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記号たちは明日へ進む  作者: 八番出口
第一章 ボツキャラクターの日常
30/165

ある夏の群青 4/9

 ラフ&ピース部が上木内志保の依頼を引き受けた翌々日。


 放課後になるや否や、春心はすぐに朱音と合流し、昇降口を出た。

 

 これから、上木内順哉に会いに行く。


「時間、大丈夫かな」


「まあ、普通の小学生なら帰ってるだろうな」

 

 放課後すぐに高校を出たと言っても、今日は七限目まである日だったので、すでに時間は四時半を過ぎている。

 

 春心たち高校生にとってはまだ早い時間だとしても、小学生には少し遅い時間だ。もしもクラブ活動や委員会のようなものがあったとしても、順哉が学校に残っているとは考えにくい。


「でも、上木内(あね)の話じゃ、弟はすぐには家に帰らねえんだろ?」


「あんまり信じたくない話だけどね」

 

 志保から聞いた話によると、順哉はいつも夜の八時ごろまで家に帰らないらしい。かと言ってなにか用事や習い事があるわけでもなく、街中で適当に時間を潰しているそうだ。

 

 だいたい街のどの辺に行けば順哉に会えるのか、志保は細かく教えてくれた。弟の帰りが遅いのが心配で、普段から本人に内緒で順哉の動向を調べているらしい。


「なんつーか、心配の仕方がちょっと変わってんだよな、上木内姉は。こっそり調べるくらいなら直接注意するなり、連れ帰るなりすりゃいいのに」


「避けられてる、って言ってたよね」


「それが本当なら……嫌な話だよ」

 

 朱音の表情に、暗い影が差す。

 

 普段明るい朱音がこういう顔をするとき、たいてい家族や親といったものが絡んでいることを春心は知っている。

 

 おそらく春心の“家族”の中で、ボツにされたことに一番怒っているのは――あるいは悲しんでいるのは――朱音なのだ。

 

 だけどこういうときになんて言ってあげるのが正解なのか、いまだに春心はわからない。結局、口から出てくるのは平凡な言葉だ。


「……いまは考えてもしょうがないよ。ね?」


「そりゃそうだな。いまは行動するしかねえか」

 

 この瞬間にはもう、朱音の表情はカラッとしている。暗い空気を引きずらないのは彼女の長所ではあるのだが、無理をしていないだろうか。春心は少し心配になる。


「んで、どっから行く?」


「待ってね。いまメモを開くから」

 

 順哉がいそうな場所については、メッセージアプリを通して志保からメモが送られてきている。


「候補地は全部で八か所だね。とりあえず、近いところから回ってみようよ」


「そうするか」

 

 そうしてメモを頼りに、春心たちは歩きだした。


 スーパーのイートイン。


 古本屋。


 駅中の商業施設。


 古びた神社。


 河川敷。


 そして――


「ねえ、あの子、順哉くんじゃない?」


「まじだな」

 

 順哉を探し始めてから五十分ほど経ったころ。


 白木公園という小さな公園のベンチに、クレイジー小僧ちゃんねるで見たあどけない顔の少年が座っているのを見つけた。


「なんかちょっと、動画と雰囲気違うね」


「普通に優等生っていうか、全然クレイジーな感じではないな」

 

 順哉は少し背中を丸めて、静かに文庫本を読んでいた。人気のない公園で、物憂げに本を読んでいる姿が妙に様になっているのが意外だった。


「とにかく、ここからが本番だね。うまく話しかけなきゃ」

 

 最終目標は、順哉を説得すること。

 

 しかしいきなり動画を作るのをやめろと言いに行ったところで、頷いてくれるはずもない。というか、下手すれば「不審者に話しかけられました」と通報される。

 

 ということで、春心たちは昨日丸一日使って、作戦を練ってきていた。

 

 順哉とうまく会話するための作戦を。


「いい、朱音ちゃん? 昨日練習した通りにいくよ」


「おう」

 

 ためらうことなく、春心と朱音は白木公園の敷地内へと入った。


 ここで一直線に順哉の方へは近づかない。二人で雑談するふりをしながら、徐々に、遠回りに距離を縮めていく。


 数分かけて順哉の座っているベンチに近づいたところで、春心たちはわざと本人に聞こえるような声量でこんな会話を始めるのだった。


「ねえ、あれってクレイジー小僧じゃない?」


「うお、まじかよ、本物のクレイジー小僧じゃねえか。こんなところで会えるなんてな」

 

 名付けて『私たちファンなんです作戦』。 

 

 少し強引かもしれないと思わないでもなかったが、普通に順哉と知り合った場合、そこから動画の話に持っていくのにまた少し時間がかかる。 

 

 それなら最初からクレイジー小僧とそのファンという関係で始まったほうが、その後動画の内容について話しやすいのではないか、という考えだ。


「ねえ、握手してもらおうよ」


「だめだろ、プライベートだぞ」


「えー、でも、こんな機会なかなかないし……」

 

 さすがに白々しすぎるかなと思いながら、春心はちらりと横目で順哉の様子を窺う。


 これで感触がよさそうなら、このまま話しかけてみる。不審がられているようなら、一度撤退する。

 

 さて、順哉の反応は――


「お姉さんたち、僕のこと知ってるの?」

 

 なんと、向こうから声をかけてきてくれた。これ以上ないチャンス。こうなったら押せ押せだ。


「知ってます! 昨日も動画見てたんですよ!」


「私たち、お前のファンなんだよな! ちょっと握手してもらっていいか?」

 

 春心と朱音が同時に順哉に手を差し出す。


「…………」

 

 しかし順哉は黙りこくって、差し出された手をぼーっと見つめるだけだ。


 あれ、なんだろう、この間。もしかして失敗したかな?


 春心が少し不安になった瞬間だった。


「ははっ」


 順哉が、ふいに大きな声で笑いだした。


「あははっ! とうとう僕の、いや、オイラの時代が来たかーっ! やっぱりオイラは正しかったんだーっ!」

 

 順哉はベンチから勢いよく立ち上がり、春心と朱音の手を順番に握り返す。


「わー、ありがとうございます!」


「もうこの手、一生洗わないぜ!」


「握手だけでそんなに喜んでもらえるなんて……。これはクレイジー冥利に尽きるぜーっ!」


 ニコニコ、ニコニコと、順哉は機嫌のよさを隠そうともしない。

 

 ファンがいるのがよほど嬉しいのだろうか。そう思うと、騙しているのがなんだか申し訳なくなってくる。


「よし、せっかくだから、お前らに生クレイジーを見せてやるぜーっ! ファンサービスだぜーっ!」

 

 順哉のその言葉に、朱音が首を傾げた。


「生クレイジー? なんだそりゃあ?」


「オイラがいかにクレイジーな存在か、教えてやるってことだぜーっ!」


「へえ、面白そうじゃねえか、どんなことすんだ?」


「こういうことだぜーっ!」


 そう言って、順哉は朱音の腹をつまんだ。


「……は?」


「オイラはクレイジーだから、モラルなんか気にしないぜーっ!」

 

 秒速で、朱音が順哉の胸倉を掴み上げる。


「んだテメェボケ、ドブに落とすぞアァ……?」


「待って待って待って! 朱音ちゃん、小学生にマジギレはだめだって! 落ち着いて! ね?」


 春心は慌てて順哉から朱音を引き離す。


 そりゃ急にあんなことをするなんて、非常識にもほどがあるけど、朱音ちゃんが怒るのもしょうがないけど、でも、小学生の胸倉を掴んでメンチ切るのはさすがに……


「オイラはクレイジーだから、モラルなんか気にしないぜーっ!」

 

 続けて、順哉が春心の腹をつまんだ。

 

 光速で、春心は順哉の胸倉を掴み上げる。


「クソダボが……あの『どーん』って掛け声、ひとつも面白くねえんだよ……」


「おい待て春心! お前のほうがキレてんじゃねえか! 口調変わってんぞ!」

 

 朱音が速やかに順哉から春心を引き離す。


「ちょっと私ら、一回クールダウンしたほうがよさそうだな、だろ!?」 


「う、うん! そうだね、一回落ち着こう!」

 

 あまりにも予想外のことが起こって二人とも動揺している。

 

 ここは一度作戦タイムだ。

 

 春心と朱音は肩を寄せ合い、順哉に聞こえないよう、ひそひそ声で会話を始める。


「ごめん。ちょっとカッとなっちゃった……」


「いやわかる。私らの身体を触ったことについては重罪だ。いずれ罰を与える。確定だ。でも、でもだぞ? 私たちはここに来た理由を忘れちゃいけねえ」


「そうだよね。志保ちゃんがあんなに必死に頭を下げてくれたんだもん、私たちが台無しにするわけにはいかないもんね」


「ああ」


「よし、一回深呼吸しよう」


「オッケー」

 

 すーはー、すーはー。

 

 もう大丈夫。 


 平静を取り戻したところで、春心と朱音は順哉の方に向き直る。


「ごめんね。怖がらせちゃって」


「でもな、お前も悪いぜ。女子の身体を勝手に触るもんじゃねえ。あとモラルは守れ」 


 すると、順哉は困惑したように眉根を寄せた。


「ど、どうして? お姉ちゃんたち、オイラのファンなんでしょ? クレイジーなことをすれば喜んでくれると思ったのに……」

 

 朱音が呆れ顔になって、自分の頭をかいた。


「いいか。お前のそれはクレイジーっていうんじゃねえ。ただの迷惑行為だ」


「う、嘘だぁっ! オイラはクレイジーだぞ! その証拠に、街の物を壊すことだってできるんだぞ! こんなこと、誰もできないだろーっ!」

 

 ガンガンと、順哉がベンチを蹴り始めた。


「こら!」

 

 思わず春心が叱りつけると、順哉は動きを止め、しゅんと肩を落とした。


「それはだめ」


「で、でも、オイラはクレイジーだから」


「君がやってることは、ただ決まりを破ってるだけだよ。誰もやれないんじゃなくて、誰もやらないだけなの。君が凄いわけじゃないんだよ?」


「そんな……」


「面白いことをしたいっていう気持ちはよくわかるけど、でも、もうちょっとやり方を考えようよ、ね?」 


「…………」

 

 順哉は俯いたまま、急になにも言わなくなってしまった。いまにも消えてしまいそうなほどに肩を縮こめて、呆然と地面の一点を見つめている。


 もしかして言い過ぎたかなと、春心のほうが焦ってしまうほどの打ちのめされっぷりだ。


 ほんの一瞬前までの態度との落差が、いくらなんでも激しすぎる。


「……らなきゃ……」


「え?」


「……の居場所……らなきゃ……」

 

 ぶつぶつと、順哉がなにかを呟いた。

 

 いったいなんと言っているのか、春心が耳を澄まそうとしたそのとき、


「わかった。お姉ちゃんたち、嫉妬してるんでしょ」

 

 突然、順哉がにやりと笑った。


「そうだよ、オイラの才能に嫉妬してるんだ! 危なかった、こんなやつらなんかに邪魔されるところだった!」


 順哉は地面から砂を掴み上げると、春心たちに向かって投げつけた。


「わっ! ちょっと!」


「くそ、お前っ……」

 

 春心たちがひるんだ隙に、順哉は公園の出口へと走り出す。


「オイラは説教なんて受けないよ! オイラはクレイジーだから! オイラは誰の言うことも聞かないぜーっ!」


「あっ、待って! 朱音ちゃんどうしよう! 追いかける?」

 

 そう言ったものの、内心では「追いかけてどうするんだ」とも思う。


「いや、今日はもう、無理だろ」

 

 朱音も似たようなことを考えたのだろう、最初から追いかけようとはしなかった。去っていく順哉の背中を目で追いながら言う。


「私、ちょっと甘く見てたかもしんねえ、今回のこと」

 

 それは春心も同じだ。


「……私も、ちゃんと会話すればわかってくれるって、どこかで思ってたかも」


「そもそも、会話にすらなってなかったのかもな」

 

 珍しく、朱音が疲れたような顔を見せた。


「どうしよう。私たちの印象、最悪だったよね。ここからどうやって順哉くんを説得すれば……」


「わかんねえ」

 

 はぁ、と朱音が大きなため息をつく。

 

 しかし彼女の表情は暗くはない。むしろ覚悟が決まったようだった。


「しょうがねえ。こういうときは、素直にあいつらを頼ろうぜ」





「というわけで、お前らの力を借りたい。頼む」


「みんなごめん! 本当は自分たちで解決するべきなんだけど……」

 

 順哉の説得に失敗した日の夜。春心と朱音は、ルシア、しづく、メーベルの三人をリビングに集めた。


 そして志保と順哉の個人情報をぼかしながら、今回の騒動の大枠を説明し、助言を求めたのだった。


「私の考えを言ってもいいですか?」

 

 事情を聞き終えて、最初に口を開いたのはメーベルだった。こういうときにメーベルは強い。


「今回のことに関しては、地道にやるほかないと思いますよ。相手が厄介だったとは言え、話を急いだのが二人の失敗でしょう」

 

 続いて、ルシアが発言する。


「その人の動画はいますぐ炎上するって感じじゃないのよね? だったら、私もゆっくりやったほうがいいのかなって思う」

 

 それから、ゆったりとした口調でしづくが言った。


「まあ、はるこもあかねも、あまり気負いすぎないほうがいいよ……。気持ちに余裕がないとね、説得はできないんじゃないかなぁ……」

 

 しづくのアドバイスのみ若干毛色が違うが、総じて『焦らずにやるべきだ』というのが三人の意見のようだ。


「そっかぁ。やっぱり焦らないでやるのが一番なのかな」


「私らもどっかで焦ってたのかもしんねえな。やべぇ、炎上しちまう! 早く解決しねえと! ってな」

 

 再び、メーベルが口を開く。


「事は人間関係ですからね、特効薬はありませんよ。劇薬ならあるかもしれませんが……まだリスクを負うような局面とも思えません。あとはそうですね、動機を調べるのも基本です。どうしてその人物はクレイジーにこだわっているのか。どうしてそんな危ない動画を作るのか。その理由を調べることで覗ける真実もあるはずです」

 

 さすがはミステリー出身、といったところか。やはりメーベルはこの五人の中で、物事の解決の道筋を立てる能力に最も秀でている。

 

 動機を調べる、か。


 春心は今日の夕方のことを思い出しながら言う。


「私も気になってるんだよね。どうしてあんなに頑なにクレイジーにこだわってるんだろう?」


「そう言や、あいつが急に砂を投げてきたのも、その辺りに触れてからだよな」


「そうそう」


 もしかしたらメーベルが言う以上に、動機の部分に大きなヒントがあるのかもしれない。

 

 とにかく、考えはまとまった。

 

 焦らずに根気よく順哉と接していくこと。

 

 順哉がクレイジーにこだわる理由を知ること。


 どちらにしても、地道にやっていくしかなさそうだ。


「みんな、ありがとうね。頭の中が整理できたよ」


「お前らと喋ってると、できそうな気がしてくるから不思議だよな。ほんと、助かったぜ」

 

 相談に乗ってくれた三人にお礼を言って、話し合いはここで一旦終了する――はずだった。

 

 突然、大きな音が響いた。


 春心と朱音のスマホが、同時に鳴ったのだ。


「志保ちゃんからだ」


「なんだこれ、動画のURLだな」

 

 同時送信で、二人のもとに志保からのメッセージが送られてきていた。

 

 さらに続けて、春心のスマホに着信が入る。同じく志保からだ。どうしたんだろうと思いながら、通話ボタンをタップする。


『急にすいません! ですがその、大変なんですっ!』

 

 志保の第一声がそれだった。

 

 即座に、なにかがあったことを春心は悟る。それも、とても嫌なことが。


「どうしたの?」


『弟が大変なんです! いま、動画の生配信やってるんですけど……とにかく大変なんです! 先ほど動画のリンクを張って送ったので、それを見てください!』


「わかった! あ、ちょっと待って、いま朱音ちゃんが近くにいるから、そっちで動画を見るから。電話は切らないでいいよ!」

 

 志保との通話を繋げたまま、朱音に事情を説明する。


「順哉くんが大変らしいの!」


「どういうことだ?」


「とにかく、その動画見てって!」

 

 朱音は志保から送られてきたURLを開いた。

 

 繋がったのは、某大手ライブ配信サイト。

 

 そして放送中の動画の中には、順哉が映っている。


『オイラはクレイジー小僧! 今日は生放送でお送りするぜーっ!』

 

 周囲は薄暗くてよく見えないが、どうやら無人の寺か神社のようなところにいるようだ。

 

 やがて順哉は、高らかに宣言する。


『いまから賽銭箱さいせんばこに、うんこしまーす!』

 

 まったく同時に、春心と朱音は叫んだ。


「「はあああああああああああああああああああああ!?」」

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