゃあ、いまの俺は……ここはいったい……?」
「そのことについてですが…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
女神がおもむろに、なにもない空間に向かって手をかざした。すると、扉が現れた。これが魔法というものだろうか。
女神は俺に微笑みかけながら、その扉の中に入っていってしまった。
それから体感で三時間は経っただろうか。女神は扉から出てくると、俺の顔を見て言った。
「あら、まだいらしたのですね」
「おおぉい!」
叫んだ。
「いるわ! 俺、いるわ! なんでいないと思った!? お前が明らかに話の途中でいなくなったんだろ! 絶対一区切りついてねーからな、さっきの! んで三時間も空けんな!」
「あらあら、元気のいいかたですこと」
「なんだとこのクソ女神!」
「パイナッポォ!」
女神は懐からトマトを取り出し、俺の顔面に思いっきり投げつけた。
だが、俺に二度同じ攻撃は通用しない。
俺は小首を傾げ、最低限の動きでトマトを回避した。トマトは遥か後方、真っ白な空間の彼方へと飛んでいく。
「甘いですわね……そのトマトのように」
女神が指の先をくいっとやった。
その動きと連動して、俺が避けたはずのトマトが、まるで逆再生でもするかのように高速でバックしてきて、俺の後頭部に当たった。後頭部に当たったので、トマトの味はわからない。
俺は呆れながら言った。
「なあ女神さま、いい加減に教えてくれよ。ここはどこなんだ、俺はなんで呼ばれたんだ。なんもわかんねえんだよ、まじで」
「そうですね……あなたはトラックに轢かれて死にました」
「それはさっき聞いたわ! なんで死因だけは繰り返し教えてくれるんだよ! そこはそんな聞きたくないわ! 気が滅入るわ! 自分の死因なんて!」
「すいません。実はあなたの死因は……トラックに轢かれたことではないのです」
「嘘かよ! すっげえ意味のない嘘!」
「おやめなさい。意味のある嘘なんて、世界中のどこを探してもありませんよ。たとえどんなに優しさが込められていようとも、嘘は嘘であり、罪なのです」
「じゃあお前は罪人だよ!」
「あなたの本当の死因は、○×クイズで×のほうに飛び込み、着地に失敗したことです。当たり所が悪く、そのまま死亡しました」
「だっせえ死にかた!」
「しかも答えは◯のほうでした」
「完全敗北じゃん! 俺! なにそれ、そんなんで死んで……ええ……俺の告別式の空気、大丈夫だった?」
「だめでした」
「見てたのかよ!」
はあ、と俺はため息をつく。
「女神さんよ、俺にどうしてほしいんだよ。ぶっちゃけアレだろ? これ、異世界転生ってやつだろ? 俺は死んだ。だから別の世界に行く、違うか? なのになんであんたはなんも教えてくれねえんだ」
「……寂しいから、でしょうか」
「は?」
女神が、不意に切なげな表情を浮かべた。
「私、色々なかたを、色々な世界にお送りして参りました。それが私の、使命だからです」
女神の目は、真剣そのものだった。
「でも、なぜでしょう。私はあなたを、どこの世界にも引き渡したくはありません。どこの世界にも送り出したくはないのです! こんな気持ちになったのは初めてです……。笑いますか? 女神がひとめぼれなんて……」
「…………」
突然の告白に、一瞬、言葉を失った。
それでもかろうじて、俺は会話を繋ぐ。ここで黙るのは卑怯だと思ったから。
「だからあんたは散々、時間を稼ぐようなことをしたのか」
「はい、すいません。しかし、もういいんです。こんなこと、よくないってわかってるんです。安心してください。私は私の使命を果たします。これからあなたを、異世界にお連れしましょう」
「そうか」
俺は頷いた。
「安心しろ、あんたの使命はもう果たされたよ」
「え?」
目を丸くした女神に、俺は言ってやった。
「俺はもう、異世界転生してるのさ。あんたの心にな」
「ズキューン!」
俺は手を差し出した。
「踊ろうぜ」
女神は手を取った。
「喜んで」
そうして俺たちは、踊りだした。
俺たちはまだ互いに名前を知らない。でも、なぜだろう。名前なんて必要ないと思えたんだ。
俺と書いて愛と読み、女神と書いて永遠と読む。それで十分じゃないか。
それでは LOVE LOVE DANCE FOREVER。
またどこかで会いまショーン・K。
何これ……。




