いざないマンモス 3/4
五万年前。西ヨーロッパ。
点々と雪の残る雄大な森の中、しづくは五人の原始人に囲まれていた。
しづくの脳内に、夏目の声が響く。
『囲まれちまったんならしょうがないね。こうなったら、現地の人たちとは無難に接して、なんとか四十分稼いどくれ』
「ぶなんに……? でも、言葉通じないよ……?」
『なあに、しづちゃんに内蔵されている翻訳機能を使えば、理論上はそっちの人たちとも会話ができるはずさ』
「どんな理論なの……? 天才すぎない……?」
『わかったかい?』
「うん、おっけー……。なんとかやってみる……」
『不安だろうがね、少しだけ耐えていておくれ。こっちの準備ができたら、また連絡するからね』
「はーい……」
『ごめんね、がんばるんだよ』
「うんうん、だいじょーぶ……」
『それじゃあね』
「はーい……」
ブツリと、音声の切れる音。夏目との通信は一旦ここでおしまいだ。
「いやー……こいつぁ困ったことになったぜ……」
とりあえず、しづくはノリでそう呟いてみた。実際のところはそんなに不安に思っていない。
旧石器時代に一人やってきたことも、原始人を相手に四十分稼がなければいけないという状況も、「まー、なんとかなるでしょー……」くらいに思っている。
むしろちょっと楽しんでいる。こんな体験、そうそうできるものではない。
早速、しづくは自分を取り囲んでいる五人の原始人を観察してみた。
「おー、プリミティブ……」
いままで教科書でしか見たことのなかった原始人が目の前にいる。ちょっと感動。
浅黒い肌。引き締まった肉体。野性味溢れる鋭い眼光。毛皮のようなものを身に纏っていて、木製の槍を持っている者もいれば、弓を背負っている者もいる。
見る限りでは、もともとしづくが持っていた原始人のイメージとそうかけ離れてはいな――
「ん、んん……?」
いや、違う。全然違うのがいる。明らかに、おかしなヤツが一人いる。
五人中四人は特におかしなところはない。
でも一人だけ、たった一人だけ、ドレッドヘアーにサングラスをかけた原始人がいるのだ。
レゲエ界のスーパールーキーみたいな原始人がいるのだ。
そしてそのサングラスの原始人が、ふいに声をあげた。
「おいおいおいおいおい……こいつぁびっくり滑稽びっくりだぜぇ! ええ!? 急に人間ピープルが現れたってんだからよぉ! いったいどんな仕組みなんだよ世の中は不思議でいっぱいだな、おぉい!」
「…………」
しづくが反応すらできなかった。
極度にマイペースなしづくですら、ペースを乱された。
なんだこの人……。全然原始人っぽくない……。
サングラスの原始人は、戸惑うしづくの前に進み出て、陽気に言い放った。
「よぉ、お嬢ちゃん、ゴキゲンかよ! 今日はいい天気だなまったくよ、こんなところでなにしてんだ、ええ!?」
(話しかけてきた……)
なんか、こう、思ってた原始人と違うなぁ……としづくは思った。
もしかしたら、夏目が作った翻訳機能が正常に作動していないのかもしれない。まさか最初から原始人と会話することを想定して作られた機能ではないだろうし。多少の不具合があってもおかしくはない。
いや、だとしても、サングラスの説明が全くつかないのだが。
「おお、驚かせてわりいな。こちとらびっくり滑稽してたもんだからよ、パニクッちまってんだヘッ。ああ、ああ、わかるわかる。人にものを尋ねるときはまずこっちからってな! いいぜ、自己紹介してやんよメーン! おいお前ら、一列に並べ!」
サングラスの原始人が、残り四人の原始人に指示を飛ばした。四人の原始人は素直に従った。
どうやらサングラスの原始人がリーダーらしい。
嫌なリーダーだなぁ……としづくは思う。
「よぉし! イカれたメンバーを紹介すんぜえッ! ハッ! 左からンガブ、ルバヌ、バダ、グド。んで、俺はペンタトニックだ! シクヨロってなもんで!」
(なんで一人だけ名前がおかしいんだろう……)
「さぁて、次はお前さんの番だぜッ! 名前はなんていうんだ? セーイッ!」
「えー……、しづくだよ……」
「シヅクか! 良い名前じゃねえか、フゥウ! おてんとさまと両親に感謝ってな! ハッピーハッピーリスペクトォ!」
そう言って、ペンタトニックは自身の脇に鼻を近づけた。
「クセッ! びっくりだぜおい! 自分の脇ってこんなクセーのかよっ! ヘヘッ! こりゃまいったなァ!」
(すごい人だなぁ……)
「おっと、話がずれちまったな。わりい、失敬失敬失敬コンテストってな! ところでシヅクはどっから来たんだ? いきなり森の中がぺかーって光ったかと思えば、お前さんのご降臨ってわけだ! いや、おったまげたぜ! どっから来たんだ、ええッ!?」
「えーと……」
どう答えるべきか、しづくは一瞬迷った。
歴史はちょっとしたことで変わってしまうと夏目は言っていた。だとすれば、素直に未来から来たというのはよくないのかもしれない。
(んー……まあ、いっか……)
面倒臭くなって、考えるのをやめた。
しづくは細かい機転の利くほうではない。正直に言った。
「五万年後の未来からだよ……」
ペンタトニックは目を剥いた。
「おいおいおいおい、そいつは滑稽びっくりびっくり滑稽だぜぇおい! 五万年後っておい! 五万年後って! 人類しぶとすぎんだろォ!(笑) そんなに生きんのかよ! ハハッ! ……しっかしまあ、こいつはめでてぇ話だなァ! こんなハッピーな日によ、未来からお客さんが来るなんて、時空が俺たちを祝福してやがるぅ!」
あまりにも独特なテンションで色々言っているが、今日がペンタトニックにとってめでたい日らしいことはしづくにもわかった。
原始人とはなるべく無難に接してほしいという夏目の言葉を思い出し、しづくは適当に会話を繋いだ。
「なにかいいことあったの……?」
ペンタトニックは変に演技がかった口調で答えた。
「実は最近食糧難つってな、村全員が生きるか死ぬかみたい状態だったのよ……。ほんと死を覚悟したぜぇ……。ところがどっこいびよーん! 今朝、マンモスが大量に獲れたんだよッ! ありがとマンモスッ!」
「それはよかったね……」
「だろ!? ってなもんで、今日はみんなでマンモスパーティーやってんだ! デリシャスだろッ? そこでどうだシヅク? 俺たちのパーティーに参加してかないか!? 未来人がゲストなんてサ~ップライズ! みんなもきっとびっくり滑稽だぜぇ!」
「まあ、ちょっとだけならいいよ……」
「最高ウッッッピーッ!」
言って、ペンタトニックが両手を上げた。
雰囲気でなんとなく、しづくも両手を上げてみた。
そしてハイタッチ。
ぱちん!
太古の森の中に小気味のいい音が弾ける。
この時点で早くも、しづくはペンタトニックのノリに慣れ始めていた。しづくの変人に対する適応力は並じゃない。
どんなにおかしな人と会っても、「変なのー……」で済ませる度量がある。別名、適当とも言う。
「そんじゃ早速、パーティ会場に案内するぜ! メェーンッ!」
「私はウーマンだよ……」
「ウーメェーンッ!」
こうしてしづくはペンタトニックに誘われ、マンモスパーティーに参加することとなったのだった。はてさて、これからどうなることやら……。
余談だが、ほかの四人の原始人は普通の口調で喋る。
不具合があるのは翻訳機能のほうではなく、ペンタトニックの言語感覚のほうらしい。
メーン。




