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記号たちは明日へ進む  作者: 八番出口
第一章 ボツキャラクターの日常
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いざないマンモス 4/4

 しづくは現在、ペンタトニック率いる原始人たちと共に森の中を進んでいた。

 

 当然ながら、この太古の時代に舗装された道路など存在しない。足元の起伏が激しいのは当たり前。草木は生え放題だし、大小様々の石がごろごろ転がっている。その上ところどころに雪が解け残っているものだから、慣れていない者なら数メートル歩くのさえままならないだろう。

 

 悪路も悪路。むきだしの大自然。


 そんないにしえのメインストリートを、しかししづくは平然と闊歩していた。


「おぉ~いおい、シヅクゥ、おめぇ結構歩けんじゃねえかァ! そんなちっちゃい体ですげえなぁ! びっくり滑稽だぜおい!」

 

 前方を歩くペンタトニックが、ニヤけながらしづくの方を振り返った。


「まあ、私はすごいからね……メーン……」


「たくましマンモスッ!」 


「そこはメーンって返してよ……」

 

 出会ってわずか数分。しづくはすでに、ペンタトニックと普通に会話ができるようなっていた。噛み合っているかは置いといて。

 

 ちなみに、しづくが平気で森の中を歩いていられるのは、こっそり身体のリミッターを解除しているからだ。普段のしづくなら五分も持たなかっただろうが、全力を出した状態ならどんな悪路でも関係ない。なんなら、ここを歩き慣れているはずの原始人たちより数十倍は速く移動できる。


「ところでさ、ペンタトニック……。ひとつ聞いていい……?」


「おうおうなんだシヅクゥ! 俺の足が何センチか気になるかって!? ヘッ、七メートルだよバカ野郎ッ! なーんつって、ジョークジョーク! フゥーッ!」


「いや、そうじゃなくて……。そのサングラス、どうなってるの……?」

 

 会話ができるようになってきたところで(やっぱりできてないかもしれない)、しづくはサングラスについて触れてみた。


 ずっと気になっていた。

 

 この時代にサングラスって、あったんだっけ……? 

 

 サングラスに触れられたのが嬉しかったのか、ペンタトニックはおおげさに喜んだ。


「お目が高ェ! 未来人ってのは、目のつけどころか違えなァ!」


「ねえ、どうやって作ったの……?」


「川原で綺麗な石を拾ったのウィッ! 透き通っててよ、世の中にこんな綺麗なもんがあんだなーっつって、俺は感動しちまってなァ! ほいで、あとはその石を叩いて伸ばしてジャンケンポンってな寸法よ。オッケーッ!?」


「うーん、わかんないけど、わかった……」


「べリグッ!」

 

 諦めた。


 と言うか、これ以上追及しても無駄なんだろうなとしづくは直感した。


 ペンタトニックのサングラスは、綺麗な石を叩いて伸ばしてジャンケンポン。以上。終わり。


「おう、着いたぜシヅクッ! ここがマンモスパーティーの会場だッ!」

 

 森の中を歩き始めて五分も経たないうちに、ペンタトニックは巨大な岩山の前で足を止めた。

 

 見れば、岩山のふもとにぽっかりと大きな穴が空いている。その両端には見張りらしき二人の若そうな男の原始人がいた。


「ここの洞窟がそうなの……?」 


「おうよッ! ちなみに俺は、ここを国際フォーラムって呼んでる」


「それ、私の時代にもあるよ……」


「すげーッ! この洞穴、五万年後にも残ってんのかよッ!」


「いや、名前が同じだけだよ……」


「まぁーじか! がっかりだぜぇ……。でも次は良いことあるさッ! ヒューッ!」


 ペンタトニックに連れられて、しづくは国際フォーラム(という名の洞窟)に足を踏み入れた。


 入ってすぐに、狭い通路が続く。視界はよくない。天然の石壁に囲まれた薄暗い空間を、点々と置かれた松明だけが仄かに照らしている。道が曲がりくねっているせいで先を見通すことはできないが、陽気なざわめきやなにかの打楽器を叩く音が奥の方から反響してくるのがわかった。 


 そしてある曲がり角を曲がったところで、急に開けたところに出た。

 

 縦横無尽に広がる岩肌。


 天井の亀裂から差し込む太陽の光。


 見る者に自然の偉大さと、人間の無力さを有無を言わさず悟らせてしまうような、圧倒的な空洞が目の前に広がっていた。


 ――神々しい。


 しづくはそう思った。柄にもなく。


「見ろよシヅクッ! あれが俺たちの仲間だぜッ!」


 この空間には、数十人の原始人たちが集まっていた。皆一様に喜びの表情を浮かべながら、踊り、歌い、食べている。なるほど、たしかにパーティーという雰囲気だ。

 

 突然、ペンタトニックが彼らに向かって叫んだ。


「おいフロアァァッ! 全員アガッてっかァ!? ッメェッーンッ!」

 

 すると、『ッメェッーン!』 と、間髪入れずに洞窟の各所からレスポンスが返ってくる。

 

 それを受け、再びペンタトニックは叫ぶ。


「盛り上がっていこうぜェーッ!」

 

 うおおおおおおおおおおおッ! 

 

 ペンタトニックの一声で、洞窟内のボルテージが三段階ほどあがった。もしかしたら、しづくが考えているよりもペンタトニックは偉い人なのかもしれない。それか人気者なのか。

 

 歓声止まぬ中、ペンタトニックはしづくに耳打ちした。


「こっち来いよシヅク、関係者用の特等席に案内してやるぜ」


「ねえ、いまのノリ、なんなの……? ここ、ライブハウスなの……?」


「ライブハウスゥ!? なんだそりゃ、知らねえなァ! でもイカしてんなッ! その名前、いただくぜぇ! ゲッチュう! 今度からここを、ライブハウスと呼ぶぜッ!」


「国際フォーラムはどこ行ったの……?」


「名前が二つあってもいいだろッ! 予備だよ予備ッ!」


「そっかぁ……(思考停止)」

 

 ペンタトニックに案内された関係者席は小高いところにあって、洞窟全体を見渡すことができた。特等席と言うだけはある。


「よっしゃシヅクッ! まずは飯だなッ! せっかくここまで来たんだ、最高のごちそうを食わせてやるよッ!」


「いいの……?」


「客人に楽しんでもらうのは俺の義務だぜッ!? そうだろッ!」


「わー……ありがとう……」

 

 とっておきの料理……クレープかなぁ……。


 期待して待つこと十数分。女性の原始人が二人やってきた。


 一人がしづくの前に大きな葉っぱを敷いて。それからもう一人が、こんがり焼き目の入った肉塊を葉っぱの上に置いた。


 ペンタトニックが自慢げに言う。


「やっぱこれだろォ! 焼き立てのマンモスッ! これに限るぜッ!」


(クレープじゃなかった……)


 内心、ちょっと落胆した。


 とは言え、しづくも本気でクレープが出てくると思っていたわけではない。せいぜい百の内、七十くらいしか期待していなかった。


「あれ……でも、待てよ……」


 マンモスの下に敷かれている大きな葉っぱ。


 その上に乗っている肉。


 しづくはハッとなった。


 この葉っぱを皮に見立て、マンモスの肉を具だと考えれば……あるいは……これはクレープだと解釈できるのではないか? 


 そう、目の前の料理はクレープだ。


 プリミティブクレープ、マンモス風だ。


 しづくはそう結論付けた。まさに、天啓だった。こうなればもう、なにも憂うことはない。

 

 しづくは両手を合わせて言った。


「いただきマンモス……」


「ふぉおおおッ!?」

 

 ペンタトニックが奇声を上げて跳び上がった。


「おま、お前ッ! 天才かよッ! いただきマンモスって……すげぇいいワードだなッ! 未来人ってスゲーッ!」


「センキュー……」

 

 言って、しづくは葉っぱで包むようにしながら、マンモスの肉を手に取った。

 

 お腹を壊したらどうしよう、という心配はいらない。ロボットだから。こういうときは機械の身体で良かったと思うしづくだった。

 

 それでは、まずは一口。


「ん~……」

 

 正直、美味しくはない。


 と言うより、日頃しづくが食べているような、現代の豚や鶏、牛の肉が美味しすぎるのだ。そちらに慣れてしまっている舌でマンモスを食べても、美味しいと思うのは難しいのかもしれない。


「これはあれだね、ワイルドな味だね……」


「ハハッ! なに言ってんだよッ! ワイルドじゃねえ食いもんなんてあんのかよッ! シヅクは面白いこと言うなッ!」


「あ、そっかぁ……」 

 

 食べ物に対する感覚が違う、というのを実感した瞬間だった。

 

 ある程度のお金さえあれば、好きなときに好きな食べ物を買える時代ではないのだ、ここは。

 

 腹を満たしたければ、自然の中に繰り出し、自然の中にあるものを取ってくるしかない。そしてその行為は、大いに命の危険を伴う。ワイルドじゃない食べ物なんてあるはずがないのだ。


「…………」


 美味しくはなかったけれど、しづくはもう一度マンモスの肉を口に含んだ。


「うん、美味しいよ……。ありがとう……食べ物を分けてくれて……」


「そうか! 喜んでくれたんならなによりだぜッ!」


 ペンタトニックは満足げに頷いた。


「お、シヅク、そろそろショーが始まるぜッ!」


「ショー……?」


「あそこを見てみなッ!」

 

 ペンタトニックが指さす先、洞窟の奥の方に、木で作られたステージがあった。

 

 ステージ……?


「めでたいことがあるときはよッ、俺たちの中でも指折りのひょうきん者たちが、あそこのステージで出し物をすることになってんのよッ!」


「ゆびおりのひょうきんもの……」


 ペンタトニックはそこには入っていないのだろうか。


「まあ見とけッ! 抱腹絶倒のその先に連れてってもらえるぜッ!」


「まじ……?」

 

 カンカンカンカン!

 

 一人の原始人が、ステージの端の方で、動物の骨でできた打楽器を叩いた。すると、それまで明るいざわめきに満ちていた洞窟内がしいんと静まり返った。

 

 打楽器を叩いていた原始人が言う。


「レディースエェ~ンド、ジェントルメンッ! クレイジーボォーイ&ガァールズッ! これより、爆笑タイムズを始めまぁ~す!」

 

 カンカンカンカン!

 

 打楽器の音を合間に挟み、


「それでは最初の芸人はこちらぁっ! 動きの魔術師、フリジア~ン!」

 

 カンカンカンカン!


 打楽器の原始人からの紹介を受け、ステージの真ん中に、ひょうきんそうな原始人が両手を叩きながら上がってきた。


「はーい! どうもどうも~! フリジアンでぇ~す!」


 完全に日本のお笑い芸人の登場の仕方だった、

 

 そしてフリジアンとは、芸名なのか、本名なのか。


「はい、いまから面白い動きしまぁ~す! ハンデラベンダカンダンデベンダ……♪」

 

 リズムに合わせ、機敏で愉快な動きを披露するフリジアン。

 

 アッハッハッ!


 洞窟内が、爆笑の渦に包まれる。


「リズムネタって、原始時代からあるんだ……」

 

 意外な発見だった。 

 

 元の時代に帰ったら、春心と朱音に教えてあげようとしづくは思った。興味ありそうだし。


 フリジアンが面白い動きでひとしきり爆笑をかっさらっていったあと、続けて違う原始人がステージに上がってきた。


「はいどうも~! ミクソリディアンでぇ~す!」

 

 やはり日本の芸人のような挙動で登場し、


「マンモスあるある言いま~す!」 

 

 この時点で、すでに洞窟内に小笑いが起こっている。


「マンモスあるある! 『本気マジな罠ほどかからない』っ!」

 

 どっ!


 洞窟内のいたるところから、「わかるわかる!」という声が聞こえてくる。「あいつら適当に作った罠には割と引っかかんのにな!」という声も。


「あるあるネタも、この時代からあったんだ……」

 

 これも春心と朱音に教えてあげようとしづくは思うのだった。絶対興味あるでしょ。

 

 しかし、それにしても……。


「ねえ、ペンタトニック……。私、今日で原始人のイメージが変わったかも……」


「なんだシヅク、原始人って俺たちのことかッ!?」


「まあ、そうだね……未来ではだいたいそんな感じで呼ばれてるよ……」


「おぉーい、やめてくれよ! もっとかっこいい名前で呼んぢくり~ッ! そうだなッ、ウホウホサンダーバードなんてどうだッ!?」


「それ仲間から苦情来ない……?」

 

 ウホウホサンダーバードって。誰が賛成するんだろう。

 

 ……いや、賛成するのかもしれない。ここの人たちなら。


 しづくは言う。


「正直言うとね、私、原始人って、もっと動物みたいなのかと思ってた……。マンモスを追いかけ回して、ウホウホ言って……。でも、全然違ったんだなぁって……。ここの人たちも、未来の人たちと同じように笑うんだね……」


 ペンタトニックは豪快に笑った。


「ハハッ、当たり前だろォ! 俺たちは生きてんだぜッ!?」


「そっか、そうだよね……生きてるんだよね……」


「そしてお前も生きてるッ! これ以上のことはないだろッ! ウェーイ! 今日という日に乾杯ッ! チアーズッ!」

 

 しづくの表情がふっと緩む。


「ペンタトニックは、ずっと楽しそうだよね……」


「そりゃそうだろッ! 人間の一番の武器は笑顔なんだぜッ!」


「そうなの……?」


「そうだぜッ! ああそうだぜッ! 人間には鋭い牙はねえッ! 分厚い毛皮を持ってるわけでもねェッ! 空も飛べねえッ! でも、笑うことはできるんだぜッ! 楽しく生きなきゃ意味ねえだろッ! 笑って生きようぜェッ!?」


「そうだね、うん……。笑うのは大事……そう、その通りだよ……」

 

 本心からの同意だった。


「ペンタトニックは、あかねと気が合いそうだね……」


「アカネ!? 誰だそれはここに来て新キャラなのかッ!?」


「あかねはね、私の家族だよ……」


「ファミリーッ!」


「うん。……ほかにはね、はるこ、ルシア、メーベル、たかさきさん……あとは個人的になつめ先生もかなぁ……。みんなね、私の大事な家族だよ……」


「そっかァ! それはいいなッ! 大切にしろよッ! 幸せになッ!」


「……もしかして、ペンタトニックっていい奴……?」


「いまごろ気づいたのかよッ! 俺は最初っから最後までいい奴だぜッ! フゥッ!」


「ふふ、そうだね……いい奴だよ、ペンタトニックは……」

 

 思えば、しょうもないミスでこの時代に来てしまった。

 

 けれど、決して悪い体験ではなかった。

 

 いつか自分の命が尽きてしまうとき、走馬灯はきっと、この日の光景をピックアップしてくるのではないか。


 なぜかはわからないが、そんな気がした。


「じゃあそろそろ、一発いっとくかァ!」

 

 おもむろにペンタトニックが立ち上がり、洞窟全体に向けて叫んだ。


「おーい! みんな聞いてくれェ! ここでスペシャルゲストの登場だァ! その名も、シヅクゥ! なんとシヅクは未来から来たんだぜェ! びっくり滑稽だろォ! ッメーンッ!」

 

 ッメーンッ!

 

 やはり洞窟の各所から、漏れなくレスポンスが返ってくる。


「そんな未来から来たシヅクがァ……これからショーを披露するぜッ! お前たちの予想の五百倍は上をいくッ、伝説必至のハイパーギャグコメディをなァ! こうごきタァイ!」


「え……? え……?」

 

 なに……それ……。 

 

 なに……その……無茶ぶり……。


「ほら、シヅク、行って来いよッ! ぶちかましてやれェ!」


「いや……急に言われても……」


「またまたァ! そうやって、もったいぶってからにッ!」


「あの、ほんとに……」


「みんなだって待ってるぜェ!?」


 気づくと、洞窟中にこんな声がこだましていた。


 シーヅーク! シーヅーク! シーヅーク! シーヅーク!

 

 まさかの、しづくコール。


「えぇ……」 


 これ、完全に断れる雰囲気じゃない……。行くしかないじゃん……。


「ペンタトニックゥ……」

 

 やっぱ全然いい奴じゃないなと思いながら、しづくは渋々立ち上がる。

 

 関係者席を下り、ステージに向かって歩き始めると、会場内のしづくコールはさらに勢いを増した。

 

 しづくの後ろから、ペンタトニックの声が飛んでくる。


「みんな期待してろよーッ! なんてったって未来人だかんなァ! 俺たちの想像を軽く超えてくるはずだぜェーッ! ヒェーッ!」


「ペンタトニックゥ……!」 


 覚えてろぉ……。

 

 せめて少しでも時間を稼ごうと、しづくはのろのろ歩く。しかしそんな行為、抵抗としてはしょぼすぎる。


 結局一分も持たずに、しづくはステージに辿り着いてしまった。辿り着きたくなかった。


 もう帰りたいと思いながら、ステージに上がる。すると、それまでのしづくコールが嘘のようにぴたりと止んだ。


 嫌な静けさの中、原始人たちの期待の眼差しが、いっせいにしづくに注がれる。


(なに……これぇ……)


 知らない人たちの前で。


 めちゃくちゃハードルを上げられて。


 なんかやる。


 なんだろう、この拷問。


「え、えーっと……」

 

 しかしもう、引くに引けない。

 

 ええい、どうにでもなれぇ……。


 やぶれかぶれになって、しづくは言った。





「じゃ、じゃあ、ひよこのモノマネしまぁーす……。ぴよぴよ……」





 ――静寂。

 

 あるいは、沈黙。

 

 サイレントの中に潜む、しじま。


 洞窟内における全ての空気の振動が止み、音という概念は消失した。

 

 そしてしづくの脳内に、夏目の声が響く。


『よし、しづちゃん、準備できたよ! いまから元の時代に戻してあげるからねっ! じっとしてるんだよっ! 3、2、1……ゴーッ!』

 

 カッ!


 しづくの身体が、眩い光に包まれ、消えた。


 こうして彼女は無事に、元の時代へと帰還した。


 あとに残されたのは、きょとん顔の原始人たちだけ。



 


 海羽しづく。


 悠久の時を超えて、スベッた女。

いざないマンモス 完

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